第二十五話 ガラス職人

「この小さな蓋にガラス管を溶接して、なだらかな下り坂くらいの角度をつけてね。そのなだらかな下り坂になっている範囲のガラス管を包み込むように二回り口が広いガラス管で覆って。そこに水を流し込むから。で、小さな蓋と溶接したガラス管は床から約十五センチくらいのところで、床と直角になる角度に曲げるの」


「おい。ソフィー」


「ん? あぁ、ガラスはこっちで用意するしもちろんお代は大将に任せる。いくらでも言って。あとね、前に作ってもらったフラスコなんだけど、あの十倍を大きさを――」


「待ってくれ待ってくれ」


「何か問題ありそう?」


 鍛冶屋の大将――ザルドアさんは額と目を手のひらで覆って上を向いてしまった。周りのお弟子さんは大将を見て、心配そうな眼差しだ。

 どうしたんだろう。設計図も描いてきたのだけど、分からなかっただろうか。


「ソフィー。お前、ここが鍛冶屋なの知ってるよな?」


「知ってるよ。ガラスとか繊細なのは扱わない、って言いたいの?」


「分かってんなら何で来た!」


 上を向いていた顔が、勢いよくこちらに向いて私を睨んでくる。後ろでお弟子さんが何度も頷いているのを見て、私は唇を尖らせた。


「だってガラス職人なんて知らないし、この村に居ないじゃん」


「だからと言ってオレにそれをやらせるかぁ!?」


「あはは。繊細なのは心だけ、ぅっ」


 ごんっ、といい音が頭から鳴った。

 大将のゲンコツはとても痛い。さすが常に鉄を打っているだけある。

 ガラス細工やガラス器具というのは繊細な作業が多い。鉄だって同じように繊細に見えるのだが、大将いわく「繊細の種類が違う」だとか。


「でも大将、前にフラスコ作ってくれたじゃん」


「それは小さい頃のオメーに頼まれたからな! 誕生日祝いだっつーの!」


「えー、じゃあ数年分の誕生日祝いでいいじゃん」


「よかねーわ! そもそもオメー、そんな大量のガラスをどこで手に入れんだ!」


「商人が今日の午後来るんでしょ?」


 大将が言葉を詰まらせて、舌打ちを盛大にお見舞いしてくれる。私の情報網を舐めないでほしい。ただし興味ある事だけ。

 毎週一回、商人が来る。食料や他に村人が欲しいと言ったものを届けてくれる。そして一ヶ月に一回、都市から多くの商人が来るのだ。

 この違いは大きな差だ。品揃えは都市から来る商人の方が珍しいものが沢山入る。もちろんガラスといった物もだ。

 私はこのタイミングを逃すわけにはいかない。ゲラルドが徹夜して家で倒れていたのは可哀想だと思ったけど、置いてきてしまうくらいには逃したくないタイミングだ。

 きっと今頃チエリに小言を言われているんだろうなぁ。申し訳ない。


「オメー、また意味分かんねーことしようとしてんじゃねーだろうな?」


「私にとっては意味はあるよ。理解される意味は後からついてくる」


「屁理屈はいんだよ。……あんまし目立つようなことしてると、どこで見られてるか分かんねーぞ」


「注目してくれて、誰かスポンサーが出来れば嬉しいんだけどね」


「あのなぁ」


 大将が言おうとしてる事は分かってる。でもそんな事で怯えていたら、これからどんな方面から睨まれるか分からない事一つ一つに気を付ける事になる。それでは私の時間は足りない。

