五章 「デート?」
思ったよりずっとまともな人だった。
本人には到底言えないだろうことを俺は家で思っていた。NOと言えないぐらい臆病者な俺だ。冗談だとしともそんなこととてもじゃないけど言えない。
部屋には今日も春の風が吹き込んできている。変わらない毎日は素敵だ。
外では茶トラの子猫がゆっくりゆっくりと道を歩いているのが見えた。
窓から顔を出し、「車に引かれるんじゃないぞ」と話しかけた。
動物は基本的に何でも好きだ。でもアパートがペット可じゃないから何も飼えない。
猫はふにゃーと鳴くだけだった。
彼女はよく喋る人だった。
手からのぞいていたピンク色のマニキュアは女性らしさを表していた。
そして、何よりよく笑う人だった。俺はよく笑う人は好きだ。しかも彼女の笑顔は思わず見とれてしまうほど、明るくて綺麗な笑顔だった。もちろん彼女の容姿がもともと綺麗なのもあるけど、それにしても綺麗だ。
俺の中の彼女の印象は少しだけ変わった。
でも彼女は今回も思ったことをそのまま口に出していた。もしかして自覚がないのだろうか。どうしてそんなことをしてしまうのか単純に興味が湧いた。マザーテレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心」だと言っている。 逆説的に考えると俺は彼女のことを嫌ってはいないことになる。
どこに連れて行こうかと迷い、ネットで検索した。色々調べ、おしゃれな店のご飯を奢ろうと思った。
彼女はコーヒー店をたまたま見つけたと言っていたけど、俺はそんなことはない。しっかりリサーチしてから決める。もちろん、その場でそれを指摘することは俺にはできないけど。情けないなと思う。またいつものように笑ってごまかした。
自分でもいくつか美味しい店は知っているので、その中から口コミがいいところにすることにした。
俺は自分より他人の評価の方が信用している。
そして、彼女にご飯をおごることと待ち合わせ場所を伝えるために丁寧な言葉でメールを送った。
「こんにちは。今日も時間ぴったりですね」
前に皮肉を言われたから、ちょっと意地悪してみた。
彼女は「そうですか?」ときょとんとしていた。
少し拍子抜けをした。もしかして嫌味に気づいていないのか。天然なのかもしれない。
彼女は、ピンクのワンピースに、白のパンプスいう姿できれいめな感じだった。頭に桜が満開に咲いている春の情景が浮かんだ。
レストランに着くまで、何人もの男性が彼女をチラチラ見ていた。
下を向くと、ツツジの花が咲き始めていて、可愛さも引き立てていた。
春は、たくさんの花が咲く。それは素敵なことだ。
その美しさから、彼女は花のようだと思った。
レストラン「エテルニテ」
フランス語で「永遠」という意味の言葉だ。
それはとても雰囲気のある店だ。
「こんな素敵なお店、おごってもらって本当に大丈夫ですか?」
しかし、店を見回し、彼女は大声でそう言った。
彼女のストレートな言い方にはなかなか慣れない。でも、俺は今回は冷静さを保つことができた。
「大丈夫です。美味しい店だから連れてきたくなりました」
俺はニコニコしながら答えた。それは無意識ではなく、意識的にだ。いつも笑顔。俺は前からずっと人の前では笑顔でいるようにしていた。笑顔でいる方が何かとこともうまくいくし、何より楽だからだ。
俺はドアを開け、彼女から先に店内に進んでもらい、彼女が座ったのを確認してから俺も席に着いた。
「よくこういうお店に来られるですか?」
「よく来ますね」
そんな会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
簡単に彼女に料理の説明をした。俺は料理はできないけど、料理やマナーについてだけでなく広い知識を持っている。自慢にならないように穏やかに伝えた。
レストランは静かで、どの人も上品だ。ウェイターの気遣いがどこにでも行き届いている。当たり前だけど、前のファミレスとは雲泥の差だ。
ファミレスも別に嫌いではないけど、こういう店の方が俺には合っている気がする。静かで落ち着く。
前のファミレスという言葉で、彼女のあの厄介な性格をまた思い出しげんなりした。
静かにしている俺に対して、彼女は終始驚いたり、喜んだりオーバーリアクションだった。
しかし、彼女が食べている姿は絵になる。悔しいけど、美しいと言う言葉がぴったりくる。
「どうしました? 私の顔に何かついていますか」と彼女に指摘されて、俺は慌てて顔をそらした。
そんなに長い時間見ていただろうか。すごく恥ずかしい。ほとんど無意識のことだ。
「いや、べつに。あっ、そうだ。何か他に欲しいものありますか? よければ注文しますよ」
「いや、大丈夫です。どれもすごく美味しいです。こんなの食べたの初めてです。でも、そろそろ敬語やめませんか? お互いもう初めて会うわけじゃないし、よくないですか?」
安心と驚きが同時にやってきた。
確かに変な事は言っていないけど、なかなか普通の人はそんなに急には言わない。彼女の話はいつも脈絡がない。だから、驚かされてばかりだ。
「はい、いや、うん。小鳥遊さんがその方が話しやすいならそれでいいよ」
「私はそれがいい。楽だし」
「じゃあ改めて、よろしくね。乾杯」
俺はワインの入ったグラスを上に掲げた。彼女が俺のグラスに自分のグラスを重ねようとしたので、俺は制した。
「意外と知られていないけど、フランス料理ではグラスをカチンと鳴らすのはマナー違反なんだよ。細かくて悪いんだけど」
「そうなんだ。美味しいお店に乾杯。本当にありがとー」
そして、今日一番の綺麗な笑顔を見せたのだった。
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