第二十六話 報連相の大切さ
「あのですね? 某が何の為に居るか分かります? お手伝いさんじゃないんですよ、ソフィア殿のお守りするため、その為にここに居るんです。あとは生活力壊滅なソフィア殿が不安でもありますね。だからと言って自由行動を制限するつもりも毛頭ありません。そもそも某はそれくらいで撒かれたりしませんので。ですがゲラルド殿を囮にして何も言わずポルック村へ? 報連相という言葉はご存知で? 報告、連絡、相談です。ちなみにこれを話すのは百十二回目。百十二回ですよ? ねえソフィア殿」
「ちょっと散歩に行っただけで……」
「散歩に行くだけで、認識阻害の魔法をお願いする人がこの世界に何人居ますかね? 罪人は除きます」
「だって……」
「そもそも!! 全財産をもって!! 散歩に行く人がどこに居ますか!?」
「散歩中になにか――」
「黙らっしゃい!」
私は今、正座をしている。チエリの前でだ。
ガラスを手に入れて大将に渡して、るんるん気分で家に帰ってみれば、家の外でチエリが仁王立ちをして笑顔で待っていた。
あ、これはヤバイぞ。
すぐに判断して村へ戻ろうとしたら、音も立てずに私の背後から肩を掴んでくる俊敏さ、さすがである。
それで今は私とゲラルドが正座をしてチエリの説教を受けている。ゲラルドは顔色が悪そうだ。私がリビングに連行された時にはもう正座をしていたから、ずっと説教されているんだろう。可哀想に。
「ちゃんと聴いてますか!?」
「はい、聴いてます」
「……あぁ、きいている」
「誰も実験をするな、とは言っていないんですよ。ただ無計画過ぎる。全てが突然過ぎるんですよ」
「閃きって突然じゃん?」
「反省してませんね?」
反省はしてる。報連相をしなかったのは私が悪かった。今度からは気を付けよう。
「じゃあ報告します。今日はガラスを買って、大将にある物をお願いしました。三日後に出来る予定です」
「あの方、鍛冶屋ですよね? それに三日後って……。どこの嫌がらせですか」
「大将が出来る、って言ったよ。で、連絡は、三日後に出来るんだけど、もし私に何かあっても必ず実験はしてね」
「え……なんですか。何かあったんですか」
怒りに満ち溢れていた表情のチエリは心配そうに私に聞いてくる。
別に村で何かあったわけじゃない。例えば実験中に魔素や魔力で何かあって、私が被害に遭った場合に中止しないでほしいんだ。もし中止してしまったら、私はそれがショックで寝込んでしまいそう。
説明すればチエリもゲラルドも呆れた眼差しを向けてくる。分かっていたがらそこまで露骨だとは。
「娘よ、生きる者に命は一つなのは知っているか」
「哲学はあまり得意じゃない」
「そういう意味ではない」
「分かってる分かってる。ちゃんと命は大事にします。それに私とゲラルドは契約してるからね」
ほら見て、とチエリに見せると表情が固まった。
一方ゲラルドは「あ」と声を出した後に、慌てた表情で指を横に振った。その直後、チエリが召喚魔法で武器を取り出し、刀を抜いてゲラルドに振り下ろした。
ガキィンッ
「お前! よくもソフィア殿に!」
「落ち着け! ただの契約だ!」
「え? なに? どうしたの?」
チエリは険しい表情でゲラルドに斬りかかろうとするけど、ゲラルドの眼前で不自然に刀は止まっている。たぶん結界の類なんだろう。
「それはソフィア殿の力ではどうにも外せない契約! ならば刺し違えてもお前を倒す!」
「だから! 僕は娘が魔法薬師になるまでの間協力をする、と言った契約だ!」
「問答無用!」
そこからチエリが納得してくれるまでに二日はかかった。最後も結局は納得というか渋々というか。終始ゲラルドを睨んでいて、ゲラルド本人は何度もため息をついていた。
「もーさー、めっちゃ大変だったんだよ」
「チエリに同情だな、そりゃ」
「アタシもだよ」
「ナタリアさんも大将もチエリに甘いよね」
「アンタの軽率さに呆れてんだよ。あのね、魔法士ってのは強い奴ほど気を付けるべきなんだよ。アンタみたい魔法が使えないやつは」
なんでも契約を破棄するには、契約を執行した魔法士よりも魔力が上回らなければいけないらしい。契約はお互いの承諾により執り行われる。
もし契約を破棄したいなら、互いの承諾の元か、契約時に込めた魔力よりも上回る魔力で破棄を行わなければいけないらしい。
だから私のような魔法が使えない人は、契約者――つまりゲラルドと相談をしないと破棄は出来ない。
「私は破棄する予定ないんだけどなぁ」
「ほらソフィー出来たぞ」
「わぁ! 大将ありがとー!」
くるまっている布をめくってみれば、私がお願いした通りのものが入っていた。ちゃんと水をいれて中の蒸気を冷やせるようにもなっている。蒸気が通る管も問題なさそうだ。
私が大きく頷けば、大将は満足に笑みを浮かべた。
「――あ、そうだ。ごめん、これ預かってて!」
