第十二章「美人保健医殿ご招待(前編)」
前略、母さんへ。
秋も深まる今日この頃だけど元気にしてるかな? 私は相変わらず元気にしてるよ。
ついに一年とんで半年過ぎちゃったけど、まだ仕事に終わりが見えないでいるよ。それどころかまだまだ長引いてしまう予感すらして頭痛いわ。
あぁそう言えば兄さんの昇進試験も、この手紙が届く頃には結果が分かっている時期かな。
私は兄さんの昇進信じてるので、私の分まで父さんたちを喜ばしてくれることを祈ってるよ頑張ってね。
今回は短いけど、これにて筆を置くね。季節の変わり目だし体調管理には十分気をつけなよ。私の方は大丈夫だからさ。
帝国歴六七六年十月十八日 貴女の娘であるワルザーより
翌朝、いつも通り出勤。
地球人源雅としての最期の務めとなるやもしれなかったけれど、大して気負いはなく、いつも通り渚先生と甘井先生と共に善正高校へと肩を並べて向かう。
警音器を鳴らしながら歩行者の横をすり抜けていく自転車や、足早に学校へ急ぐ学生に道を譲りながら、私は隣に居る渚先生にさり気なく視線を向ける。
この平和な風景ももうすぐなくなるのだ。そして、この人の笑顔も消えてしまう。
私が侵略者だと知った後も、打算も裏表もなく接してくれている生まれて初めての友人。彼女とは、こんな事がなければ穏やかな出会いをしたかった。こんな事がなければもっと別の出会い方が出来たのかもしれない。
けれども私と彼女は侵略者とそれを阻止する正義の味方。相容れぬ者同士がこうして共に過ごしているひと時ももうすぐ終わり、私はこの人を悲しませることになるのだきっと。
まて、何故私はこんな事を考えてるんだ。地球人に情が移ったというのか。
これは私の弱気なのだろうか。割り切ってしまうのは当然なのに、心が感傷に向かうだなんて。
気をしっかり持つのよ私。まだ作戦は始まってないのに揺れることなんて許されないのよ。
「あらぁ? あの人だかりはなんでしょうかねぇ?」
童顔の同僚の声に私は己の考えを遮り顔をあげた。
甘井先生が指差した先には、なるほど、百メートル先に確かに人だかりが出来ている。ここからでも見えるぐらいに大勢いるわね。
構成は全員女性である以外ではこれといった統一性は見受けられない。一体、彼女らはこんな所でどんなものを取り囲んでいるのだろうか。
興味を覚えた私達は早速近寄って覗き見てみることにした。
そして私は己の行動を呪う事になった。
見た瞬間、私の顔面の筋肉は露骨に強張った。渚先生と甘井先生は口元に手を添えて「まぁ」と呟いた。
私達三人が目撃したものとは、純白のタキシードを華麗に着こなした、一流グラビア雑誌やファッション雑誌の表紙を飾れるような、誰もが思わず見惚れてしまうような芸術品のような美貌の青年。
庶民的な商店街の道端では途轍もなく場違いな存在感を輝かせている青年は、周囲の女性に愛想のいい笑顔を振りまきながら一人一人に握手をしている。その姿は、さながらサービス精神旺盛な芸能人やモデルのようである。
「貴女方の熱いお声ありがとうございます。どうですか、今からこの僕に釣られてみますか?」
半神的な美貌をしていて、意味の解らない口説き文句を並べる青年なぞ、私の知っている中ではたった一人しかいなかった。間違えようがない。間違えたくても間違えられない我が主。
こんなところで何をやってるんだサーティン皇子。
怒鳴りつけてやりたい衝動をグッと堪えた。こんなところで美貌の外国人青年を突然殴ったりしたらちょっとした騒ぎになってしまう。殴るにしても、この間のように人気の少ないところでだ。
「ハナダさんですよねあの方はぁ」
「はぁまぁ」
「芸能人見つけたような騒ぎですね」
「はぁまぁ」
誰が聴いても投げやりに聴こえるであろう生返事をする私。
私の目まぐるしく動く思考は、この時、この男は何をしに地球の、朝も早くから、私の職場近くに来たのであろうか。という疑問に満ちていた。
笑顔を振りまいていた皇子がコチラに気づいたのか、片手をあげて暢気に手を振ってみせた。彼を取り囲む周囲の女性達の視線が一斉に私達の方へ集中する。
「おーい、そこに居るのは麗しき愛しき渚先生にマイ同志甘井さんじゃないですか。それにワルザ……」
最期まで言い終えぬうちに、私は肩にかけてあったバックを全力で投げつけた。
