第18話・躍動

「それじゃあ俺も仕事をするかね!!」


 戦線に復帰したパベルが全速力でマザードラゴンに向かって行く。彼女の表情に迷いは見られない、どうやらガイアの頑張りに刺激を受けたらしいな。


「『ストーンバレット』!! マザァァァァァァァァ、とっとと引きなさいよ!!」

「……私は『彼』に誓ったのです。魔王を倒せるものを探し当てると!! それまでは引けない!!」

「それは天界の仕事でしょうが!! あなたはこの国を見守っていれば良いのよ!!」


 ガイアとマザードラゴンが舌戦を繰り広げている。だが俺には話の内容が理解できない。マザードラゴンの言う『彼』とは? 神の会話に混乱する俺だが、ここでさらに混乱することになる。


「……汐さん。マザーは太陽光を浴びている限り体力が回復します。ですから一撃で仕留めないと駄目なんです。あれは自己治癒のスキルとは桁が違うんです!!」

「うおっ!! カンナ!?」


 先ほどまでガイアの近くにいたこの子だったが、いつの間にか俺の近くまで移動をしてきていた。……全く気が付かなかった。


「それとマザーは他人の能力を模倣しますから、長期戦は絶対に避けて下さい!!」

「どうしてカンナはマザードラゴンに詳しいのさ? 誰かから聞いたのかな?」

「……お父さんとお母さんに聞きました。でも今はそれを話している場合では……。」


 カンナの視線はガイアに向いていた。この子はガイアが心配なのだろうな。マザードラゴンの特性だけではなく一番の憂いはガイアの状態、それが俺に短期決戦を望んでいる理由のはずだ。カンナの表情が曇っている。……頼むから君はそんな表情をしないで欲しい。


「分かった。なるべく善処するからカンナはどこかに隠れてるんだ!!」


 俺の言葉に弱々しく首を縦に振るカンナだったが、それでも俺の指示通りに近くの岩陰に身を潜めてくれた。やはり、この子は素直で良い子だ。


 カンナが身を潜めたことを確認してから俺はマザードラゴンに視線を戻すと、全開になったパベルがガイアに意識を削いでいるドラゴンに攻撃を仕掛ける寸前だった。


「うおおおおおおお!! 『ファイヤーバレットォォォォ』!!」


 彼女の選択した攻撃は火炎魔法だった。以前、俺との戦闘で披露していたそれをパベルは連続で撃ち続ける。この二方向からの魔法攻撃には、巨大なドラゴンでさえ悶え苦しむ姿を晒し始めていた。


「『ストーンバレット』に『ダイヤモンドスピア』!! やああああああああああ!!」

「お嬢ちゃんに負けてられっかよ!! まだまだあああああああ!!」

「……くっ!! まさか私がここまで。」


 魔法の圧力から悲鳴をあげていたマザードラゴンだったが、一変してその目を閉じながら身を丸めて防御の体制に入る。これは二人の魔法に耐えきれると判断したのだろうか?


 そう言えばカンナが長期戦は避けろと言っていたな。


 俺がじっくりと観察をしていると、攻撃を受けている側のマザードラゴンよりも攻撃をしている側であるガイアやパベルの方が苦しそうに見えてくる。……回復したとはいえパベルも相当な無理をしているのだろうな。


 この状況を打開するには俺が楔を打ち込む必要がある。……裏書スキルを発動だ。


 この世界に来てから幾度となくスキルを使用してきたが、すべてのスキルに共通する点がある。それはスキルの発動には必要なものがその意志だと言う事。


 俺は頭の中で『魔族の契約』を使用することを決定した。それは不思議な感覚だった。一見して俺の体に変化は見えない。だが体の中から熱いものを感じる、……俺のステータスが異常なまでに上昇していることが理解できる。


 そして、ふと俺は気付いた。パベルの動きが鈍くなったのではないか? 