 ガシガシと頭を掻く大将は「何日だ」とぶっきらぼうに呟く。もちろん私がそれを聞き逃すわけがない。


「今日仕入れてくるから三日で!」


「……オメーの専属になる気はさらさらないが、将来そんな奴が現れたら心の底から同情するぜ」


「大将なら大丈夫でしょ?」


 その辺の鍛冶屋よりも腕がいいことはよく知っている。それにちゃんと作ってくれることも。

 前にクレモデアでフラスコを作ってほしいとガラス職人に言っても鍛冶屋に言っても、鼻で笑われたのだから。


 なんのためになる。

 ごっこ遊びじゃないんだぞ。

 技術的にそんな物作れるわけがない。


 みんなして口揃えて言われたものだ。でも大将は作れたんだ。だから可能。不可能なんて物がそもそもレポートの図解に出てくるわけがない。

 鍛冶屋から出て、すぐに村の入り口に向かう。お金はたんまり持ってきた。私の計算では必要な分以上のガラスが買えるはず。残ったガラスは大将がいるなら渡しちゃおう。

 そしたら全部のガラスを大将に渡して、私は三日後に撮りに行って、リモングラスでの実験を――。


「五百万ピアです」


「え?」


 ガラスを十本。そこまで多くない。たしかにガラスは高価なものだ。

 でも五百万ピアは小さな家なら一軒余裕で買えてしまう金額だ。そこまでガラスは高くない。

 つまり私は足元を見られているか、馬鹿にされている。


「そんな金額でいつも売っているの?」


「こちらはお客様に見合った金額をご提示しております。なんせ今は物資不足でしてね」


「つまりはそれだけの高価なものを買える財があるか、売るつもりはない、ってことになるけれど?」


「はい、その通りでございます」


 憎たらしい笑顔。金髪に変な髭につり目。前にベックが教えてくれた“キツネ”にそっくりの表情だ。

 前者なわけがない。後者だ。そもそも商人だと言うのに、馬車から全然荷物を出していない。出していたとしてもこの村ではなかなか見ない高級品で、鑑賞用の物ばかり。

 村のニーズに合ってない。客が来ても商売をする気がない。綺麗なガラスを持っているのはこの商人だけ。

 あぁしまった。今回の商人はハズレだ。


「そんなにガラスが欲しいんですかねぇ? 困りますよ冷やかしは、非魔法士さん」


 うーん。私が一人で来たのが間違いだった。ナタリアさんか大将を連れてくるべきだった。それかチエリかゲラルド。

 人は一人で産まれて死んでいくけど、一人では生きれない。特に私のような何も示すものがない者は。

 仕方ない。時間はお金よりも重要な時がある。それが今だ。


「じゃあその金額で――」


「待った!」


 カバンからお金の入った袋を取り出したところで手を掴まれる。嫌味な商人でもないし、ナタリアさんでも大将でもない。もちろんチエリやゲラルドでも。

 手を掴んでいる相手を見て、目が合う。


「え、誰?」


「はぁ!? 俺だよ! 俺! ハリス・アイナード!!」


「…………あぁ! 私たちをいじめてた一人か!」


「っ! そうだけど、そうだけど! その覚え方やめろよ!」


 いじめっ子がこんな所でどうしたんだろう。ナタリアさんのところでどさくさに紛れて謝ってきた後、全く姿を見なかったから忘れていた。

 ハリスはため息を吐いた後に「ガラス、どんだけ必要なんだよ」と聞いてくる。私は欲しい量を伝えると、ハリスはにんまりと笑った。


「じゃあ俺の馬車で買っていかね? 本当は隣村で売ろうかと思ったんだ」


「え? いいの? てか今何で働いてるの? ガラス職人?」


「商人だっつーの!」


 なんでそんな怒るんだ。ハリスの職業は知っていて当たり前の内容なのか。知らなかった。そんなルールが出来ているとは。

 ハリスが「で? どうする?」と聞いてくるから「お願いします」と返せば、すごく嬉しそうな表情で笑った。そんなに物が売れてないのだろうか。


「じゃあおじさん。この客、貰ってもいい?」


「そんな客でいいならね。キミ、もう少し客を見る目を養うといい」


「それならおじさんがね。エルリックの親族っていう上客を逃したんだからな!」


「エルリック……? ……あの勇者の!? お、おい、待ちなさい! 待ちなさいお嬢さん!」


 ハリスに手を引かれて歩く私の後ろでは、さっきまで馬鹿にしていた商人が慌てた表情をしている。


「ははっ! ざまぁみやがれ!」


「私、そんなにお金持ってないよ」


 商人がどんな物を馬車に乗せているのかは様々だ。だから私の全財産で全て買えるか分からない。買えたとしてもここでお金を使い切れば、絶対にチエリに怒られる。ううん、怒られるならまだいい。実験禁止されるかもしれない。


「商人っつーのは物を動かす職業だ。俺のモットーはどんな国でもどんな奴でも同じ金額で売る、だ!」


「素敵なモットーだね」


「まあな。俺は世界を商人として飛び回るんだからな!」


「へぇ。いいね、それ。素敵な夢だ」


 ハリスは驚いたような表情で私を見る。それはすぐに変わって、嬉しそうに恥ずかしそうに笑ってくれた。

 機嫌が良いようだ。


「今ならちょっとまけてやってもいいぜ!」


「本当? じゃあチエリも呼んで、食材でも買おうかな」


「アイツ呼ぶのはもう少し後にしてくれね? まだ睨まれた時の表情が怖くて……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る