「はぁ? なんだってんだよ」
「お礼言わなきゃいけない人、もう一人居たんだった」
また後で来るから、と大将に伝えて小走りで村の入り口へ向かう。
まだ午後にはなっていない。だから居るだろう。
「ハリス!」
赤茶色の髪の毛の後ろ姿を見つけて名前を呼べば、びくり、と肩を竦ませた。ゆっくりと振り返る表情は私を見て、驚いた表情をする。
「俺?」
「ハリスはあなたしか居ないでしょ? あのね、ガラスありがとう。それが言いたかったの」
「商人として当たり前の事をしただけだっつーの」
ぶっきらぼうに言うハリスに「そうだね」と言えば、何故か慌てた表情で私を見返してくる。何か言おうと、口を開けたり閉めたり。
そして何度か繰り返した後に私の名前を呼んで、真っ直ぐ見つめてきた。
「あのさ、いじめてごめん」
「別に気にしてないよ。昔の事だし」
「でも俺は――」
「これはこれは! コネリー様! こんな所にいらしたのですか!」
遮るような大きな声。誰だと視線をずらせば、そこには嫌味な商人が居た。
露骨に嫌な顔をしたのに、あちらは機嫌良さそうに笑顔で私に深々とお辞儀をしてくる。
「今回は特別に、ええ! 特別に、この辺鄙な村へ来たんですよ!」
「ふぅん。なんで?」
「コネリー様はガラスをご所望なのでしょう? 今回、特産品を持って参りました。クレモデアの貴族が好む、ガラスのケース――」
「そういうの、興味ないの」
きらびやかなガラスで作られたケース。きっとアクセサリーとか入れるやつだろう。だが私はアクセサリーなんて一つも持っていない。使うことはないだろう。
そもそも私が欲しているのはそういう色が付いたガラスではない。金具だって要らないし、誰かの魔法がこもったものも要らない。
そういう意味で言ったのに、嫌味な商人は笑顔を崩すことなく「では」と新しい商品を勧めてくる。ハリスは自分の言葉を遮られたからなのか、機嫌悪そう。
「ではこちらのアクセサリーは――」
「あのね、おじさん。私はそういうのは要らないの。ただのガラスが欲しかった。もしおじさんが商人なら、買い手の欲しいものを売るのが仕事なんじゃないの?」
ひくり、嫌味な商人の口の端がひくつく。
でも怒ることはなく「それは大変申し訳ありませんでした」と深々に謝罪をしてきた。
「ではガラス管を売りますよ。今日は沢山仕入れてしたんです」
「もう要らないんだけど」
「予備はあった方がいいんじゃないですか?」
たしかに。言うことは最もだ。でもこのおじさんから買うなら、私はハリスから買いたい。
どうしようかとハリスの方を見ようとすると、嫌味な商人が私の背中を押して半ば強引に歩みを始めた。
「おいっ!」
「ハリス! いいよ別に。ちょっと見てくるだけだから!」
「でもさっ」
「さささ。こちらですこちらです」
随分と強引な人だな。絶対にこの人からは物は買わないぞ。
馬車の裏に回って周りを見るけど、品物なんて一つも出ていない。やっぱり嘘なんじゃないか。
「ないじゃないですか。私帰りますね」
「まーまー! そう言わずに! あまり周りには見せられない珍しいガラスなんです! だから荷下ろし出来なくて」
「私は別に珍しいガラスとか求めてないです」
「まあまあ! 見るだけでも!」
やけに強引で、さすがに僅かな苛立ちを覚える。無理矢理に近い形で馬車の垂れ幕の前に立ち、私はそっと首からぶら下げている小さな笛を服の上から握った。
同時だった。
「うわっ!?」
突然馬車から誰かに勢いよく引っ張られる。
馬車の中で強くお尻をぶつけた私は、引っ張った人を確認する前に服の中の笛を取り出して吹こうとした。
だけどそれは叶わない。
「動かないでください。大人しくしていただければ、我々は何も危害を加えません」
「……私に危害を加えたら、それはそれでチエリが怒ると思うんだけど」
「あなたには、ね」
その男の視線の先は馬車の外。僅かに見える隙間から見えた光景に、私は笛から手を離す。
「その笛、こちらで管理しても?」
「どーぞ」
首からぶら下げていた笛を渡す。外からは私を呼ぶ声が聞こえる。必死に、何度も私を呼んでいる。
だけど私には近づけないんだろう。外に居る奴らのせいで。
「ハリスー! 私なら大丈夫だから! ちょっと散歩してくるね!」
音遮断の魔法はかかっていないらしく、ハリスがまた私の名前を呼んだ。
「――で、私はどうすればいいんですか」
「我々と共に。主の元へ」
こんな事するのは大方予想はついている。そうなると独断に近いだろう。
あからさまにため息を吐いて見るけど、それで何か変わるわけじゃない。
「分かりました。では行きましょう。ローレン王子の元へ。クレモデアの騎士さん」
報連相、また出来なかった。チエリ、怒るだろうなぁ。
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