第十四章「あゝ、憎たらしや努力と根性と勇気おまけに正義(前編)」

 前略、母さんへ。


 今年ももうすぐ終わるけど、元気にしてる? 私は相変わらず元気に日々を過ごしてるよ。元気だよ本当に。


 地球でも年の瀬が迫ってて、祝祭気分で満ちてるわ。


 結局今年も帰れずに仕事先で年を迎える羽目になっちゃったわ。来年こそは、新年早々にでも仕事終わらせて帰れたら……コレ、私の願望もいいとこだけどね。そうでも思わないと泣けてくるのよ。


 今年も色々あったわね。私の方は色々有りすぎて来年の事考えると憂鬱もいいとこだけど。


 色々と話したいことあるけど、年末の予定表は分刻みで動いてて、正直手紙を書く余裕ないぐらいに忙しくなりそうなの。


 だから短文でごめんだけど、これにて筆を置かせてもらうわ。来年は父さんらにとって、あと私を含めた皆にとって良き年になればいいね。


 帝国歴六七六年十二月二十日 ワルザーより






 どうしたものか。


 基地に帰還した私は、自室で教師ルックから軍服へと着替えながら自問自答していた。


 まさかよりにもよって渚先生が人質になるとは。いや、誰が人質だろうと作戦は遂行して成功を収めなければならないわけで。彼女は関係ないだろう。


 いやでもなんかなぁ。同僚兼友人の目の前で自分の教え子殺したりするとこ見られるのも気まずいし。いや、私は侵略者なんだから地球人がどうこうなろうが知ったこっちゃないし……。


 つーかハッキリ言おう。矛盾してること承知で言ってしまおう。都合の良い偽善だと誹られようが断じてしまおう


 私は彼女を巻き込みたくないのだ。


 相手が実はEDC副司令、つまり敵だということは分かっている。アースファイブやEDC司令官共々葬るべき相手だと分かっているのだ。


 けれども私は彼女をこの作戦で消そうとは考えつかなかった。


 いや、それどころか私のビジョンでは征服後も渚先生はいつもどおりニコニコ顔で保健医なんぞをしているのだ。


 変だからおかしいからそれは。


 友人として付き合っていくうちに情が移ったかもしれない。というかこうも馬鹿連中ばっかりの環境における唯一の癒し空間だったしなぁ彼女。


 いやでもさ、癒し空間だからって公私のケジメはつけないといけないと思うのよね。


 コレ、社会生活における常識っぽいし。


 でも、本当にそれだけだろうか。彼女が単なる癒しだから巻き込みたくないと思っているのだろうか。


 彼女が私にとって大切な存在だからか。ただ単純にそう思える。


 利害も何もない。純粋に彼女を守りたくて、こんな事に巻き込みたくなくて、彼女に傷ついて欲しくないから。


 渚先生の笑顔が曇るところなぞ見たくないのだ私は。


 こんな事を考えるなんて、私は一体どうしてしまったのだろうか。


 着替えを終えて自室から作戦会議室へと向かう中、私の思考はグルグルとスパイラル状態であった。


「ったく、そもそも正義の味方の副司令ともあろう者がヒョイヒョイ捕まるってどういうことよ。不注意よ職務怠慢よ。いやでも、全員が全員超人だったり変身できるワケないしなぁ……うーん」


 悩みと愚痴の螺旋迷宮に陥りながら私は会議室に足を踏み入れた。果たして彼女はどんな顔をして出迎えてくれるのかと思うと少し気が滅入る。


「失礼します」


 けれども、そこで私が見たものは。


「ですからぁ、過去のデータにあります戦隊中期前半の第三勢力登場のタイミングは少し遅い気がするのですよ。ドキュメンタリーとしてのクオリティがちゃんと出来てるのにもったいない話です。ジャッ○ーのビック○ン並のインパクトあるキャラクターならそれも気にならないんですけど」


「そうですか。渚先生はそう思われますか。私としては個々のエピソードがしっかりしてるから差ほど気になってなかったんですが、やはりダーク○イトやシル○はもう少し早めに出てた方がいいんですかね。まぁ確かに最近は中盤辺りで出揃いますもんね登場人物って。編成上とはいえ、惜しい事ですな」


