第十七章「酒と泪とおでんと同僚(前編)」


 三電作戦失敗から数時間後、私や皇子達は作戦会議室に顔を並べていた。


 室内の空気は重いわけではない。かといって常にある陽気さも影を潜めており、とても気まずさのある雰囲気であった。


「さて、今回で我が帝国軍はついに二百五十敗目を迎えちゃったわけだけど」


 青黒い痣の残る首筋を撫でながらサーティン皇子が反省会の始まりの言葉を述べる。


 私は深くうな垂れていた。


 原因や理由はともあれ、あれだけ自信満々に作戦実行して派手に騒ぎたてたのに結果は目を覆いたくなるような大黒星。


 損害もここ最近では類を見ないものだった。アンドロイドとかばっかりだから死者というのは存在してないけど。幾らこの職場がいい加減な所でも、稀に見る大損害には流石になぁなぁまぁまぁで済ますわけはない。


 どんなに軽くても任を解かれて長期謹慎。最悪の場合更迭の上に追放か。処刑だって覚悟しなくちゃならないわね。


 エリート街道進んでたけど、ここでストップね。仕方がないわ自分が招いた失敗だもの。責任取るわよ。私は部下に責任押し付けて利権漁りするような政治家じゃないんだから。


 私が意気消沈してる中、恒例となったアクドク氏の計算が始まった。


「えぇと、破壊されたクァークゴアンドロイド兵が六百体、クァークゴ怪人が十八体、巨大ロボットが五体、移動費、通信費、燃料費その他諸々の経費を合計いたしまして今回の被害総額は日本円にして八千九百三十億四千七百五万二千八十一円となりました」


 いつもならツッコミいれる所だけど、今はただただ被害額の大きさに萎縮するだけだった。


 マットーサ博士が前髪をいじりながら今回の件に関して口を開いた。


「今回強化改造怪人を作ってみたけれど、まだまだ改良の余地はありますな。狙いどころは悪くなかったですし」


 頷きながらヤークザー提督は気難しげなうなり声をあげる。


「今回の襲撃ですが、あのアース司令と名乗る敵の指揮官の強さは想定の範囲外でした。今になってこのような仮定を述べるのは愚かしい事ですが、もし彼の存在がなければ成功していました」


 サーティン皇子があくびを噛み殺しつつ部下の意見に同調した。


「やっぱさー、改めて侵略の難しさ実感したっちゅーかね。もう少し傾向と対策練り直しが必要かなーと俺は思うわけよ」


 いつもよりも比較的まともな会話が交わされる中、私はひたすら覚悟して待ち続けた。


 あんなボンクラで馬鹿で軽薄で能無しで世間知らずでデリカシーなくて救いようの無い皇子だけれども、一応は上司。彼から下される裁断には大人しく従おうではないか。


 私は任務失敗したのだ。処罰されて当然の立場なのだから。


 けれども、幾ら待てども私への処罰が話題に上らなかった。それどころかいつも通り会議は終わろうとしていた。


「じゃあ、今度の地球侵略会議は三日後ちゅーことでいいかなぁ」


「異議なしです」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 会議の終了宣言を遮るように私は顔を上げて皇子に向き直った。彼を初めとして他の三人も目を瞠って私の方を見る。


「どしたのワルザード?」


「いや、どうしたのって……今回の件での私への処罰などはないのですか?」


 私の言葉に、皇子は呆けたような顔を浮かべて首を傾げた。まるで初めて聞いたような言葉を耳にしたみたいな感じの。


「何? 処罰して欲しいんチミは」


「それは……」


 そう言われて私は困惑した。いや、処罰しないならしないでも別にいいわけだけどさ、今回の甚大な被害に関して何のお咎めもなしでいいわけ? 組織としては感心出来ないわよその姿勢。


