第31話・潜入

=陸魔将の根城=


「汐くん。準備は良いからしら?」


「レイさんって良い人ですよね? 俺は後方支援を頼むつもりだったのに、まさか先陣を切ってくれるとは思いませんでしたよ。」


 緑の鎧を身に纏い颯爽と走る姿が見栄えする。


 レイさんに対する俺の素直な感想だ。


 俺たちは当初の予定通り、陸魔将・ジョルジョルと戦うためにその根城に潜入している。


 魔王を倒す。


 そのためにも先ずは強くなる事。


 それには魔王軍の幹部を倒していく必要がある。


 レイに俺たちの予定を説明したところ、なんと彼女自信も剣を握ってくれることになったのだ。


 一瞬で俺に詰め寄ったあの身のこなしを見る限り、嬉しい誤算と言う奴だ。


「くううう!! 姐さんと一緒に戦えるなんて俺は嬉しいぜ!!」


「パベルさん。そう言って貰えるのは嬉しいけど、先ずは周囲に気を配って頂戴。」


 パベルはレイさんに心底惚れ込んでしまったらしい。


 それは良い。


 だけど敵のアジトに潜入しているのだから、涙ぐんでいる場合ではないだろうに……。


 今回の潜入は俺にパベル、そしてレイさんの三人だけ。


 ガイアは魔王とのマザードラゴンに魔王と連戦で傷を負ってしまったために大事を取ってギルドに居残ることになった。


 そして彼女に付き添う形でカンナも一緒に居残っている、それ故に索敵人員が心配されたわけだが。


 そんな俺の心配が不要とばかりに余裕を見せる歴戦のドラゴンスレイヤー。


 レイさんはドラゴンの力を利用して索敵をしてくれているのだ。


「……このフロアには誰もいないわね。パベルさん、陸魔将は三階のフロアで良いのね?」


「間違いない。ジョルジョルの旦那は三階の広間から動かない。あの人は一騎当千、侵入者を自らの手で討つ事に誇りを持っているんだよ。」


「プライドを優先させるタイプか。……ある意味シンプルで助かるけど、詳しい戦闘スタイルは分からないからな。」


「汐くん、三魔将クラスは情報がほとんどないのが現状よ。何しろ挑んだ生きて帰れないのだから。」


「そう言う事だ。側近候補だった俺ですら剣と炎を駆使して戦う、と言う情報しか持ってないんだよ。」


 パベルは陸魔将を魔王軍最強と言っていた。


 だが情報自体は皆無に等しい。


 それでは陸魔将・ジョルジョルが魔王軍最強と言われる所以はどこにあるのか?


 答えはジョルジョルが単騎で一国の騎士団を殲滅したと言う事実からだ。


 その事件は大国を滅亡する寸前まで追い込んだらしい。


 パベルの言っていた陸魔将の実力がグリーンドラゴンの二倍、と言う話もその話を天秤にかけてのものだと言う。


 だが……。


「少なくとも陸魔将は戦意のない人間には手を下さない、その事実だけ分かれば俺は充分だよ。」


 三人の足が止まる。


 索敵を担当してくれているレイが足を止めたからだ。


 俺たちが足を止めた場所はこの根城の二階フロア。


 ……周囲には誰もいないように思えるが?


「レイさん?」


「しっ!! 汐くん、少しだけ静かにしていて。」


 これは焦りか? レイさんから焦りの感情が漏れているように感じる。


 パベルにその緊張感を感じ取っているらしい。


「姐さん、どうしたんだい?」


「……マズいわ。あの子たちが付いて来ているわ!!」


 俺は思わず頭を抱えてしまった。


 ガイアの奴、よりにもよってカンナを巻き込んだのか!?


 ……いや、あいつはカンナを巻き込むような性格ではないか。


 寧ろ……。


「レイさん、二手に別れましょう!!」


「そうね。……ここは私が……。」


「レイの姐さん、俺が行くぜ。お嬢ちゃんたちは一階のフロアで良いだな?」


 パベルがガイアたちを助けに行くと主張してくれているが、俺は判断に迷ってしまう。


 何しろ俺の裏書きスキルはこの三人の中ではパベルあってこそのものだから。


 基本的に俺とパベルはセットだが、今回の潜入ではレイさんの感知スキルと離れることもまた危険と言えるわけで。


「パベルがいないと俺は本領を発揮出来なんだけどね。」


「何を言っているのか? 大丈夫だ、俺たちに多少の距離があっても汐はスキルを使える。魔王の時もマザーの時もそうだったろ?」


「……そう言えばそうだな? パベルはよく観察してるね。」


 レイさんもパベルの意見に賛成の様子を見せる。


 本当はこの人は飛んで行きたいのだろうな、レイさんはカンナに甘いから。


 俺たち三人は首の動きだけで互いの意思を疎通させて、二手に分かれて走り出す。


 俺とレイさんは三階へ進み、パベルは来た道を戻っていく。


「レイさん、下のフロアにも気配は感じないんですよね?」


「無いわ。汐くん、心配なのは分かるけど集中力を切らしたらダメよ?」


「……レイさんの方が心配だよ。昨日もカンナにベタベタしてたじゃないか。」


 レイさんが顔を真っ赤に染め上げている。


 この人はからかうと面白い反応をするから見ていて飽きないんだよね?


「……この戦いが終わったら、とことん付き合って貰うからね?」


 レイさんは酒癖が悪いからな……。


 昨日の夜も一人でガイアの二人分はアルコールを飲んでいたんだよね?  


 しかも飲み代のすべてがギルドの食堂へのツケで済ますのだから恐ろしい、……聞いた話だとレイさんはどこぞの侯爵家のご令嬢だとか?


 いき遅れちゃうぞ?


 あ、ヤバい。レイさんの頭から血管が切れた音が聞こえた。


「……とっくにいき遅れているんだから。私決めたの。」


 レイさんは感が鋭過ぎません!?


 良い予感がしないな。


 これは俺も覚悟を決めないとダメですか?


「……何を決めたんですか?」


「汐くんと結婚するの!! 今度、家族を紹介するわね!!」


 やべえ!! やっぱり、この人もダメ人間だった!!


 お願いだから走りながら腕を絡み付かせるんじゃねえ!!


 レイさんも器用だな!! この状態で俺と並行して走ってるんだから!!


「い、いやあ。レイさんってモテるのに気付かないタイプなんじゃいですか?」


「……父上が私のお見合い写真を盛るのよ、胸の部分だけ。……それで顔合わせすると相手が私の胸しか見てないの。」


 お見合い関係者全員の業が深いな!!


「へ、へえ? レイさんが美人過ぎて目を合わせられないんじゃないですか?」


「んもう!! 汐くんってばお上手!! やっぱり今度、父と兄たちに会いましょう!! 父がレイスキー、兄がハハスキーで弟がアネスキーって言うの!!」


 全員名前がおかしい!!


 お父さんが娘離れできないダメ親父で、お兄さんはマザコンの上に弟さんはシスコンじゃねえかよ!!


 ……陸魔将を倒したら静かにエディベアから立とう。


 などと下らない事を考えている間に俺たちは三階のフロアに足を踏み入れていた。


 ……階段を登り切った俺とレイさんが視線を向けた先に鎧を着込んだ一人の男が立っていた。


 静寂を貫く姿勢と佇まい。


 それでいて突き刺さる殺気。


 確定だな。あいつが陸魔将だ。

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