第8話 君は時の魔女

「あなた、起きて。起きて、あなた。」


深夜。

異様に漂う黒煙と焦げた匂い。

冬にしては暑いくらいの部屋の温度。

もう何度目の冬だろうか、まだ覚醒しない脳を奮い立たせ、一瞬よぎる疑問を打ち消す。

間違いなく火事だ。

私は目の前の君へ顔を向けた。


君はすかさず箒を持ち出し、私を後ろに乗せて飛び出した。

そうだ、君は魔女だったんだ。



貴方は節くれだった手で私の体を抱いた。

背に温もりを感じながら、寒空を優雅に飛び回る。


「魔女が逃げたぞ。あっちだ。東の方角を探せー。東だ、東。」


真夜中の喧騒。

凍てつく空気を切り裂いて、煌びやかな星々の中、一つ彷徨う箒星。

月の満ち欠けは盛大に、細っそりと糸のように湾曲。赤茶けた月に箒に乗った男女の影。

湖の水面の反射も早々に、夜の喧騒は静まる。

暗い夜空に星を隠すように登る狼煙のような黒煙。もう、あの思いの詰まった家はない。



君は箒で飛び回り、家からさほど距離のない廃墟へ降り立った。

屋根の抜けた教会。

神なき現実をまざまざと見せつけられる。


墨とかした我が家を思い出しては涙が溢れ出す。君は頬を伝う一筋の私の涙を、綺麗な細い指で拭うと、ヒシと抱きしめる。


両手で私の頬を包む。

優しい口つげを交わす。


君の吐息を感じながら、今までの事が走馬灯のごとく蘇ってくる。

初めての出会い。

君の料理と溢れる笑顔。

時たま見せる頬を膨らませた不自然な膨れっ面。

二人で海岸を歩いた時に見せた、喜びに満ちた細い目。


思い出しては、鏡のように割れ砕け、虚無の彼方へと落ちてゆく。


「ごめんなさい」

君はしわがれた声で囁き、みるみると年老いていく。懐かしい思い出。

失いたくない。忘れたくない。


君は誰?


砂漠のミイラみたいな老婆が一人。森の闇の中に消えていく。

陽は傾き夕闇が森の方から伸びる

焼けた廃屋に佇む私。







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