第十一章「覚悟完了作戦決行前の日常(後編)」

 要塞に帰還した私は、伊達眼鏡を外し地球での活動着からクァークゴ帝国軍軍服に着替えた。


 高校教師の顔から遠征軍総司令官首席補佐官兼遠征軍幕僚総監の顔へと変わる。軍服の感触が私を本来の自分へ戻すかのようだ。


 着替え終えた私は自室を出る。向かう先はいつもの作戦会議室でも馬鹿皇子の私室でもない。マットーサ博士が詰めている研究室であった。


「博士入りますよ」


 返事はない。しかし約束した時刻どおりであるし自室に居る事は確認済みだ。


 なので遠慮なく壁に備え付けてあるコンソールに入室する為の数字を叩き込む。パスワードを認識したドアが甲高い音を立てると、自動的に左右に開いた。


 部屋に入ると、畳にして三十畳はあろう広いスペースにはコンピュータ独自の匂いが部屋に立ち込めていた。


 部屋を埋め尽くす程のコンピュータ機器とケーブルの束。薬品の臭気で澱んだ空気。


 天井に設置されてる謎なパイプからは怪しい蒸気が噴出していて、照明は故意か否か薄暗く、まさにマッドサイエンティストの空間であった。言うまでもないけど実用性皆無の見かけだけだ。


 なんでこのテの科学者っていうのは部屋を露骨にイメージに合わせようとするのかしらね。普通でいいだろ普通で。


 なんてことを考えながら私は部屋の主の名前を再び呼んだのだが、返事はなかった。


「まさか研究に没頭してコンピュータに埋もれてるのかしら」


 私は足元に気をつけつつ部屋の中の探索を試みたが、一分もかからない内に発見した。


 何せ、背中に背負っている機械類がこんな場所でも一際目立っていたのだから。


 彼は立っておらず。かといって電子機器に埋もれているわけでもなかった。床に座り込み、テレビに目を釘付けにして何かコントローラーを動かしていた。


「博士?」


 私がすぐ傍によっても帝国の誇る天才科学者は反応しなかった。真剣な顔をして画面にむかっていた。


 ふと、私の足先に何かぶつかった。拾ってみると、長方形の小さな箱である。ロボットの絵柄が描かれており、パッケージには文字が書かれていた。


『ト○ンス○ォー○ーコン○イ○謎』


「……」


 床をよくよく見ると、博士の周囲には似たような箱が散乱していた。一つ一つ拾い上げてみて、私は声を失った。


 『星○みる○と』『たけ○の○戦状』『仮○ライ○ー倶楽○』『タッ○』『い○き』『○テ○ツ大百○』など、ゲームソフトが床一面に置かれていたのだ。


 そういえば、この間秋葉原行ったとき、帰還後に対面したとき彼は大きな袋を抱えていたわね。多分中身は全部ゲームソフトだったのね。


 本当に遊びにきていただけだったのねこの三十路科学者は。


「……」


 私は手に持っていたソフトを床に放り投げ、マットーサ博士の背後に歩み寄った。


「マットーサ博士」


「んっ? あっ、ちょっと今取り込み中ですんで。ジェッ○マ○の最終面だから。あと少しまっ……」


 彼の脳天部分を手で掴み締め上げる。その状態から容赦なく後頭部を床に叩きつけた。


 室内に絶叫が響き渡った。


「#!?&%#%&$#@!?―!」


「何してんだよアンタは!」


 マットーサ博士が痛みにもがくのも構わずに今度はアイアンクローで頭を挟み込むように締め上げた。


「作戦決行は明日なんだぞ! 準備しているのかと思いきゃゲームなんぞしよってからに。テレビ画面に頭叩きこんでカチ割るぞ!?」


「痛い痛い痛い……! わ、ワルザードさん口調悪いですよ。それじゃ闇金の取立てみたいで感じわる……」


「あぁ!?」


「痛い痛い! ごめんなさい、悪かったです。暗いところでゲームしてごめんなさい!テレビから離れてないでごめんなさい! ゲーム一日一時間じゃなく二十七時間ぐらいしちゃってごめんなさいぃぃ!」


