第21話・冒険者ギルドの食堂③

「ふんふんふーん♪ この衣、フワフワして触り心地が最高ね!!」

「……はあ。なんとかクエスト報酬が手に入って良かった。」

「確かに汐の言う通りだね? あれだけの戦闘をしておいて報酬なしだったら、俺はギルドハウスをぶっ壊してたよ……。」


 パベルはウィスキーが注がれたグラスに口を付けながら物騒なことを呟いている。お願いだから止めてよね? 君は既にこの建屋を半壊させた前科があるんだから。


「でもでも!! これでガイアちゃんの防御力がマシになったんですよね!?」

「だと良いんだけど。パベルはどう思う?」

「んん? いやあ、このお嬢ちゃんが魔法を使ったところを見ちまったからね、まさか魔法を撃ち続けて大火傷をするとは思わなかったよ……。」


 俺はパベルの言葉に思わず顔の筋肉を引きつらせてしまった。……新しく覚えた俺のスキルが火を噴くぜ!! 『顔面マッサージ』、ホアタタタタ!!


 だがパベルの言葉をそのまま受け止めると、ガイアの紙装甲は彼女の想像できる範疇には当てはまらない、と言う事か。……この女神は本当に使えねえ。


 しかも『女神の衣』がいたく気に入ったらしく、上機嫌になって頬を擦り付けているガイア。それは良い、寧ろ既に彼女の持ち物なのだから大切に使ってくれさえすれば俺は構わない。……だが。


「はあ、……ガイアのお嬢ちゃんも衣を頬に擦り付けながら器用にビールを飲むもんだね? 普通、年頃の女の子が火傷した手の代わりに足でビールの樽を持ち上げるかね?」


 まあ、ガイアは2000歳だから。実際はババアだからね? パベルも顔を引きつらせながらガイアを見つめている、俺には君の気持ちが痛いほどに良く分かるよ。


 もはや俺にとって日常の1ページになりつつある男女問わず全冒険者からの殺気が籠った視線の数々。俺はギルドの食堂にいると気持ちが安らがないんですけど?


————ひゅっ、かかかっ!!


「うおお!? フォークが俺のグラスに突き刺さってる!?」


 だからお前らはどこぞの暗殺者かよ!! 真面目に冒険者家業に勤しめよ!! くっそお、……何食わぬ表情で口笛を吹いて誤魔化しがって……、俺のレモンハイを弁償して貰うからな!!


 ん? カンナが俯きながら席を立ちあがった? しかも俺にフォークを投げつけた男性冒険者たちに近づいてくるじゃないか。あそこの連中は純粋なカンナにはなるべく近付けたくないからな。……カンナには注意しとこうかな?


「カンナー? そこのおじちゃんたちは変態さんたちだから、良い子のカンナは近付いたら駄目だ。」


 ……おお? 俺は至って冷静にカンナへ声を掛けたつもりだったが、肝心のカンナが反応を示さないじゃないか。


 カンナの態度に不安を覚えた俺だったが、どうやら、その不安が的中したらしい。……何しろカンナの右手にはビール瓶が握りしめられているのだから!!


「げえ!! カンナってばアルコールに手を付けちゃったの!?」

「なんだい、汐。何をそんなに取り乱してるんだい?」

「ばっか!! パベルはどうしてそんなに冷静なんだよ!! 子供はアルコールを飲んだらダメでしょ!! 犯罪だよ!!」

「はあ!? ……そんな法律があるもんかい。確かに子供にはアルコールは良いものでは無いけど、そんなに目くじらを立てなさんなって。」


 えええええ……、この世界ってアルコールの解禁年齢とか無いの? じゃあ、この状況で騒いでる俺ってピエロじゃないか……。


「もう知らん。……あのおっさんたちには生贄になって貰うとしようか。パベル、今からこの食堂が修羅場になるぞ?」


 カンナから目を背けた俺に怪訝な表情を向けるパベルだったが、俺の言葉の真意を理解した時には普段の冷静な彼女の姿はどこにも見当たらなかった。……そりゃあ、そうなるでしょ?


