第十五章「あゝ、憎たらしや努力と根性と勇気おまけに正義(中編)」

「……」


「……?」


 な、なにその理屈。


 つまりアイシャルリターンは即退場なわけ? 冗談じゃないわよ!こちとら今までのデータから戦闘能力の高い怪人選抜してそれを改造強化してるのよ。前回よりも強くなってるのに、しかも今回はタイマンで勝負してるのに負ける筈ないじゃないのよ。


 皇子も私同様唖然としていたが、一人マットーサ博士だけは露骨に動揺して「しまった、私としたことがその法則を失念していた!」などとほざいている。


 おーい、アンタ頭正常か? 自分が手がけたクセしてなんで動揺してんのよ。嘘とかハッタリとかに決まっているじゃないのよ。


「あのですね渚先生……」


 私は目の前にいる地球人の同僚をどう諭してやろうかと思案したのだが、その時であった。


 モニター越しから爆発と断末魔が聞こえてきたのは。


 アースファイブ達ではなく、クァークゴ怪人や戦闘員達の。


「なっ……!」


 断末魔を聞いて私はモニターの方を振り返った。


 すると、目に飛び込んできたのは、ボロボロになりながらも気迫の篭った叫びを上げて戦闘員や怪人をバッタバッタとなぎ払う五色の戦士達の姿であった。


『てやぁあーー! 地球剣大地割りぃぃぃぃ!』


 気合を込めた叫びを上げてアースレッドがバットナイト目掛けてアースソードを振りかざした。


 斬撃を受け止めようとしたバットだったけど、受け止めた剣は叩き折られ、しかもそれで速度が落ちた気配もないレッドの剣にばっさり斬られて爆発した。


 ありえねぇ。


 私は目の前のトンデモ光景に軽い眩暈を覚えた。


 前回倒されたときよりも装甲強度を三倍アップさせているのに、パワーアップした気配のない武器に斬られるなんて。つーか、ただの袈裟切りだろそれ! 何が地球剣だ! どうしてそうなるのか私に説明してみろってーの!!


『アースパワーガン百花繚乱撃ち!』


 アースイエローが手に持っている光線銃からエネルギー概念を無視したかのように数十発の光弾がランチャータイガーのマシンガンの弾幕を物ともせず目標にヒットしていく。虎は派手な爆発音と共に吹っ飛ばされた。


 どうしてそうなるよ。


 画面に向かって思わず叫びそうになったわよ。


 武器の連射速度を上昇させた筈なのにどうして打ち合いで負けてるのよ!?博士の野郎手抜きしてるんじゃないでしょうね。というよりもただの乱れ撃ちになんで名前つけてんのよ。


『グリーンナッコォー!』

 

 アースグリーンの正面正拳突きがKー1カクトーの胸部にヒットした。カクトーは『ぐぼはぁ!』と妙にカッコいい断末魔を挙げ、百メートル程先まで吹っ飛ばされていった挙句にエッフェル塔に叩きつけられて爆発した。


 まてやコラ。


 髪の毛掻き毟りたくなったわ。


 地球上に現存しているありとあらゆる格闘技のデータを入力して鍛え上げてる筈なのに、睡眠学習で基礎学ばせられてるとはいえ、どうして格闘技経験皆無の高校生に負けてんのよあの阿呆は。


『狼牙百烈突き!』


 アースブルーのロッドが大武人の身体の各所を打ちのめす。なす術もなく武将怪人は武器を折られ、鎧を割られると見るも無残なぐらいに打ちのめされていた。ブルーの連打が止んだ時には半死半生の有様だったが、直後に爆発した。


 いや、まて、おかしいだろ。


 私は額を押さえ呻いた。


 だからなんで強化されて、しかも一対一で戦っているのにそこまでボコられてるのよ。改造前は五対一で互角の勝負してたじゃないのよ。なんでアフターで弱体化してるんだよ。


『ピンクロープロック!』


 アースピンクの鞭がブンブンジョオーの身体に巻きつく。余程強い力が働いているのか、もがけばもがくほどに蜂怪人は身動きが取れなくなっていた。ついには全身が鞭に覆われて地面に倒されるに至り、更に地面に叩きつけられて爆発した。


