第13話・紙装甲

 流れるような身のこなし。敵からの攻撃を事前に読む事で、最小の動きで回避する。まさに俺の理想像。目の前にいる魔族は最高のお手本だ。


「どうした、どうした!? お前ら、それでもここいら一帯で最強と言われる盗賊団なのかい!!」

「……パベル。避けてばかりいないで攻撃もしてくれよ。」


 今日のクエストは『盗賊退治』。俺とパベルはトリーの街から半日ほどかかる盗賊団のアジトに足を運んでいた。


 そしてパーティーの主戦力である俺たち二人は、総勢百名といわれる盗賊たちと真っ向勝負を挑んでいた。周囲にはアジトに土足で踏み込んだことに激怒する盗賊たち。彼らの殺気は俺たち二人に集中している。


 そして、その状況に笑顔を見せる魔族のパベル。


「これはお前さんの特訓でもあるんだ。倒すのは汐の仕事だよ?」

「はあ……、そうですか? じゃあ、『全ステータス向上』!! うおりゃあああああ!!」


 ダルそうなパベルだが目は死んでいない。ヒラヒラと手を振って背中を預ける俺に戦闘を促してくる。……これがクエストだって俺は言ったよね?


「おお……、おお!! やるじゃないか!! さすがは俺に勝った男だ。ここまでの多勢に一方的な戦いをしてくれると気持ちが良いねえ!!」

「パベルも呑気なもんだな!! ……働かない奴には報酬ゼロ、だからね?」

「うおおい!? 汐、俺に多額の借金があるって知ってのセリフかい!?」

「それを言ったら…………俺もだろうがあああああああああ!! スキル『バーニングラッシュ』!!」


 俺はパベルとの戦闘を経て新しく覚えたスキルを披露した。すると百人いたはずの盗賊たちが、空の彼方へと消えていく。ゴミ掃除。そう表現するにはピッタリの光景。


「ヒュー!! もう俺も汐には歯が立ちそうにないな……。」

「汐さーーーん!! 今回のクエストは捕縛ですからね!?」


 岩陰に隠れているカンナが絶妙のタイミングで俺に声をかけてくる。……そう言えばそうだった。ヤバい、百人いた盗賊がその頭らしき人物を残してアジトの四方に飛び散ってしまった!! ……ゴミ掃除どころか散らかしてしまったかな?


「カンナー。悪いけど気を失った奴らに手錠を嵌めてくれないか?」

「了解でーす。」


 カンナは手慣れた手つきで散らばった盗賊たちに手錠をかけていく。この子は地味な作業を苦にしないようで、俺はとても助かっているのだ。……何処かの駄々っ子女神と違って。


「こいつらの隠し持ってたお宝……が! 重い……のよお!!」

「……ガイア。煩いから、静かに仕事してくれない?」

「何よおおおおお!! 防御力が1だから荷物を引きずるだけでガンガンHPが減ってくのよおおおおおおおお!!」


 使えねえ……。しかも、この前のパベルとの戦闘でガイアの称号が『ロリっ子女神』から『駄々っ子女神』に進化したからな。我が儘に拍車がかかってしまっているな。


 だが、思った以上にここの盗賊はお宝を蓄えていたらしい。ガイアが引きずっている袋、あの中にそれらがパンパンに詰まっているのであれば、仕方がないとも思うが。


「ガイア、少しずつで良いから。俺たちが盗賊を殲滅するまでに終わってれば良いよ。」

「ふんぎいいいいいい!! 汐にクリスマスプレゼントを配ると思えば!! ……何とかがんばれるううううう!!」


 ……サンタを気取った駄々っ子女神だが、今のガイアの顔はとても女神のそれとは思えないんだよ。コント職人みたいだな。


「あっはっはっはっは!! あれはサンタと言うよりもコソ泥だね、ククククククク。」


 パベルのガイアに対する感想も容赦がないと来たものだ。俺もパベルト同意見だったが、あの駄々っ子にそれを言うとメンド臭そうだからあえて言わなかったのに。そもそもガイアは貰う側に思えるのだが?


「パベル、俺の検証は終わったから。ちゃっちゃとクエストの方を終わらせようか。」

「良いのかい? 武器から汐の徒手空拳技に属性の力を流し込む実験は成功ってことか。」


 パベルとの戦闘で俺は武器に付加された属性に助けられた。そして、その力がどこまで影響を与えるか知る必要があったわけで。今回のクエストで俺は自分の拳にも属性を流し込める事が分かった。


 戦闘のプロであるパベルからすれば、無属性は欠点ではないと言う。寧ろ、所有する武器やアイテム次第では全ての属性に染まることができるらしい。


 俺とパベルは盗賊団の頭を睨みつける。すると彼は「うっ!!」と呟きながら後退りしている。こうなっては勝敗は決したも同然だ。


 ジワジワと歩み寄る主戦力の俺たちは、表情を変えることなく目の前にいる盗賊団の頭を憐れんでいる。……聞いた話だと、この男が盗賊になった理由は飢饉で苦しむ村人を見るに見かねたからだと言う。だが、それも他人に迷惑をかけてしまえば同情を集めることはできないのだ。


