第二十九話 海の手紙

 煌びやかな部屋。身体が沈み込むソファ。美味しそうなお菓子に紅茶。にこやかなメイド。甲斐甲斐しい騎士。


「……おかしい」


 全てが私への対応。

 クレモデアに着いてどんなオンボロ部屋に押し込められるのかと思ったら、見晴らしが良い、来賓を招くような部屋に案内されたのだ。

 私の服装はブラウスにスカート。村民であれば特段変なものではない。ただ、この煌びやかな部屋にはあまりにも不釣り合い。

 とりあえず何も手をつけずにぼんやりと待っていると、大きな扉が勢いよく開いた。


「ソフィア様! お久しゅうございます!」


「あ、ローレン王子」


 にこやかな笑顔で私に近寄ってきたと思ったら、胸に手を当てて深々とお辞儀をしてきた。

 この人はローレン本人なんだろうか。だって前に私と顔を合わせると、馬鹿にしてきたように鼻で笑ってきたじゃないか。

 凝視する私を気にする事なくローレンは顔を上げると、眉尻を下げて申し訳なさそうな表情をしてくる。


「多少強引になってしまい、申し訳ありません」


「ああ、はい」


「ですが、貴女があのような私達を驚かすような事をしてしまったので、こちらもつい」


「なるほど。私が悪いということですか」


「とんでもございません! お帰りいただき、嬉しく思います」


 なんとまあ。わざとらしい。

 ローレンはこれで私が「許してくださりありがとうございます」とでも言うと思っているのか。

 そもそもなんで私を連れ戻した? 持って行った財宝についてだろうか。それなら大半売り捌いてしまったが。


「財宝もお金もどうにも出来ないですよ」


「それはもう! あの財宝はソフィア様のですから」


 どの口が言うんだろう。使おうとしていたくせに。

 ローレンはうやうやしく私の心配をしたり、意味もなく褒めたりを続けていく。あからさまなご機嫌とりだ。

 全く本題に入る気配がなくて、小さくため息をこぼしてしまう。ローレンはその私の僅かな反応にも「気分が優れませんか?」と聞いてくる。

 前の馬鹿にしたような反応も面白くなかったけど、こんなにも構われるとそれはそれで嫌なものだ。早く用を済ませて帰ろう。


「それで私をここに連れて来た目的は」


「そんなものは――」


「時間は有限だ。大事に使っていきたいと思いませんか」


「……それもそうだな」


 ローレンは機嫌を伺う笑顔を消す。つり目がちなことで、ちょっとだけ威圧感がある表情。正直私はこっちの方が好ましい。

 ただピンク色の瞳は怒りも侮蔑もなく、どこか疲れきっているようにも見えた。

 私の前のソファに座って、テーブルの上にベビーブルーの封筒を私の前に置いた。


「これは……」


 ただの紙ではない。特殊な保護がされている。キラキラと小さなラメと僅かなデコボコ。光に当ててみると、ゆらり、と波紋のようなものが見えた。


「海の手紙。マロワのですか」


「そうだ。中を見てくれ」


 封筒は一度開けられている。きっとローレン宛なのだろう。

 中の便箋も封筒と同じベビーブルー。文字が綴られている。ローレンに許可を取って、手紙に紅茶を垂らしてみる。

 紅茶の茶色の液体は便箋の紙だけが吸う。だけど便箋の色は変わらず、文字は滲まない。本物だ。本物の海の手紙だ。


「わぁ。初めて実物は見ました。それにこれ、古代魔法がかかった珊瑚のペンで書かれたものですかね。王族しか持ってない……あ、そっか、マロワはクレモデアと友好の証を結んでいるんですっけ」


