第10話・戦闘開始

「ガイアちゃん、大丈夫!? 今から回復魔法をかけるから、ちょっと待っててね!!」

「うう……。私も油断してたわ。……ごめんね。汐。」


 違う、俺が悪いんだ。ガイアが謝るところじゃない。俺の決断がもう少しだけ早ければ。悔やんでも悔やみ切れない、仲間を傷つけられた光景。


 俺はガイアに向けていた視線をパベルに戻すと、この女はため息を吐いている。


「言っただろ? 俺の好みじゃないって。でもね、俺はお前と戦うと決めたんだ。俺の覚悟がこれさ。分かるかい?」

「他にやり方は無かったのか?」

「無いね。……それはお前さんだって理解してるだろ?」


 パベルの目的を考えた場合、これが一番シンプルなのだろう。理解できる。……でも、許せない。俺は家族や仲間が傷付けられることが一番許せない。


 弟妹がイジメられた時も、両親を馬鹿にされた時も、親友を馬鹿にされた時も俺は本気で怒った。では現状の俺は? 武器を持つ両手に力が籠っていく。パベルを睨む目にも力が入っている。


 戦うしかない。負けたくない、負ければ仲間が否定される!! ……ガイアを傷つけて良いのは俺だけだ、だからこそ俺は仲間を守る。


 俺のどうしようもない独占欲が心を支配していく。


「汐さん、ガイアちゃんの傷は私の回復魔法でなんとかなりそうです!!」

「汐、……負けないでね? 私ってば紙装甲だから、役立たずでゴメンね?」

「ふう……。俺はあのお嬢ちゃんが、お前さんにとって足手纏いだなんて思わないよ? それと、お前さんの仲間にはこれ以上の手出しはしない。約束するさ。」

「……じゃあ、お前に集中するよ!!」


 俺はパベルに攻撃を仕掛けた。こいつとの距離を詰めてから、槍による突きの連続攻撃を開始した。パベルは予測していたのだろう、俺の突きに驚く素振りさえ見せずに紙一重で回避する。


 パベルは見たところ、軽装で武器らしい武器も所持していない。そして、先程のガイアに対する攻撃も、彼女の拳からオーラのようなものを飛ばしてきた。パベルの戦闘方法は中距離型の徒手空拳技と推測される。であれば俺の選ぶ戦法は彼女の拳の間合いで戦わないこと。


 つまり槍の間合いで戦っていれば済む話だ。


 先ほどパベルが飛ばしたオーラによる攻撃も、溜めがあったように感じた。つまり、溜めの時間を与えなければ良い。


「へえ。戦いの素人かと思ったが、割と様になってるね? それに考えながら戦ってるんだね。」

「軽口を叩ける状況じゃ無いだろう? ここからペースをあげるからな、……『素早さ向上」。」

「おっと、じゃあ俺も。『素早さ向上』っと。」


 互いに素早さにバフ効果を齎すスキルを発動させた。槍による攻撃の圧を高めた俺、そしてその対処に磨きをかけたパベル。どちらも隙が生まれない状況が続く。


 だが俺は攻撃を見せ過ぎたらしい。パベルは槍を拳で否しながら俺の懐に入り込んできた。そして槍を否した拳とは逆の手を迷うことなく伸ばしてくる。


「槍ってのは懐に入っちまえば、圧を感じないんだよ!!」


 俺はパベルの攻撃に防御の態勢を取る。この数十秒間の立ち回りで俺が感じたこと。それは俺とこのパベルは実力がほぼ互角であると言うことだ。おそらくステータス値は俺の方が上だろうが、パベルは戦闘経験でそれを補っている感じがする。


「目だけで攻撃を追ってないね? 流石は戦闘のプロだよ。」

「そうかい? だったら、これも勉強しときな!!」

「っ!!」


 俺はパベルが拳で正拳突きをしてくると思っていた。だが、彼女は俺が防御のために構えた腕を掴んできた。そして、そこから背負い投げに似た投げ技を仕掛けてくる。そうか、……パベルはこう言う戦闘スタイルなのか!!