 なんでやねん。


 その光景に私は余りの不可解さと不条理さに歯軋りせずにはいられなかった。


 だって変だろうが。鞭があんなに長かったか? 全身見えなくなるぐらいに長かったか!?髪の毛伸びる人形並のミステリーじゃねーか。誰かツッコミいれろよこのトンチキ現象にぃ!しかもなんで爆発してるんだよ。お前らの身体かあいつ等の武器に爆薬でも仕込んでるのかよ。簡単に爆発するような脆さじゃないだろうに。


 私が事態の理不尽さに狂乱寸前に陥りそうになる中、怪人達は先程までの優勢が嘘だったかのように一方的にやられはじめていた。


 戦闘員達も数に物を言わせての人海戦術をやればいいものを、何故かファイティングポーズをとりながら相手を囲み、二、三人ずつ襲い掛かるという、なんともお粗末な戦法で挑んでいた為にあっという間に全員返り討ちにあう醜態を晒していたのだった。


 信じられない思いで私はモニターを凝視する。いや、実際本当に私は目の前で繰り広げられている光景が信じられずにいた。


 だってそうじゃない、一人一人遠くに孤立させて、戦闘員もいつもの倍にして、さらに怪人達は強化改造受けていてと、どう逆立ちしたってあいつ等に勝てる要素なんてないのに。なんで現実ではボコボコにされてるのが私らの方なわけよ!?


「どうしてよ……」


『解らないなら答えてやろう!』


 私の呟きに、モニターから渋く張りのある重低音ボイスが応じた。


 モニターに映る六つの画像の中の、中央に位置する部分に映し出されている映像から聞こえてきたその声。そこは、別働隊が襲撃しているEDC本部であった。そこに映る光景は、つい数分前とは様変わりしていた。


 施設各所を襲っていた筈の戦闘員達は機械のクセに人間臭い挙動をとって逃げ回っており、戦力の要である強化怪人達も殴られ蹴られてと情けない姿を晒していた。


 たった一人の男によってだ。


 そんな連中を追い回して尚且つ私の呟きに応じたのは、軍服姿にサングラスをかけた無駄に渋くて無駄に威圧感のある男。そう、EDC司令官であるアース司令という奴だ。


 というか、何で監視モニターの位置知ってるわけよ。無茶苦茶コッチ見てるし。しかも至近にマイクもないのにどうして声が伝わってくるわけよ。アンタの声はゴットボイスかってーの。


『そんな事はどうでもいい!』


「よくないわよ! つーか、何で私の心の声にツッコミいれてるのよ!?」


 叫び返したところで我に返った。いけないけない、叫んだところで相手に聞こえる筈がないというのに。いやでも、聞こえてそうよねぇ。


『帝国の侵略者よ』


 生身で、しかも素手で怪人達と戦いながらEDCの最高司令官は私に語りかける。


『お前達の今回の作戦は実に的確かつ合理的なのは認めよう。さらには渚副司令官を人質に取るという念の入れようも卑怯極まりないが実に徹底した勝利への執着といえよう。だが……!』


 EDC司令官は自分に襲い掛かってきた怪人の一体を正拳突きの一撃で貫いた。


 怪人は呻き声を上げて爆発した。十階建てのビルを破壊する程の大爆発だった。なのに至近にて爆発したってーのに、無駄に渋いおっさんは無傷だった。とてつもない爆風が巻き起こってるのに軍帽は吹き飛んでもいなかった。


 嘘だろ。一体どういう身体してんだよ。


 私の絶句もお構いなしにEDCの司令官は言葉を続けた。


『人々が希望を捨てない限り! 私達の勇気がある限り! アースパワーは無限大なのだ! 諦めない、それこそ私達がこの困難に打ち勝っている理由だぁ!』


 ちょっとまてや。


 私は無駄に渋いおっさんの演説を聞いて身体全体が萎えそうになった。感動のあまりとか畏怖のあまりとかではなく、あまりの馬鹿らしさに。


 そんな訳解らん根拠で負けてる私らって何なの?


  根性と気合と勇気という曖昧な要素で、普通なら完全勝利する筈の戦いに負けつつある私らって何なの? 変よおかしいわよ、絶対間違ってる! 納得いかねー!?


