番外編その2 キューブリック論

(※「3、2001年宇宙の旅(キューブリック)」の原稿が長くなってしまった為、ごく短く書き直し、こちらにオリジナル全長版を掲載します)

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2001年宇宙の旅(キューブリック)


「2001年宇宙の旅」


 SF

 1968年 イギリス・アメリカ映画

 監督:スタンリー・キューブリック

 脚本:スタンリー・キューブリック、アーサー・C・クラーク

 音楽:リヒャルト・シュトラウス、ヨハン・シュトラウス他


 ※ ※ ※ ※ ※


(あらまし)

 ヒトがサルであった時代、突如現れ、物を使う知恵を与えた漆黒の物体、モノリス。

 はるか未来の宇宙時代、月でモノリスが発見される。

 2001年、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の旅にあった。


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 出ました、キューブリック。

 映画通を気取りたかったら避けては通れない巨大な障壁(笑)


 (あらまし)を読んでもどういう映画なのかさっぱり分からないでしょうし、映画を見てもやっぱりさっぱり分からないと思います。


 わたしが最初に見たのはいつ頃だったのかなあ?……、とにかくタイトルは、あの「スター・ウォーズ」と並び称されて超有名でしたからね。

「難しそうな映画だなあ」と思いながら見始めて、見終わってもさっぱり、何が言いたいのか、全然、分かりませんでした。

 興味を持ったのは、多分ねえ……、「ガンダム」の絡みだったんじゃないかなあ……と思います。何かアニメ雑誌で、スペースコロニーを解説した記事の中で名前が出てたんじゃないかなあ……と。

 となると中学校の頃か……

 中学生には分からないよなあ~~。


 その後も何度かチャレンジしたように思いますが、


「面白い!」と思ったのは、だいぶ後になってから。割と最近の事ですよ。と言っても年寄りの「最近」なので20年以上経ってますが。(オイオイ。年をとるとどんどん時間の経つのが速くなるんですよ)


 「シャイニング」を見て、すっごく面白かったんですよ。


 キューブリックって、こんなに面白かったんだあ?!、と、その後はすっかり夢中になって。


 さっぱり分からなかった「2001年」も、すごく面白くて。


 もうね、宇宙飛行士が宇宙船の円筒の中をグルグルランニングしてるだけで面白いんですよ。


 「シャイニング」は巨大なホテルの廊下を男の子がおもちゃのバギーに乗ってグルグル走り回ってるだけで面白いし。


 「フルメタルジャケット」は戦場のヘリの発着場を延々歩いてるだけで面白い。


 なんじゃそりゃ?ですね。

 ワケ分かんねー。それってただのキューブリックかぶれの信者じゃねーの?

 と。



 キューブリックはよく

「完璧主義」

 と言われますね。

 それは間違いないんですけれど。でも、

 出来上がった映画が「完璧」なものかというと、うーーん……、どうなんだろう?

 すごくいびつで、ぶかっこうな気がします。


 同じく「完璧主義」と言われる人に、

 日本を代表する大監督、黒澤明がいますね。


 キューブリックも黒澤も、同じシーンに、何度も何度も、リテイクを掛けて、役者に演じ続けさせます。

 キューブリックの撮影で、あんまり何度もやり直しをさせるものだから、俳優がキレて、

「どう演じたらいいか、教えてください!」

 と迫ったところ、キューブリックは慌てず騒がず、

「ただ、やれ」

 と続けさせたとか。

 黒澤は、

「バカヤロウ! そうじゃないよおっ!」

 と、役者を怒鳴りつける(おっかねえ~~)姿がメイキングに残されてます。

 クールなキューブリックとホットな黒澤。

 同じ完璧主義でも、実は、目指していたものが微妙に違うように思います。

 黒澤の場合は、自分の中に明確なイメージがあって、もしくは役者に演じさせながらそれを作り上げていって、理想的なカットを撮る、というやり方なのに対し、

 キューブリックの場合は……

 キューブリックのキャリアのスタートはニューヨークの写真雑誌のカメラマンで、これがキューブリックの映画のスタイルにやはり大きく影響していると思います。

 キューブリックは何度も役者に演じさせながら、「ただ、やれ」と、…もの凄く頭のいい人(若い頃は賭けチェスで生計を立てていたとか)で、資料魔で、まさに完璧主義なんですが、役者の演技に関しては、「ただ、やれ」と、放り出して、勝手にやらせている、という感じがします。その中で何を狙っているのか?