 俺はふとガイアに視線を向けた。あいつが引きずっている袋に出っ張りが見えるが? ……あいつめ、酒瓶まで袋に詰めたのか。


「これだけの重労働をした後はお酒が美味しいのよおおおおおおおおお!!」


 俺たちは駄々っ子女神の欲望に塗れた叫び声に脱力しながら、今回のクエストを締め括るのだった。……ガイアのせいでパベルの拳が標的の股間にヒットしてしまったではないか。


=冒険者ギルド・食堂=


「んぐんぐんぐんぐんぐ…………ぱっあああああああ!! ビールが美味い!!」


 盗賊団の討伐クエストを達成した俺たち四人は、いつものように食堂で酒を湯水の如く飲んでいた。俺はレモンハイだけですよ? カンナには二度とアルコールは飲ませません!!


 このパーティーは反省会で酒が入ると真面目な話ができるのはパベルだけだから、他のメンバーは大暴れさえしなければ良い、と妥協し始めている。……もう少しだけ女神にやる気があれば良いと思うのだが。


「しかし汐はレベルの上昇率を考えると、さほどに強くなったようには思えないね?」

「パベルもそう思った? そうなんだよ、レベルが27も上昇したのに……。」

「新しいスキルに魔法……、間違いなくレベルは上がっているのにね。これじゃあジョルジョルの旦那に挑めないよ。」


 パベルが言うジョルジョルとは魔王軍の誇る三人の将軍の一人で、個人的な戦闘力では最強の男。当面の標的に定めたからには、討伐の算段をしているわけだが肝心の主戦力である俺が不調ときている。これは大問題だ。


「ガイアやカンナは戦闘に参加させられないからな。どうしようかな?」

「ガイアのお嬢ちゃんは防御力さえどうにかなれば戦力になるんじゃないのか?」

「パベル、……この駄々っ子女神は防御力向上の魔法を使っても使い物にならないんだぞ? どないせえっちゅうじゃい。」


 そう、ガイアは『防御力向上』の魔法を使える。最初は俺もそこに活路を見出していた。だが、その結果を確認して……俺は頭を抱えてしまったのだ。ガイアはバフをかけても防御力が1のままだった。ガイアの話によるとステータス向上系魔法は効果がかけ算だと言うのだから、救えない話だ。


 ガイアの素の防御力は1。つまり、どれだけ防御力にバフをかけても1のままと言う結果になるわけで。使えねえ……。それ以前に、この事実を知っていながら彼女は『防御力向上』の魔法を覚えたのか?


 俺はレモンハイには酔わなかったものの、ガイアのステータスに胸焼けしてしまったわけだ。そして大きなため息を吐く。すると、そんな俺を見かねたのかパベルもため息混じりで俺に話しかけてきた。


「ふう……。まあ汐はレベル1の状態でレベル30の俺に勝ったわけだから、そこまで気にする事もないさ。……ガイアのお嬢ちゃんについては考え方を変えた方が良いかも知れないが。」

「どう言うことさ? パベルはこの紙装甲に何を期待してるわけ?」

「汐おおおおおおおお!! 私だって役に立ちたいわよおおおおおおおおおお!! 役に立ちたいのおおおおおおおおお!! 役にたたせてえええええええええ!!」

「私もお酒が飲みたいですうううううう!! 汐さんってばあ!!」


 すでに酔っ払っているガイアは俺に、くだを巻きながら絡んでくる。酒臭いし、メンド臭え……。それとは別にカンナまで駄々をコネ始めるとは、あの良い子だったカンナはどこに行ったのやら……。


「そもそもHPが最大値なんだから、少しばかりマシな防具を揃えればいけるだろ?」

「パベル、……借金まみれの俺たちにどうやって、その『少しばかりマシな防具』を買えって言うんだよ。」

「うっ……。こりゃあ藪蛇だったか? だけどダメージを喰らうことを前提にしても、継続的に回復できればパーティーの火力にはなるはずだよ。」

「パベルはクエストボードを見てるんだ?」

「汐、俺だって馬鹿じゃないんだ。とっくにこのお嬢ちゃんたちを仲間だと思ってるんだよ。」


 そっぽを向くパベル。真っ赤に染まった顔はアルコールのせいではないらしい。つまりパベルは自分の言葉に照れてしまったのだろう。彼女は戦闘に関しては知識が豊富で、この手の情報も貪欲に集めてくる。


 俺とパベルは盗賊団の討伐クエストが達成したことをギルドの受付に報告しに行った際に、クエストボードに貼られている一枚の依頼書を見つけていた。そして、その依頼達成の報酬に興味を持っていた。

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