第十三章「美人保健医殿ご招待(後編)」


 その日の放課後。


 私は足しげく通う保健室ではなく、3‐Bの教壇に立っていた。


 私の眼前には五人の生徒達が着席して机に置かれた一枚の紙にペンを走らせている。


 その五人とはアースファイブの面々。私は帰宅しようとしていた彼らを呼び止め、英語の抜き打ちテストをすると告げたのだ。


 当然だが突然の事に驚く奴もいれば、露骨に不満気な顔をする奴もいた。


「なんで私達だけなんですか」


「しかも抜き打ちだなんて、せめて明日ぐらいに伸ばしてもらえないでしょうか。予習をさせてもらいたいのですが」


「えー、すっげぇ面倒くさいんだけどさ」


 少年少女達のブーイング合唱も、しかし私は度無しのインテリ眼鏡を光らせて冷ややかにこう告げて遮った。


「去年から頻繁に訳の分からない理由で授業抜け出してるから単位危ないぞお前ら。だから今日のテストの点数次第ではなんとかしてあげようというわけだ。担任の情けをそういう言い方するか君ら」


「「「「「……スミマセンデシタ」」」」」」


 普段私達と戦っている地球の勇者達も所詮は平凡な高校生である。単位問題チラつかせれば沈黙せざるえないわね。


 というわけで、今の彼らはテストを解き終わるまではこの教室から一歩も出られないと状態なわけね。


 私は頭を悩ましながらテストに励む五人の姿を鼻で笑った。


 これは三電作戦の第一段階。


 そして今頃は第二段階が実行されていることだろう。その連絡がそろそろ来る筈だ。


 ペンを走らせる音しか聞こえない静かな教室に突如甲高い電子音が響いた。


 私は驚きもせずに音の発信源に目を向ける。その発信源は五つ。すなわち目の前に居る五人の生徒がそれぞれ身に付けているブレスレットからであった。


 見るからに変身しそうな趣のある小道具なのは認めるけど、もう少しシンプルなデザイン考えつかなかったのかしら。あれじゃあ「俺達アースファイブでーす」って言ってるようなものじゃないの。


 というか私以外は誰も不審に思ってないのが腹ただしい。あんたらの目はビー玉かってーの。

 

 それはそれとして、緊急コールに五人の顔色が緊迫したものになっていた。


 青野と緑川がブレスレットと私を交互に見ている、大窪と来須は不安そうに顔を見合わせている。


 アースレッドこと赤城はというと。


「アース司令、何があったんですか!?」


「……」


 思いっきりコールに応じていた。


 一年以上こいつ等と付き合ってるからもう慣れたけどさ、こういう場面に遭遇する度に馬鹿だろコイツと思わずにはいられない。


「赤城、先生見てるって……!」


 青野が小声で赤城を窘めているけど、先生目の前にしてその台詞はどうかと思うぞサブリーダー君よ。


『アースファイブの諸君緊急事態だ』


 本人らの状況お構いなしに五人のブレスレットに内蔵されてる小型スピーカーから無駄に渋い重低音ボイスが流れてきた。


 声の主はアース司令といって、地球防衛組織EDCの司令官だ。何度か姿を目撃した事があるけど、軍服姿にサングラスをかけた無駄に渋くて無駄に威圧感のある男であった。


 その声や容姿共に無駄に渋い男は、五人に事件発生を朗々と告げたのであった。


『今各国首脳から連絡が入った。ニューヨーク、パリ、ロンドン、北京、ブラジリアの五箇所にてクァークゴ怪人が破壊活動を行っているという』


「なんだって!」


「そんな……同時多発かよ!」


「しかも俺達の居る場所からかなり離れているな」


「どうしたっていうのかしらね」


「力押し戦法かな?」


 司令官からの情報に口々に思った事を口にするアースファイブの面々。そんな彼らを見て私は内心ニヤリとしたものだった。


 世界各地に派遣した怪人達。それは、侵略を開始してから二百四十九体製造してきた中で、戦闘能力の高かった怪人を選抜して再生及び強化改造を施した奴らだ。


 通常でさえ五対一でそれなりに戦えていたし、しかも改造した上に今回はどう考えてもアースファイブは分散して行動しなければならない。つまりタイマンというワケだ。


 そもそも怪人一人で今まで戦わせていたのが問題なのよ。能力が拮抗してるなら数が多い方が勝利するに決まってるじゃない。つまるところ、戦いは数なのよ。


 念のためにアンドロイド戦闘員も通常の三十体から二倍の六十体に増やしている。分散されたあいつ等に勝ち目などないのだ!


 けどね、私の三電作戦はコレで終わりじゃないわ。


 こいつ等が日本を離れた隙に、ヤークザー提督率いる別働隊をEDC本部に差し向けて徹底的に破壊する。構成は強化怪人十三体とクァークゴ兵千体だ。


 本部を壊滅して司令官を殺害すれば、こっちとタメを張れる組織はいなくなる。世界各地にある軍隊なんて私らの敵じゃないわ。


 そしてEDCを壊滅した返す刀で地球の要所を一挙に武力制圧してミッションコンプリートってわけよ!


