第2話
――俺たちはしょせん日陰もんよ。堅気の人たちに迷惑をかけちゃあいけねえ。だがな、舐められちゃあ、しまいよ。義理と仁義で出来てる世ん中、この顔一つで渡るしかねえ。舐めたことをぬかすやつらにゃあ、きっちりしまいをつけてやれ。
前世の父の言葉がどこからか聞こえた。
その言葉が、胸に闘志の火を燃やす。
こんなくされ聖女と取り巻きに舐められっぱなしでは、東雲組の一人娘の名がすたる。
「ようも好き放題やってくれたなあ。おう、水ぶっかけてきたのはどいつやねん。言いたいことあるんやったら、出てこんかい!」
ミナミのシマを守ってきた組の一人娘として、コテコテの関西弁は愛嬌だ。
ざわ、と人垣が揺れる。
「なんてはしたない……」と呟きが聞こえたが、ひと睨みするとすぐに黙った。
「なんや、誰もおらんのか。しょーもない」
吐き捨てるように言うと、ソニアがゆっくりと歩いてきた。
「アリシアさん、ごめんなさい。きっと誰かの手が滑ってしまったんだと思うわ。どうか責めないであげて。アリシアさんも早く拭かないと風邪をひいちゃうわ。さ、これを使ってちょうだい」
優雅に差し出された絹の白いハンカチ。
それを手の甲で弾き飛ばす。
「なっ」
まさか払いのけられるとは思わなかったのだろう。
ソニアの顔が強張った。
周りからは悲鳴に似た声が上がるが、無視だ。
悪役上等。
顔面をグーで殴られなかっただけ感謝してもらいたい。
「ええ子ぶるのもええ加減にしときや。あんたのその性悪な根性、いつかバレるで」
「アリシアさん、どうしたの。公爵様のご息女が、そんな言葉遣いをしてはいけないわ。まずは落ち着いて」
顔は少し引きつっているが、聖女の笑みを崩さない。
それはそうだ、今は学園生徒全員が集まっている場。醜態は見せられないし、気高い学園のヒロインであることをアピールする格好のチャンスだ。
その外面の保ち方だけは尊敬する。
「さっきから聞いていれば、ソニア様に対して無礼の数々。あまりにも失礼ではないか!」
横からしゃしゃり出てきたのは、神経質そうな細身の眼鏡男。
男爵家の一人息子のフリントだ。
こいつもソニアに惚れている一人だったから、ここぞとばかりにアピールに来たのだろう。
「やかましいから、あんたは黙っとき」
つかつかと近づいてきたフリントのボディにヤクザキックをかます。
フリントはすっとんで転がった。
反復運動で力を一点集中。簡単そうに見える蹴りだが、実はかなり効く。
しかも今、ヒールだし。刺さったし。
不倫とはもんどりうちながら「うおおお」と悶えている。
怯えた顔を見せる周囲に向かって、
「ええか、あんたら!」と叫んだ。
「願い通り、こんな学園からは出ていったる。あたしもせいせいするし、あんたらもそれがええやろ。でもな、その前に言うといたるわ」
息を継いで、ぎらりと見据える。
「気に食わんことあるんやったら、正面切って言うてきな。喧嘩やったらいつでも買うたる。そのかわり、タイマン勝負や。卑怯なことすんのは、人の道に外れるで。ええか、わかったな」
しん、と静まり返ったホール。
まあ、そりゃあそうだろう。
はい!と言われても困ってしまうが、言いたいことは言ったので、すっきりした気持ちだった。
ふん、と鼻を鳴らし、その場を去ろうとする。
と、パチパチと音が聞こえてきた。
音のほうを見やると、ホールの隅。
柱にもたれかかった男性が、微笑みながら小さく拍手をしていた。
背はすらりと高く、黒い短髪に褐色の肌。制服をぴしりと着こなしている。少し目つきが悪いが、彫刻のように整った顔立ち。
誰だろう、あんなやつ、この学園にいただろうか。
そう思うと共に、胸の奥がどきりとした。
――信兄ちゃんに似ている。
胸のざわめきを押さえながら、ドレスの裾をひらめかせる。
胸を張り、堂々とホールから立ち去る。
ドアを閉めるまで、ホールの生徒たちは一歩も動かなかった。
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