第五話 魔法薬師とは
「薬師ってものは知ってる?」
チエリはゲラルドが起きたということで、ご飯を作りに部屋を出て行った。なんでも酒屋の女将さんが食料をくれたとか。
だからその間に私はゲラルドに話をしなくてはいけない。私がなりたいものについてを。
ゲラルドは僅かに考える素振りをした後に「たしか数百年前に居た職業にそんなものがあった」と呟いた。その答えに私は大きく頷く。
「よかった。そこから話すとなるとなかなか今の時代難しいから。薬師ってものは民の健康を守るために居た職業なの」
「今の教会のような仕組みか?」
「うーん、ちょっと違うかな。怪我をしたりしたら、それを治すためのサポートをするし、健康状態を維持するための仕事。もちろん魔法は使わないで」
「……失われた職業ということか」
「うん、そう。魔法が確立されて三百年。その間に消えた職業の一つ」
魔法は突如、四百年くらい前に発生したのでは、と言われている。明確な理由も存在も不明。それがちゃんと魔法となったのは三百年前。
暴発する事故が格段に起きなくなったのはここ五十年の話。
魔法という歴史はとても浅い。だけど人類の進化には大きな衝撃を与えた。
「魔法が発生してから、人類は科学の進歩よりも魔法を選んだ。だってそっちの方が利便性がいいから」
魔法の素となる魔素は空気中に沢山ある。それを有機生物が何らかの方法で吸収することで魔力になる。魔力に法則を加えれば魔法となる。
なにも機械も要らない。たった一人で出来る事だ。もちろん大魔法になったら協力とかしないと出来ないけど、魔法という存在は遥かに人類の躍進されるものだ。
大きな力を得ると、人は更に欲しくなる。欲というのは空腹状態の野生動物みたいなものだ。
もっと欲しくなる。少しだけなんて言ってられない。沢山、いっぱい、全部。
だから魔法が発生した三百年前は国取りの戦争が勃発した。それは二百年前に魔王が誕生した事で止んだけれど。
その間に魔法という存在は暮らすうえで中心的な存在にまでなっていった。
「では今更その薬師、というものになるのは些か時代遅れというものではないか」
「私が目指しているのは薬師じゃない。魔法薬師。職業としても称号としても、未だ誰もが行ったことのないもの」
持ってきた結晶の一つをゲラルドに渡す。結晶は私が今実験中のものだ。
「これは鎮痛剤、っていう痛みを和らげる薬になるかもしれないもの」
「そんなの魔法でどうにでもすればいいだろう」
「そうだね。でも魔法を使えない人も沢山いる。私だって使えない」
「使えない?」
結晶を光に照らして眺めていたゲラルドは、不可解な言葉を聞いたような表情で私を見つめてくる。
「そう、使えないの。弟とは違って」
弟はすごい魔法剣士だ。魔法のコントロールはもちろん、魔力量もすごいらしい。ならば私だってそうだろう、と思われがちだが私は全く使えない。
使えないどころか魔素の影響すら受けにくいのだから、これから先一生魔法を使うのは難しいだろう。
でもそれはなにも私だけじゃない。魔法が効きづらい人も居る。確かに大きな魔法を使えば、全回復するかもしれないけれど、そんなの非効率。
だから魔力量によって出来る仕事が決まることもしばしばある。
「今は魔法主義社会。魔法を使えない人は居るけれどそれはとても少ない。となると、そんな少数のために社会は優しくならない」
「そのために魔法具もある。精霊や古来獣も助けてくれるだろう」
「そうだね。人は誰かに助けて生きていくものだ。でも恩着せがましく助けてもらってまで生きたい人なんてどれくらい居るんだろう」
「……捻くれているな」
だって魔法が使いたくても使えない、って試合をする前から負けが確定しているくらいの差だ。それを非魔力側はずっと思うのだろう。
本当だったら空を飛びたかった。本当だったら海中で呼吸出来るようになりたかった。魔王を倒して勇者になりたかった。
思ってしまう。ないものねだりだって分かっていても。
「やっと情勢が落ち着いて五十年。昔の文明は三百年前。魔法が使えなかった文明をどれだけの人が振り返ると思う? 誰が好んで不便な生活に戻りたいと思う? ――そうして人は傲慢に怠惰になっていくんです」
「娘……」
ゲラルドの青紫の瞳が切なげに細められる。それを見て、この人思ったよりも優しいのかもしれないな、なんて思ってしまった。
「て、言うのがどこかの研究者のポエム」
「は」
「研究者ならば悲観する前に何かやれ、って話だよね。そもそも正気に戻って、人の気持ちに寄り添おうとしてるところからして諦めてる。ダメ失格」
目を丸くして固まっているゲラルドに「私はね」と続ける。
「魔法が知りたい。どうして法則を与えることで魔力が変わるのか。つまりそれは反応式とか数式に近い」
魔力に違う法則をつけたら? それが人ではなく草木や生成物にだったら? 人にどうやって影響する? どんな顔を見せてくれる?