 おそらくは、ニューヨークのカメラマン時代のように、

「本物の瞬間」

 のシャッターチャンスを、ただひたすら、自身も、「待っている」のだと思います。だから、役者が、

(やってらんねーよ、ちくしょうめ!)

 みたいな、投げやりな演技をやったのが、

「ハイ、オッケー」

 なんてことになったんじゃないかなあ~~、と想像します。


 キューブリックの映画は、ドキュメンタリー的なんですね。

 大別して、


 ドラマ物……「現金に体を張れ」「スパルタカス」「ロリータ」「アイズワイドシャット」

 ドキュメント物……「突撃」「2001年」「時計じかけのオレンジ」「バリー・リンドン」「フルメタル・ジャケット」

 混合……「非情の罠」「博士の異常な愛情」「シャイニング」


 と分類されると思います。「え?この分け方、おかしくない?」とも思われるでしょうが、あくまで映画のスタイル的な分け方で。

 以上12作品、これがキューブリックのほぼ全作品です。

 後者の2つが圧倒的に面白いです。逆に言ってしまいますと、ドラマ物はあんまり面白くありません。


 特徴的な作品が

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(1964年)

 で、ちなみにこの長いのが映画の正式なタイトルです。(ラノベの元祖か!?)


(あらすじ)

 米空軍基地で妄想に取り憑かれた将校がソ連への核攻撃を指示してしまう。

 事態を察知した政府は最悪の事態を阻止する為にあえてソ連大使を招いて解決策を協議する。その席でソ連は自国が核攻撃された場合、自動的に反撃する「皆殺し装置」を配備済みである事が判明する。

 将校の立てこもる基地に鎮圧部隊が送られ、両者の間で戦闘が発生する。

 指令を受けた爆撃機は刻一刻、適地に向かって飛び続けるのだった……


 ……といった核戦争、人類滅亡の緊迫した危機を、

 ピーター・セラーズ(「ピンク・パンサー」のクルーゾー警部)が三役(元ナチスの亡命科学者ストレンジラブ博士、イギリスの派遣将校マンドレイク大佐、マフリー大統領)を演じ、

 シリアスな原作小説を、ブラックコメディーに仕立て上げています。


  空軍基地で妄想将校とイギリスの派遣将校が、


  ペンタゴンの作戦室で政府首脳とソ連大使とストレンジラブ博士が、


  爆撃機内で乗組員たちが、


 それぞれおかしなやり取りを繰り広げます。

 真面目な原作をブラックコメディーにしたのは、このシチュエーションを

「なんて馬鹿馬鹿しい」

 とキューブリックが思ったからのようですが、コメディー仕立てにしたことによって、この「馬鹿馬鹿しい」状況……一将校の思い込みだけで人類が絶滅してしまう……を、より客観的に、危機の構図をはっきり描き出すことになっているように思います。

 シリアスなままにやっていたら、実際との違いによって失笑される(よく素人評論家の言う「現実的でない」)か、時と共に古びていくだけだったのではと思います。



 物事を人とは違った視点から見る、というのが一つ、キューブリックの特徴になっていると思います。



 「博士の」は全体的にコメディー仕立てなんですが、

 空軍基地の戦闘シーンだけ、やたらリアルです。

 実際の現場に、記録係のカメラマンが同行して撮影してるみたいに。

 このリアルさはドタバタドラマから浮いてます。

 思わず本性が現れちゃったみたいに感じますが、

 このドキュメンタリータッチが、まさにキューブリックの本質だと思います。



 役者の演技もそうですが、

 キューブリックの完璧主義は、

 本物を作り上げて、それをドキュメントする、という手法なんですね。



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 前置きが長くなってしまいましたが、


「2001年宇宙の旅」


 です。


 非情に難解な内容のこの映画。

 原作はハードSF(実際の科学的知識からリアルに想像されたフィクション)の第一人者、アーサー・C・クラーク博士。

 元々は、難解な内容を補足する解説のナレーションがあったようです。それを、

 キューブリックはぜーんぶ取っ払ってしまって、結果、常人にはさっぱり分からない代物になってしまったようです。


 キューブリックの狙いはなんなのか?


