第24話・幼心
「カンナは浄化スキルを使えるのか?」
俺は思わずカンナを凝視してしまった。
そして俺の反応にカンナの小さな体は強ばる。
この子の反応に俺は失敗した、と思ってしまう。
だが謝罪しようにも、その時間がもったない。
それほどまで切迫した状況だ。
「は、はい! 効率は悪いスキルですけど、低位アンデットであれば確実に浄化できます。」
「……低位の条件付きか。だけどミイラなら……。」
「待て、汐。子の子は獣人だろ?」
俺は条件反射でパベルを睨みつけた。
カンナが獣人だと言う事実。
そしてガイアから聞いたこの世界における獣人の立ち位置。
俺はカンナが中傷されたと思ってしまった。
だがパベルの言葉の真意は違うところにあったらしい。
俺は即座に反省せざるを得なかった。
「……汐、物理的な話だ。獣人は魔法の適性が低い種族なんだよ。カンナのお嬢ちゃんが使えるスキルってのは近距離戦用じゃないのかい?」
「は、はい。私の拳に浄化効果を上乗せします!!」
パベルはカンナを心配してくれていたらしい。俺の早とちりか。
「ごめんな、パベル。俺が悪かった。」
カンナは子供。
それ故に体が小さい。
そして、それはこの子のリーチが短いと言うことでもある。
カンナがミイラを浄化する、と言うことその振りを踏まえた上であの大群の中にこの子を放り出す、と言うことか。
「気にするな、俺はお前さんのそう言うところが好きなんだから。……汐、俺たちでミイラの足止めをするんだからな?」
「……パベルのスキルって有効範囲はどれくらい?」
「あれくらいの数なら問題ないさ!」
パベルのスキル、それは俺は身をもって経験している。
『粘液』のスキルだ。
彼女が所有するレアスキル。
このスキルならば確かにミイラを足止めできる、……そうなると『もう一つの役割』は俺が担当するのか。
「パベルがミイラの下半身を止めて、俺が担いで移動を担当するか。カンナ、いきなりで悪いけど準備は良いかい?」
「汐は俺のスキルを経験しているからな。話が早くて助かるよ!!」
「え、どう言うことですか?」
俺とパベルの会話にカンナは置いてけぼり状態となる。
先ほどまでオドオドした様子を見せていたカンナだったが、今度は俺とパベルの顔を交互に見ながら慌てた様子になる。
やはりカンナの仕草は可愛いな。
「お嬢ちゃん、後は汐に聞きな!! 俺は行くぜ!!」
パベルが軽快に床を蹴ってマイホームの外に出た。
そして彼女のスキル『粘液』をミイラの大群に向かって放つ。
あの時は俺も隙をつかれたから気付かなかったが、なるほど、パベルの粘液はここまで広範囲に広がるのか。
「カンナ! 俺たちも行くぞ!! 『全ステータス向上』。」
「え!? ふええええ!!」
俺がカンナの小さな体を抱え上げて走り出すと、この子は妙な奇声をあげながら振り落とされないように俺にしがみついてくる。
だが、やはりこの子は頭の良い子だ。
これだけで俺たちの考えた作戦を理解したらしい。
「汐さん!! パベルさんの粘液に触れたら汐さんも動けなくなりますよ!?」
「大丈夫だ!! 俺のスキルで足場を作るから、……『DIY』。」
近くの街道には木々が生い茂っている。
俺はそれらを材料にして空中に足場を作っていく。
そして足場を利用してパベルの粘液で身動きが取れなくなったミイラたちの前に立つように立ち回る。
勿論、カンナの短い腕が届く距離を考慮して。
「カンナ、後は任せるから!!」
「はーーーーーい!! 『シルバーナックル』!!」
アンデットの浄化、俺はその行為自体を直接見たことがない。
だから、その光景がどう言うものなのか分からなかった。
だが……、なんと美しい光景だ。
カンナはこの子のスキルによって眩く光る拳をミイラに当てた。
すると、ミイラはその光に包まれながら消えていく。
……浄化とは良く言ったものだ。
「カンナ、休んでる暇はないからね!!」
「はーーーーーい!! ドンと来いです!!」
「汐!! 粘液を追加するからな、間違っても触れるんじゃないぞ!?」
「そう言うのはパベルの方で調整してくれないかな?」
ミイラの大群に突っ込んだ俺たちの後方でパベルが大声で叫ぶ。
そして、それと同時に第二波となる彼女の粘液が飛び交う。
この光景は粘液と言うよりも……。
「これってスキル名称を『アメーバ』か『スライム』にした方が良いんじゃないのか!?」
「汐!! 後で覚えてろよ!!」
俺とパベルの軽口に、カンナが俺の体に必死になってしがみ付きながら笑い出している。
この子は頭が良いだけではない、見ていると微笑ましくなってくる。
……本来、こう言う癒し効果は女神の担当じゃないのか?
