第十三話 クレモデア王城にて①
それはソフィアがポルック村で行った同日のことだった。
ポルック村から離れた場所。クレモデア王国のとある部屋にて起こったことだ。
よく晴れた日だった。海に接しているクレモデア王国は海面が遠くで宝石のように輝いており、揺らいだ光はクレモデア城の中にまで届くほど。その景色を眺めながら、とある兄妹が仲良く会話に花を咲かせていた。
だがそれに似合わない声。絞り出すような声はこれから知らせることが、如何に目の前に居る主人たちの機嫌を損ねるものかよく分かっていたから。
プライドが高い、魔法主義のローレンとユリリア。そうでなくてもきっとこの内容は誰だっていい表情をしないだろう。
「ローレン様、先ほどマロワ深海帝国より報せが。本日の会合は……その……」
「なんだ、何かあったか」
ユリリアと紅茶を飲みながら、妹の話を聞くローレンは目尻を和らげて聞いていた。だが従者の一人が慌てて部屋に入ってきて、ハッキリとしない物言いに顔をしかめる。
別に従者を責めるわけではない。その国は前からローレンを悩ませる一つだった。
従者は何度か言葉を選ぶように考えたが、きっとどれも同じ理由に辿り着く。諦めたように僅かに項垂れて、先ほど送られてきた報せをそのまま伝えることにした。
「気分が乗らない、との事です」
「なっ……」
ローレンは従者の言葉に勢いよく立ち上がる。言葉が出ない。
気分が乗らないだと? 国際問題にそんな理由で? もっと理由のつけ方があっただろう。ふざけているのか。
どれも言葉にしても意味がないもの。だがそれだけの憤りを感じていた。
マロワ深海帝国はクレモデア王国と隣接する国。今、クレモデアとマロワでは大きな問題を抱えている。そのためにより密接な関係になるべきだった。
ローレンはクレモデアの国王、父親よりその件を任されている。これが解決したら、自分の株が上がるのはもちろん、王位継承が早くなるかもしれない、と息巻いていた。
なのに相手は気分が乗らない。そんなチンケな子供のような理由で蹴ってきたのだ。
怒りを通り越して、呆然に近い感情だった。
「ち、父上、王はなんと言っていた」
「……その件はローレン様に任せていると」
助言も苦言もなし。自分でどうにかしろ、と暗に言われている。
ローレンは近くのソファに近寄り、力なく座る。ギシリ、と嫌な音をたてたが、今のローレンにはそんな事を気にする余裕がなかった。
膝の上に肘をたてて、額に手を当てる。大きくため息をついたローレンに、ユリリアは心配そうな表情でローレンの隣に座った。
「これでは進まないじゃないか。マロワは今の状況を理解しているのか!? このままでは暴動が起きるかもしれないんだぞ!?」
声を荒げるローレンに従者は小さく悲鳴をあげて「申し訳ありません」と謝る。ローレンは何度も謝る従者を手で制した。別に従者が悪くないのは理解していたからだ。
このまま拗れたままではまずい。だが父親である国王に意見を請いたくても、ローレンと父親の関係は最悪だった。
理由は言わずもがな、ソフィアのことである。
ソフィアが居なくなってから三日後に国王は城に帰ってきた。城の者に声を掛けて「何か変わりはなかったか」と問いかけたのだ。
国王となれば嘘なんてつけるわけがない。ましてや黙っていてもメリットを感じなかったものだ。
今まで傍観や見ないフリをしていた城の者は事の内容を伝えた。
ソフィア・コネリーとチエリ・ウオズミが出て行った――と。
国王と共に隣国へ行っていた宰相と騎士団長は顔を青くした。まさか側室になるのが嫌だったのかと。でもそこまで我が強いようにも見えなかったし、何があったのかと。
事の詳細を聞いて、宰相は立ち眩みを覚えた。そして自分の部下に「賢い者は蹴落とす行為なんてしませんよ」と叱った。騎士団長は「弱き民を助けないとは騎士として鍛錬が足りない!」と更に厳しくした。そして国王は――。
「自分で撒いた種。どうにかするのも自分次第」
