第十六章「あゝ、憎たらしや努力と根性と勇気おまけに正義(後編)
「何してるのよ!?」
私は聞こえてない事を解りつつも叫ばずにはいられなかった。
あろうことか、ロボに乗った怪人共は、意味も無く足を振り上げたり腕を振り回したりして威嚇行為をしていたのだ。そんなことせんでいいからさっさと潰せよ!
「いやー、コレも伝統なんでしょ? 古き良き物は残すのは良い事だと思うんだけどにゃー」
「どこが古き良きですか!」
すっかりいつものヤル気のない態度に戻ったサーティン皇子の言葉に、私は彼を半殺しにしたい衝動に駆られた。
他人事のように言ってるなよボンクラ。なんでこうも司令官クラスの奴って作戦がある程度失敗だと判断すると投げやりになるのかしらね。
あー、ムカツク。そもそも伝統ってなんだ。地球には何かしら未知なる力が発動してるんじゃないの。『避けなきゃいけないけど、避けちゃ駄目なような気がする』的な。
苛々と親指の爪を噛みながら早く行動に移ってくれる事を祈ったが、ついに私の恐れていた最悪の事態が来てしまった。
『アースマシン出動!』
アースレッドがアースブレスを口元に寄せて叫ぶ。それを他の四人も復唱する。
サブモニターに目をやると、五つの場所に動きが見られた。
奈良の東大寺の大仏が左右に開き、大仏像を基調としたデザインのメカニカルな人型ロボットが飛び出した。
中国の万里の長城の一部は分離し、崩れ落ちる煉瓦の中から細長い戦闘機が飛んでいった。
フランスの凱旋門の頂上が開き、中から凱旋門の左右部分と同じデザインの戦車が飛び出した。
イースター島のモアイ像が群れる大地が左右に開き、中から巨大なモアイ像みたいな形をしたドリル付き突撃戦車が飛びだしていく。
ペルーのナスカ地上絵の一つコンドルの絵の地表部分が沈下し、中から絵と同じコンドル型の飛行機が現れて飛びだしていく。
各地の名所から飛び出してきた奇抜なデザインの乗り物は僅か数秒足らずでアースファイブの元へと到着した。
『いくぞぉ!』
アースレッドの号令の元、それぞれ乗り物へ搭乗する。
レッドは大仏型のロボに、ブルーは万里の長城から飛び出してきた細長い戦闘機に、グリーンはモアイ像に酷似したドリル付き突撃戦車に、イエローはナスカのコンドル絵型の飛行機に、ピンクは凱旋門の形をした戦車にと。
なお、これらのツッコミだらけのマシンにはそれぞれ名前がある。
レッドのマシンには「アースロボマシン一号ジン(人)」、ブルーのマシンは「アースロボマシン二号クウ(空)」、グリーンのマシンは「アースロボマシン三号カイ(回)」、イエローのマシンは「アースロボマシン四号テン(天)」、ピンクのマシンは「アースロボマシン五号リク(陸)」という。私からすれば心底どうでもいいことだけどね。
ったく、えぇい、相変わらず製作者の感性を疑うようなもんひっぱりだしやがって。
そもそも毎度毎度思うんだけどさ、この発進方法って観光業界から苦情来なかったの?普通観光名所にあんなの作ってたら問題になるでしょう。なんで誰もツッコミいれないんだよ! 何か誰か言えよ!!