「パベルの愚痴は後回しだ!!」
「えーーーーーい!! 『シルバーナックル』!!」
カンナは俺の動き必死になって付いてくる。
空中に足場を作っては跳躍を繰り返す俺の動きは、カンナのステータスではどこまで付いてこれるか悩んだが。
ミイラはアンデットだから基本的に動きが鈍い。
それが唯一の救いだった。
カンナは俺がミイラの前に立つと一呼吸を入れてから浄化スキルを使う。
気が付けば総勢50体もいたミイラたちをほぼ一掃していた。
残りは片手で数えられる数となっている。
だが肝心のカンナは僅かながら息を上げているではないか。
……もう少しだから頑張ってくれ。
「カンナ! 残り後一体だ!!」
「はーーーーーい!! 『シルバーナックル』!!」
カンナが最後の一体にその小さな拳を当てると、そのミイラもまた光に包まれながら姿を消して言った。
50回も続いた眩い光景は終わりを告げる、俺はカンナのスキルを見て感じたこと。
カンナらしい優しいスキル。
死しても尚、傀儡として操られるアンデットに癒しを与えているのではないかと思った。
一連の流れが相当にキツかったのだろう。
俺はカンナに労いの言葉を送る。
「カンナ、お疲れさん。君のおかげで状況が悪化せずに済んだよ。」
「ふええ? 私だけ戦闘で役に立ってなかったら、……嬉しいです。」
「お嬢ちゃんはそんな事を気にしてたのかい? 索敵って言う重要な役割を担っているのにね。」
気が付くとパベルが俺たちに歩み寄っていた。
彼女もまたカンナに話しかける口調が弾んでいる。
だが今回のアンデットによる襲撃の全てはカンナの手柄なのだから、仲間としては誇ってあげたくなる。
「えへへ。でも私の浄化スキルはこのパーティーには危険過ぎるから、なんとなく言いづらくて……。」
『このパーティーには』?
俺はカンナの言葉の真意を捉える事ができず、思わず首を傾げる。
そして、この後のこの子の言葉に俺は……思わず絶句してしまった。
「ガイアちゃんはアンデットだから浄化させたら大変じゃないですか?」
「へ?」
「……汐、どう言う事だ? ガイアのお嬢ちゃんって称号が……。」
「……いやあ。なんと言えば良いか。」
「あ!! それとですね、私もようやく『真実の目』が使えるようになったんですよ!! これでガイアちゃんに負担をかけなくて済みますから!!」
「ふぁ?」
危険が去ったことで、その安堵からか声を弾ませながら俺とパベルに自分の成長を訴えるカンナ。
仲間の成長は素直に嬉しい。
だが俺はそれが齎す新たな混乱を想定せざるを得なかった。
どうやらパベルも同意見らしいな。
彼女も頭を抱えているじゃないか……。
「ガイアのお嬢ちゃんは睡眠中でも俺たちに混乱を撒き散らすのかい?」
「パベル、……それ以上は俺がツラくなるから止めてくれ……。」
まさか出会い頭で吐いた俺の嘘がここまで拗れるとは思わなかった。
俺もパベルと同様に頭を抱えながら、そう遠くない未来に起こる騒動を想像するしかなかった。
まさかガイアがパーティー内で失業しようとは、……パーティー内での存在意義を失っって暴れ出すんじゃないのか?
アンデットの襲撃と言う騒動に終止符を打つ俺たち三人。
誰もがそう感じて眠りにつくため、大きく欠伸をする。
……その時だった。
パベルはが体を硬直させて、その視線を上空の一点に集中させた。
彼女の時間が止まる。
そして彼女の額から汗が滴り落ちる。
俺がパベルに違和感を感じ取り、彼女に向かって話しかけると事態は大きく悪化することになる。
「汐、……あそこに魔王がいる。」
パベルの視線の先に一人の男が宙に浮いていたのだ。
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