第2話:父親はロリコンクソ野郎、母親は十六歳、兄妹は異形
西天と朧火と共に、隠れ家で一夜を明かした。
「引っ越しすることになるわけだけど、準備はいいかしら?」
住処をファミリーが運営する施設へと移す。隠れ家は捨てる。
元々、いつでもここを出られるように準備していたので最上とソフィアが必要な物をまとめるとバック一つに収まってしまう。家具は置きっぱなしだ。
「ソフィア、着替えてきて。その恰好は目立つ」
「えー」
ソフィアが好んで着るゴシックロリータのことを最上は指摘する。昔見たアニメの影響で、ゴシックロリータを着るようになった。動画中毒者である彼女はアニメやドラマの影響を受けやすい。
「別にいいわよ。私たちがついてるんだから」
「ファミリーって力を持った組織だったっけ?」
「ええ、それなりに。虚構科学研究所とはあんまり仲が良くないんだけど、今はお互い拮抗状態にあるのよ」
人類二番目を抱える虚構科学研究所と拮抗状態に持ち込んでいるなんて、最上には少々意外だった。
「新神と渡り合えるの?」
「力の戦いだったら、絶対負けるわ。勝ってるのは権力よ権力。前々から虚構科学研究所に影響力を持つ組織を介して条約を結んでいたのよ。私たちが二人を保護できた場合、手出しをしないで。みたいなね。条件は一つだけ。三日以上私たちが最上くんとソフィアちゃんから離れないこと。離れた場合は保護放棄と見なされるわ」
組織のしがらみやら、権力云々に、最上は疎かった。外の世界との接触が少ないのが原因でもある。
半信半疑ながら、最上は西天の言葉を受け入れることにした。いざ襲撃があったとなれば、ソフィアだけを助け、できるならばどさくさに紛れてこの場所を知る西天と朧火を殺す。それからこの隠れ家に戻ってくればいい。隠れ家は複数あるのだが、ここが一番使い心地がよかった。
「うわー久しぶりに外に出れるし、しかも引っ越しかー!」
ソフィアは家族でピクニックに行く前の小学生ようにテンションが高かった。家を移るのには慣れているので、隠れ家を離れるのに心残りはないようだ。
「早く行こう、行こうよ!」
「落ち着いてよ」
玄関でソフィアが足踏みをしている。
冷蔵庫に残っていた人肉をありったけソフィアに食べさせた。そのおかげで歩けるくらいには体力が回復していた。
それこそ旅行に行く家族のごとく、最上達四人は外に出た。
(……自分より年下の母親と、ロリコンの父親なんて冗談じゃない)
外は晴天で、ビルのガラスが天高く上がる太陽の光を四方八方に映し出していた。七月初旬で夏のピークはまだまだ先とは言え、じりじりと焼き付くような太陽が地球温暖化の影響を感じさせる。東京はコンクリートジャングルであるだけに、余計に暑さを感じてしまう。
「暑くないのかよ、その黒装束」
ゴシックロリータのソフィアもそうだが、最上は朧火に目を向ける。
服とズボンとも素材が明らかに市販の物とは違い、丈夫で熱を逃がさない作りになっているのが嫌でもわかる。消防士の防火服すら思わせる生地だった。しかもそれに加えて手袋とマフラーも付けている。室内でも彼はその服を一度も脱がなかった。
「暑くない」
「朧火くんは、こういうDマンなのよ」と、西天が説明する。
西天の口からDマンという言葉が出た。それは最上を納得させるだけの意味を持った言葉だった。
Dマン。端的に言ってしまえば、人間のDNAを改造して産まれた人間のことだ。最上やソフィアもDマンだ。
最上は辺りを見渡す。わかりやすいところでは、耳が絵本の中のエルフのように三角形の形をした小学生の少年、狐の尾を持った中学生ほどの少女。わかりにくいところでは、精錬されたスポーツマンのごとき筋肉を持つ幼さの残る小学生。
2003年にヒトゲノムの解析の完了が宣言された。けれど、実はその時点では解析率99.99パーセント以上の数値で、100パーセントではなかった。残ったコンマ以下のパーセントは、神の領域と言われ、人間の遺伝子的な秘密が残っていると言われた。さらにその二年後、神の領域と言われた人間の遺伝子域の解析が進み、さらにコンマ以下に九が百ほど並ぶほどの解析率に至った。その時点で、人間のさらなる進化の可能性がしるされた。
2005年。人類の歴史に残る宣言がなされる。人のDNAの改造を、WHOが公で認めたのだ。理由は、2045年に訪れるとされているシンギュラリティ、いわゆる技術的特異点で、コンピューターの知能が人間を超えるという問題の克服のためだ。人間の進化を遺伝子改造の面から促し、コンピューターの進化に対応する。もちろん、これは数ある理由の内の一つで、人間的に納得できそうな理由を取り出した表面的な仮面であるのは間違いない。
