第12話・冒険者ギルドの食堂②

「で、こいつの処置はどうすれば良いのかな?」

「えっっと、……上の人間に聞いてみないと何とも……。」

「まったく、人間てのは融通が効かないねえ。」


 俺はパベルを連れてギルドへ戻っていた。それは彼女の処遇を相談するためだ。


 パベルは当初の宣言通り『汐の仲間になる!!』と言って聞かないのだ。だが仮にも元魔王軍だった事から俺も悩んでいる。ガイアの話によると魔族である時点で、人間から信用されることは難しいのだと言う。


 とは言うものの俺もその魔族の子孫なのだが、この状況下では蛇足だろう。


 そして俺はギルドの受付で、初日に俺の冒険者登録を担当してくれたお姉さんを困らせている。そのお姉さんも彼女の上司に相談すると言ってくれているが、その上司は不在らしく判断に困っているのだ。


「はあ……、埒があかないね? だったら、こうすれば良いんじゃないかい?」

「パベル? ……って、ええ?」

「えええええええええええ!?」


 ————ちゅっ。


 受付のお姉さんが悲鳴をあげてしまった……。パベル、お前は何をしてくれてるの? どうしたら俺とチューをする、などと言う結論に至るんだ?


「あああああああ!! 汐とチューして良いのは私だけなんだからね!!」

「ええ、ガイアちゃんもしてるの!? 私だけ除け者……。」


 後ろの外野は煩いし、ガイアは俺に引っ付いてくるし。もはや修羅場だよ。これにどうやって収集を付けろと?


 ————契約完了。魔族パベルとの接続を確認しました。


 これはガイアとキスした時に耳にした声か? 俺にはこの状況を全く理解できない。できれば誰か俺に説明してくれると嬉しいのだが、……この修羅場では無理なのかな?


「で、パベルの行為は何を意味するのかな?」

「俺のファーストキスに微動だにしないとは、さすがだね? これは俺と汐が契約したのさ。お前が死んだら俺も死ぬ。その代わりお前には俺から力が供給される。シンプルだろ?」

「え、何? もしかしてガイアへのキスも同じ効果があったわけ?」

「汐おおおおお!! 私が上書きしてあげるからね、……男女なんかに汐の唇を汚されてなるものですかああああああ!!」

「うわっ!! 落ち着けってば!!」


 ガイアは取り乱している、取り乱し過ぎじゃないのか? 彼女は俺にしがみ付きながらキスを迫ってくる。頼むから少しは女神らしいところを見せて欲しいものだ。


「あっはっはっはっは!! さすがは俺のご主人様だ、拙僧が無くて宜しい!!」

「で、これで何がどうなるのさ?」


 俺はガイアを静止しつつ、受付のお姉さんに話しかける。お姉さんまでこの状況に固まっているが、何が何やら……。


「あ……。は、はい! 分かりました、魔族パベルとの契約を確認しましたので、この件は後日正式に話し合いましょう。」

「え!? そんな簡単に終わって良いの?」

「汐さん、ギルドとしてはこちらの魔族の方が悪事を働かない、と言う確証さえ得られれば良いんですよ。後は上司が戻り次第、正式に承認を取れれば完了ですから。」


 受付のお姉さんは先ほどまで困り果てた顔をしていたにも関わらず、俺がパベルとキスをしただけで態度を一転させてしまった。そして、この状況に高笑いするだけのパベルに犬の様に唸るガイアときたものだ。


「あっはっはっは!! 俺は浮気は許容するタイプだよ、……くっくっくっく。男はモテ過ぎるくらいがちょうど良いのさ!!」

「この男女は私の汐を汚しておいてえ! 女神を舐めるなあああああ!!」

「はあ……。カンナ、食堂で落ち着こうか?」

「え!? 二人の喧嘩を止めなくても良いんですか!?」


 俺は喧嘩をするガイアとパベルをその場に放置して、静寂を求めてカンナと共に食堂へ向かうのだった。カンナは相変わらず良い子ですよ。


「私なんて七回もチューしたんだからね!! 汐が舌を捻じ込んできたんだかね、あんたとはチューの重みが違うのよ!!」

「へえ……。じゃあ、俺がディープなやつを百回やれば良いのかい?」

「うきいいいいいい!! 私の宿命は汐の唇を守る事なんだからね!!」


 ガイアの宿命は、この世界を救済する事だろうが。やはり彼女は女神っぽい何かだったようで。……ギルドと必要最低限の話ができて良かったよ。


=冒険者ギルド・食堂=


「ほら、汐。俺からの奢りだよ。」

「……パベルさ、濃すぎ。もう少しだけアルコール度数下げてくれない?」

「なんだい? 男のクセに情けないね。」

「違うよ、……目の前に悪いお手本がいるんだよ。……察してよ。」


 俺たち四人はまたしてもギルドの食堂で寛いでいた。これって寛げてるのか? 俺の右隣からどこぞのドラマの如く、ウィスキーのグラスを差し出してくるパベル。左隣で豪快にビール樽に口を付けるロリっ子女神。目の前の席で……そんなガイアを羨ましそうに見つめるカンナ。


 終いには、そんな俺に羨望の眼差して睨みつける冒険者たち。……俺は魔王に殺される心配よりも、冒険者たちにリンチされる心配をした方が良いんじゃないのか?