魔法という概念をどうしてくれる?
「魔法を理解して、それを魔法が使えない私が薬師として全国民を健康に導けたら? 魔法の概念、バーンってぶっ壊れると思わない!?」
魔法に頼っているのも別にいい。便利だし。魔法は今じゃ社会のカースト決めにもなっている。
だって魔法が使えないと生きていけないから。だから教会があって白魔法があって、みんなそれを頼る。
それが要らなくなったら?
きっと世界は面白くなる!
「私が第一人者になってそのあとにも魔法薬師が排出されたら。そしたら世の中絶対に面白くなる」
「……世界でも掌握したいのか?」
「まさか。そういうのは興味ない。私はただ自分の興味ある事を調べて理解して実証したいだけ」
科学というのは実験と結果と考察の繰り返し。
今は科学は色々と禁止されている事が多い。だからそれは難しいこととされている。
全部魔法で済むから。安心安全な方へみんなでお手手繋いで仲良くしましょう、って。
そんな人生は真っ平御免だ。
「人生は一度きりだもの。楽しまないと損じゃない?」
やりたい事をやって、私は満足して死にたい。もしかしたら志半ばで終わるかもしれない。でも死ぬ間際にやっておけば良かった、と思って死にたくはない。
だから私は魔法薬師になりたい。
ゲラルドは私を見つめて呆然とした表情をしていたと思ったら、突然笑い出した。大きな声でお腹を抱えて、本気で笑っている。
変なものでも食べたのか、頭を強くぶつけて今更に後遺症が出てきたのかと心配になる。ちょっと狂ってる人を相棒にはしたくない。
「豪胆な奴だと思ったが、娘よ、お前なかなかな強欲だな」
「理性ありてコミュニケーションが取れるものはみんな強欲だよ。ただお利口さんにするのが上手いだけ」
「そうかそうか、なるほどな」
まだ少しだけ笑いの余韻を残していたゲラルドは大きく息を吐いて、最後にふっ、と笑った。相当楽しかったらしい。こっちは本気なのに。
ゆっくりとゲラルドは立ち上がり、ゲラルドは自分の指を軽く振る。すると薄汚れていたゲラルドの衣服や見た目がみるみる綺麗になって、白い髪の毛は光に当たると眩しいくらいに変化した。
「お風呂要らずだ……」
「ソフィア・コネリー。僕はお前に協力しよう。その願いが叶うまで必ず」
「え! そんなにいいの!? よかったー、ゲラルドみたいな頑丈で魔力が沢山ある人なんて、きっとこれから先見つからないだろうから」
「だろうな」
私を見下ろす綺麗な青紫の瞳の中はキラキラとしている。キラキラしているのは魔素によるもの。それがまるで薄明るい空に星が輝いているようだ。
この世の物とは思えないほどに、目が奪われて呼吸が止まりそう。ついゲラルドの顔に目を伸ばしそうになる。
「これは僕からの餞別だ」
そう言って、ゲラルドは長く伸びている髪の毛を風の魔法か何かで、バッサリと短く切ってしまう。癖っ毛なのか、僅かに毛先が跳ねているのがさっきよりもよく目立つ。
切り落とした髪の毛を掴んで、何か呟いた後に手を離して床へ髪の毛の束を落とす。落とた先の床には沢山の白い髪が落ちて――いない。ふわり、と床に落ちる前に溶けるように無くなっていった。
不思議な光景に「おお」と感心の声が出る。
「これでこの小屋はお前が許可しない者は一切踏み入れることは出来なくした」
「あ! それはすごく助かる! ありがとう!」
「あぁ、だから絶対になれ。その魔法薬師とやらに」
ゆるりと笑みを浮かべるゲラルドはとても楽しそうに私を見つめる。私もゲラルドを見つめて、口角を更に上げた。
「うん! よろしくね、ゲラルド!」
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