第2話 祖母からの小包


「お疲れ様~」


 少女の背中を店内から見送っていると、店の奥から女性が出てくる。


「店長お疲れ様です」


 気だるげな雰囲気のこの女性はこの花屋の店長だ。ここは町の中心地から少し外れたところにある小さな店である。




 この町にはたくさんの花屋がある。

 空気が穢れたこの世界で生活するには、清浄な植物が欠かせない。町の周りを覆うように木が植えられているものの、それでも空気は汚れている。

 マスクを付けることもあるが、家の中でも付け続けるのは大変だ。そこで、家の中の空気を浄化するために、人々は花を買う。

 花が部屋の空気を浄化してくれるのだ。

 そのため、花屋は生活に密接した商売になっていた。

 うちの花屋は切り花専門で、地域密着型で値段もそこそこのお店という位置づけ。

 鉢植えのお花の方が浄化作用も大きく、日持ちはするが、その分、費用が恐ろしくかかる。定期的に土を浄化しないとすぐ花の株自体がダメになるからだ。

 なので、この店では切り花のみ販売している。切り花は数日から長くて十日くらいしか日持ちはしないが、その分、安い。

 よほどのお金持ちか特別なことがない限り、たいていの人は切り花を買って、家に飾る。そして枯れたらまた買う。それを繰り返し、日々生活していた。




 お客さんが途切れた隙に、咲いてしまった花をより分けていると、店長が声をかけてくる。


「そこ終わったら、水瓶にお水足してもらってもいい?」

「わかりました」


 咲いてしまった花を分けてバケツにまとめると、わたしは店の奥に向かう。狭い廊下を通り、裏口を出ると、そこは小さな庭になっていた。

 お店に出す前のお花などは一度ここに置いて準備をしたり、ゴミを置いておいたりする場所のため、綺麗に整っている場所ではないが、それなりに整頓はされている。

 その一角に雨水を溜めている貯水槽がある。この水をお花の水としてうちのお店では使っている。

 飲料にはできないが、ある程度浄化すればお花には大丈夫。

 なにしろ飲料用の水は高価で、それをお花に使おうとすればとても採算が取れない。

 トイレや掃除程度であれば、雨水や井戸水を使うことが多く、雨水を溜める貯水槽はたいていの家に備わっているのだ。

 貯水槽からバケツに水を移すと、わたしははそこに両手をかざす。

 少女にあげたお水と同様に水の浄化を祈る。


 ――綺麗な花が咲きますように……。


 優しい光がふわりと輝き、スッと消えていく。

 バケツを覗き込むと、汲んだ時より澄んだ水にわたしは頷いた。

 わたしには水しか浄化できないけれど、それでも大好きなお花のためにこうして力を役立てられる。

 この小さなお花屋さんでお花に囲まれてずっと暮らしていけたら幸せだなぁ。

 わたしはそう思っていた。




 何度か往復して、お店に置いてある水瓶をいっぱいにする。

 店長は水を浄化する力がない。浄化しなくてもお花に使えるのだが、浄化した方がお花の持ちは段違いだ。

 わたしの他にもう一人いる店員も少しだけ水を浄化できる。なので、わたしか、もう一人の店員がこの作業の担当だ。


「そうだ、忘れないうちに渡しておくね」


 そう言って、店長は小包を渡してくる。

 何かと思って受け取ると、わたし宛のものだった。


「それ、お祖母様からでしょう? うちの荷物と一緒に届いてたの」

「ほんとですね。お祖母ちゃんからだ」


 差出人の欄にある『オリヴィエ』という名前はわたしの祖母の名だった。

 わたしを育ててくれた祖母とは現在離れて暮らしている。

 なぜなら――


「お祖母様って大魔女さんよね? すごいわね~」


 店長はそう言って、わたしの持つ小包に憧憬の目を向けてくる。

 祖母は大魔女と呼ばれる有名人だ。

 水だけでなく、土や空気を浄化できる人のことを魔女、魔法使いと呼ぶ。穢れと隣合わせの生活の中で、浄化できる能力を持つ魔女と魔法使いは、尊敬され、崇拝に近い存在である。

 その中で、祖母は大魔女と呼ばれるほど、魔女の中の重鎮であるのだ。

 祖母を誇らしく思う一方で、わたしにはその力がない。水を浄化する力しか受け継ぐことができなかった。

 生まれで能力が決まるのだから仕方ないのだが、劣等感がわたしを苛む。小さな頃から感じていたそれは、わたしの心に塵のように積もっている。


「そうなんです。自慢の祖母です」


 わたしは店長に向かって、にっこりと笑みを作った。

 自分にない力を羨むことはもうやめた。どうやってもわたしは魔女になれない。

 花師だった祖父のように、わたしはお花と一緒に生きていく。

 そう決めたのだ。

 大魔女として忙しくしている祖母が小包を送ってくるなんて珍しいなと思いながら、小包の重さを確かめる。

 両手にのる大きさで、中に何か入っているようだが、ずっしりとした重さではない。

 何だろうと思いながら、わたしは店長にお礼を言った。


「特別なことがないと個人宛の荷物は危ないからね。うちのお店宛でよければ全然大丈夫」


 穢れがはびこる中、荷物の輸送は簡単じゃない。町の中であればいいが、違う町からの荷物は無事届く保証が低いのだ。

 ただ、お店関係であれば別だ。

 特に花を扱う店は優先順位が高い。そのため、祖母はお店宛に小包を送ってきたのだろう。

 祖母からの小包は自宅に帰ってから中を見ることにして、わたしは残りの仕事を続けた。

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