「汐おおおおおおおお!! もうツケなんて怖くないんだからね!! 私はクエストで一攫千金を狙ってやるのよ!!」

「汐さああああああん!! お姉ちゃんもビール飲みたいです!!」

「ああ、もう!! カンナはこっちのオレンジジュースで我慢しなさい!!」

「ええ……、汐さんは私に冷たいです!! 私だけ除け者にするし!!」

「いや……、俺はカンナのことを思ってだね……。」

「汐さんはガイアちゃんとパベルさんの二人とチューしたのに、私にはしてくれませんよね!?」


 カンナが本気で怒っている。それも机を両手で叩きながら。うわあ……、昨日カンナから伸された男性冒険者たちの、俺を呪わんとする勢いの視線。そして、今日はどう言うわけか女性冒険者からも睨まれてますが?


「ああ? お子ちゃまにはまだ早いんだよ。あと十年してから要求しなよ。」


 そうか、こいつが原因か。パベルは一人称が俺で中性的な容姿だからな……、日本で言ったら歌劇団で劇の男性役を務めるカッコいい女。そんな感じか? だから女性冒険者たちが俺に向かって舌打ちしてくるんだ。


 トドメがこいつか……。


「汐おおおおおおお!! 私たちもそろそろ真剣に新婚旅行を計画しないとね?」


 この……ロリっ子女神が。お前が腕を絡めてくるから、俺がどれだけの冒険者から睨まれている事か……。そもそも俺たちは結婚してないし。付き合ってもいないし。


 話が進まねえ……。俺はパベルに大事な話があるんだよ!!


「はあ……。パベル、真剣な話をしても良いか?」

「なんだい? 俺たちの新婚旅行の計画かい?」


 お前も、サラッと怖いことを言うな。見ろよ、女性冒険者の殺気に満ちた視線を。お前ら三人のせいで、俺は夜道を歩けなくなるんだぞ?


「魔王とその軍の話さ。パベルって魔王の側近候補だったんだろ?」

「ああ、本当に真剣な話だね? そうさ、魔王には三人の側近たちがいるんだ。」

「三人か。それで四人目がパベルの予定だった、そう言うことね?」

「魔王軍は陸・海・空の軍勢に分類されてるんだ。そのそれぞれを統括する将軍がいる、俗に言う『三魔将』って奴だね。」

「三魔将か。もし魔王と事を構えるのなら、先にそいつらを潰さないと駄目か……。」

「そうなるね。因みに俺のオススメは陸魔将を最初に潰すことだ。」

「どうしてさ?」

「陸魔将のジョルジョル・キリーニは魔王軍でも新参者だからね。個人の強さは三魔将の中では最強だけど、与えられている部下の数も少ないし、何より……。」

「何より?」

「ジョルジョルの旦那も自分の待遇に納得してないのさ。あの人はモチベーションが低いってことだよ。」


 またかよ……。確かパベルもそんなことを言っていた気がするが。確か魔王は全魔族のために立ち上がったはずだが。話を聞く限りだと人望無いよね。


 しかしパベルのセカンドネームが『ベトベト』でお腹いっぱいなのに、今度は『ジョルジョル』かよ。魔族って揃いも揃ってネーミングセンスが腐ってるんじゃないのか?


「でだ。汐、お前さんたちの今後の標的はジョルジョルの旦那、で良いかい?」

「そうだね。内情を知ってるパベルが言うんだから、従っとくよ。だけど魔王を倒すかはまだ決定事項ではないからね?」

「了解っと。それと……急なんだけどさ、ジョルジョルの旦那に勝つには汐のレベルアップ若しくはこの二人のお嬢ちゃんたちのそれが必要なんだが。」


「ああ、そう言うことね。そう言えば俺ってレベルアップしてるのかな? パベルと戦ったわけだからね。……おい、仕事だよ?」

「…………。」


 俺はステータス確認の担当者に視線を送る。だが、当の本人はその視線に気付いているにも関わらず、その姿勢を変えようとしない。ビールに夢中なのか?