 侵略部隊の最高司令官は秀麗な顔をほころばせて手を上下に振った。


「気にしない気にしない。長い人生失敗する時なんてたーくさんあるんだからさ。もっとふんわか行こうぜ、ふんわかとさ。お前の豊満な胸みたくさぁ」


「……」


 寛大なお言葉に私は感動……しなかった。寧ろその寛大過ぎる処置に私はさらに傷ついたのだ。つーか、後半はセクハラだ馬鹿野郎。訴えて勝つぞこの野郎。


 失敗は不名誉な事だというのに、償う機会すらも与えられないとは、まだ厳重な処罰を受けた方が気分的にすっきりするというもの。生殺し状態はかえって居心地悪く感じる。


 喜んだり安堵したりしてもいいところなのだが、私の中にあるのは釈然としない気持ちであった。


 自分の生真面目過ぎる所は自覚しているけど、でも幼い頃からエリート街道進んできた私にしてはこれが性分なのだから。


 成功にはそれ相応の褒美を。失敗にはそれ相応の処罰を。組織というものはそうあるべきだと、私は断言してもいい。何事も中途半端に流してはあやふやな気持ちを引き摺る事になるだろうから。


 そういうわけで、ケジメをつける事叶わなくなり益々落ち込んでしまったわけだが、上司はそんな私の心情に気が付く筈も無く、司令官席にふんぞり返りながら。


「まっ、今日はゆっくり休めや。なんなら今日お招きした美人保険医の渚先生に慰めてもらうとかさぁ。コレを期に百合フラグ立ったりするかもよぉー。いやん! 美人女教師と美人保健医の禁断愛だなんて、ワルザードったらダ・イ・タ・ン!」


「……」


 人の気も知らないで何を言ってるんだよこの馬鹿は。


 同僚達に視線を向けると、彼らも彼らで皇子と同じ意見らしく、私に対して特に何も言わなかった。


「今日の事はあまり深く気にしないで。次がありますよ」


「激務でお疲れ気味でしょうし、ゆっくり休んでくださいな」


「お疲れ様。ワルザード殿に安らかな平穏が舞い降りることを」


「他に言う事ないんかいアンタらは」


 普通ならば気の良い奴らだと思うわけだけど、私はそうは思わずにいた。


 今更言うのもあれだけど、やっぱりこの連中はどこかヌルイ、つーかヌルすぎる。


 地球侵略しにいく前までは帝国で指折りの有能揃いだったのに、地球に来てからどういうわけかこんなにも腑抜けになってしまうとは。


 でも不真面目というわけでなく、少なくとも真面目に考えて真面目に行動している。


 それは敵であるアースファイブも同じだ。それは認める。認めてやってもいい。


 つまりは私と私以外の面々の感覚がズレているだけなのか。ここでは私の堅さは異質ということだろうか。


 いやまぁ、それに気づいたところで何がどうしてどうするってワケじゃないけどさ。


 未だ意味不明な萌え談義を駄弁っている皇子におざなりの敬礼をして、私は会議室を退出した。これ以上居たとしても後ろ向きな考えばかりが浮かんできそうだったから。


 会議室から出てくると、出入り口の前で渚先生が待っていた。


 私の姿を見て、渚先生が小さく手を振る。


「会議終わりました?」


 あんな事があった後だというのに、いつもと変わらぬ態度で接してくる渚先生。私は複雑な気分になり深い溜息を吐いた。


「終わったというか、馬鹿らしくて途中退席してきましたよ」


「あらあら。いつも真面目な雅先生が会議を抜け出してくる時もあるんですね」


「地球侵略会議なんて、もしかして職員会議なんかよりも有意義なものではないということですよ」


 私が肩を竦めながら自嘲気味にそう言うと、渚先生は私の言葉にくすりと笑った。


 私は彼女に手を差し伸べた。


「御迷惑をおかけしましたね。今から家までお送りしますよ」


 渚先生は差し出された手をとり握った。


「このまま家に帰るのもいいですけど、その前にどこかに寄っていきませんか?」


「へっ?」


 彼女の突然のお誘いに、私は目を軽く見開いた。


「昨日言ったじゃないですか。お仕事が一段落しましたらいつもの屋台で飲みましょうねって」


 あぁ、そういえばそんな約束してたわね。


 昨日の事だというのに、今頃思い出した私は迂闊としか言いようがなく、内心赤面したのだった。


「では行きましょうか」


 そう言って私は歩き出し、渚先生も私の半歩後ろをついてきた。


 転送室へ向かう途中、何人かの兵や士官が私の横を通り過ぎていく。


 皆、私の顔を観ると顔面の筋肉を軽く硬直させ敬礼をして去っていく。いつも以上に硬いのは、私の敗北を聴いて心に含むトコがあるのではないだろうか。


 深刻に考えてしまう私であったが、そんな私に渚先生はこう言った。


「雅先生顔が凄いお顔になっていますよ。ほら、通行人の方達が怖がっていますし」


 さり気なく視線を向けると、道行く人々がこちらを見てそそくさと距離を置こうとしていた。なるほど、確かにさり気なく目を合わせようとしない奴もいれば、別の廊下に移動する奴などもいる。


