第7話


そんな事を言いながら街を散歩していると、路地の向こうからだみ声が聞こえてきた。


「あ、兄貴。ぜんぜん人がいないね」

「まあ、俺たちがビビらせすぎちまったかなあ。いやあ、暴れ足りなくて、腕がなまっちまうぜえ!」


聞こえよがしに声を張り上げており、明らかによからぬ輩。

しかも会話を聞くに、例の街を荒らす者たちだろうか。


「お嬢様、道を変えましょう」


シーラが慌てて裾を引っ張る。

ニヤリを笑って、その手を払った。


「ええやん、このまま行くで」


シーラが血相を変える。


「なに言ってるんですか! 危険です。お嬢様にもしものことがあっては、旦那様方にどう償えばいいのか。いいから、黙ってこっちに行きましょう」

「どんな奴か興味あんねん。ほらほら、引っ張らんといて、袖が皺になるわ」

「そういう問題じゃありません!」


がみがみうるさいシーラを無視して、ずんずん進む。

だって、これはチャンスなのだ。

街を荒らしている輩。そいつらをとっちめれば、街に活気が戻り、お父様の心労も減る。はず。

それに、ファルニール家の領地と知って悪さをする奴らから、しっぽを巻いて逃げ出すなんて、血が許さない。

いまは東雲組あらためファルニール家という代紋を背負っている身である。

このまま舐められっぱなしというわけにはいかないのだ。


そのまま歩いていると、曲がり角から、ガラの悪い男二人が姿を見せた。


一人は服をだらしなく着た、細身の若い男。ずるがしこい目つきでなんとなくキツネみたいだ、

髪を立たせて、ズボンのポケットに手をつっこみ、ガニ股で歩いている。

もう一人は、ぽっちゃりした男。

おどおどした顔つきで、きょろきょろとあたりを見回している。こちらはタヌキだろうか、


うわあ……、とアリシアは心の中で呟いた。

小者感丸出しの、分かりやすいチンピラだ。

誰かに雇われているのだろうが、おおかたろくな情報も持ってはいないだろう。

とはいえ、引くわけにはいかない。


「ちょっと、あんたら」


二人の前に立ちふさがる。

シーラは道の脇に積まれていた樽の陰に隠れて「おじょうさまああ」と震えている。


「お、きれいな嬢ちゃん。俺たちになんか用かい? 遊んでやってもいいんだぜ」

「なあ、あんたらか。最近この街で悪さしてるっていうんは」


キツネ男の顔が険しくなった。


「穏やかじゃないなあ。そうだとしたら、どうだって言うんだよ」

「ええか、まっとうに暮らしてる堅気に手え出すんは、最低の仕事や。日の当たらん生き方するとしても、やってええことと悪いことがあるで」

「な、なんだなんだ偉そうに。そんなこと言ってるとどうなっても知らねえぞ」

「どうなるんか教えてほしいわ」

「くーっ! 女と思って甘く見てれば調子に乗りやがってー!」


ばっ、と拳を振り上げるキツネ男。

その拳が届くよりも先に、アリシアのヤクザキックが男の腹にめり込んだ。


「うおおお」

悶える男に「兄貴!」とタヌキ顔が駆け寄る。


「おい、ポルト。あいつ、やっちまえ!」

「で、でも兄貴、女の人だよ、かわいそうだよ」

「う、うるせえ。やれってんならやっちまえ!」


困った顔をしてきょろきょろした後、タヌキ顔は「ご、ごめんなさい」と一礼して、「うわあああ」と突進してきた。

体が大きいので破壊力がある。

うかつな打撃は危険だ。

あのスピードを活かした投げ技で返そう。

頭の中でそんな計算をする。

ヤクザの娘は護身術くらいしっかり学んでいるのだ。ヤクザキックだけだと思って舐めないでほしい。

いざ、構えようとしたそのとき――


人影が現れ、突進してきた男が宙を舞った。

くるりと綺麗に一回転し、地面に叩きつけられる。


何が起きたのかよくわからず、ぽかんと眺める。

アリシアの目の前には、青年の背中があった。

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