第8話・クエスト

=トリーの街・山岳部=


「汐さん、この道をまっすぐ進めば、このクエストは達成したも同然ですよ。」


 カンナは笑顔を振りまきながら前方を指差している。明るく無邪気なカンナ。俺は表情を緩ませてしまう。晴れ渡る空、絶好のクエスト日和だ。


「カンナ、あまり走っちゃ駄目だよ。転んじゃうから、って!! 言っている側から!!」


 カンナは俺に懐いてくれていると思う。出会ってまだ三日目だけど、俺は少なくともこの子が好きだ。無邪気で無垢、俺の弟妹で一番下の妹に年齢的にも近しいものがある。


 転んで膝を擦りむいたカンナに俺は歩み寄る。するとこの子も「やっちゃいました。ごめんなさい。」と小さく舌を出して、可愛げのある仕草を見せる。この子の仕草を見て俺は思う。


 ————君はどうして一人で旅をしているの?


 ————トリーの街にいる目的は?


 ————ご両親は?


 思いつく限りの疑問を思い浮かべるも、俺はその言葉を口に出せない。出せば、この子はどこか遠くに行ってしまうような気がする。


 ……と、俺は悩んでいるわけだが、後方から全てを台無しにする声が聞こえてくる。


「お腹減ったあ……。二日酔いで頭がガンガンする……。」


 ガイアがげっそりとした顔をしている。この女神っぽい何かは本当に足手纏いだな。そもそもステータスが尖り過ぎなのが原因だ。


 彼女は大地の女神に違わぬ攻撃力と素早さを誇る。だから俺も今回のクエストで戦力として期待していた。にもか関わらず、それらを全て台無しにするものが彼女にはある。……防御力だ。


 ガイアは紙装甲過ぎて長時間歩くとガンガンHPが削れていく。使えねえ……。それ故に、彼女は既に体力の限界らしい。トリーの街から歩いて1時間、俺たちは近くの山まで毒消しの原料を採取しに来ている。そういうクエストを請け負ったのだ。


「ガイアちゃん、もう少しだけがんばって!!」


 カンナがガイアにエールを送る。健気な可愛いエールだ。カンナはガイアと仲良くなったらしい。……飲み友達として。この世界には飲酒に法律とかの制限は無いのだろうか?


「ガイア……。」

「汐お……。……おんぶして。」


 その場で蹲るガイア、俺は彼女に歩み寄る。……するとガイアの足がボロボロだった。俺は驚愕するしか無い、どうやら本当に限界らしいな。


「はあ……。ほら、乗って。」

「えっ!? 良いの? 本当に!?」

「……乗らないなら先に行っちゃうよ? ガイアだけ、ここでお留守番。」

「乗ります!! 乗ります!!」


 ガイアはバスに駆け込み乗車するかの如く、手を上げながら自分の意思を主張する。俺はため息をついてしまう。だが、それでもガイアがここまでがんばった証があるのだから、冷たく遇らうこともできない。


「そのうちガイアの防御力をなんとかしないとな。」

「……うん。」

「じゃないと解雇しちゃうから、クーリングオフしちゃうから。」

「汐おおおおおお!! だから私は崖っぷちなんだってば!!」

「これから向かうところは、場所的に崖っぷちだから君とお似合いだね? ……ここはババ捨て山か……?」


 ガイアは俺の『ババ捨て山発言』が気に入らなかったのか、背中の上で大暴れしている。


 ちっ。……背中に当たる胸の感触が気持ち良いから、少しだけ我慢してやるか?


「ガイアちゃん、飲み物いる?」


 徐にカンナが背負っている鞄から水筒を取り出して、それをガイアに渡す。本当に出来た子だ。


「ん? カンナは何かしてる?」

「はい、回復魔法を使いました。これでガイアちゃんの足の傷もマシになるかなって思いまして。」

「ヤバい、……本当に泣けてきた。普通はこう言う回復役って女神の仕事じゃないのかな?」

「うう……。私はヒーラーの才能が無いって言われたから、習得してないのよね。回復スキル……。」


 ええ……。何、この人? 本当に女神なのかな?


