第8話


すらりとした長身に、引き締まった背中。

どっしりと安心感のある背中。

その背中を見ながらふと、「信兄ちゃん……」と呟いた。


「男二人で女性に襲い掛かるなんて、恥を知れ」


凛とした声にどきりとする。

じっと見つめていると、男が振り返った。


「あ……」


黒い短髪に目つきが悪いが端正な顔立ち。

黒いローブから覗くのは、金糸の刺繍が施された高価そうな服。

制服こそ着ていないが、アリシアが学園のホールから立ち去るとき、一人拍手を送っていた青年だった。


「大丈夫か」

「あ、は、はい」


吸い込まれるような漆黒の瞳に見据えられ、思わずどきまぎする。


「あの。もしかして、助けてくれはったんですか」

「ああ、まあ、そのつもりだけど、余計なお節介だったかな」

「いえ、あの、助かりました。ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げる。


「あの、あなたもたしか、ヴェルフィリア学園の生徒でしたよね」

「覚えててくれたのか。僕はカイト。よろしく」

「はあ……。アリシアです」

「ああ、知ってるよ。聖女をイジメる稀代の悪役令嬢、だろ?」


からかうような口ぶりでニヤリと笑うカイト。

助けてくれたのはいいが、なんだこいつ……ムカつく!

カチンとしながら、怒りを抑えつつ礼だけ言う。


「ええ、そうですわ。学園一の悪役令嬢ですわ。そんな女を助けてくれてどうもおおきに。ほなさいなら!」


踵を返して帰ろうとしたところを「おいおい」と呼び止められた。


「まだなんかありますのん」

「君の目的はこいつらだろ?」

「ああ!」


そうだった。すっかり忘れていたが、当初の目的はこのチンピラどもをとっちめて情報を聞き出すことだった。


しゃがみこんで、地面に転がる二人をつつく。


「ちょっと、あんたら。誰に言われて悪さしたん」

「う、うるせえ! おまえなんかに言うか、ばーかばーか」

「子供か……」


しょうもない悪あがきをするキツネ男に、もはや怒る気力も消え失せるが、気を取り直してきりりと見据える。


「あのな、あんたらにとっては遊びやったんかもしれん。でもな、そのせいで困ってる街の人たちがおんねん。なんも悪いことしてへん人をいじめて楽しいんか?」


キツネ顔は目を逸らし、口の中でもごもごと呟いた。


「あ、兄貴。この人の言う通りだよ。もう僕も嫌だよこんな仕事」

「うるせえうるせえうるせえ! 女に舐められたとあっちゃあ、このコルトス様の名が廃らあ!」


石畳の上に胡坐をかき、腕組みをしてそっぽを向くキツネ顔のコルトス。

いるよね、こういう奴。やれやれどうしたものか……と思っていると、カイトが冷ややかに言った。


「じゃあ自警団に引き渡すか」

「えっ!」


顔を引きつらせるコルトスとポルト。


「そりゃあそうだろう。君たちは悪事を犯したんだ。それで反省の色もないんだから、このままというわけにはいくまい。あと、君たちが襲ったこのご女性は、このファルニール領のご令嬢・アリシア様だからね。公爵令嬢を襲った暴漢となれば、どんな刑が待ち受けているんだろうね」


にやにやと意地の悪い顔をするカイトと、どんどん顔を青ざめる二人。

タヌキ顔のポルトはガタガタと身体を震わせて「どうしよう、兄貴」と呟いている。

やがて……。

「すんませんでしたああっ!」

コルトスがその場でがばっと土下座をした。

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