 そんな思いが脱力感と共にグルグルと頭の中を回っていた。


 周囲を見ると、渚先生はおっとり笑顔で頷いており、皇子は「このおっさんカッコいい事言うなぁ」と感心しており、博士に至っては感動のあまり「敵ながら天晴れ」な表情を浮かべながら敵の言葉をメモしていた。


 それを見て私は今度こそ身体が萎えてしまい床に座り込んでしまった。私以外の連中が馬鹿だと思っていたけれど、もしかしてココでは私の方が変なわけ?


「でも考えてみればですよ、世の中には怪人とガチで戦って勝っちゃう国防省の幹部とか、一人で巨大ロボ動かして勝利しちゃう女性長官とか、戦闘員百人斬りしちゃう警察署の偉い人とか存在するんですから別に驚くことではないかと」


「フォローか? フォローのつもりか? 慰めにもなりませんよ!」


 メモ帳片手に意見してきたマットーサ博士に私は怒鳴りつけた。


 深刻な疑問に囚われてる暇もなく、アース司令を映していたモニターにもう一人の姿が映し出された。


 軽快なサックスの音が頭上から流れ、クァークゴ兵達が基地内にあるビルの一つに目を向けると、ビルの屋上に一人の男が立っていた。


「汚ねぇマネしやがって。だが、俺が来たからには好き勝手させねぇぜ」


 ユウキお兄さん……ブラックソルジャーだった。


 忘れていたわけではない。神出鬼没なので捕捉出来なかったから放置していただけだ。


 しかしこの間の悪いタイミングで出てきて欲しくはなかった。というよりも、まさか今まで見てたんじゃないでしょうねこの人。だとしたら早く助けてやれよ。


 そうだ、忘れてた。


 ここまで彼が堂々と素顔を曝しているのだ。渚先生とて流石に謎の戦士の正体は、彼女が探していた従兄弟のお兄さんだと気づく筈だ。


 私は渚先生の方に向き直って彼女の反応を確かめようとした。いつものほえほえ笑顔も今は驚きのあまり浮かべてないであろうと思った。


 だがしかし。


「ブラックソルジャー。私達の助太刀に来てくださったのですね」


 保健医殿は、気づいた素振りもなく、純粋無垢に自分たちへの味方が駆けつけたことに感動を覚えていた。ユウキお兄さんのユの字すら出てこなかった。


「うそぉ……」


 この人実はわざとやってるのではないだろうか。と、そんな疑惑を私が抱いたのは言うまでもない。


 だってそうだろう。逆光浴びて顔はよく見えないからって、普通ここまで曝していたら気づくだろう。天然だとしたら超ド級の天然よねこの人は。


 ユウキお兄さんはサックスを放り捨て、右手首にはめた黒いアースブレスを左手に添え。


「チェンジャー!!」


 ブレスのボタンを押すと、ブレスから光の粒子が飛び出して彼を包む。光は一瞬にして吹き飛び、現れたのは黒き戦士ブラックソルジャーであった。


「ソルジャーブラスター!」


 ブラックソルジャーは腰に帯びた光線銃を抜き取り、眼下に群がるクァークゴ兵に向けて発砲する。幾つもの細い光弾が戦闘員達に直撃し、爆発と共に何人か爆風に吹き飛ばされる。


 何発か撃った後、銃を収めたブラックソルジャーは腕を大きく広げたポーズをとってビルから飛び降りた。


 無防備なポーズだ。私がこの場に居るならば、着地する前に打ち落とすなりしていることだろう。


 けれども別働隊の中に私はおらず、私のように考える人物もおらず、無事に彼を地面に着地させたのであった。


 ブラックソルジャーの着地後の展開は、克明な描写をするまでもなく、味方の惨状はただ一言で済んでしまう。


 阿鼻叫喚。


 この一言だけで済んでしまう状況と味方の弱さと敵の無茶苦茶加減に首をくくりたくなるわ。


 ただでさえアース司令という反則的な一人軍隊に圧倒されてるというのに、彼の参戦によって勝率はゼロどころかマイナスへと急落した。


 こういうのってご都合主義って言うんじゃないの?