「二十七時間もゲームかよ! 一日と三時間もかよ! 仕事しろよな仕事を!」


 私は同僚の情けなさに心の中で涙を流しながらも、マットーサ博士への鉄拳制裁を止めることはなかった。


「こ、これって! かの有名な『君がッ泣くまで殴るのをやめないッ!』を実行してるんですかぁ!?」


「何の話だぁぁぁぁぁ!」


 コイツ、殴られてるくせに余裕あるわね。もう十数発ぐらい殴っとくべきか。


 終わる頃には、私の拳はトマト色に染まっていたのであった。






「それで、クァークゴ怪人の選抜と強化作業は終了しているのですか?」


 床に落ちているものを片付けスペースを作った後、近くにあった椅子を持ってきて腰を落ち着けていた。


 私の向かい側に座るマットーサ博士は全身に血で染まった包帯を巻きつけながら私の質問に深い頷きを返した。


「えぇまぁ。過去のデータから、アースファイブをイイ所まで追い詰めた怪人をピックアップしまして、更にその中で元々のスペックが高いのを選抜しました」


 博士からデスクに置いてあったファイルが手渡され、私はページをめくった。


 蝙蝠怪人バットナイト。地球侵略作戦第二十八号において投入したクァークゴ怪人。剣の使い手で、剣を使うアースレッドと互角の斬り合いを展開したこともあった。


 虎怪人ランチャータイガー。地球侵略作戦第五十一号において投入したクァークゴ怪人。全身を火器で武装し、虎の身体能力を併せ持つ獰猛な怪人であった。


 格闘怪人K‐1カクトー。地球侵略作戦第百三号において投入したクァークゴ怪人。あらゆる格闘技のデータを取得しており、格闘戦において勇猛さを誇った。


 武将怪人大武人。地球侵略作戦第百七十七号において投入したクァークゴ怪人。地球の古代の武将をモチーフにし武芸十八般に秀でていた。


 蜂怪人ブンブンジョオー。地球侵略作戦第二百九号において投入した女性タイプのクァークゴ怪人。長さ二十メートルの鞭と蜂を操る能力でアースファイブ達を苦戦させた。


 他に、十三体の怪人が再製造及び強化改造を受けている。二百四十九体にものぼる怪人達の中から選ばれた、侵略の先鞭となるべき要だ。


「ちなみに、どこら辺を強化したのですかね?」


 私の質問に博士の回答は次のようである。


 バットナイトは装甲強度を三倍にし、至近距離からの戦車砲の直撃にも傷一つ負わなくなった。スピードもパワーも向上させているという。


 ランチャータイガーは前回よりも重火器を充実させ、連射速度をアップさせたという。その威力と速度は十分以内で人口百万規模の都市を壊滅出来るらしい。


 K‐1カクトーは人工筋肉を強化させ酸素摂取量を高めて更に超人的な動きを可能とさせた。計算上では前回のK‐1カクトーを一、二分で倒す事が出来るのだという。


 武将怪人大武人は反応速度を上げ、敵の攻撃を瞬時に見切れるようになり、パワーは一撃で十階建てのビルを粉砕するほどにまで向上させている。


 ブンブンジョオーはスピードを格段に向上させ、最高で時速九百キロを弾き出す。鞭も長いだけの普通の鞭から先端に鋼鉄の刃を仕込んだことにより殺傷能力を上げたという。


「ほぉ、すごいですね」


 博士の説明を聞き終えた私は心の底から呟いた。


 今までよりも強くなっている怪人達。前回とて敵相手にそれなりの成果を上げたのだから今回は期待できるというものだ。


「それと、クァークゴ兵の数も揃えましたよ。各方面に送る分と第六部隊に送る分。全員能力を上げているので今までの兵隊より使いやすくなっていますし、ワルザードさんの御要望通り、第六部隊は通常よりも遥かに多い数を動員出来そうです」