人混みの中にも拘らず、バックは見事に誰にもかすりもせずに皇子の顔面に直撃し、女性を魅了していた繊細で麗しき顔にはクッキリと喰い込んだ後が残った。
「おーナイスコントロールですぅ」
「雅先生?」
「すみません。ちょっとばかし彼と話がありますので」
突然の行動に周囲からどよめきが起きたけど、私は構う事無く痛みに蹲っている司令官の首根っこを掴み引き摺りながらその場を後にした。
二人の同僚に短く言い捨て、私は近くのスーパーマーケットの裏にある無人駐車場として使用されてる空き地へ移動した。
ここは同時に段ボール集積所としても使われており、何台かの車が停車している他は、大量の段ボールが積まれていて死角となる。短時間ならば隠れて会話出来るであろう。
周囲に用心しつつ、私は地面に座り込んでいる上司を見下ろした。
「こんなところで何をしてるのですか。嫌がらせ? もしかしなくても嫌がらせですか? 私の勤め先がこの地区にあるって知っているでしょうが。そんなにその美しいお顔を整形不可能になるぐらいにミンチにされたいのですかねテメェさまは」
「ま、まぁそれに関しては謝る。真面目に謝る」
「私は今モーレツに悲しいです! こんなとこまで来てわざわざ朝からナンパとは。少しは節度ってものをですね……!」
「いやまて! それは主目的じゃねぇよ!」
「どうせこの間と同じで嘘なのでしょう」
「見ろ! この澄んだ瞳を! この瞳の輝きが嘘ついてる瞳に見えるのかねキミは!?」
「百回消毒したってお前の瞳はエターナルにゾンビ並に腐りきっとるわ!」
師弟の温かい会話のキャッチボール後、とりあえず話だけは聞いてやることにした。
なんと皇子はわざわざ戦場となる地を偵察がてら直に見に来たというのだ。
最高司令官自らが、そんな下っ端のやるようなことをするとは如何なものか。だから威厳が足りないって言ってるのよ。もう少し皇族らしい振る舞いを学びなさいよねこの馬鹿は。
「いやいや、俺もヒマだったしね。暇つぶしとナンパもついでになればって思って」
だとしてもフットワーク軽すぎなのよ。アンタ一応は最高司令官なんだから。つーか、さり気なく聞き捨てならないような発言してんな。
ボヤキつつも一応納得した。あくまで来た理由を納得しただけであり、他にも問い質したいことがあったので、私は片膝を立てて皇子に顔を近づけた。
「で、なんでココなんですか? アースファイブらの基地は別方角ですよ」
「いや、そうだよ。わかってるよ。俺もね、観てきたよあの基地。今まで映像や立体写真で見てたけど、実際拝んでみるとでっけぇなぁあそこ」
「では何故ここに」
「なんかさー、ああいう面白味のないとこ観てきただけって損じゃん気分的に。だから作戦開始前に遊ぶだけ遊ぼうかと思ってさ」
「さっさと帰れ! そして上に立つ人間としての責任感じろよ!」
我ながら鮮やかな右フックと左ストレートを交互に繰り出し、皇子の顔に少なからぬ紅い絵の具を添えて差し上げた。皇子は短い悲鳴をあげ気絶してしまった。
「ったく、朝っぱらから余計な手間を増やしやがって」
「雅先生―!」
額を押さえて呻く私の背後から聴きなれた声が聞こえた。振り返ると、渚先生と甘井先生が私らを見つけて追いついてきていた。
彼女らが目撃したのは、両頬が腫れ上がった元は美青年であった物体と、その物体を無慈悲に睨みつけているという図。変な誤解を生じさせなければいいけど。と、心配していた私は浅はかであった。
「この間みたいに探すの大変でしたよぉ。足早に消えちゃうんですし二人ともぉ」
「ハナダさん、また路上で寝てらしていますけど、風邪ひきますよ」
ツッコムとこはそこじゃねーだろ。
まだノビている皇子を放置する事に決めた私は立ち上がり、彼女らの方に歩み寄った。
「さぁ、行きましょう。早く行かないと遅刻してしまいますし」
「えっ、でも……」
「アレは気になさらずに。殺しても死なないような、ゴキブリ並のしぶとさがあるのですぐ復活しますから」
二人の同僚の背を押し、私は強引にその場を後にした。
残された元美青年の屍には一瞥すらくれてやらなかった。
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