「白衣! 美人女医!!おっとり天然属性!!!先生! 俺の萌えるハートをチェキってくださいな! 燃え盛る熱き血潮が滾って仕方がないであります! 俺の恋心は絶賛完全燃焼ちゅうー!!」


 マットーサ博士と特撮談義に華を咲かせる渚先生。そして狂喜の奇声を上げながら彼女の周りをウロウロしているサーティン皇子。


 その雰囲気は全然『敵と味方』というものではなかった。捕まえたというよりもお招きしたという表現が似合いそうな和やかさ。御丁寧に彼女のところにはお茶とお茶菓子が置かれてるし。


 自分が先程まで持っていた悩みを嘲笑うかのようなこの状況に、私は精神的に十歩ぐらい確実によろめいた。いや、人がいなかったらマジに倒れてたかもしれないわ。


 とりあえず、私が精神の均衡を保つ為にした行動とは。


「皇子」


「ウェイ?」

 

 皇子のすぐ傍まで近寄った私は彼に声をかけた。そして惚けたような顔して振り向いた最高司令官に、私は鳩尾に渾身の力を込めた肘打ちを躊躇いなく喰らわせた。


「ゴボッ!?い、いきなり何さらすねんマイティーチャー……」


「やかましい不肖の教え子め。何、人の同僚にまで手を出そうとしてんですか」


「び、美人保健医に個人的にしっぽりとこの痛みを治療してもらいたいもので」


「脳内外科か精神的な所の医者のとこにでも行ってこいよ」


 鳩尾部分を押さえて悶絶している皇子にそう言い捨てて、私は博士と談義している渚先生の方を向いた。


 帝国屈指の青年科学者が興奮に顔を上気させながら振り向いた。


「あっ、ワルザードさん。この先生凄いですよ。やっぱ副司令官だけあってスーパー戦隊全部知ってるどころか、○ーラーファ○トとかハヌ○ーンとか、あとバイク○ッサーも知ってるんですよ! いやぁー、流石は地球サブカルチャーの本場ですよね、マニアックな方と出会える確率高いですし」


「……」


「流石はジャパニメーション大国日本ですなぁー。もう私感激ですよぉ」


「な・に・し・て・る・ん・だ?」


 握りこぶしを作った私はマットーサ博士の頬にそれを押し付けてグリグリと回した。


「あぶぶぶ、や、やめてくださいよぉ北○さぁん」


「誰だよ○崎って。つーかもう黙れグルーピーオタク野郎。それ以上言うと秋葉原と猿島消すぞ」


 共通の趣味を持つ人との会話に喜色満面を浮かべていたマットーサ博士を脅迫で突き放した私はようやく彼女と話すことが出来た。


「渚先生……」


「雅先生。何度かそのお姿拝見しましたけど、先生はそういう服装似合ってますよね。男装の麗人なんかやられたらオモテになりそうじゃありませんか? それとも、既にお国の方でされていました?」


「茶化さんでください」


 敵地に居るというのに相変わらずな態度。私は肩を落としてうな垂れてしまう。


 いかんいかん。気を取り直さないといつものほんわか空気に流されそうになるわ。


「そもそもどうしてあんな馬鹿に捕まってるんですか貴女という人は」


 床に這って悶絶中の馬鹿を指差して私は問うた。


 渚先生は人差し指を頬に当て、思い出すような表情を浮かべた。


「えぇとですね、保健室の包帯をきらしてしまいまして、薬局に購入しに出かけていた所をですね、ハナダさんが『はーい、そこの美人なお姉さまお久しゅう。突然ですがワタクシ実は、美人を見るとコスプレをさせたくなる奇病にかかっておりまして、直す方法が貴女みたいな美人保健医に手を握ってもらうというものなのです。なのでワタクシのお手をお取りくださいませマドモアゼル』と仰ったので、それは可哀相にと思いまして、手をとったのですよ」


