第20話・茶番

 俺はグリーンドラゴン討伐クエストの失敗をギルドに報告している。先日失敗した毒消しの原料採取の件もあった手前、俺は不安だった。冒険者稼業は信頼ベース。それ故、クエストを二回も失敗した事でギルドにどう見られるか、俺はそれを心配しているのだ。


「ドラゴンが逃げて言ったんですけど、……これって失敗になりますよね?」

「うーん。……でも最低限の成果は出してますよね? どうなるんだろう。」

「へ?」


 俺は恐る恐るギルドの受付で職員のお姉さんに事の顛末を説明した、まあ、マザーの件については伏せるけどね。すると俺の心配が、まるで不毛なものだったかのようにお姉さんの態度は軽かった。……どう言う事?


「だって今回のクエストはグリーンドラゴンが現れるから、砂漠を横断できません!! って感じで依頼が出されているので、いなくなっちゃえば。……ねえ?」


 ねえ? じゃねえよ!! お姉さんも軽くない!?


「え? そう言うものなの?」

「……実はですね、今のギルドはそれどころじゃないんです。汐さんにはさっさと報酬を渡して食堂で風除けになって欲しいですよ。」


 ……何やら不穏な雰囲気で俺に話しかける受付のお姉さん。この状況は良くない。俺の経験上、年上のお姉さんが小声で話しかける時はロクなことがない。。


 この受付のお姉さん、俺よりも七つも年上らしい。初日の冒険者登録の時はとても気さくなお姉さんだと感じた俺だったが、その印象が徐々に変わり始めているのだ。……この人からはガイアと同じ匂いがする、と。俺はそう思っている。


「……じゃあ俺はここで。」

「ちょっと待ったあ!! ……『女神の衣』が欲しいんじゃないの? なんだったらお姉さんの処女も付けちゃうぞ?」


 うぜえ!! 頼むから受付台に身を乗り出して俺にしがみつくんじゃねえ!!


 もはや印象ではない。確信だ。やはり、このお姉さんはダメ人間だ。


「報酬貰えないんだったら俺は仲間が待っているんで、帰ります……。」

「あげるってば!! 汐くんには他のお仕事をお願いしたいの!!」


 ……この人ってこんなに軽口を叩く人だったかな? パベルの件で相談した時はもう少し、しっかりした人だと思っていたのだけど。もしかして俺はババを引いたのかな?


「ギルドも全体的に慌ただしいし、何かあったんですか?」

「それがねえ、お姉さんが今回のドラゴン討伐クエストのランク設定を間違えちゃってさ。おかげで低ランク冒険者たちが、身の丈に合わないクエストに挑むことになっちゃったんだよね。」

「……もう黙ってくれません?」

「それでね、クエストに挑んだ冒険者たちからギルドにクレームが多発してるの。」


 この人も他人の話を聞かねえな!! だから俺の腕にしがみつくな!!


「……俺にどうしろっての?」

「汐くんてつい最近、冒険者登録したばかりじゃない? そんな子がクエストを達成いたってなれば、……ねえ?」

「……俺に口裏を合わせろって事ですか? 頼むから、そのペチャパイを俺に腕に擦り付けるの止めてくれません?」

「はううう!! 汐くんったらドSなのね!? やっぱりお姉さんの見立ては間違ってなかったわ!! はあはあ……、フェミニズムのカケラもないだなんて最高じゃない!!」


 お姉さんの目が怖いから、血走ってるから!! お願いだから息を荒立てないで下さい!!


「良いから報酬が出るなら、とっとと出して下さいよ。……出さないなら、それこそタダ働きされたって言いふらしますよ?」

「ああああん!! 汐くんてばこなれてるうううううう!! こんなお姉さんを脅して何をさせようって言うの!」


 声がデカいから!! お願いだから白昼堂々と卑猥な発言は控えてくれませんかね!!


 ほらあ……、近くに居合わせた女性冒険者のみなさんが俺に冷たい目線を向けてくるんですよ!! あ! あの冒険者なんてカンペ形式で俺にコメントをしてるじゃないか!!


 『このおっぱいソムリエが。』だと? ……何にも言い返せないじゃないか!!


「わ、分かりましたから。それで俺はどうすれば良いんですか? お願いだからその平均的な顔立ちで色仕掛けしないで欲しいんですけど。」

「…ペチャパイで平均的な顔立ちだなんて通信簿は初めてよ……。でも私だってベッドの上なら平均以上なんだからね?」


 だから、うぜえ!! ついさっき自分で処女だって言ったよね!?


 ああ……、周囲の女性冒険者たちの視線がドンドン威圧的になっていくじゃないか。って、そこ!! ギルドに話を通さずに俺を討伐するクエストをボードに貼るんじゃない!! ツッコミが追い付かないから、……もう俺の喉がカラカラですよ。


「……因みにギルドはお姉さんがランク設定を間違ったことを知ってるんですか?」


 あ! この人、固まりやがった!! さてはギルドに隠蔽しようとしてるな!?


 この人といい、ガイアと言い、どうして俺の周りにはダメ人間が集まるんだよ。これでカンナやパベルがいなかったら俺は人間不信になってしまうではないか。


「えっとね、お姉さんは別にやましい事をしようとしているわけでは……。」

「じゃあ、この事をギルドに言っても良いですよね?」

「……。」

「そもそも今回のクエストって『女神の衣』が適正な報酬なんですか?」

「…………。」

「ああ、そっか? この事がギルドにバレたらお姉さんはここをクビかな?」


 お? お姉さんがしがみついて離さなかった俺の腕から離れていくじゃないか。ようやく観念したのかな?


「うきいいいいいいい!! 何よ、ちょっとイケメンだからって調子に乗っちゃってさ!! 汐くんなんかに報酬はあげません、お姉さん権限です!!」


 何度も言わせんな、だからうぜえ!! お姉さん権限ってなんだよ!! 人の事を指差しながら偉そうに言える事かよ!!


「はあ……。仕方がないですね。」

「え!? 汐くんてば、ようやくお姉さんの愛が伝わったの? てへ?」

「ギルドの上の人ーーーー!! 受付のお姉さんが不正を隠蔽しようとしてまーーーーす!! クエストのランク設定を間違えたみたいでーーーーす!!」

「きゃあああああああ!! 汐くん、止めてえええええ!!」


 知らん!! 俺はクエストを失敗したと思って謝罪をしに来たのであって、こんな茶番を演じたいわけではないんだよ!!


「それと成功報酬もくれないんですーーーー!! それとお姉さんは25歳にもなって処女でーーーーーーっす!!」

「私が悪かったから!! お姉さんが悪かったから!! 土下座します

!!」


 この後、お姉さんは俺に小一時間もしがみつきがら、人目を気にせず盛大に泣きじゃくるのだった。だから俺が周囲の女性冒険者たちから変な目で見られるんだよ!!


 まあ、おかげで本来の報酬である『女神の衣』以外にも大金をふんだくる事ができたけどね!!


 俺の借金返済に充てさせていただきます!! あざまーーーーっす!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る