「おらよっと!! 受け身の取り方は知ってるかい!?」

「……裏投って知ってるか!?」


 パベルの力を利用して、俺は逆に彼女を抱き抱えて倒れる勢いのままに肩ごしで投げ返す。どうやら、この世界の投げ技は日本の柔道程には複雑では無いらしい。パベルは俺の裏投げに面食らった様子を見せている。


「おああ!? がっ!! ……やるじゃないか。」

「そう言いながらお前だって、しっかりと受け身をとっているじゃないか。しかも、すでに構えまで取ってるとかはね。」

「そこまで見ているのなら、俺の次の行動も分かっているんだろ!?」


 パベルは俺の裏投に受け身を取りながら、肉食獣のような四本足で構えを取っていた。そして、まだ構えを取りきれていない俺に向かって突っ込んでくる。俺はパベルに一瞬遅れて、ようやく構えを取るもパベルはすでに俺の懐に入ってきている。……槍では不利な間合いだ。……だったら消去法だ!!


「おっとお!? まさか短剣の二刀流とはね!!」

「攻守交代だなんて誰が言ったんだよ!!」


 パベルが少しだけ驚いた様子を見せる、彼女は短刀と思っているが、これは短刀と包丁だ。現状を踏まえれば、俺は使えるものは全て使わないと命を拾えない、……その命とは俺と二人の仲間の分。ここはケチってる場合じゃない!!


 俺は先程の攻防よりも近い間合いで、体の回転を利用した連続斬撃を繰り出す。至近距離の戦闘であれば短刀の方が効率良く連続攻撃ができる。そしてパベルもまた、その斬撃に対処せざるを得ない。……先程の槍の連続攻撃が効いたのだろう。彼女は現状の間合いを測りかねているようだ。


「俺から突っかかったんだ、……あのお嬢ちゃんに傷を付けてまでね。」

「…………。」

「だったら下らない戦いにだけはしたくない!! お前さんにも、その仲間にも失礼だろ!?」

「……別の形で気を遣ってくれれば良かったんじゃないのか?」

「悪いね、……俺は戦闘しか脳が無いから。『攻撃力向上』、『防御力向上』……。いくぞ、『バーニングラッシュ』!!」


 パベルは攻防の両方にバフをかけてから、俺の連続斬撃に恐れることなく、その拳で連続の正拳突きを繰り出してきた。それは明らかに短剣による俺の連続攻撃の手数を上回っていた。……こいつはこう言うやつか。


 俺はHPの減りを嫌って、パベルの攻撃を受けることを避けてきた。だが、パベルは自分のHPが減り続けるのであれば、それと同等以上のダメージを敵に与えるため。そして、そのためには自分が傷付くことをなんとも思っていないのだ。


 俺はダメージを負ってしまった。HPの減りをケチった結果がこれか。俺の連続攻撃が途絶えてしまった。そして、その結果としてパベルは悠然と彼女の圧に屈した俺に近付いてくる。……彼女は笑みを浮かべながら、その余裕を全面に見せつけながら。


「ちいっ、これが戦闘経験の差か。だったら、『ファイヤーバレット』!!」

「へえ? 魔法も使えるのかい……、じゃあ俺も。『ファイヤーバレット』!! ちっ!! 魔法に関してはお前さんの方が上か。」


 パベルは自分の苛立ちを隠そうとしない。パベルも魔法は得意なのだろう。だからこそ、彼女は俺の火炎魔法に対して、同じ魔法で対応してきたわけで。だが、その結果は俺の魔法が彼女のそれを押し切った形になった。


 つまり純粋な魔法合戦であれば俺の方が有利と言うことだ。……だが、それはパベルがそれに乗ってくれればの話である。


 俺はこの事実に活路を見出して、距離を取るべく後方に飛ぼうとした。だが、俺は思い知らされたのだ。その行動を取ること自体が無駄だと。パベルは先手を打っていたらしい、……俺の不覚だった。

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