「そう見えますかね」


「何方が見ても怒ってらっしゃるお顔に」


 頬を撫でながら私が疑問を口にする。渚先生は柔和な笑顔で疑問を肯定した。あまりにもさらりと言われたので、私は今よりも二割増しぐらいには眉間に皺を寄せた。


「ストレス蓄積しそうな厄介事が常に湧いて出て、しかも大敗北を喫した直後。不機嫌になるのも当然ですよ」


 吐き捨てるように断言すると、渚先生は。


「もっと気を楽にしてみませんか? いつも張り詰めていたら、得る物も得られなくなると思うのですが」


「渚先生はそう仰りますがね」


 私は疲労と苛立ちを混ぜた苦々しさのある笑みを口端に浮かべた。


「失敗が続くと悠長なことなんて言ってられないのですよ。焦りだって常に存在しますから」


「雅先生……」


「気の緩みは隙を作ってしまう。私はこれ以上の敗北を重ねない為にも、もっと頑張らないといけないのです。誰もアテに出来ないから私だけがしっかりしてないといけないのです。私だけにしか出来ないから、私がやらなきゃいけないのですよ。……もっとも、負けた後だと負け犬の虚勢にしかなりませんがね」


 気分がささくれ立っているからか口調もキツイものとなってしまう。


 八つ当たりと解釈出来る余地が充分すぎるほどあるから、普通ならば相手は鼻白んで不機嫌が伝染するという悪い環境を作り出すものだ。実際、宮廷時代に一度や二度起こしてしまったこともある。


 けれども、剣呑とした私の口調や態度も、この柔らかな微笑を常に浮かべている保健医には通じていないようであった。


「わかりました」


 なにがわかったのですか。その笑顔はとても私の言った事を理解してるようには見えないのですが。


「なら、せめて私の傍ぐらいでは気を緩めてみませんか?」


 なんでそうなるんですか。


 私の服の袖を握っていた渚先生の手が、私の手を握った。


 掴むようではなく、指と指を絡め合わせる、恋人同士がやるような組み方を。強くはないけど、しっかりと握られていた。熱いというよりも、温かい掌の体温を感じ、私はいささか狼狽した。


「あの、これは?」


「手を繋いでいるのですけど」


「見ればわかりますよ。ここで、どうして、なぜ、こんな感じで手を繋ぐのかと。意味あるんですかこれ」


「何も意味がないとしちゃいけないですか?」


「いや、それは……」


「そうですね。強いて理由を挙げますと」


「挙げますと?」


「私が雅先生と手を繋ぎたいと思ったからですかね」


「……」


 ニコニコと笑って彼女は答えた。私はどう反応していいか窮してしまい、気難しげな表情をして歩く速度を速めた。


 どんな高尚な説教も、理屈を積み重ねた言葉も、感情のままに吐き出す怒声も。全部この掴み所のない彼女の前では分厚く弾力性に富んだゴムを殴るようなものだった。癪には障るけど、不思議に周囲へ常に感じている不快感はなかった。


 このようなやり取りをする都度、私は渚先生の事を理解出来ないでいる。


 今まで接したことのないタイプの人間というだけでは説明出来ない気持ちがそこにはあった。もどかしさと困惑が私の心の中で絶えず渦巻いていた。


 わからないことが多すぎて、どうしていいのか解らない。こんなことでは侵略に集中できないではないか。教科書や学術研究書、著名な学者の論文はこんな事教えてくれなかった。


 でも、そういえば、こうして誰かと手を繋いで歩くなんて、渚先生が初めてだった。


 幼い頃から、そういうのとは無縁の道を歩んできて、その事を後悔したことなんてなかったのに。


 だからというわけではなかったけど、私は彼女の手を離さずにいた。自分でも説明出来ない気持ちが作用していたと言うべきか。


 地球に来てからは、こんな事に遭遇しっ放しである。

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