第25話・対魔王

 最悪の状況だった。


 俺たちはアンデットを排除したことを気付かれないために、カンナに浄化魔法を使って貰ったというのに。


 まさか当の魔王がこの場にいるとは思わなかった。


 どうして魔王軍のトップがこの場にいるんだ?


 しかも浮遊魔法を使っているのだろう、上空20mの高さでフワフワと宙に浮いているではないか。


 あいつはパベルと同じく日本人のような肌の色と黒い髪を腰まで伸ばし、その髪を風で靡かせている。


「我が娘よ、そこで何をしている?」


 パベルが魔王と呼んだ男が唐突に口を開いた。


 この男は何を言っているんだ?


 魔王の娘?


 誰が?


 これは確認しないといけないのか?


 それとも確認するまでもないのか?


 魔王は魔族、であるならばこの男の娘は魔族であるはずだ。


 そして、この場にいる魔族の女は彼女しかいない。


「……お袋のことを忘れていた奴に娘呼ばわりされる義理はないね? 思い出したように俺に声をかけてきやがったくせに。」


 パベルが魔王に向かって敵意を向ける。


 ……確定だ。


 だが、それでも俺とカンナには理解できない状況が継続される。


 そして魔王の威圧感が強制的に場の空気を凍らせているのだから。


「戦力が必要だ。今ならば子供の家出だと思って見逃してやる、……戻って来い。」


 この男、……パベルと会話をする気がないのか?


 それに、あの目つきは。あれは実の娘に向けるそれではない。


 俺は家が貧乏だったからと言って親に愛されなかった、と思ったことはない。


 寧ろ、過剰なほどに愛されていると思っている。


 ……あの二人はお人好しだったけど、それ以上に親バカだったから。


 だからこそ分かる。


 魔王が自分の娘に向ける目は家族へ向ける目ではない。


 まるでゴミでも見るかのような……。



「……お袋が死んだことに興味すら示さないお前にムカついた。それだけだ!!」


「娘よ、お前のスキルは主人を選ぶ。戻って来い。」


 魔王が言うパベルのスキル、おそらく『主従の契り』の事だろう。


 彼女のステータスを確認した時にパベル自身から詳細を説明して貰ったから。


 このスキルは契約を交わした対象の強さに応じて彼女のステータスが底上げされると言う。


 それにしても魔王とパベル、この二人の会話は側から見ていると気持ちの良いものでは無い。


 これが親子の会話なのか?


「誰がお前なんかを主人と認めるかよ!! ……俺はお前を倒す、そう決めたんだ!!」


 パベルがどうして『主人を求めるか』、そして何故、魔王に敵対する可能性のある俺をその候補にしたか。


 そうか、そう言う事か。


 だから君は悲しそうな表情を俺に向けるのか。


 ……自分の復讐に俺を巻き込んだ、とでも思っているのだろうな。


「パベル、君は俺の仲間だ。」


 俺がパベルをどう思っているか、彼女に送る言葉はこれで充分だろ?


 俺はシンプルな言葉のみを贈る。


 するとパベルも吹っ切れたらしい。


 彼女はいつものような不敵な笑みで敵を睨みつける。


 それでも魔王の表情に変化は見られない。


 唯一見られた変化はその視線をパベルから俺に切り替えたことだけだ。


「ううううう……。あいつが魔王、あいつが。」


「カンナ?」


 俺にしがみ付いていたカンナの様子がおかしい、……いや、俺が気付かなかっただけか?


 先ほどまでとは比較にならない力を込めて俺にしがみ付くカンナ。


 そうだよな、あいつは君のお父さん、俺の親友を殺した張本人だ。


「パベル、悪いけどカンナを頼めかな?」


「汐? どうしようってんだい!?」


「汐さん!!」


 俺は魔王を睨みつけた。


 すると必然的に魔王は俺を見下ろすことになる、あの目つきで。


 お前にとっては俺もゴミ扱いか?


