第7話・負い目

 良い匂いがする。それが私の胃袋を刺激する、とても良い匂いだ。そしてどう言うわけか頭がガンガンするけど、それでも思わず目を覚ましてしまいたくなる匂い。これは天界では嗅いだ事がない。……本当に良い匂い。


「あいつっ!! どうして頭がガンガンするのよ……。」

「ん? ああ、起きたのか……、ガイアおはよう。」

「え? おはよう。汐は何をしてるの?」


 私の名前はガイア。大地の女神よ。そして、私の目の前にいる男の子は丸木 汐。

私が彼の生まれた世界から追放してこの世界に連れてきた日本人の高校生。高身長でイケメンだから、天界からずっと狙っていた男の子だ。


「『DIY』のスキルでマイホームを拡張できたからね。設置したばかりのキッチンで朝食を作ってるんだ。」


 天界はいくつもの世界を管理している。そして、それらの世界を管理する神はランダムに決定される、因みに私の担当は汐の住む世界。


 ……汐は日本という国で九人兄弟の長男であり、まだ高校生であるにも関わらずご両親に代わって一家の生計を担う苦労人。


 彼の正体は魔族の子孫。


 その事が天界で発覚した際に決定した彼の処遇は彼が生まれた世界からの『追放』。


 苦労しか知らない彼にはあまりにも厳しい処遇。そして争いようのない運命。


 彼の運命は、魔族の子孫という事実は彼の世界には存在しない現実。だから魔族が存在するこの世界への追放が決定したわけで。


 少しでも彼が苦しまないように、私はこの世界に彼を連れてきた。


 ……私がどうして、この世界に干渉するかと言うと、上司である上位神に怒れたから。


 つい先日、天界の居酒屋でハメを外し過ぎて粗相をしまして。その事が天界新聞の記事に載ったのがマズかった。そして、その件で女神として最終通告を受けた私が言い渡されたのは、汐の追放を手がけること。


 最初はイヤイヤだったけど、汐の追放が覆らないのであれば、少しでも彼の苦痛を和らげてあげたい。……つまり、汐が私の目の間にいるのは偶然ではない。そして、彼には一生言えない事なのよね。


「……これって、昨日汐が採取していた草よね? 食べられるの?」

「ガイアは俺のスキルをとことん小馬鹿にするね? 良いんだよ、食べたくないなら。」

「食べますう!! お願いだから、もう少しだけ私に優しくしてえええええええ!!」


 何かと冷たい目線を向ける汐、確かになんの説明もなく誘拐したようなものだから。私もあの目を向けられると彼に色々と言いづらくなる。


 ん? そう言えば汐が使っている包丁、あれって聖なる力を感じるんだけど……。どこで手に入れたのかしら?


「ねえ、汐。その包丁ってどこで手に入れてきたの?」

「これ? ……昨日、ガイアから貰った剣を加工して包丁にしたんだよ。」

「…………はい?」

「だから剣だと戦闘でしか使えないだろ? だからと言って今は贅沢できる状況じゃないんだから、手持ちでなんとかしないとね。」

「…………あの剣って魔王を倒すために、天界で作られた最強の武器なんだけど……。」

「ああ、分かってるよ。だから刀身を三つに分けただけだよ。ほら、そっちに立てかけているだろ?」


 汐がマイホームと呼ぶ、彼のスキルで作成した小屋の隅っこにひっそりと立てかけられている槍と短刀。え!? あれが……私が汐にあげた……伝説の剣の成れの果て!?