 いや、違うな。これは拗ねているのだろう、……ロリっ子女神を放置しすぎたのだろうか? お前は定期的にエンジンをかけないとバッテリーがダメになる旧式のバイクかっての。


「ガイア? もし仕事を放棄するなら、……カンナに頼んじゃうよ? 明日からのオカズに影響するからね?」

「汐おおおおおおお!! これ以上オカズを減らさないでえええええ!!」


 君はビールを飲みながら泣くなよ……。俺の腕にしがみ付きながら泣きじゃくる女神っぽい何か、彼女が俺に絡む度に食堂にいる男性冒険者たちが一斉に机を蹴るんだよね。……こいつらもブレないな。


「ガイアも意固地にならないで仕事を……おおおおおお!?」


 ええ!? 俺に向かってナイフが飛んできちゃったよ!! うわあ……、周囲の冒険者たちの目が完全に据わってるよ。ヤバい、ナイフを避けたらバランスを崩してしまった、これは手を使わないと転んでしまうじゃないか!!


 ————むにゅっ。


 ひょえええええ!! パベルの胸元でバランスを取ってしまった!! これはヤバい、……俺はパベルに殺されるのではないか!? 俺は恐怖のあまり、おそるおそるパベルに視線を向ける。だが、俺が見た彼女の表情は思いもよらないものだった。……俺に向かってニヤついていたのだ。


「へえ……、こりゃあ確かにロリコンじゃないね? 俺の『大人』の胸にご興味がおありときたもんだ。」

「いやあ、不可抗力なんだよ? どこからかナイフが飛んできてさ!!」

「ああ、良い!! 大丈夫だよ、汐。仕事を放棄するようなお子ちゃまの胸なんざ、……つまらないよねえ?」


 うわあ……。パベルがガイアに何か勝ち誇ったような表情を向けているんですけど? そして、その表情に無言の怒りを向けるガイア……、これは一悶着ありそうだな。


 まあ、かく言う俺も他人事じゃ無いんですけどね? 何しろ先ほどから女性冒険者の殺気が露骨なんですよ。そこ!! そこの女性冒険者!! お願いだから俺を睨みながらナイフを研がないで下さい!! その研いだナイフで何をする気だよ!!


 そして女性冒険者に警戒心を高める俺だったが、この後のとある男性冒険者の不要な発言が食堂の空気を深刻なものにするとは思いもしなかった。……俺はもう知らん。


「がっはっはっはっはっはっは!! あの汐とか言う小僧はまな板に興味があるらしいぞ、ひっひっひっひ!! うひゃひゃひゃひゃ……ふぶう!?」

「……ああ? 誰がまな板だってえ? ……しかも汐のことを馬鹿にしやがって、お前の『これ』……潰してやろうか?」


 ……一瞬にしてパベルが俺の隣から消えていた。見えなかった……。パベル、お前は素早さ向上のスキルを使ったな? そして、そのまま10m以上も離れたところで晩酌していた中年の男性冒険者の『あそこ』を潰しにかかっているのね。


 ……彼女の目は本気だ。それを理解できたからこそ、その冒険者も言葉を失っているのだろう。何しろ彼の表情が血尿でも出たのでは、と言いたくなるほどに硬直してるのだから。……血便の方が良かったか?


 それだけではない。パベルの怒りに呼応したかのように、女性冒険者たちが件の男性冒険者を鬼の形相で睨みつける。女性冒険者たちの目が怖いよ。目が光ってますがな。


「汐、ステータスの確認はこっちで静かにやりましょ?」


 ガイアが顔を引きつらせながら俺に話しかけてくる。カンナに至っては言葉が出て来ないらしく、震えながら小刻みに首を上下に振る。


「ガイア、……俺のステータス画面が揺れるから良く見えないんだけど? 目が回っちゃうってば!!」

「ビールを飲み過ぎて真っ直ぐ立てないのよねえ……、あらああああ? 汐が五人くらいに見えるんだけど。」


 駄目だ。ステータス確認担当の女神っぽい何かは使えないし、魔族の俺っ子は大暴れするし。


 ……と、この時の俺は知らなかった。後でギルドの職員さんから聞いた話だが、この後のパベルの暴れっぷりは食堂の建屋を半壊させたらしく、その修繕費用が俺に請求されることになった。そしてトドメだと言わんばかりにガイアの飲食代も、どう言うわけか俺に請求書が届いたのだ。


 パベルとガイアが原因にも関わらず、俺に請求書が届いたわけ。それは俺が二人と契約しているからと言うことと、ギルド曰く二人に請求するのが怖いのだそうです。


 どう言うこと?


◆◆今回のクエスト結果◆◆

パベルの介入により『失敗』:違約金発生


◆◆クエストの戦果◆◆

汐のレベルが上がった:LV.1→LV.28

汐は新しいスキルと魔法を覚えた

汐パベルが仲間になりたそうな表情をしながら、ムクリと立ち上がった。

女神ガイアのスキルが覚醒した:ロリっ子女神→駄々っ子女神

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