第5話・冒険者ギルドの食堂

=冒険者ギルド・食堂=


 俺は見てはならないものを見てしまった。


 冒険者ギルドの食堂はこの建屋の入り口に立って、すぐ右に見える廊下を真っすぐ進んだ場所にある。受付嬢の話によると、この食堂は安価でお酒の種類も豊富なため、冒険者であれば利用しない人はいない程に人気があると言う事だった。


 冒険者ギルドは荒くれ者の集まる場所、と言う印象があったから俺は不安だったのだ。


 いや、正確にはカンナの様な大人しい子が何か悪さでもされないか心配だった。まあ、ガイアは仮にも崖っぷち女神だろうが、女神っぽい何かだろうが強いらしいから心配はしなかったのだが……まさかこうなろうとは。


「んぐんぐんぐんぐ!! ぷっはあ、……はい! 私の勝ちよ!!」


 ガイアがギルドの食堂で出来上がっているのだ、……それも昼間っから。


「ガイア、昼間っから酒かよ。」

「何よ! あいつらが先に、ひっく……ちょっかいを出してきたんだからね!!」

「カンナ……、何があったの?」

「ええっとですね、ガイアちゃんにあそこの冒険者さんが絡んできまして……、ひっく。」


 カンナは控えめに視線を食堂の隅に移す。そして俺もその視線を追うと冒険者らしき男性たちが山積みにされていた。しかも……顔が、ボコボコにされてません? いったい誰に……。


「そいつらはね!! 女神であるこの私にお酌しろって言ってきたのよ!! なーにが『新入りは体を張って先輩に尽くすものだ』よ!! 私はキャバ嬢じゃないんだからね!!」

「……ガイア? もしかして、あそこの男性冒険者は君が伸しちゃったの?」

「はあ!? 汐は何を言っているの? 私は飲酒で忙しいんだから、そんな暇があるわけ無いじゃない!! やってられるかっての……、んぐんぐんぐんぐ!!」


 うわあ……。女神がビールジョッキを片手に裂きイカを噛んでる。これは駄目だ。そもそもカンナの教育に良くない。まだ出会って一日のこの子ではあるが、日本に残してきた弟妹たちの面影を持つカンナに俺は愛着を持ってしまっているのだ。


「カンナ、ごめんな。まさかガイアが暴力を振るうなんて思わなかったから……。」

「ええ? ガイアちゃんは暴力なんて振るってませんよ? ……ひっく。」

「え? だって、あそこに……。」

「ああ、あれはですねえ……私がやっちゃいましたあ!! キャハハハハ、……ひっく!!」


 カンナも飲んでるのお!?


 ……言われてみれば部屋の隅で伸びている男性冒険者たちの視線……、あれはカンナに向けられているのではないか? しかも、その視線の恍惚とした様子。


 えっ、もしかして、そっちの方向に目覚めちゃった!?


 ヤバい、これは絶対にヤバい。周囲の冒険たちからの視線が俺たち三人に集まっているこの状況。……俺はこの場から逃げたいんですが。


「カンナァァァァァ!! お酒が足らないわよ!!」

「はいはーい!! お姉ちゃんがお酒を頼んでおいたから、ちょっと待っててね?」


 そこ!! 確かに俺は言った。ガイアの面倒を見てくれ、と。だが、この状況は想定外だよ。


 あ、……ああ!! ガイアの後ろに転がっているビールの樽が数えきれないじゃないか!! これってお会計は誰がするの?


「キャハハハハ!! 汐さん、お金の心配は要らないですってば、……さっき絡んできた冒険者さんたちから巻き上げておいたので!!」

「…………カンナ? それって犯罪じゃないのか?」

「何を言うんですか!! 汐さん、あっちが先に犯罪をしてきたんですからね!! ロリコンさんは犯罪です!!」


 カンナも声がデカいよ!! 俺は引きつりまくった顔のまま、後ろを振り向いた。……そして、ゆっくりと視線を元に戻す。


  ……食堂にいる冒険者たちが俺たちに怯えた様子をみせているじゃないか……。おお……、カンナが座っている席の足元に……、中年の男性冒険者が意識を失って転がっている!!


「キャハハハハ!! 足元のゴミが邪魔です、えいっ!!」


 げっ!! カンナが……無邪気に笑いながら、男性冒険者の頭部を蹴っているじゃないか!!


 この子は酒乱だったのか……。だが、それ以上に……俺はさらに見てはならないものを見てしまった。それはカンナに頭部を蹴られて、気持ちよさそうにしている男性冒険者の表情だ。……冒険者って変態の集まりなのか?


「ちょっと!! さっきカンナが頼んだビールの追加10樽がまだ来てないんだけど!?」

「……ガイア、ペースを落とした方が。お酒は美味しく飲むものじゃないのか?」

「はっあああああああああああ!? 汐はこの気高くも美しい、私と一緒にお酒が飲めることを誇っていれば良いのよおおおおおお!! はああああああああ……。」


 酒臭いな!! この冒険者ギルドの食堂で俺たち三人はその一角を貸し切っている。そして、その様子をまるで八岐大蛇(やまたのおろち)でも見るかのように怯えている冒険者たち。俺はこの雰囲気の中で、マッサージが必要なほどに顔の筋肉を硬直させるのだった。

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