 原題は「2001: A Space Odyssey」

 オデッセイとは、オデュッセイア=古代ギリシアの長編叙事詩で、

 トロイア戦争の英雄オデュッセウスの10年間の漂泊を描いた物語です。


 「宇宙漂流記」と言うとアニメみたいですが、


「宇宙の神話」


 と言うとしっくりしますか。

 それを、


 言葉を尽くして語るのではなく、


 映画(映像)を通して、体験してもらいたい、


 ということだと思います。



 謎の漆黒の物体=モノリスは、

 新しい知恵を授ける物として描かれています。


 サルに道具を使うことを教えたモノリス。では、


 月で発見されたモノリスは、何に、どのような知恵を授けたのか?



 物語のメインは木星探査の宇宙船の旅です。

 宇宙船は人工知能「HAL」によって管理されていますが、

 完璧なはずのHALが、ミスを犯します。

 HALはそれを隠蔽する為に、外で作業中の宇宙飛行士を故意に殺害します。


 機械による、初の、殺人です。


 それを、キューブリックの冷徹なカメラは、記録し、我々観客に「目撃」させます。



 解説ナレーションを全部取っ払ったキューブリック。それは、

 物語を語るよりも、出来事を、現場で「目撃」する、リアリティーを高める為でもあったと思います。


 それこそが、映画ならではの面白さだろうと。



 「シャイニング」(1980年)


 は、ご存知ホラーの帝王スティーヴン・キングの小説が原作の、純然たるフィクションで、


 雪で閉ざされた巨大ホテルで、管理者として雇われた小説家志望の男とその妻、息子の、恐怖と狂気の物語


 です。

 純然たるフィクションですが、ここでもキューブリックらしい「同行撮影」と、登場人物に憑依したような主観映像を組み合わせて、現場感溢れる恐怖を作り出しています。

「ものすごく怖い」ホラー映画として有名なこの映画。思うに、

 この映画を「怖くない」という人は、多分、実際の心霊スポットとか行っても怖くないんじゃないかな?と思います。


 原作者キングの

「キューブリックはホラーを全く分かってない!」

 という批判でも有名なこの映画。それを証明しようとキングは自ら脚本を書いてテレビのミニシリーズを制作しましたが……うーん……、少なくとも「ホラー映画」を分かってないのはキングの方のような……

 キングがキューブリックに不満を持った理由は「夜中の電話攻撃」にもあったようですが(キューブリックは自分は移動しないで電話魔に徹することで有名(?))、やっぱり原作の改ざんがどうにも我慢がならなかったんだろうと思います。

 キューブリックにしてみれば、キングの原作小説は、ストーリー性が強すぎて、これじゃあ

「ぜんぜん怖くない」

 と思ったんでしょうね。「2001年」同様、ストーリー性を剥ぎ取って、「リアルのドキュメント」に落とし込んだことで、あの恐怖感が生まれたんでしょう。



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 どうでしょう、キューブリックの映画の面白さ、少しは伝わったでしょうか?


 もちろん、これだけ世界の映画通から熱烈に支持され続けているキューブリック、この程度で「全て理解した」なんて思ったらとんでもなく、例えば、


 シンプル(なストーリー)の中に込められた複雑な要素


 というのも特徴であり、

 リアルなドキュメンタリーかと思えば、


 様式美(シンメトリー)


 というのも特徴。

 とてもとても、全てを理解なんてとうてい出来ない、奥深い才能であり、作品であるのです。

 何度も何度も見たくなって、その度に、

「うーーん、やっぱり面白いなあ。なんでこんな物がこんなに面白いんだろう?」

 と思ってしまうほどに。



 取りあえずは、有名な「2001年宇宙の旅」を見て、


「わっかんねえ~~~。なんだあこれええ~~~???」


 というのを体験してみてください。

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