「やれば出来るじゃないですか」


 帝国屈指の天才青年科学者に対して失礼な物言いであるが、今までの言動を見ている人間としては率直な感想であった。


 博士は私の言葉に微苦笑を浮かべた。


「私はいつも真面目にしてますよ」


「そうは見えませんでしたな。先程のゲームといい」


 咎めるように言うと、博士は肩を竦めた。


「たまには息抜きも必要ですよ。力抜くときは抜かないと、常に肩肘張っていたら、いざやるときガチガチな姿勢で挑んでも空回りするだけですから」


 彼の発言に私は眉を顰めた。今の台詞は、まるで私の事を指摘しているように思えたからだ。


「前から訊ねたかったんですけど、どうしてワルザードさんはそこまで地球侵略に執着してるんですか?」


「それが仕事だからですよ」


「仕事で侵略行為を積極的に? それはあんまりにも……」


「軍人だってそうでしょう。元から人殺し大好きな変態を除けば、大半は仕事だから銃を握って戦争するのでしょう。科学者だって、科学の発展の為に無茶をやらかすのでしょう。それと同じです。仕事でもなければ誰だってしませんよ」


「だったら尚更じゃないですか。あえて積極的に憎まれることもないでしょうに。やる時にやって、それ以外では張り詰めてるものを解かないと。柔軟に臨機応変にいくのもまた道の一つというものですよ」


「……なんですかそれは」


 冷静に考えれば、この時の私は連日の疲れが溜まり精神的余裕が失われていたのでしょうけど、そのような自己分析をこの時の私は出来るわけがなかった。


「なんですそれは。私がお堅いとでも」


「いや、別にワルザードさんの事が悪いとかではなくてですね」


「気の緩みは油断を生んで失敗する。任務を遂行するまでは常に気を張っておくのは当たり前です。言動一つでも気を使うのは常識ですよ」


「でもそれってワルザードさんの常識なわけでしょう? 人が百人いれば百人違う考え方の人がいるわけですし。真面目というのも人それぞれのがあると思うんですよ」


 カッとなって、私は苛立ちに頬を引き攣らせ、そして。


「へ理屈ですそれ!」


 私はなんで怒鳴っているのだろうか。


 いつもの通り無視するか話を変えればいいだけなのに、どうして私はこうも苛立ちを覚えてるのだろうか。


 私は間違ってない。私の言ってることは正しいのだ。私に非はないんだ。


 私が睨みつけると。博士は困惑した顔で私を見返した。


 その表情に反駁された怒りはなく、年少の同僚をどう宥めたものかと考えあぐねている顔だった。その表情を私は年長のお貴族様の余裕と受け取り更に腹が立った。


 こんなノーテンキな連中に二年近く振り回されて無駄に過ごしていたなんて……!


「人の苦労も知らないで、暢気過ぎるんですよあなた達は!」


 カッとなった私は立ち上がり一歩踏み出し、彼の顔に平手打ちをしようと腕を振り上げた。


 けれど、私の手は博士の頬にヒットせずに終わった

 私の意志ではない。私の振り上げた腕を誰かの手が掴んでいるのだ。


 肩越しに振り向くと、私の後ろにだらしなく緩んだ笑顔を浮かべた人物が居た。


「おいおい。これなんてフラグ立てよ博士」


 手の主は、黄金で染め上げたような金髪と透き通ったエメラルドグリーンの瞳の持ち主。私の教え子であり主君であり上司であるサーティン皇子であった。


 皇子は私と博士を交互に見比べながら肩を竦めた。


「ゲーム返しに来たのに返事もないから勝手に入ってみればさ、なーに喧嘩してんのよ。もしかして、喧嘩した後恋愛に発展するフラグだったりするわけ? やめとけやめとけウチの家庭教師はツンデレじゃなくツンツンなんだからよ。デレはねぇぞ」


