種を育てたらイケメンが生まれました!

甘沢 林檎

第1話 お花屋さん


「ありがとうございました」


 瑞々しい花束を手に、どこか安心した様子で店を出ていく若い女性をわたしは見送る。

 腕に抱え持つほどの大きさの花束は、とても高価で贅沢な一品だ。予約されたものではなく、即席で作ったため、色合いやバランスは完璧とは言えないが、彼女の生活にひとときの清浄と潤いを与えてくれたらいいなあと思う。


「すみません」


 あどけない声で呼ばれ、わたしは店先に視線を向ける。そこには五、六歳の少女が財布を握りしめて立っていた。


「何かお探しですか?」


 身を屈めて問いかけると、不安そうに視線をさまよわせてから、少女はおずおずと口を開いた。


「四日くらい枯れないお花、ありますか……?」


 指を四本立てて見せる少女に、わたしは思案する。


「四日、ですか。お家はどこにありますか?」


 わたしの問いに、少女は「えっと」と少し悩んでから、地区の名前を教えてくれる。


「なるほど。では、このあたりのお花だと四日以上持ちますね」


 店内の中に少女を誘うと、一角にある花たちを見せる。


「わぁ……!」


 色とりどりの花を前に、少女は目を輝かせた。

 青々とした茎の先端にはふっくらとした蕾。やがてほころべば、きっと見事な花を咲かせるであろう。


「予算はどのくらいですか?」


 花たちに目を奪われている少女に問うと、ハッとしてから財布の中身を見せてくれる。


「あとお部屋が二つなの」

「二本必要ですね。そしたらこれか、これですね」


 わたしは黄色い花と、ピンクの花を少女に提示する。


「黄色いのはガーベラという花で、大きな花を一つ咲かせます。こちらのピンクの花はナデシコ。枝分かれした部分に数個花を咲かせます。大きな花一つか、いくつか花がある方か、どちらがいいでしょう?」

「うーん……」


 少女は見せられた二種類の花を見て唸った。色もタイプも違う花を見比べて、やがて決意したように顔を上げた。


「こっちのお花で」

「ガーベラですね」


 選ばれたのは、大輪の花を咲かせる黄色のガーベラだった。

 わたしは代金を受け取ると、少女に声をかける。


「ではお包みしますので、少々お待ちください」


 無事、買うお花が決まって、少女はホッとしたらしい。緊張が緩んだことで饒舌になった。


「あのね、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの!」

「それはおめでとうございます」


 わたしは包装の手を動かしつつ、少女の話に相づちを打つ。


「だから、お母さんも赤ちゃんもきれいな空気のお部屋で過ごしてほしいの」


 これから姉になるという少女の健気な願いにわたしは胸を打たれる。もしかしたら、このお花の購入資金は彼女自身のお小遣いなのかもしれない。

 それを考えると少しでも彼女の力になりたいと思った。

 お花を包み終えると、一度作業台においてから、わたしは少女に「少し待っていて頂けますか?」と断り、店の奥へ向かった。そして、手のひらサイズの瓶を持って戻る。


「お待たせしました」


 ほんの数秒だが、店内に一人になった少女は不安だったのか、わたしの顔を見るなりホッとした表情をする。わたしは安心させるように笑みを見せてから、店内の隅に置いてある水瓶から瓶に水を汲んだ。

 その瓶にわたしは手をかざす。

 心の中で想うのは、少女と彼女の母、そして、赤ちゃんが無事生まれてきますように、ということ。そのために、この水が浄らかになりますように、と。

 すると、瓶の中の水がポウッと光った。


「わぁ……!」


 瞬く間のできことに、少女が声を上げる。

 わたしは彼女に微笑んで、その瓶を差し出した。


「お花を飾るときにこのお水を使ってください。少しだけお花の持ちがよくなりますから」

「ありがとう! あっ、でもお金が……」


 少女は喜んでから、ハッと表情を変えた。残金がさほどないことを思い出したのだろう。

 それにわたしは首を振る。


「これはサービスですから、お金は大丈夫です。赤ちゃん、元気に生まれてきてくれたらいいですね」

「うん!」


 包装されたお花と浄められた水を大事そうに腕に抱え、少女は弾けるような笑顔で帰っていった。

 それを見送りながら、わたしは想う。

 あの彼女の顔が曇ることがないように、と。

 

 なぜなら、この土も水も空気も穢れたこの世界で、子供が無事生まれ、そして、健康に育つのは決して当たり前のことではないのだから――。

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