と、自分の娘と息子に伝えて、それから甘やかすことは一切無くなった。甘やかし過ぎた、と思った故の行動だ。自分を見つめ直せ、という意味も兼ねてだった。
それを素直に受け取れるほど、二人はまだ大人ではない。それに自国の大きな問題を任された事で、自分たちの行動を振り返る余裕なんてなかった。
それがその日、後悔することとなる。
「マロワのそいつ以外で話せる者は居るのか」
「王族では彼女だけらしいです」
またローレンは大きなため息を吐いた。言語、というのは様々なものがある。ただそれも統一化されてきており、昨今では言語が通じない国はないものとされている。マロワ深海帝国以外は。
「あの種族は時折訳の分からない言語を使う……。いい加減外交というのを知ってほしい」
「マロワの王族は気難しいので……」
「ではソフィー嬢チャンに頼めばいいだろう?」
重く悩ましい空気の中、低く落ち着いた声が響く。ユリリアでもローレンでも従者でも近くに居た護衛騎士でもない。
その声の持ち主はローレンが先ほどまで座っていた椅子に、悠々と腰掛けお茶とクッキーを食べていた。
「誰だ!?」
ローレンは声を荒げ、ユリリアは魔法を展開しようとする。従者は武器を持ち、護衛兵はその大きな武器に魔法を纏ってローレンの前に庇うように動いた。
黒いハットを被り暗い茶色の服を纏い、身なりがそこまで綺麗では男は「おぉ悪い悪い」と、全く悪気のない笑みを浮かべて、だらりと椅子の背もたれに腕を乗せた。
帽子の奥から見える瞳は影になっているにも関わらず、とても綺麗に輝いていた。それを見て、ローレンは表情を険しくする。
「勇者サマの腰巾着ですよ、王子サマ」
「勇者……エルリック・コネリーの仲間? 嘘だな。勇者様は今ここに居ない」
「ローレン様! あの瞳と腕の紋様。大魔法士です! 千年のベック!」
「なに……?」
従者の言う名前にはローレンは覚えがあった。千年の時を生きる者。壮年の身なりから変わることなく生き続けている。
大魔法士の称号に恥じない、魔法の使い手だ。従者の言葉でエルリックが王城に訪れた時に控えていたこと幾人かの人物を何となく思い出した。そこて合致する。
正体が分かったからといって、ローレンは両手放しで喜べなかった。
なぜ、その大魔法士がここに居る。
嫌な汗がローレンの背中を伝った。
「千年も生きてないない。それはただの二つ名だな」
「大魔法士ベック様、ようこそクレモデア王城へ。今すぐに王に話を――」
「あ、問題ないよ。今、俺の分身が行ってるから。さっき一体騎士団長サンに切られちゃったケド」
さも当たり前のように高レベルの魔法の話をするベックに、ローレンは笑顔を浮かべながらも内心焦っていた。
なぜ、ここに単身で来たのか。それがまだ明かされていない。
力でどうにかするのは今しがた無理だとハッキリと分かった。だから相手が望むことを叶え、穏便にことを済ませるのがいい。それがこの目の前の男にどれだけ出来るか。
ローレンは頭を必死に働かせていた。
「ベック様はどうしてクレモデア王城へ? 今、勇者様は冒険の途中だとお伺いしておりますが」
「あーね。冒険の途中だったんだけど、エルがよぉ、どーしてもってお願いするもんだからなぁ。腕相撲に負けて、俺がここに来たワケ」
「そうなんですか。遠路遥々ようこそ、クレモデアへ」
「そんでさ、ちょいと聞きたいことあんの」
ベックは遠慮なくクッキーを食べていく。そこまで言って、ベックは「お、このクッキーうま」となかなか言葉を続けない。
ローレンはその待つ時間が酷く長く思えた。隣に居るユリリアも心なしか表情が良くない。
当たり前だ。何故ならここに寄る理由で一番あり得そうなものが、何か、よく分かっていた。
――自分で撒いた種。どうにかするのも自分次第。
父親の言葉がよく分かる瞬間だ、とローレンは頭の片隅で思った。
「その城からソフィー嬢チャンの気配がしないの、なんで?」
ゆるりと持ち上げられた唇から見えた歯は、威嚇か微笑か。
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