 敵の戦力を分散させて、相手より多くの兵力で各個撃破。


 あぁ、思えばなんでこんな単純だけど成功率の高さを望める作戦を今の今まで実行に移せなかったのかしらね。ホント周囲が馬鹿ばかりだと私も苦労するわよ。


 でもいいの。この作戦が成功すれば数日後には地球は帝国の支配下。そして私には昇進と勲章が与えられる。馬鹿な連中や不条理に満ちた日常ともオサラバ出来るし、あぁ今から想像しただけで脳内麻薬が溢れてきそうだわ。


『アースファイブ出動せよ!』


「了解!」


 これからの事に思いを馳せて思わず私の脳内が悦に入りそうになったけども、五人の生徒が椅子から立ち上がる音でやや冷静を取り戻した。いかんいかん終わるまでは気を抜いてはいけないわ。


「どこに行くのかね赤城くん達は? まだテストは終わってないぞ」


 内心を表に出さぬよう努めながら、教師風を吹かす。赤城達は駆け出そうとする足を止め、私を見つめる。


「先生……」


「単位危ないんだぞ。何しに行くか知らないが、学生の本分忘れるな」


 もっともらしい事を言って引き止める。完全に足止め出来るとは思ってないが、まぁちょっとした時間稼ぎの茶番よ。


「先生、アタシ達……単位よりも守らなきゃいけないモノがあるんだ!」


 赤城の言葉に続くように、青野が悲壮な表情を浮かべて口を開く。


「赤城の言うとおり、とても大事な事なのです。今すぐ行かなきゃいけないんです……何をするかは話せないのですが」


 おーい、それ素面で言ってるのか学級委員長。


 人の目の前であんな会話したクセして本気で言ってる辺り阿呆の子ねコイツも。というよりも一般的な高校生が口走らないこと口走ってるの解ってるのかしらね。


 他の子を見ると、緑川も来須も大窪も真剣な眼差しで私を見ていた。ここで私が反対しても絶対行ってやるという気迫が込められていた。阿呆だけど、本人らはマジと書いて本気と読むぐらい真剣だからだけど。


「先生!」


「……」


 まっ、本気で引き止める気ないしそろそろいいかな。つーか今日がお前らの命日なんだぞ。わざわざ死に行くなんて馬鹿じゃないの。


 そんな悪態を内心に吐きながら、私は肩を竦めてみせた。


「仕方がないな。何をするか知らんが、ちゃんとテストしに戻ってこいよ」


 私の言葉に、アースファイブの面々は喜色を浮かべた。「行ってきます!」と異口同音に言いながら教室を出て駆け出していく。


 多分数分後には何かハイテクマシンにでも乗って各地に散らばっている事だろう。私は教え子達の後姿を見送りながら右耳に付けてるイヤリング状の通信機器に連絡を入れた。


「……こちらワルザード。奴らは今教室から出て行きました。アースファイブがそれぞれ現地に到着したと同時に本部への攻撃を開始してください」


『こちらサーティン。りょーかーい。ヤークザーは既に突入準備完了してるから俺の号令一つで一分以内にあちらさんの基地に攻撃開始できるよー』


 相変わらずヤル気あるのかないのか分からない口調であるが、声音に熱っぽさがあるように思える。どうやら皇子も久方ぶりに侵略者の本分を思い出したようである。今朝方殴っておいてよかったのかもしれないわね。


「では、基地に一旦戻りますので」


 私は左耳に付いているイヤリング状の転送装置に手をかけようとしたのだが、通信機から皇子が何か言おうとしてたのでその手を止めた。


「なんですか?」


『あのさ、俺ついさっきお前の学校の近所で人質ゲットしてきたんだよ。切り札ってやつ? 万が一というか念の為にちゅーか』


「ほう、それはそれは」


 私はこの時は素直にサーティン皇子の行動に感心した。


 保険を掛けとくのは悪いことではないし、私達がどんな手段を使ってでも侵略行為を行うという宣伝にも使用出来るかもしれない。人質になった地球人には気の毒だけど、精々私達の作戦の犠牲になってもらうわ。


「それで、どんな地球人を連れ去ってこられたのですか?」


『よっしゃ、声聞かせてやるぜ』


 別に地球人であれば誰でもいいと思っていたので、本当に何気なく訊いただけであったのだ。


 けれども、次の瞬間、鼓膜に響いてきた声に私は絶句した。


『雅先生ーどうもー』


 聞き覚えのありすぎるおっとり口調。心地よい柔らかな声音。そして通信機越しからも伝わってくるポケポケした雰囲気。


 そんな地球人を、私は身近に知っていた。


「ま、まさか……」


『あはは、捕まっちゃいましたよ』


 馬鹿皇子が捕まえてきた人質は、私の学校の同僚であり、一応は友人の間柄でもある一橋渚であった。


 なんてこった。


 事実を認識した途端、視界が心なしか歪んだように思えた。

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