「ああ? 何を言って…………、はああああああああ!? あのチンチクリンが冒険者たちを……笑いながら投げ飛ばしているだと!?」


 そうなんです、あの子は酒乱なんです。カンナがこのギルドハウスの食堂で高笑いをしながら、俺にフォークを投げつけた冒険者たちに襲い掛かっている。


……普段は素直に俺の言う事を聞いてくれるカンナだが、アルコールが入るとその可愛い猫耳には俺の言葉など届かないらしい。


俺も先ほど知ったばかりだけど、カンナの猫耳には混乱効果あるらしい……。


「キャハハハハハハ!! 汐さんへの落とし前ええええええ!!」


 カンナが泣き叫ぶ男性冒険者にヘッドロックを掛けながら、そいつの右手を使って『フィンガーファイブフィレ』を楽しんでいる……。


 フィンガーファイブフィレとは指の間に高速でナイフを突き立てる遊びだが、カンナも容赦がないな……。泣き叫ぶ周囲の冒険者たちなどお構いなしに高笑いをしている。


 そして、そんなカンナを間抜けな顔を晒して眺め続けるパベルと、それに興味すら示さない駄々っ子女神。もう俺は知らん。


「ねえねえ、汐!! どういう訳か知らないけど、私も新しいスキルを習得できたのよ!!」


 今度はガイアか……。だけど仲間が新しいスキルを得たと言うのであれば、それは喜ばしい事だ。素直に喜びたい。例え駄々っ子女神でも仲間だ、俺はそう思う。


 だが、そんな俺の気持ちを天然で裏切るのが、この駄々っ子女神の真骨頂だと思い知らされてしまうわけで。


「称号の時もそうだったけど、女神って本当に成長しないの?」

「うーん、本当に原因は分からないのよね? でも汐の役に立てるんだったら、原因なんてどうでも良いと思うの!!」

「まあ、……ね? それで肝心のスキルはどんな効果を持っているのさ?」

「その名も『バストショット』よ!!」


 ヤバい、良い予感がしない。どうやらパベルも俺と同意見だったらしい。顔を引き攣らせながら俺に視線を送ってくるパベルだが、この後ガイアが取った行動に俺たちの顔の筋肉は悲鳴を上げてしまったのだ。


「へ、へえ。ガイアのお嬢ちゃん、そのスキルは戦闘に使えそうかい?」

「安心して、凄く便利なの!! こうやって、自分の胸を腕で挟みながら対象に視線を送るの……。そうすると私が視線を送った敵を錯乱させることが出来るのよ!!」


 混乱の次は錯乱かよ!! げえええええ、パベルが正月の大舞台ですべったお笑い芸人の様な表情になっているじゃないか!!


 ガイアの新しいスキルって要はグラビアアイドルが撮影の時に取るお色気のポーズじゃねえかよ……。ガイアも頼むから俺に視線を送るなよ。俺を錯乱させてどうするのさ?


「お、おい!! 汐、あっちの冒険者が大騒ぎし始めたぞ!!」


 確かに俺たちの後ろから男性冒険者らしき怒鳴り声が聞こえてくる。パベルは俺よりも一瞬早くその異変に気付いた様で、既に後方に視線を向けていた。


 俺もパベルの声に反応して同様に振り向くと、一人の男性冒険者が正気を失ったかの如く大暴れをしているではないか。……錯乱しているか? これって、もしかして……。


「ヤバい、パベル。俺は顔の筋肉が硬直しちゃうそうだよ。」

「俺もだ……。こんなヤバいスキルは初めて見たよ。」


 同時に振り向きなおす俺とパベル。その先にはキョトンとした様子で首を傾げる駄々っ子女神。……お前か!!


 そして追い打ちをかけるかの如く、食堂内に響き渡るカンナの奇声が俺とパベルを精神的に追い込んでいくのだった。


「こんなんで俺たちはジョルジョルの旦那に挑めのかい?」

「パベル、頼むから俺に聞かないでくれ……。」


 そして、この食堂に長蛇の列が形成されることになるのだが、その列は以前カンナがボコボコにした男性冒険者たちによるものだった。カンナによって良からぬ性癖に目覚めた彼らは恍惚とした表情のまま、あの子にフィンガーファイブフィレを要求する姿は、俺たちにとって更なる悩みの種となるわけだが……。


「キャハハハハハハ!! あ、手元が狂っちゃった。ま、いっか!?」


 今回の騒動で食堂の床を穴だらけにしたカンナだったが、酔うと逞しくなる彼女は列を形成する男性冒険者たちに要求したサービス料で壊した床を弁償することになる。


「汐、あっちで錯乱している冒険者は止めなくて良いのかい?」


 もう知らん!!


◆◆今回のクエスト結果◆◆

ギルドのクエストランクせっての不備により『成功』:『女神の衣』と金品を手に入れた


◆◆クエストの戦果◆◆

汐のレベルが上がった:LV.28→LV.37

魔族パベルはレベルが上がった:LV.30⇒34

汐は新しいスキルを覚えた

女神ガイアは新しいスキルを覚えた

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