「うーん。ガイアちゃんは翼のコスプレを外せば、少しは楽になるんじゃないのかな?」

「「え?」」

「え? その翼ってコスプレですよね? 山に登るのなら邪魔かなって、思いまして。」


 キョトンとした表情のカンナ。この子は本気でガイアを心配したからこそ、選んだ言葉なのだろう。だが、現状においてその優しさが、最大の狂気になろうとは……。


「コスプレ……? 私の女神の翼が? ……私って女神っぽくないのかな?」

「女神っぽいけど、女神じゃないんだよ。」


 カンナの言葉に本気で落ち込むガイア。そして、それに追い討ちをかける俺の一言。お? ガイアが背中で静かになってくれたから、背負うのが楽になったな。


 だが、ガイアは落ち込み過ぎてクエストを達成するまで、……ギルドハウスに向かうまで、本当にただの『お荷物』になるのでは、と俺は危惧してしまった。本当に……使えねえロリっ子女神だな。


「そう言えば、カンナが使えるスキルを俺たちに共有して貰うことってできる?」

「え? ああ、パーティーを組むのなら、その方が良いですよね。」

「そっか。じゃあ映し出して貰おうか。……おい、仕事だぞ?」

「何よ……。そう言うことは出発する前にやるものでしょうが、それを汐ったら偉そうに。」


 このロリっ子女神め、この状況下で正論を吐きやがって! ……現状を鑑みると、お前の価値はそこにしか見出せないのだが、ガイアはそれが本当に分かっているのか?


「ガイア! お前は『真実の目』でステータス表示をするしか現状は能が無いじゃないか!!」

「汐が酷い事を言ってくるよおおおおおおお!! 何よそれ、私の才能って日本のゲームで言うとコントローラーのセレクトボタン一つと同等だって言いたの!? うきいいいいいいいい!!」


 ガイアも俺の背中で暴れるなっての!! それと天然なのかボケているのか知らないけど、今しがた君自身が言った自己評価が一番辛辣だからね!!……セレクトボタンと同等の存在ってなんだよ。少しだけ面白いじゃないか……。若干情報が古いあたりが2000歳と言うことにしようか。


「うーん。ガイアちゃんが嫌がるのなら、私がそれを覚えましょうか?」

「「へ?」」

「あ、えっとですね。実は私もステータス確認の才能が少しだけあるんです。だからガイアちゃんがどうしても嫌なら私が代わってあげようかなって。お姉ちゃんだし。」


 カンナは優しい子。それだけは何があろうと絶対に変わらないことだ。例え悪事を働いても、何か理由があるはず。俺はそう思う。だからこそ、今の発言にも悪意は無い、と判断できる。それは背中で崩れ落ちるガイアを見ていると、……良く分かるよ。


「ガイア。……ほら、しっかりと俺を掴んでおけよ。ずり落ちちゃうから。」

「ううううううううう……。汐、この場合は優しくしないでね? いつもみたいに厳しいくらいが丁度良いのおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ガイアはヒロイン枠で…………駄目だな。可愛いだけじゃヒロインは名乗れないからな。」

「汐も……独り言で私にトドメを刺しに来ないでね?」


 おっと? 褒めたつもりなのだけど。ガイアにはお気に召さなかったらしい。本当に我が儘だな、このロリっ子女神は。頼むから俺の背中で盛大に泣かないで欲しい、さっきから俺の背中がガイアの号泣のせいでびしょびしょなのだ。ついでに鼻水まみれ。


 クエスト日和と銘打った晴れた空を見上げると、その先に俺たちが目指す断崖が姿を表した。ババ捨てなのか、子守なのか。どちらとも判断し難い俺の現状。無垢な優しさは、時に人を傷付ける事を改めて実感した道中だった。


 ……不意に俺は視線を落とす。それは違和感を感じたからだ。


 ————動物の気配がしない、いや、消えた。


 ここは山岳地帯だ。如何に街が近いとは言え、その植物の豊富さから動物が多く生息する。俺はこの道中でそれをこの目で確認してきた。山頂に近付いているからか? だが、それにしても不自然だ。


 俺はさらに視線を通す。すると、カンナが何かを決意した様な、そんな表情になる。この子の心情に何があった?


「……私は獣人なんです。」

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