第一章•仲間集結編

第1話・契約

『ごめんなさい、あなたを現代社会から『追放」します。』


 ————まるで宇宙空間。


 それは俺が目の前に広がる光景に対して、最初に感じた素直な感想。


 基本的に俺はボギャブラリーが乏しい、それ故にこれ以外の表現が思い浮かばない。


 周囲は闇に包まれ、その闇の中で健気にも足元を照らす無数の小さな光が瞬いている。


 そして、それらを観察し続ける俺の視線は落ち着かない。


 何しろ見渡したところで、俺の疑問は何一つとして解決しないのだから。


 唯一の救いはヒトの声が聞こえてくること。女の子の声か? 聞き覚えのない声だった。


 ————『追放する』、と言ったのか? 俺を? しかも現代社会からってどう言う意味だ?


 だが俺にはやることがある。もし俺がその異世界とやらに召喚させられるのであれば、今の俺には迷惑極まりない話だ。


 そもそも俺がここにいるのは、この声の主が原因なのだろうか?


 この状況を考えると、そう結論付ける方が自然だろう。


 であれば一応、抗議しておいた方が良いだろうか?


「俺はバイト中なんだから、早くラーメン屋に返してくれ!! 今日の賄いは味噌ラーメンなんだよ。俺の唯一の楽しみなんだ。」


『ああ……、話には聞くけど日本のラーメンってとっても美味しいらしいわね? でも、ごめんね? あなたは現代社会にいてはならない存在なの。』


「そんなこと知るか! それよりも俺の家は年中ピンチなんだよ、家計が火の車!! だから世界のピンチなんて宗教の勧誘みたいな言葉には興味ありません!!」


『はあっっっ!? こっちが下手に出ていると思って調子に乗っているの!? ……あなた、ラーメンのためだけに本気で泣いているの?』


「話の内容は支離滅裂だし、現代社会から追放って意味が分からないんだよ!! 今日はバイト先の賄いで夕飯を済ますつもりだったんだ。それを食べるのが俺に与えられた使命なんだよ!!」


『あなたは『隔世遺伝』によって生まれ変わった魔族なの!! だから日本人のままだとまずいのよ!! それに今回の件は天界の決定です!!』


 どうやら、この声の主とは会話が可能なようだ。だが、その会話は全く成立しない。


 俺が『魔族』ってどう言う事だよ? それに……。


 ————『隔世遺伝』。


 確か古い先祖の遺伝が世代を飛ばして発現するだったか?


 だが俺にはどうでも良い事だ。何故ならば俺は現実しか興味がないから!


 俺の家が貧乏だから。


 だから俺は受験生なのにバイトを四つも掛け持ちしてるいるんだ。


 そして今日のバイトはラーメン屋の厨房。食費を浮かす絶好のチャンスなんだ!!


 それよりも『ラーメンのためだけ』、とこの声の主は言ったのか?


 月の小遣いが100円の俺には一杯800円もするラーメンは超高級品なんだよ!! バカにするな!!


「ヤバいぞ。麺を茹で始めてから、どれくらい経ったかな? ああもう!! 俺が店長に怒られるんだ、早くラーメン屋に返してくれ!!」


『!! 君はラーメン屋のバイトと天界の決定と、どっちが大事なのよ!?』


「ラーメン屋のバイトだ!! 天界とやらの決定に従っても腹を満たす事なんてできないだろ!!」


 この声の主は怒っているな。


 彼女がその感情を剥き出しにしている事が、その声から伝わってくるから。


 だけど俺にも譲れないものがある。だからこそ俺も声を荒げてしまうのだ。


 だが俺の答えが気に入らなかったのか、彼女はさらに怒気を強めて怒鳴り出した。


『……ああ、もう良いわ。丸木汐まるき しお。あなたを異世界に追放します!!」


「うわああああああああああ!!」


 ————あなたを異世界に追放します!!