苛立ちながらも私はクァークゴ戦闘機の出動を命じた。同時に、両手を振り回しながら暴れているだけのクァークゴロボらにも攻撃命令を出した。
クァークゴ戦闘機。これは地球人らが名づけた名称であり、正式には単座式小型戦闘宇宙艇アークダという。地球の兵器にあるステルス戦闘機に酷似した形をしているけど、性能はステルス戦闘機とはケタ違いだ。
宇宙空間での艦隊戦における近接戦闘にて重要な戦力として建造されており、最高速度を出せば地球一周ぐらいは十数分もあれば可能である出力を誇り、中性子レーザー砲にミサイル、二三㎜機銃を備え付けている。惑星内でも優秀な航空戦力として使える、まさに戦艦を騎兵に例えるならば、アークダは宇宙空間における歩兵であるのだ。
パイロットは、本来は護衛艦隊所属の専用パイロットに任せる筈なんだけど、こちらも殆どが新人なので使い物にならない。かといって数少ない熟練兵を廻せば、教官不足に陥ってしまう。
なんとも情けない理由により、戦闘機のパイロットにはアンドロイド兵をあてている。
熟練兵の戦闘データをインプットすれば、オリジナル程ではないけど、素人に毛の生えた程度の新人よりかは使える。と、以前マットーサ博士は語ってくれた。
実際のところは「新人よりかは使える」の部分しか該当していなかった。十機出撃すれば九機は確実に打ち落とされるのが成果である。
それでも今でも使用しているのには、またもや情けない理由からだ。
何せ、人間の方がある程度使い物になった途端、本国駐留の別艦隊に転属させられ、補充兵には再び新人が配属させられるのだ。
既に四、五回行われている。これではいつまで経っても戦闘機はアンドロイド兵に任せるしかない。本国の意図が理解できるだけに、そしてやはり私も同じ立場だったらそうするであろうということに腹が立つ。
出撃した機体は十機。私が決めたわけではない。最高責任者と開発責任者の双方がなんとなく決めた数字だ。私ならば百や二百は普通に出撃させてるわよ。
モニターに映し出されてる映像は、出撃した戦闘機からアースファイブのマシン目掛けて中性子レーザーを砲門から撃ち出していた。
ビームはマシンに直撃せず、すぐ傍の地面に命中する。爆発と共に土煙が舞い上がり、地面に大小のクレーターが生産されていく。第一撃を外した戦闘機らが高度を上昇させ編隊を組み直そうとする。
『させるかぁ!』
アースレッドの人型マシン『ジン』が大きく跳躍した。その跳躍力は凄まじく、戦闘機の目前にジンが躍り出たのだ。
跳躍すれば引力に引かれて落下するものだけど、その落下する刹那、マシンの脚部が野球の強打者のフルスィングを十倍は増幅させたような風を切る音を上げて跳ね上がり、鋼鉄の脚が戦闘機を粉砕したのだ。
それだけに止まらず、ジンは腰から武器を取り出した。
武器は、地球に存在する宗教の一つである仏教で使われる道具、槍状の刃が柄の上下に一つずつ付いたもので、確か「独鈷杵」というものだったか、それのようなものであった。
マシンの手がそれを掴み、振りかぶって戦闘機目掛けて投げつけた。武器は真っ直ぐに上昇していき、その先にある戦闘機の一機に突き刺さった。爆発後、無傷の武器と戦闘機の破片がアースレッドのマシンを追うように落ちていく。
「すげぇ、あのロボ落ちながら戦ってるぜ」
「何言ってるんだお前」
見たまんまの感想を皇子が呟く。それはどうでもいいんだけど、何故か皇子の呟きを聞いた博士と渚先生が小さな笑みを浮かべていたのが気になった。どこが笑いどころなのか私にはまったく理解できないし、そもそもこんなときに笑いなぞ不要と思うのだけど。
他のマシンもレッドに続けと言わんばかりに反撃を開始しだした。
ブルーのマシンは、細長い胴体の天井部分が盛り上がって三門の砲が姿をみせ、そこから火線を撃ち出す。
地上を疾駆するグリーンのマシンは機首にあるドリルが放電し始めた。幾つもの火花を散らすそこからは一閃の光の矢が上空に向けて放たれた。
コンドルの形をしたイエローのマシンは大きく旋回しながら両翼に装備されているキャノン砲が轟音をあげエネルギー弾を撃ち。
ピンクのマシンはグリーンのマシンと並走しつつ、胴体の側面部分が展開し、その部分からミサイルが発射される。
アースファイブ各自の攻撃により、クァークゴ戦闘機はあっという間に全滅した。クァークゴロボらの攻撃も全て命中せず、無駄に大地に穴を開けることしか出来ていなかった。
皇子などは「いつものこと」と事態を大きく見ていないのか、達観しているかだけど、あの戦闘機も臣民の税金で全て建造されてるのよ。アレを一機造るお金で恵まれない子供数百人の人生を救える額だって散々教えてやってるのに。成果もあげられずに毎度毎度こんな事になるなんて。本国の経済官僚あたりの小言が聞こえてきそうだわ。
戦闘機を全て打ち落としたアースマシンらは再び集結しクァークゴロボ軍団に向かって前進していった。
『アースロボ超人合体!』
アース司令官の指示と共に、奴らのマシンはフォーメーションを組んで合体しようとする。
ここは狙い目だった。合体途中の姿というのは変身中と同じくどう見ても「攻撃してください」と言わんばかりに隙だらけ。一気に火力を集中させて殲滅させるのよ!