……そう言えばパベルが言っていたな。彼女から俺に力が『供給』されると。これはつまり、そう言う事か……、どうやら本当に長期戦は望めないな。


 仲間が俺のために必死になる姿を見ると不思議と力が湧き上がってくる。……パベルと戦った時とはまた別の力、槍を握りしめるている俺の手に自然と力が入る。


「『全ステータス向上』……。」


 ステータス向上系の魔法はバフ効果が掛け算だと言う。それを考慮するとプラスのバフ効果である『魔族の契約』の後に発動する方が良いと言う事になる。


 俺は大きく跳ね上がった素早さをいかんなく発揮して、全速力でマザードラゴンの懐に詰め寄った。


……余りの速度に防御態勢に入ったマザードラゴンよりもガイアとパベルの方が驚きを見せているじゃないか。だが二人とは真逆に俺の意識は自然とクリアになっていく。その意識を保ちながら俺はマザーの下から槍を構えて、標準を彼女の顎に絞る事にした。


 俺は無意識のうちにスキルを使って跳躍をするための足場を作っていたらしい。俺も戦闘に離れしたって事かな? ……だけど俺のスキルのせいで周囲のオアシスから木々が無くなって、完全な砂漠になってしまった様だ。


「っ!! 下から、……うぎゃあああああああああ!!」

「うおおおおおおおお!! スキルの『調理』で切り刻んでやるぞ!!」


 ガイアとパベルの魔法で俺への対応が一歩遅れたマザードラゴンは悲鳴をあげながら、必死になってその巨体を振り回すもステータスが大幅に向上した俺には無駄なあがきでしかない。


「汐おおおおおおお!! 負けたら承知しないからね!!」

「頼むぜ? 俺はもう魔力が底を付きそうだぜ……。」

「汐さん!! 一撃です!!」


 ————仲間からの声援。


 理由は分からない、俺はパベルとの戦闘を思い出していた。何もこんな場面で思い出さないくても良いのに、とさえ思う。あの時はガイアの声援が心地良かったからか?


 俺に声援を送ってくれる人間は家族以外だと一人しかいなかった。……俺の親友、ある日を境に消息を絶った『あいつ』。この三人と一緒にいると『あいつ』を思いだすんだ!!


「見てろよ、…………雷太ああああああああああああ!!」


 俺は滝を登る竜の如く、星の重力に逆らいながらマザードラゴンの顎に向かってに全力の突きを打ち込むんでいた!! すると当のマザードラゴンは悲鳴をあげるでもなく、先ほどまでとは真逆に静まり返った。彼女が防御態勢に入ったことを考えると、ダメ押しの攻撃をした方が良いのではないか?


 ……マザーは俺に反撃をして来ないのかな? マザードラゴンの皮膚が固すぎたからか、俺の突きでは彼女を貫くことができなかった。まあ、実際に貫いちゃったら、それはそれで嫌なんだけどね? そんなことしたら俺がドラゴンの体液でまみれるじゃないか……。


 俺はマザードラゴンの反応の薄さに不安を覚えて、彼女の大きな腕を掴んて背負い投げをしていた。パベルとの戦闘後に習得した『柔道』のスキルだ。


 10mはあろうマザードラゴンの体を地面に叩きつけると、周囲の砂が大きく舞い上がって俺の視界を奪っていく。そして響きわたる巨体のドラゴンを地面に叩きつけたことで生じた衝撃音が仲間たちの悲鳴をかき消していく。


「げっほ、げほ!! 汐、この巨体を投げ飛ばすとはね……。」

「パベル、まだ油断はするなよ?」


 俺は繰り出した背負い投げに大きな手ごたえを感じながらも、マザードラゴンは一切の反応を示さない。俺はその手ごたえに対して結果が伴わないことに苛立ちを覚えてマザードラゴンの腹部を槍の腹部で軽く小突く。


 すると小突かれたマザードラゴンは意識を失っていたらしく、ゆっくりと静かにその場で前のめりに倒れ込んでいった。……この様子に大はしゃぎしながら走り寄ってくるカンナ。そして驚きの余り、間抜け面を晒しているガイアとパベル。この三人の反応に囲まれた俺は思わず笑みを零してしまう。


「俺たちって勝ったんだよね?」


 仲間の反応を見ながら俺は頭を掻きつつ、小さく呟くのだった。

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