 何度も透かしたり、紅茶をびちゃびちゃかけたりしているとローレンは大きく咳払いをした。

 しまった、つい夢中になってしまった。


「ああ、マロワとクレモデアは古くから友好の証を結んでいる。そこで、だ。お前はその文字が読めるか」


「え? 文字?」


「そのロストワードだ」


 とんとん、とローレンが指で叩くのは便箋に書かれた文字。今では使うことのない文字。失われてしまったものの一つ。


「読めますけど」


「それは本当か!? やはり嘘ではなかった!」


 なるほど、誰かから聞いたようだ。

 知っているのは少ないと思ったんだけどな。まあいい。

 ローレンは喜色一色の笑みで、周りは安堵した表情になる。

 ああ、そういうこと。


「褒美はなんでも出す! だから解読してくれ!」


「えー、じゃあ二つ。この城にある本の全ての開示と私をポルック村に帰してください」


「……いいだろう」


 随分とすんなりいったものだ。それほどにまで早く解読してほしかったのだろうか。まあそうだよね。王族から王族への手紙で、世間話なんてしないだろうし。


「てか今までどうやって仲良くしてきたんですか」


「今まではマロワから来ていた。会話は問題ないからな」


「クレモデアからマロワには?」


「行くわけないだろう。海の中だぞ」


「ふーん」


 ローレンは問題事が全て片付いたのか、優雅に足を組んで紅茶を飲んでいる。聞いてもいないのに、あれから自分と妹がどれだけ頑張っているか話していく。どう考えても自業自得なのに。

 解読し終わって出たものは、乾いた笑い。


「友好、ねぇ」


「なんだその言い方は。鼻につく」


 不快だ、と眉間に皺を寄せるローレン。だが私は謝るつもりはない。

 友好、というから仲良くやっているのかと思ったがどうやら違うらしい。


「ローレン王子、早くこの言葉読めるようになった方がいいですよ」


「習得するのに何十年とかかるし、そもそもどれが正解なんか――」


「陸の者、海の者を拉致。こちらの貴族が襲われた。陸の者と話す気分ではない。早急に対処せよ。こちらで捕らえた陸の者への処罰はそちらが行え」


「……は?」


「この便箋の内容ですよ。うわー、めっちゃ怒ってるじゃないですか。筆圧やば」


 マロワは外界との交流がエルフ並みに少ない。当たり前だ。陸で暮らす者より遥かに少数で、更には陸の者に狙われているから。

 未だに未知な存在。だからこそ希少な存在を手に入れたくなる。根拠のない噂に尾鰭がついた内容。だからマロワは陸との交流がとても狭い。

 私だって会ったことがない種族だ。


 ポカン、と口を開いていたローレンが勢いよく立ち上がる。テーブルに置いてあったティーカップが倒れた。


「嘘だ!!」


「嘘をついて私になんのメリットが?」


「っ! そもそもたった三行だぞ!? そんな長い文章が書いてあるわけがない!」


「ああ、この貝みたいなマークあるじゃないですか。これはここの波線みたいな場所まで戻って、更にこの記号を飛ばすんです」


「な! なぁ!?」


 ローレンが目を丸くして手紙をこれでもか、ってほどに見つめる。嘘であってほしい、とか思ってそう。たぶん自分が思った以上に関係が良くないのだろう。


「放心するのは分かりますが、陸の者を捕まえてるんじゃないですか? 大丈夫です? この手紙結構前の――」


「ローレン様!」


 バンッ! と大きな音をたてて騎士の一人が入ってくる。顔色はあまり良くない。

 ローレンはその騎士に「なんだ!?」と半ば八つ当たりのように言うと、騎士は肩をびくりと竦めた。だが引き下がるわけにもいかないのかローレンの近くに来て、耳打ちをする。

 大きくピンク色の瞳が開いた。


「もしかして海の呪いにかかった陸の人が打ち上げられました?」


 ローレンと騎士が同時にこちらを見つめる。

 なぜ分かったのか、と。


「海も山も優しいけど、寛大じゃないんですよ」


 礼節を怠れば、それ相応に返ってくる。自然の呪いは恐ろしい。

 さて、きっとローレンはこれから忙しくなるだろう。国王様だって様子見はここまでだろう。このままでは外交問題になる。本は今度にしよう。


「ローレン王子、本はまた今度読みに来ます。なので今日はこれで――」


「ダメだ」


「え?」


「ソフィア・コネリー、貴様を帰すわけにはいかない」


 かちゃん、と後ろに控えていた騎士に腕輪をはめられる。綺麗なガラス細工のようなもの。

 なんだろう、と見つめていると、ローレンは「本当に魔力がないんだな」と呟いた。


「それは魔力を封じる結界だ」


「私、魔法使えませんが」


「貴様だけではない。他の魔法士との繋がりも結界で遮った」


 つまりは私がどこに居るかも辿れないということなのか。ゲラルドもチエリも私を探すにも探せないということ。前のようにチエリも呼べない。


「これは困った」


「貴様はこの王城に居てもらう。別にそれ以外は制限しない。だからもう何もするな」


 それだけ言うと、ローレンは先ほど入ってきた騎士と一緒に部屋を後にした。

 何もするな、とはいったい。

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