裏には国家の思惑が大いに絡んでいるだろう。
そして、それを受けて先進国はさらにヒトゲノム研究を加速させたのも相まってDNAを改造した人間も二次関数的に増え始めた。
十五年ほどたった2020年。最も早くに生まれたDマンは中学生の最高学年になる頃だろう。
ただ、最上は十七歳で、朧火はさらにその上だ。これには裏の事情がある。裏で隠れて今で言うDマンの研究をしていた組織があるってことだ。もちろん、その一つが虚構科学研究所。
(Dマン云々抜きにして、僕以外の人目立ちすぎでしょ……)
ゴスロリ、黒装束、着物、そろい揃って東京では目立つ。最上は唯一パーカーにジーンズと無難な服装だった。東京オリンピックが近く、街は浮かれているけれど、さすがにこんな変な恰好をした人達はいない。東京駅の前の交差点を行き来する人たちの目が痛い。
「お昼ご飯、どこかで食べていこうかしら? ねえソフィアちゃん」
「え!? 外食するの? 食べる食べる!」
「なにを食べたい?」
「スパゲティ、そばにうどん……いやいやどんぶり系も捨てがたいかも」
うんうんと唸るソフィアを見て、最上は少し申し訳ない気持ちになった。最上自身、料理が上手くはないのはわかっていた。最上が作った物をソフィアは美味しいと言ってくれてはいたが、その実、本当においしいものを食べさせてあげられていなかった。
「おにぃは何がいい?」
「ソフィアが食べたい物選びなよ」
決めきれないようで、ソフィアが再度頭を抱える。
「ゆっくり決めていいのよ。歩きながら決めましょう。東京駅内にはいろいろお食事処があるから」
数々の料理店が並ぶグルメストリートのことを言っているのだ。最上はついて行くだけだったが、どうやら西天はそこに向かっていたらしい。東京駅内に入ると、歩くのが早いサラリーマン達が忙しく構内を歩き回っていた。案内標識が入り乱れ、改札口も至る所にある。慣れてないと一瞬で迷子になってしまう。その点西天は慣れているようで、ソフィアに駅内にある食事処の解説をしながらも一切標識を見ていなかった。二人はすっかり馴染んでしまったようだ。ソフィアは初対面の人間には弱いが、馴染むのは早い。
「おう、最上」
ソフィアが西天と話しているから、必然的に最上は朧火と一緒になってしまう。
「……」
「お前身長低いよな」
「殴るよ。ショットガンに撃たれたみたいにしてなるから覚悟しろ」
無視していようと思ったが、聞き捨てならなかった。
「待て待て。冗談だ」
「……。僕は成長期だそのうち朧火くらいすぐ抜かして見せるよ」
身長差はニ十センチ以上あるが、最上は言い切った。
「おー頑張れよ」
朧火は舌の裏に『現実を見ろ』という言葉を仕込んでいる気がした。
「で、聞きたいことがある」
朧火は馴れ馴れしく最上の肩に手を回す。
「どうやったら『おにぃ』なんて呼ばれるようになるんだ?」
「ソフィアが勝手に呼んでるんだよ」
「俺も呼ばれたいんだが」
「生殖器潰すよ、このロリコン野郎」
「つれないな。ま、いい。すぐに『お父さん』と呼んでもらえるわけだし」
「は? なんだよそれ。僕は絶対に呼ばせないからな」
「残念ながら、俺のことをお父さん、心のことをお母さんって呼ぶのはファミリーのルールなんだよな」
「聞いてない!」
「だから最上も俺を呼ぶときはお父さんって呼ばないとな……。いや、敬意をこめてお父様って呼べ」
「……抜けたくなってきた」
「お前は抜けてもいいが、ソフィアちゃんは置いてけ」
(……朧火って間違いなく性格がゴミだよね)
ソフィアに手を出す前に朧火を去勢するかを最上が考えていたら、西天が振り返った。
「朧火くん」
「な、なんだ?」
「邪な感情丸出しで、ソフィアちゃんの話してたでしょう?」
「いやいや、断じてそんなことはない!」
「私に嘘が通じないってのは知ってるでしょ?」
「すみませんでした! 考えてました!」
「朧火くんだけ、今日のお昼は水ね」
ざまーみろ、と最上は心の中でつぶやいた。結局、ソフィアが決めきれなかったので最上が天丼を食べようと進言し、朧火を除いた三人は舌が喜ぶ昼食を取った。そのあと電車を乗り継ぎ、ソフィアの提案で秋葉原に降り、電化製品を、主にテレビを中心に見て回った。隠れ家にあったテレビが古かったのが、口には出さなかったけれどソフィアの不満だったみたいだ。ソフィアはテレビ、ネットを問わず動画が大好きで、隠れ家ではひたすらテレビを見ていた。