「……で、転送装置で連れてこられたと」


「そうなんですよ。まさかハナダさんが雅先生の上司の方とは露知らずに」


「マジですか」


 ひっかける方もひっかける方だけど、ひっかかる方もひっかかる方だわ。人を疑う事を知らないのか、頭のネジがトンでるのか判断し難いわ。


 私は小さく頭を振って現在の状況において無意味な思考を停止させた。


「あのですね、今の状況がお分かりの上でそのように振舞ってるんですかね?」


「といいますと?」


 小首を傾げる渚先生に、私はコンソールを叩いてモニターにある画面を映し出した。


 一つの画面が六コマに区切られており、その一つ一つには別々の映像が映し出されていた。


『お、お前は!?』


『ふふふ、よく来たなアースファイブ!』


 各地でこのような会話が行われ、復活を果たした怪人らがアースファイブに襲い掛かった。


 ニューヨークの摩天楼にて蝙蝠怪人バットナイトと剣を鍔競り合うアースレッド。


 ロンドン橋にて虎怪人ランチャータイガーと撃ち合うアースイエロー。


 パリのエッフェル塔にて格闘怪人K‐1カクトーと乱打戦を繰り広げてるアースグリーン。


 北京の天安門広場で武将怪人大武人と棒術で打ち合うアースブルー。


 ブラジリアのサッカー競技場で蜂怪人ブンブンジョオーと鞭をしばかせ合っているアースピンク。


 そして、ヤークザー提督率いる別働隊がEDC本部を襲撃している映像。ちなみに、別働隊には計画通り戦闘員千体、強化怪人十三体付けてと念を入れてるわ。


 リアルタイムで流れる映像を見ている渚先生を横目に、私は流石の彼女も狼狽するだろうと思った。何せ自分の仲間達のピンチを目の辺りにしていて、尚且つ自分は敵に捕らわれて無力なのだから。


 少しだけ彼女を傷つける事に良心の痛みを覚えながら、私は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「どうですか。これが私の三電作戦です。電撃のように鋭く、電光のように瞬時に広がり、電進の如く素早く行動!」


「他はともかく『電進』とかいう単語はなかったような」


 いつの間にか復活してたサーティン皇子がボソリと呟いた。それを聞き逃さなかった私はジャンプして彼の脳天に踵落としを喰らわせて黙らせた。


 んなモン承知済みだっつーの。造語って言葉知らないわけ?


 馬鹿の空気読めてない横槍が入ったお陰で少しシリアス空気が薄れたので、私は咳払いを一つして話を元に戻す。


「流石のアースファイブも分散されて戦いを強いられれば弱いものです。そして仮に突破出来たとしても、満身創痍は確実。しかも本部は壊滅している事でしょうよ。そこにトドメを差せば……」


 私は彼女の前で大仰に首かっ切りポーズをとった。


「地球はその時から我が帝国のモノになるのです」


 私は完璧な悪役になりきって彼女に揺さぶりをかけた。これで渚先生も絶望を味わう事だろう。


 彼女の笑顔を曇らせたくないという良心と、職務を忠実に実行させたいと願う生真面目さが私の心を板ばさみにさせているが、私は侵略者なのだ。帝国に使える人間なのだ。


 これ以上、任務を失敗をするわけにはいかないのだ。


 だから、彼女を悲しませても勝たなければならないのだ私は。


 しかし、脅されている渚先生はというと少し眉根を寄せて何か考え事をする仕草をとっていた。


「……渚先生?」


「本当にそうなってしまったら大変ですよねぇ」


 まるで「明日雨が降ったらお洗濯物大変だなぁ」と置き換えても違和感ない口調だった。他人事のようにおっとりそう言う保健医に私の方が狼狽した。


「先生、この映像が作り物だと思ってませんか?」


「いいえ、別にそんな事は」


「じゃあなんでそんな冷静なんですか!?」


 信じられない。普通だったらここは驚愕の表情浮かべたり「嘘です! そんな……」と食って掛かったりする所だろうが。なんでいつも通りなんだよ! もしかしてこの人見かけによらず冷血人間なの? ちょっと、貴女の血は何色なわけよ!?


 私の狼狽を感じたのか、渚先生は画面から私の顔に視線を移動させた。


「だって、私はあの子達を信じてますし、最後は勇気と地球の力が勝利の鍵なんですよ」


「どこのスーパーロボットっすかあんた等」


 思わず私はそうツッコミをいれた。そんな精神論でどうこうなる展開じゃねーよ。そんなモンで勝利出来たら戦争は苦労しないつーの。


 私のツッコミはさらりと無視した渚先生は更に信じる理由があると言った。


「何ですかそれは?」


「それはですね……」


 彼女がおっとり笑顔で語って曰く。


「再生怪人というのは百パーセントの割合で倒されるものですから。コレはお約束ですよ」

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