「魔王、お前と戦うか悩んできたよ。だけど今日、お前と言う人物を見て決めた。」


「…………それで?」


「お前を倒す!!」


 力強く槍を握りしめて、その矛先を魔王に向けながらの宣戦布告。


 俺は正式に魔王へ喧嘩を売った事になるわけだ。


 まさかパベルの言う三魔将の前に魔王本人と戦う事になるとは思わなかったが、俺にだって譲れないものはある。


 気が付くと俺は魔王に斬りかかるために、空中にスキルで足場を作成していた。


 そして足場を駆け上がり、魔王との距離を一瞬で詰める。


 そこからの攻撃は槍による高速の連撃。


 それに対して魔王は余裕の表情で回避行動に移る。


「……兄弟姉妹でこうまで違うか。静かな攻撃だ。」


「訳の分からないことを呟きやがって。」


 俺は魔王の戦闘スタイルを知らない。


 魔王の側近候補だったパベルでさえ、その全容を知らないと言う。


 だからこそ俺は先手を取った。


 その俺に対して後手を取る魔王、その魔王を見ていて俺は確信した。


 ————物理攻撃メイン。


 俺の槍を回避する動きがパベルにそっくりなのだ。


 だからこそ湧き上がる怒りの感情。


 パベルの様子を見て分かった事がある。


 彼女は嬉しかったんだ、自分の父親に必要とされた事が。


 だからこそ彼女は自分を肉親とさえ思わないこの目つきに晒されて苦しんだんだろう。


 許せるものか!!


 俺の仲間をなんだと思っているんだ!!


 俺は自分の足場を蹴って魔王の懐に入った。


 そして魔王に体を預けながらこいつの腕を掴む。


「……嫌味のつもりか? 女神の使徒よ。」


「魔王様は鈍感な様子だ、……っな!!」


 空中から地面に向かって魔王を投げ飛ばす。


 俺のスキル『柔道』でパベルと戦った時に俺が受けた背負い投げを模倣したものだ。


 だが俺の投げ技にも魔王は動じない。


 寧ろ視線を俺に向けながら話しかける余裕さえ見せている。


「我が娘の戦闘スタイルを俺に向けることで何か生まれるとでも思ったのか?」


「……お前の価値観を俺たちに押し付けるな!! 『ウィンドスラッシュ』!!」


 魔王は浮遊スキルを所持している。


 であれば投げ技などは意味をなさないだろう。


 俺は魔王に対して上から魔法で風の刃を撃ち続けた。


 俺の魔法が地面にぶつかり周囲が土煙で立ち籠っていく。


 この状況に仲間から苦情を受けるも、俺は攻撃の手を止めなかった。


「汐!! 無茶はするな!!」


 カンナを抱き抱えながら声を上げるパベルだが、どうやら、その行為が魔王に不快だったらしい。


 魔王の敵意が彼女に向いてしまった!


 お前は俺と戦っているんだろう!?


 にも関わらず俺を無視して仲間に敵意を、悪意を向けるな!!


「うおおおおおお!! 『ウィンドスラッシュ』に『ファイヤーボール』の重ね掛けだ!!」


 俺が放った巨大な炎の玉を風の刃が切り刻む。


 すると炎の玉は広がりを見せて面となって魔王に襲い掛かっていく。


 魔王の周囲は土煙が視界を殺すも、俺のスキル『洞察力』を使えばどうと言うことはない。


「……血は争えんな。戦闘経験が乏しいにも関わらず、魔法を使いこなすか。」


「さっきから訳の分からない事!! お前は何様のつもりだ!!」


「俺はお前の父だぞ? 息子の成長を喜ばない親がどこにいる?」


 こいつは何を言っているんだ?


 俺が魔王の息子?


 俺の両親は日本にいるあの二人だろうが!!


 俺は怒りに身を任せすぎたらしい。


 『洞察力』で魔王の状態を逐一観察していたにも関わらず、視野が狭まっていた。


 俺は……、俺は無意識のうちに魔王の存在を見失っていた。


 では肝心の魔王はどこにいるのか?


 答えは、俺の目の前だった。


 魔王はいつの間にか槍を手に取って俺の前にいたのだ。


「もう少し楽しめると思っていたがな。丸木 汐。」


 魔王は俺の腹部を槍で突き刺していた。

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