 と言う理解し難い彼女の声を皮切りに、俺はこの闇の中でジェットコースターにでも乗っているかのような感覚に陥った。


それは目を回しながら地の底に沈んでいくような感覚。


 俺はその感覚を保ったまま、この闇の中から姿を消した。


 そして彼女は俺がこの闇の中からいなくなると、「メンドくさい子。」と呆れたように呟く。


 だが、それと同時に彼女は心配そうな表情を浮かべながら、右手を頬に当てた。


『……特典も渡し忘れちゃったし、様子だけ見に行こうかしら。はあ、私も感情的になっちゃったし、女神失格かな? 世話の焼ける子なんだから。』


 彼女は二言目を呟き終えると、俺と同じように、この闇から姿を消すのだった。


=森の中=


「……夕飯の味噌ラーメン!!」


 気が付けば俺は無数の光のシャワーが差し込む森の中にいた。


 周囲の木々には、自然の力強さと大らかさを見せつけるように深々とした緑が覆い被さる。


 眩しいけど、悪くない。


 だが、それとこれとは話が別だ。周囲に向ける感想と、俺自身の感想は全くの別物。


 俺の目覚めは最悪だった。


 何しろ、目覚めの第一声が夕飯を心配してのものだったからだ。


 ここは森だろうか? 俺は今まで気を失っていたらしい。


 さっきのは夢か? 俺は上半身だけ起こしてから額に手を当てる。


 ————何があったんだ?


 俺は自問自答を繰り返し、あることを思い出した。


 ……バイト先のラーメン屋でお客さんに頼まれたラーメン。そして、そのラーメンを調理するために投入した麺。


「ヤバいぞ、……麺を無駄にしたら店長に減給される。」


「はあ……、まだそんなことを言ってるの? 丸木 汐。」


「君は?」


「はあ……、普通だったら『ここはどこだ!?』じゃないの?」


「……君は? って、闇の中から聞こえてきた声!!」


「ふふふ。ようやく思い出したわね。んー? とりあえず自己紹介しようかな。私は女神のガイアよ。」


 女神と名乗った少女は腰に両手を当てながら、その豊満な胸を強調するかのように突き出す。


 俺に笑顔を向けるこの子に抱いた第一印象は美少女。


 八重歯が特徴的な、ショートカットが良く似合う、まるで絵に描いたような健康的美少女。


 女神? この子は自分が女神だと言ったのか?


 ……確かに見た目は可愛い、胸も愛嬌もあるし、背中には天使の如き翼。


 着ている衣服も、どこかの神話に出てきそうなデザインだ。


 うん、言われてみると納得できる材料は揃っているな。だが……。


「ガイアって聞き覚えのある単語だな。」


「うん? 私は大地の女神よ。日本ではゲームとかに良く登場するらしいじゃない。」


「……ラーメンの女神の方が良かった。」


「は?」


「君がラーメンの女神だったら、異世界だろうと屋台を引いて稼げるじゃないか!!」


「はああ!? あんた、こんな美少女を目の前にして、第一声がそれなの!?」


「うっさいわ!! 背中の翼で鶏がらスープをとっちまうぞ!?」


「何ですってえ!! 確かに私にはあんたを召喚させた負い目があるけど、それは言い過ぎなんじゃないの!?」


 ガイアは胸ぐらを掴んで、俺の頭を前後に揺さぶってきた。


 彼女の顔には、明らかな怒りの感情が確認できる。どうやら俺はこの子を本気で怒らせてしまったらしい。


 顔を真っ赤にさせながら、その八重歯を剥き出しにして怒るガイア。


 女神、と言われても誰も否定できない美しさを誇る少女。


 その少女が怒りのままに行動している。そしてその怒りからか、俺との距離が極端に近い。


 ガイアが俺の顔を揺さぶる度に、彼女の吐息と唾が飛んで来る。


 どうして俺はこんな目に遭っているのだろうか?


