第十話 魔法と歴史
ポルック村。それはミターニア王国の城下町より少し離れた、クレモデア王国の国境の側にある村。
国境に面していることから人や物の往来が村にしては激しいところ。
魔王軍との戦争が勃発していた時には多くの騎士や傭兵が居て、その名残で武具や武器や魔法を多く取り扱っている。
「そこにあるナタリア大食堂、というのが娘の母が居るのか」
「そう。そこで大女将やってるの。今も騎士や傭兵が結構居るから、盛況してるよ」
「そうか……それは危ないな」
「危ない? 面白いこと言うね」
「僕は何も面白くないんだがな」
不機嫌丸出しのゲラルドに「まあまあ」と宥めてみる。
ポルック村のナタリア大食堂の大女将、ナタリア。その人が私たちの母親。正式な母親でなくても、私にとっては唯一の母親だ。
女性でありながら、あの傭兵とかの荒くれや神経質な騎士の相手をしている、肝っ玉の座りようは私の中で暫定一位。
そのナタリアさんがチエリ伝いに言ってきたのだ。
そろそろ旦那候補と顔を見せろ。居ないならいい加減落ち着け、と。
旦那候補なんてもちろん居ないし、落ち着くも何も私の魔法薬師としてのスタートはまだ始まったばかりだ。絶対に嫌だ。魔法薬師としての実験に付き合ってくれるなら考えなくもないが、それを公にした途端に私は教会に処罰される。それは御免だ。
だから私は考えた。ならばゲラルドを旦那候補として言ってしまおう。もちろんその事はゲラルドに言っていない。だって絶対に嫌がるだろうから。
チエリはそれを察しているのか、私を見る目が少し冷たい。そしてゲラルドに向ける眼差しは同情だ。
「何故僕まで行かないといけない」
「もしこの家に突然来た時、私が居なかったら気まずいでしょ?」
「僕の結界がある」
「私が許した相手には効かないんだから、意味ないよ。それに私の家でゲラルドとナタリアさんが喧嘩したら、家が無くなりそう」
「……そのナタリアという女性は本当に食堂の女将か?」
まあ言いたい事は分かるけど、それは見てもらえば納得するんじゃないかな。
心配そうなゲラルドの背中を押して家から出ると、諦めたのか「分かった」と返してくれた。やけに重々しい言い方だ。そんなにナタリアさんは初対面の人に怖いわけじゃないんだけど。
「じゃあ馬は居ないし、歩いて行くよ。たぶん三時間くらいで着くし」
「おい待て。なぜ飛行魔法を使わない」
「なんか私、自分に対しての魔法が効きにくいらしいんだよね。前にエルの仲間に飛行魔法かけてもらったんだけど、途中で落っこちちゃって」
あの時は本当に驚いた。崖の上でいきなり真っ逆さまだったから。さすがに死ぬんじゃないか、って思ったし、あんなに驚いた表情のエルを見たのは初めてだった。
「そいつの魔力が原因ではないのか」
「まさか。エルの仲間だよ? あの人、一応大魔法士って称号持ってるし」
「……あぁ、あいつか」
どうやらゲラルドもあの大魔法士を知っているらしい。有名だもんね。それに私のファミリーネーム聞いて驚いてたし。
ゲラルドは三時間も歩くのが嫌なのか、渋り始める。仕方ないじゃないか。こればかりは私の体質の問題なんだから。
「じゃあ先に行ってる? 私とチエリは後から行くけど」
「……従者の。お前は飛行魔法は使えるのか」
「飛行魔法は使えないが、風魔法でどうにでもなる」
「なるほどな。娘、ちょっと来い」
ゲラルドが軽く手招きをしたので近くによると、しゃがんだと思ったら私の膝裏と背中に手を添えて立ち上がった。俗に言う、お姫様抱っこだ。
少し高くなった視界に感動していると、頭上でゲラルドが何か呟く。すると僅かにゲラルドの瞳の輝きが少なくなった気がした。
「ゲラルド、無理しなくていいよ? 私、ダイエットしてないし。魔力すごく消費してない? 大丈夫?」
「僕のことを馬鹿にし過ぎてないか? お前一人抱える事に何も問題はない。ただ少し、姿隠しをしただけだ」
「なんで?」
「こんなに魔力を持っている人間は居ないだろう? 面倒事は避けて通るに決まっている。あと僕のことは……ルドーと呼べ。本名がバレると解ける魔法だ」
「うん、分かった」
魔法というのは色々大変らしい。規約とか誓約とかもあると聞く。それに使い過ぎれば身体によくないとか。
ふわり、と浮く感覚はあまり自分が体験した事のないもの。ゲラルドがしっかりと支えてくれているおかげで、不安定さを感じることはない。
家の屋根が見えて、大きな木の天辺が見える。風がいつもより強く感じる。
「やっぱりすごいよね。魔法って」
「お前は魔法の概念を壊したいと言ったな」
馬が走る以上の速さで下の景色は変わっていく。それなのに風の抵抗がないのはそれもゲラルドの魔法なのだろう。やっぱり魔法は便利だ。
「うん。そうしたら世界はどうなっちゃうのかなぁ、って。別に魔法が要らないとは言ってない。ただ科学が魔法以上の価値をどこにも見出せなかったことについて不思議で」
「お前の言う、科学とはそんなにも良いものなのか?」
「さあどうだろう。そもそも文献がなさ過ぎるし、あったとしても到底理解出来ないもの。たぶん文明はすごく進んでいたんじゃないかな」
世界に一つしかない資料だって日記だって、読み解いていっても分からない。そんなものが出来るのか、それは空想の話なんじゃないのか。
もし出来たならば、なぜどれも残っていないのか。
「人類は三百年前に国取りの戦争を始めた。でもそれって魔法が生まれたからなのかな。そもそも魔法ってどこにあったんだろう。なんで科学と魔法を融合させよう、って思わなかったんだろう」
「……僕は昔の記憶がない」
「え」
下の景色を見ていた目線をゲラルドに向ければ、真っ直ぐと遠くを見つめている。その顔は真面目な表情だ。
「ゲラルド、それ以上設定盛ると伏線を回収出来なくなるよ?」
「落とすぞ」
「わーごめんごめん。嘘でーす。え? でもホント?」
「まあな。気付いたらそこに居て、訳も分からずやってきてしまった。だからこその顛末なのだろう。文明ももしかしたら同じような一途を辿っているかもしれない」
「なるほど。面白い見解だ。そしたらその結末はどうして残ってないんだろう」
「さあな。都合が悪かったんじゃないか?」
そういえばゲラルドってどこから来たんだろう。私の家に居たけど、それより前って何してたんだろう。
だってすごい量の魔力の持ち主だし、その辺で大魔法士とか教会の偉い人とかになってそう。それともなってたけど追放されちゃったのかな。えー可哀想。
「ゲラルドって苦労したんだね」
「それは娘もだろう?」
「どうだろう。興味なかったから。てかゲラルドっていつから記憶ないの? 大丈夫? お家の人とか」
「……数百年前のことだから気にするな」
やっぱり設定じゃん。
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