 ありえねぇだろ。一年近く戦ってたのにまだ戦力出し惜しみしてたのかよ。最初から出しとけ! しかもクァークゴ帝国はその出し惜しみした戦力に連戦連敗していたわけで……。


 そこまで考えて、さらに頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られた私であったが、各地で蹴散らされつつある部下達を見て、なんとか踏みとどまった。


 まだ負けたワケではない。その思いが今の私を支える最後の柱であった。


 大きく息を吸って吐き出す。床から立ち上がりモニターを睨むように見据えた。


「マットーサ博士!」


「はい?」


 私に突如呼ばれた博士は驚きながら背筋を伸ばす。私はモニターから目線を外さずに彼に指示を出す。


「クァークゴロボを出撃させろ。勿論一体ではなく惜しみなく作ってあるだけだ。幾らアースファイブが強かろうと巨大ロボの前では非力当然よ。踏み潰しでもしてやれば勝てるわ」


「いやでも、出していきなり踏み潰すっていうのは卑怯じゃないですか? もっとフェアに行きましょうよ。歴代の侵略者もそこら辺は守ってましたよ?」


「他所は他所ウチはウチよ! そんな馬鹿法則ダストシュートに放り込んでしまえ!」


 私の剣幕に押された末、博士は渋々といった面持ちで出撃準備を始めた。ったく、侵略者がフェアとか語るなんて何考えてるんだか。

 

 アースファイブ側もロボを所持している。無論、出してこようが勝算はある。


 けれども勝利を確実にするにはロボを出させる前に踏み潰して始末する。これにつきるわ。


 私はモニターの前で腕を組んで仁王立ちの姿勢をとった。


 戦局はいよいよクァークゴ帝国側の劣勢に追い込まれていた。いつの間にか世界各地に散らばっていた各部隊とアースファイブの面々は日本某所にある大きな採掘所に戦いの場を移していた。


「……数千キロの距離をどうやって打破してきたわけあの子ら」


「雅先生、地球で活躍してきたヒーロー達の中には一瞬で数キロから数百キロを移動出来ていたのですよ。あの子達もヒーローの端くれなんですからそれぐらい可能ですよ」


「だとしたらヒーローというのは航空会社の敵ですな」


 人質の自覚が微塵もない保健医にそう切り返しながら、私は基地から出撃していくロボット軍団を見送った。


 その頃になるとEDC本部襲撃部隊は人間離れした司令官とブラックソルジャーの獅子奮迅の働きにより壊滅状態に追い込まれており、ヤークザー提督は戦況は不利と判断して撤退しようとしていた。


 あまりの負けっぷりに、あのおっさんとかが本気だせばアースファイブなんていらないのではと思ったわ。何者なのよあのおっさん。


 同じ頃、クァークゴ怪人軍団とアースファイブの死闘も終盤を迎えようとしていた。


 叩きのめされた怪人達が一箇所に纏まっているところに、人類戦隊の面々はどこに仕舞っていてどこから取り出したのかツッコミどころ満載なバズーカ砲を取り出していた。


『アースカノン!』とレッド。


『コウガバズーカ!』とブルー。


『インダースキャノン!』とグリーン。


『エジプタスランチャー!』とイエロー。


『メッソーポータロケッター!』とピンク。


 砲門を突きつけられた怪人達は散開することもせずオロオロと右往左往するばかりだった。あーもう、このおたんちん共! ちったぁどうしていいか考えろ! 何の為の自律回路と電子頭脳を搭載させてるのよ。


「必殺! スーパークラッシュバスター!」


 私の魂の叫びも空しく、五つの、質量法則無視したかのような光の砲弾が各バズーカから発射され、怪人達に直撃した。


 派手な大爆発が起こり、強化された筈であるのにここまで叩きのめされた見掛け倒しのバッタモン共は爆風に吹き飛ばされて宙を舞い、綺麗な放物線を描きながら地面に叩きつけられた。


 そうこうしているうちにロボット軍団が敵味方共に終結している採掘所へと姿を現した。


 クァークゴロボは、地球侵略作戦が立案された直後に博士自らが指揮をとって建造された二足歩行型機動兵器である。


 外見は操縦者であるクァークゴ怪人と瓜二つに作られており、能力などは全て操縦者と同じである。巨大化した自分に自分が乗り込むようなもので、これによって機体と操縦者のシンクロ率を高めて性能を発揮させているとかいないとか。


 アースファイブに追い詰められていた再生強化怪人達は情けない悲鳴を上げながら転送装置を使ってそれぞれのロボに搭乗する。


 あとは相手側のロボを発進させる隙を見せず速攻で踏み潰せば任務完了である。


 そうであるのだけど。

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