 そもそも俺は彼女によって強制的に異世界に追放させられたと言うのに、この対応は酷すぎると思う。


 そして俺の至近距離に美少女の顔。ムカついてきたな。


 ————ちゅっ。


 おやおや? 先ほどまで顔を真っ赤にさせていたガイアだが、それとは別の意味で顔をさらに赤らめている。


 けっ、俺にだって、これくらいの役得がないとやってられないよ。


「あ、あんた!! 人間の分際で女神の私に何してんのよ!? しかも人が説教をしてるこのタイミングで!!」


 ————ちゅっ、ちゅちゅちゅちゅっちゅ。


「七回分回収。」


「!! 丸木汐、あんたは人に説教をされてるのよ!? しかも、私のファーストキスからセブンスキスまで一括で……。」


「俺の頭を揺さぶった分はしっかり回収したからな。ファーストキスに免じて、召喚の件は水に流してやるよ。」


 俺は不貞腐れている。だが、それは正当な理由からだ。


 俺は家の家計のために、弟妹のため眠る時間を削ってまでバイトをしていた。


 なのに、この女神は自分勝手な理由で俺をこの世界に追放させたのだから、これくらいは当然だ。寧ろ足らないくらいだ。


 ————契約完了。女神ガイアとの接続を確認しました。


 聞き覚えのない声が聴こえる。だが、これはガイアの声ではない。


 それに、この声は耳に届いたものではない気がする、どちらかと言うと脳内に直接響いて来る。


 少なくとも俺はそう感じる。


 最終的に、この俺の推測は、ガイアの反応を見ることで確信へと変わった。ガイアは本当に騒がしい子だな。


「えっっ!? まさか私がこの子と契約しちゃったの!?」


「この子って……。君って本当に物言いが失礼だよね。その見た目だと俺と同い年くらいでしょ?」


「はああ!? 私は女神なの、め・が・み!! 生まれ落ちてから2000年は経ってるんだからね!! あんたと違って偉いの!!」


「うげえ……、生まれて2000年ってババアじゃん、ミイラじゃん。女神じゃないじゃん。俺のファーストキスってババアが相手なのか!? 寧ろ罰ゲームだよ!! ……舌入れちゃったよ。ばっちい……、ぺっ!!」


「あんたああああああああああ、ミイラって悪口にも程があるんじゃないの!? って、きゃあ!! こんな事を場合じゃなかったわ!!」


 ガイアは先ほどまで掴んで離さなかった俺の胸ぐらを、捨てるように振り解いた。


 そして何処からか聞こえてきた「契約完了」と言う言葉に怯えている様子を見せる。ざまあみろ。


 女神を名乗る彼女は天に向かって、祈るようなポーズを取りだしている。


 俺に説教をしだしたかと思えば、忙しないな。


 もしかして、この子って本気で泣いているんじゃないのか?


「まあ良いや。後は味噌ラーメンの恨みの分だな。これはどうやって回収しようかな? ババア相手にチューはもう懲り懲りだし。」


「あんたって奴は……。こんな美少女を目の前にして、女神の私に向かって言うセリフ!?」


「美少女ね……、はっ!!」


「はっきり言いなさいよ!! 年齢が少女じゃないって言いたいの!? って、表情で答えるなああああああああ!! ああ、天界に繋がるゲートが閉じちゃう!!」


 ガイアが慌てて手を伸ばす。彼女が手を伸ばす先には、まるでアニメに出てくるような空間の穴らしきものがあった。


 人が一人通れるだろうギリギリの大きさ。そして、その穴は少しずつ小さくなり、閉じていった。


 そして何故か手を伸ばしながら項垂れるガイア。

 

 ガイアは女神のわりに騒々しい性格をしているようだ。


 両手で美しいブロンドヘアを掻きむしりながら、大騒ぎのご様子だ。


 そんな彼女に対して向けている俺の生ぬるい視線と来たら。


 これは実被害が発生するかな? メンドくさいなあ。


 俺の方が被害者なのに。ガイアは俺の考えなど、気にも留めていないらしい。


 彼女は顔を真っ赤に仕上げてから、再び俺に詰め寄ってくる。


「あんたのせいで私は天界に帰れなくなったじゃないの!?」


「天界って、さっきの暗闇?」


「そうよ!! あそこには、私以外の神様が住んでるんだからね!!」


「……神様って揃いも揃っって根暗かよ。コウモリかよ。ちょっとは光合成しろよ。あんな暗闇に住んでて、気が滅入らないのかね?」


「人間のくせに神様をバカにするなあ!!」


「と言うか、君が帰れなくなった理由もそうだし、なんだったら、この状況も理解してないし。君って女神怠慢じゃないの?」


 どうやら最後の言葉がガイアにとってトドメになったらしい。


 彼女は真っ赤な顔から、湯気でも出しそうな勢いだ。


 だが、それ以前に女神が泣きべそ掻きながら、頬を膨らませてるんじゃないよ。


 俺は訳も分からないまま、ガイアによって異世界へ強制的に転移させられた。


 そして勝手に話を進め、勝手に混乱し始める彼女をジト目で見つめて、現状の整理はガイア抜きでするしかない、と結論付けた。


「女神には休日や残業代なんか出ないんだからね!! この痴漢野郎……、天界審判で地獄に堕としてやるんだからね!!」


「天界ってブラック企業なんだね。寧ろ天界を訴えちゃえば良いのに。女神とかやっていて虚しくならないの?」


「きいいいいいいい!! 丸木汐おおおおおおおおお!!」


「いくら森の中だからって、人のフルネームを叫ばないでくれる? 恥ずかしいなあ。」


 この時森の中で延々と大騒ぎする俺とガイア。


 この時、この二人を監視する視線があることに、俺はまだ気付いてなかった。


『ふええ……、痴話喧嘩だよお。』

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