これが最後のチャンスよ。
私の一声で全てのカタがつくのだから。
私はそう結論付け、さっそく指示しようと思い有線式マイクを手に取ったのだが、幾ら有線マイクに話しかけてもパイロット側からの返答がなかった。
すわこの期に及んで反抗期か。と、不快な疑惑が過ぎったけれど、それは正しい答えではなかった。
マイクは有線式なのでコンセントを差し込まなければ機能はしない。
私はもしやと思いマイクの線を目で追った。そしてその先で見たものとは、笑顔でコンセントを引き抜いている渚先生の姿であった。
「雅先生ごめんなさい。私これでもあの子達の味方ですので」
「……」
うん、そうよね。渚先生が幾らポケポケした人でもコレぐらいはするわよね。予想出来ないワケじゃないわよね。友人だからって拘束せずに放置していた私にも責任あるわね。
でも他の奴はどうしたのよ!?
全員がモニターに釘付けになってたワケじゃないでしょうが!
私は呪わしげな目を近くに居る上司に向けた。私の反応を予測してたのか、既に逃げ腰チキンな状態であった。
マットーサ博士は忠誠心より己の保身を最優先したのか、さり気なく私と皇子から距離をとって明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。
「皇子」
自分でも驚くほどに優しい声音で呼びかけると、サーティン皇子は肩を大きく揺らした。歯の根が噛み合わないのか、歯をカチカチと鳴らしながら口を動かした。
「いや、あのねあのね……俺ってさ、ホラ、あれだよフェミニストだからさ。女性に頼まれごとしたら断れない優しいプレイボーイちゅーやつだからさ。だからね『今からコンセント抜きますけど見逃してくださいね』って笑顔で頼まれたら、男としては据え膳食わねばなんとやらとかって言うでしょう? だから……」
「それでしたら、私が笑顔で死ねと言えば喜んで死んでくださるんですね」
「えっ、いや、そのね……」
「だったら死ね! というか私を可哀想に思うんならば今この場で腹掻っ捌いて頭銃弾で撃ち抜いて毒物飲んで自決してくれぇ!」
私は馬鹿皇子の襟首を掴んで激しく揺さぶった。あまりに激しく動いてるので軍帽が床に落ち、整えていた髪が激しく乱れる。それでも私は声が枯れる程に叫びながら不甲斐なさ過ぎる上司を締め上げた。
『合体! アースロボただいま参上!』
上司を絞殺せんばかりに締め上げつつ横目でモニターを見ると、レッドのマシンが胴体と頭部分、ブルーのマシンが肩部分、グリーンのマシンが腕部分、イエローのマシンが背後の翼部分、ピンクのマシンが下半身部分を担当した合体ロボが威風堂々とした風情でロボット軍団の前に現れていた。
合体は見事成功したのだ。
あぁ、駄目だわこれ。
私はその瞬間敗北を予感した。
自信に満ちて強行して取り掛かった壮大な作戦であったけど、結局はいつもの如く周囲の馬鹿さ加減の積み重ねによって失敗に終わった。
相手を過小評価していたというか、あんなインチキチックな逆転劇を誰が予想出来たろうか。これだと渚先生人質にしていても使うタイミングを掴めずに終わってしまうわね。
今までを振り返ってみると、すっごく納得いかない事ばかりなんですけど。ぶっちゃけありえないからこんな展開。
絶望の淵に一秒ごとに追い立てられてる間にも、アースロボはクァークゴロボ達と格闘戦を繰り広げていた。
『助太刀するぜ!』
そこに乱入してきたのは、ブラックソルジャーが搭乗する漆黒の機体。名前はブラックファラオというらしく、エジプトにあるスフィンクスと酷似したフォルムのロボであった。
これも多分エジプトから秒でやってきたんだろうなぁ。しかもスフィンクスの中から飛び出して。遺跡破壊で国際問題にならないか?