おやつの時間が過ぎる頃に、電車に乗ってファミリーの施設へと向かう。どうやら、それは東京郊外にあるみたいだ。
四人は向かい合う形で席に座る。前の方では西天とソフィアが話し込んでいた。窓際に乗った最上は、隣に座る朧火の昼食での恨み言を聞き流しながら窓の外を見る。
後二、三年もすれば、この東京に大人になったDマン達が進出する。今でこそ等速度的に進歩を遂げているのだが、彼らが参入することでどうなるか。パソコンの知能に対抗する名目で、許可されたDNA改造だが、肉体を強化しているDマンも多い。建築や農耕にも影響があるだろう。機械が大雑把な部分をやり、人間が細かい部分を仕上げる。この形は変わらないだろうけれど、人間の小回りの範囲が随分広くなるのには間違いない。一説によると、建築の作業効率が三十パーセント増しになるとも言われている。
……。
……。
……。
「おにぃ、目的地に着くよ!」
ソフィアに揺さぶられ、最上は目を覚ます。それと同時に驚いた。
「僕は、寝てたのか?」
「かわいい寝顔だったわ」
西天のタブレット端末には最上の寝顔が写っていた。情けないほど警戒心がない自分自身。
「消してよ!」
「嫌よ。私の前で熟睡するのが悪いわ」
「ぐっ」
不覚だった。寝る時は常に気を張り、襲撃に備えていたから、ここ数か月深い眠りを味わっていなかった。
(くそっ、今の間にソフィアをさらわれたらどうするんだよ!)
ファミリーの二人を信用したなんて思いたくなかった。まだ裏の顔がある可能性だって十分にあり得る。出会ってまだ一日もたってないというのに、なんて失態だ。
電車を降りる頃には、すでに最上は気を張り直していた。
東京の中心部の発展が進む中、郊外にある商店街は廃れていた。無人の商店街を抜けたら草原に出た。東京に草原というのも、イメージで言えばミスマッチだ。年を重ねるごとに人や機能は東京の中心部にさらにまとまるようになり、郊外は、住宅街になるか、もしくは放置された商店街があるほどさびれていた。全国的に見ても、機能の中心化が進み、都市と田舎の差が以前よりもはっきり表れている。
草原をしばらく歩くと、赤塗りの建物が緑の中に現れた。
「あそこが……」
「そ、私達の家よ。家族の住処。伊吹荘って名前がついてるわ」
レンガの堀に囲まれた伊吹壮は、おそらく元は旅館だ。門をくぐり、玄関まで続く石畳の上を歩く。庭は基本的にしばふで覆われているが、一角には菜園スペースがあった。青々と威勢よく茎と葉をのばす植物が見て取れた。トマトになす、それにかぼちゃまである。草原の中だけあって車の音や雑踏なんてまるでなく、ホトトギスの鳴き声が聞こえてきそうなほどのどかだ。
「組織の施設って、大体が東京の中心部にあるものだって思ってたけどな」
「そっちの方が便利ではあるわね。ここを拠点にしたのは私の事情よ。東京はうるさすぎてね」
「まぁ、確かにうるさいね」
チョコレートみたいな扉を開けると、呼び鈴が鳴った。一歩入るとそこは旅館の名残を残したエントランスになっていた。右手には受付用と思われる窓口がある。旅館の頃は土足で入ってもよかったのだろうが、玄関の横に洋風なエントランスには似合わない木の土足入れがあった。
各々が靴を脱いで土足入れにしまう。スリッパに履き替えていると、どたどたと騒がしい音がした。
呼び鈴を聞きつけたらしい子供が三人、廊下を走ってきた。
小学生ほどの年齢だが、三人そろって普通の人間とは少し違う部分がある。Dマンだ。
「おかえりなさい! お父さんお母さん」
(うわ、本当にお父さんって呼ばせてる)
どうだ、と言わんばかりに朧火が最上を見ていた。
(絶対に呼ばないからな、僕は)
「このお兄ちゃんとお姉ちゃんは?」
人懐っこい少女は、外国人のように金髪で、さらにその上に猫耳が鎮座していた。スカートのすそからもひょろりと黒いしっぽが見えている。Dマンの中でも獣人と言われる子だ。
「新しい家族よ」
「ほんとー!? みんな、新しい家族だってー!」
少女が叫ぶと、わいのわいのと子供たちが集まってきた。小学生から中学生、いや、高校生になる子供もまじってざっと十五人はいる。
「す、すごい。多いよ」
視線の数に押され顔を赤くしたソフィアが、最上の後ろに隠れた。一般的な男の体格に比べ小さい最上の後ろに隠れても、あまり意味がないのだけれど。
「それじゃあみんなであいさつしときましょうか。せーのっ」
「ようこそ、伊吹荘へ!」
予想していなかった盛大な出迎えだった。
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