聖女に追放された瞬間、極道組長の一人娘だった前世を思い出した悪役令嬢の私は、領地に戻って楽しくテキ屋をはじめることにした 

咲良こより

第1話


「ファルニール家公爵令嬢、ファルニール・アリシアを本学園より追放とする!」


学園長の声が、ヴェルフィリア学園のホールに響き渡り、私は愕然とした。

羊皮紙を手に持ち、こちらを見据える学園長の眼は氷のように冷たい。

そして、このホールに集まっている生徒たちの眼も。


「私は追放されるようなこと、何もやっていません!」

「この期に及んでも白を切るつもりか。聖女ソニアに対して行った行為の数々。よもや身に覚えがないとは言わせぬぞ」

「でも、それは、私じゃなくて……」

「見苦しいぞ。おぬしも公爵令嬢として恥を知りなさい。ともかく、これは決定事項である。早急に荷物をまとめて学園から立ち去りなさい」


学園長は吐き捨てるように言い、足早にホールから去っていった。

後には生徒たちが残される。


「そんな……」

思わずその場にへたりこんだ私の前に、人影が立ちふさがった。


「おーっほっほ、いいざまね」

「そうよ、ソニア様にあんな嫌がらせをした罰よ」


顔をあげると、ソニアの取り巻き達が意地の悪い笑みを浮かべていた。


「まあまあ、そんなこと言わないであげて。アリシアさんがかわいそうじゃない」


小鳥のような声に、ほのかに纏う温かな光。ざわめきとともに人垣が割れて、一人の少女が近づいてきた。

彫刻のように整った顔立ち。絹のように滑らかな銀の髪。

学園中の誰もの憧れ、光の聖女・ソニアだ。


「もう、ソニア様は甘いんですよ。こんな奴は早く学園からいなくなったほうがいいのに」

「そうだ、でもそんな優しいソニアは美しい……」


きゃいきゃい声を上げる取り巻きや、うっとりした目を注ぐ男たちをぼうっと見つめていると、ソニアがこちらに手を伸ばした。


「さ、アリシアさん、お立ちになって」


ふらふらと腕を伸ばし、差し出された手を掴む。

ゆっくり立ち上がったところ、ぐいとソニアに引き寄せられた。

髪の良い香りが鼻をかすめる。

ソニアの顔が近づいた――と思った瞬間、耳元で小さな声で囁かれた。


「ざまあ」


悪意のこもったその言葉に、つい、体が動いた。

しまった、と思った時にはすでにもう遅く。

反射的に払いのけた手を押さえて、ソニアがふらりとよろめく。


「ソニア様!」


周りから悲鳴と、怒りの声が上がった。


「なんてこと! せっかくソニア様が手を差し伸べて下さったのに、それを突き飛ばすだなんて」

「ああ、ソニア、怪我はないか」


違う、そうじゃない。

みんな、その偽りの聖女に騙されているだけ。

どうしてわかってくれないの。

絶望がないまぜになったそれらの声は、空中に溶けて消えていく。


どうしたらよいか分からず、呆然と立ち尽くしていると、


「早く学園から出て行け!」


ビシャリ!


全身に冷たい痛みが走った。

水をかけられたのだ――


その瞬間だった。


稲妻のようなものが体を貫いた。

頭から足先まで突き抜ける衝撃。

そして脳内に一挙に湧き上がる、ある記憶――。


「おい、ソニアに謝れ」


ソニアに恋心を抱いている親衛隊の一人だろう。

つかつかと歩いてきた男性を、私は無言で張り倒した。


バシーン!


ホールに音が響き渡り、あたりは一瞬で静まり返った。

男性は何が起こったのか理解していないようで、頬を押さえて呆然としている。


それもそうだろう、さっきまで責め立てていた相手にぶん殴られたのだから。

私は睨みつけるように周囲をぐるりと見まわし、ダン! と片足を前に踏み下ろした。

人だかりがざわっと後ろに下がる。


「あんたら、誰に物言うてんねん」


おっと、つい前世の言葉遣いが出てしまった。

でもまあいいか。

ああん?とメンチを切るが、誰一人として答えようとしない。

さきほどまでのアリシアと雰囲気が変わり、戸惑っているようにも、恐れているようにも見える。


それもそのはず。

アリシアが思い出した「ある記憶」


それは、極道一家の組長の娘――という前世の記憶だったのだ。


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