第3話 貴方は村の英雄

貴方の放った「美しい」の一言に、私の頭は蕩けてしまう。

時が止まったように、暫し見つめ合う二人。

貴方の瞳は漆黒にキラキラと煌めいていた。

黒い瞳に同調するような、綺麗に切り揃えられたショートヘアの黒髪。

手入れされた髭には清潔感とダンディーな貫禄が同居している。


貴方は「失礼」と一言。赤面した顔を隠す。

踵を返し、ドアに手をかける。


「お待ちになって。」


君は鈴のような声で私を呼び止めた。

「朝食を作り過ぎてしまって、良かったら、食べて行ってくださらないかしら。」

そう言って、私をテーブルに手招いた。


ここは魔女の家。ジャキリと鞘の擦れる音。

小さな丸いテーブル。手を伸ばせば届く距離の二人。


私は、この時、殺されても良いと思った。


しんとする室内。君はガタリと立ち上がる。

「普段はあまり飲まないのよ。」

そう言って、君はコーヒー豆を挽き、焼いたトーストにホロホロ鳥の卵を湯煎したスクランブルエッグを乗せた。


貴方は顔を綻ばせる。

「美味しい。これは凄い魔法だ」

「トースト一枚で大袈裟ね。ただの料理よ」

貴方の声が私をときめかせる。

トースト一枚で、こんな朝の水面のように爽やかな顔をされてしまっては、私はどうかしてしまいそう。

溌剌とさせて子供のようにトーストを頬張る貴方の顔を、私はマジマジと見てしまう。


早朝に流れ込む陽光。コーヒーの湯気と言う芳ばしい香り。静かな空間に貴方と二人。


貴方は真面目な人。仕事の事は忘れない。

真剣な眼差しが凛々しく、男を感じさせる。


君は凛とした表情で、丁寧に答えてくれた。

まず、降り積もった雪のこと。

そして、飢饉のこと。塩害のこと。

これらは、全て魔女とは何も関係ない。

魔女の所為せいにする事で人間達が、納得したいのだと。


今年は星の導きにより、大寒波が来ていて、各地で雪が降り積もっている。アニモニの村だけではないと説明する。


そして、飢饉は王宮の失策。隣国との争いが本格化するなかでの年貢の無茶な増税。塩害は塩害ではなく、無茶な増税に対し、土地を休ませずに作物を育てた連作障害。


貴方は何一つ疑う事なく私の話に耳を傾けた。

君は見ず知らずの私を、追い返そうともせずに、事細かに現状を教えてくれた。

それが、私には嬉しかった。


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