「汐おおおおおお!! なんて事するのよ!! て言うか、あんた器用過ぎじゃないの!?」

「だから今を食い繋ぐためだろうが! 槍や短刀にすれば刀身部が短くできるし、色々な戦い方だってできるんだ。……残った部分を使って包丁にしただけだよ。」


 ……そう、汐は日本で貧乏な生活を送っていたから、考え方がとてもシビアなの。


 彼のスキルは貧乏な状況から脱するために努力をしてきた汐の成果そのもの。そして、このトリーの街に到着するまでの間も、彼は薬草や食べられる山草などを蓄えれるだけ蓄えて来た。その様子に逞しさを感じつつも、私は頭を抱えている。


 ……何しろ汐はいつの間にか、その薬草を問屋に卸したり、ギルドのクエスト達成のために使ったりと、既に色々と動いていた。


 気が付けば彼はある程度の金銭的な貯蓄をしている。……でもケチなのよね。貯め込んでるの。勇者のくせにケチケチなのよ。でも、まさか装備までケチるとは思わなかった……。


「うう……、せっかく天界の刀匠に頼み込んで作成して貰ったのに。」

「ほら、朝食。それと今日からクエストもこなすから、ガイアにも手伝って貰うからね?」

「…………はい。」

「まったく、カンナは早起きしてギルドハウスにクエストを見繕いに行ってくれてるのに。ガイアは二日酔いだなんて、これだから崖っぷち女神は……。」


 汐はいつの間にかテーブルを設置して、その上にガチャンと朝食を乗せたお盆を置いた。……良い匂いがする。私に文句を言いつつも、何だかんだで優しい男の子。


 そう、優し過ぎるのよ。何しろ、彼が今しがた口にしたカンナと言う少女にしても、無防備過ぎると思うの。


 頼まれたから一晩だけこのマイホームに泊めてあげて、目的地が一緒だから旅を共にして、その流れで一緒に生活をすることになる。普通の感覚で言えば可笑しいわ。……汐はあの子に何かを含んでいるみたいだけど。


「ねえ、汐? どうして私の分だけオカズの量が少ないの? ……カンナは山盛りなのに。」

「……働く人には還元しないとね。」


 汐はケチだけど、お金やものを出し惜しまない。彼は見合った成果を出す人には、見合った対応をする。彼が日本で複数のバイトを掛け持ちしていたのも、八人の弟妹たちへ還元するため。彼の妹が学校の部活で全国大会に出場した時は死に物狂いでバイトをしていた。


 ……つまり、私は何もしていないと?


「お願いだから朝食のメニューで圧をかけないでええええええええ!!」

「うっさいわ!! 黙って食べろよ!!」

「うう……。美味しいから、余計に虚しくなるの。」

「…………。」

「あれ? 私のオカズが増えた?」

「見間違いじゃないの?」


 ……やっぱり私は間違っていなかった。ケチだけど優しい汐だからこそ、私は彼に傷付いて欲しくない。今日から私も魔王のことを調査してみよう。彼が迷うことなく、勇者になれるように。


 だけど彼は甘くない。それは理解している。そして私は彼の優しさに油断をしてしまった。その結果が、彼の次なる行動に出るとは私には想像だにできなかった。


「……ん? 汐、どうして無言で私の前に紙を置くの?」

「確認しといてね。」


 汐はオカズに視線を向けたまま、私と会話している。何か嫌な予感がするんだけど? そして、汐の置いた紙を引っくり返すと、私は思わず体を硬直させてしまった。


「……請求書? ギルドハウスの食堂代? え? どう言うこと?」

「……ギルドに頼んでツケにして貰ったから。がんばってね。」

「汐おおおおおおおおおお!? ええ、私ってこんなに飲んじゃったの!? 汐の分は!?」

「俺はレモンハイ飲んだだけだから。カンナの分は差し引いてあるから、安心してね。」

「私だけえええええええええええ!? どうして私だけ容赦がないの!?」

「……大地の女神だから。」

「へ?」

「味噌ラーメンの女神じゃないから。」


 ふぐうっ!! まさか、未だに味噌ラーメンのことを根に持っているなんて!! 私と汐の世界救済の旅は前途多難のようだ。それでも彼はどうしようもない現状から、目をそらしているわけではない。私は自分のできることをしよう。彼だけの女神として。


「小麦粉だって大豆だって、大地が育んでくれるんだからねええええええええ!!」

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