とにもかくにも、これで一対五から二対五となった。数字だけみるならば、クァークゴロボ達はまだ敵の倍以上の数である。敵よりも多い数で戦うのは兵法の基本だ。スペック的にも決して劣らない自信がある。
常識の世界ならば、勝てる筈なのだ。
しかし私が直面している現実は非現実で不条理で無情なものであった。
周囲に遮蔽物―あっても全長よりも遥かに低い小山があるぐらいだ―も何もない荒野というのに、クァークゴロボ達は古代文明の軍隊よろしく密集して突撃していっている。
そうじゃねぇだろう。ロボの性能活かした行動しろよ。特攻かけるぐらいなら三輪車でもできるわ!
アースロボとブラックファラオはファイティングポーズをとり迎撃の構えを見せる。
金属同士のぶつかり合い。繰り出される打撃や足技がヒットする都度、各所から火花が飛び散っていく。
息の合ったコンビネーションを見せるアースファイブ達のロボ。本格的に仲間になってもないのに、というよりも訓練もしてねぇのになんでそこまで連携出来るんだよ!?常識で考えればそこまで可能ってのは変だろうが!
小声で罵ってる間にも、アースロボ達は巧みな動きでクァークゴロボを一体一体吹っ飛ばして距離を遠ざけていく。五台の巨大人型兵器は翻弄されるがままに突き飛ばされて地面を転がる。
『アースミサイル!』
『ファングバルカン!』
アースロボの腹部が開かれ、中から数発のミサイルが、ブラックファラオの胸部分にあるスフィンクスの口から数百発の大型弾が飛び出して倒れこんでいる相手に命中していく。大小の爆発音と閃光がモニターを包む。
視界が晴れると、外見はさほど損傷を受けたようには見えないものの、ミサイルやバルカンにより仲良く黒こげになったクァークゴロボ達の姿があった。
『アースブレード!』
アースレッドこと赤城が叫ぶ。彼女の勇ましい叫びに呼応するように、どこからともなく一振りの剣が空から飛んできてアースロボの手に収まった。
『ブラックハルペー!』
ブラックソルジャーも叫ぶと、同じくどこからともなく空から一振りの三日月形の曲刀が飛んできてブラックファラオが手に取った。
クァークゴロボ達が再び突撃するが、殴り合いで押されてるのに相手が武器を持てば更に勝てる筈がなかった。
案の定、接近したら即座に二大ロボに切られて火花を散らしてよろめいていた。
ここまで来れば後の結果は目に見えていた。
『とどめだぁ!』
アースロボの剣が淡く光を放つ。ブラックファラオの曲刀も呼応するかのように磨き上げた黒曜石のような黒色になっていく。
『スーパーアースファイナルスラッシュ!』
『ファラオングセイバー!』
二大ロボの必殺剣が唸りを上げて私達のロボを切り捨てていく光景を見ながら、私は肺の中の空気が空になる程に深い溜息を吐いた。
モニター画面は後々その土地に悪影響与えかねない程の爆発とスクラップを撒き散らしている光景を映している。
燃え盛る炎の中で威風堂々に誰に見せる為なのか謎でしょうがない勝利のポーズをとるアースロボとブラックファラオの二大ロボがそこにはいた。
おそらく、コックピット内にいる私の教え子共は「やったぜ!」「勝ったぁ!」とはしゃいでいることだろうな。
あぁなんて虚しい瞬間なんだろう。この感覚は何度味わっても慣れることはない。
「あのー、雅先生。ハナダさんが大変な事になっていますけど……」
仲間の勝利した瞬間に喜びながらも渚先生は私にそう言ってきた。
知ってますよ。知っててこうしてるんですからね私は。
皇子が白目を剥いて口から泡を吐いていたけど、無視するどころか、さらに締める力を強めた。
こうして、私達クァークゴ帝国地球侵略部隊は、二百五十回目の敗北を喫した。
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