第3話


東雲一家は、任侠に生きる組である……

と、アリシアあらため東雲理子は思っている。


いわゆるところの「ヤクザ」の組であることは間違いないのだが、古き良き任侠のありかたを大切にしていて、堅気の人に迷惑をかけるなどもってのほか。

関西のとある地域をシマとし、その地の人と共に生き、その場を守る存在としての組でありたい、と令和の今でも願っている、稀有な存在だ。


そん時代遅れのザ・極道だから、けっして大きな所帯ではない。

構成人数わずか5人の弱小ヤクザだが、そうした東雲組の方針に賛同する気骨のある組員が揃っていた。

そうした東雲組を引っ張るのが、三代目東雲組組長・東雲健。

着物に角刈り。鋭い眼光を蓄える、風貌からして昭和な組長。

己に厳しく、人に優しい。人情味あふれる組長であった。


そして、東雲理子は、その一人娘であった。


小さいころから、昔気質な父の背中を見て育った。

人情と義理、その二つを叩きこまれて育った理子は、父と東雲組が大好きだった。

イジメなんて許さないし、陰口や卑怯なふるまいはもっての他。

ヤクザの娘ということで、周囲からはよく思われていなかったかもしれないけれど、一本筋を通して生きてきた。


父は一人娘にヤクザな商売はさせたくなかったようで、組に入ることはかたくなに反対された。

だから大学卒業後は一般企業に就職し、まっとうに働きつつ、休日になると組の手伝いをしたりして、過ごしていた。

みんなが好きだったのもあるし、心配だった側面もある。

東雲組は地元の人を大切にし、その地を守ってきた。しかし、そのやりかたを「時代遅れ」だと言う奴もいる。

義理人情と言いながらも、仁義なきヤクザの世界。

シマを乗っ取ろうと虎視眈々と狙う輩も多く、これまでは健が睨みを利かせてきたが、最近は体調が思わしくなく、少しずつその影響力が弱まっているように感じられる。


それを自分が少しでも手伝えれば。

そう思っていたのだ。


昔からよく顔を出していたから、若い衆からは「姐さん、姐さん」と慕われていたし、なにより信兄ちゃん――若頭の信也に会うのも楽しみだった。

すらりとした長身に、浅黒い肌。目つきは悪いが端正で、言葉遣いはいつも丁寧。

小さいころから理子のことを妹のようにかわいがってくれ、理子も兄のように慕っていた。


そんな日々が、ずっと続くと思っていた。


最後の記憶は、子犬を助けようと道路に飛び出したことと、眼前に迫りくる巨大なトラック。


ああ、とアリシアは目を開き、天を仰ぐ。


「あれで死んで、転生したんかあ」

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