 いつも通りふざけた台詞を言う皇子。しかし、私の腕を握る手はとても力強くて容易に振りほどけなかった。


 皇子は空いている手に持っていた紙袋を博士の方へ投げ渡す。突然の司令官の登場に呆然としていた博士はあぶなっかしい手つきでキャッチする。


 気まずい空気は残っているものの、さっきまであった険悪な空気―主に私が噛み付いていただけだけど―は、皇子の登場によってうやむやになった。


 喜ぶどころか、私からすれば苛立ちの元凶ともいえる相手の登場に、神経へ塩を擦り付けられたかのような不快を覚え、怒りを増幅させた。


 私は皇子を睨みつけた。私の視線を受け、年上の教え子は固い笑みを浮かべた。


「ま、まぁ落ち着け。明日は重大な日なんだからよ。今日はもう休め、なっ? あとは博士とアクドクとヤークザーでやっとくんだしよ」


「……」


「さっきの博士じゃねーけど。根詰めすぎたらいかんよホント。休むのが一番」


 なに上司らしい事を言ってんのよ。こんなときだけ理解ある上司顔するなよ。して欲しいときにはしてくれないのに、こんな時にだけどうしてやるのよ!


「手、離してくださいませんか?」


「離したらお前さ、手ぇ出すだろ」


「手は出しませんよ」


「そ、そうか。なら離すぞ」


 皇子が手を離した瞬間、私は彼の方を振り向き、大きく足を振り上げて股間を蹴り上げた。


「こうなるってなんとなく分かってたのに俺ってホント馬鹿ぁ!」


 一流の彫刻家が作り上げたような麗しい唇から悲痛な絶叫が上がるのを背中で聞きながら私は研究室から出て行った。







 苛立ちを床に八つ当たりするかのように、私は足音も荒く自室へ歩いていった。


 廊下を大股で歩きながら、先程の博士との会話を思い出していた。


 私は誠実に職務に精励してるだけなのに、周りが私のように真面目じゃないだけなのに、周りは全員私のようにはなってくれない。


 敵も味方も、私から見ればいい加減にしか見えない。


 私達のしていることは本来もっと真剣に取り組んでいいものである筈だ。ここも結局は帝国に居た頃と変わらない場所なのか。無理解と退嬰によって私を疎外して孤立させるのか。


 私に非など何もない。


 明日の三電作戦でそれを証明する。この作戦を成功させ、今までのものを全て否定しのけて見返してやる。そして母星への凱旋を果たすのだ。


 私が正しかったことを知らしめてやる。戦力も計画準備も整っている。負けるべき要素など何一つない。


 こんな馬鹿げた戦いの日々に終止符を打つのは、打つことができるのは、このワルザード・スルーだけだ。


 明日で全てが決するという高揚感が身体を包んでいくようだ。さっきまでの苛立ちも気のせいか少し薄れたかもしれない。いや、本当に気のせいだろう。胸の奥にある、凝り固まった苦いものが薄れた感じがまったくしないのだ。


 ふと、本当に唐突に、渚先生に会いたくなった。


 彼女の笑顔が脳裏に浮かんだ。どうしよもなく傍に行きたくなった。彼女なら、この苛立ちを消してくれそうだと、根拠もなく思ってしまった。


 腕時計を見ると、時間は地球の日本時間で午後十一時を少し過ぎたところ。おそらく彼女は起きていることだろう。


 会えなくとも電話でもいい。声だけでもいいから聞きたくなった。実際受話器に手を伸ばそうかと考えていた。


 他愛なくてもいい。叱ってでもいい。あの人の声を聞きたい。


 会いたいとすら思ってる。


「……ッ!」


 何を考えてるんだ私は。


 自嘲の笑みが口端を刻んだ。


 私は自室に戻るとシャワーを浴び、備え付けの冷蔵庫からビールを取り出して飲み干し、さっさとベッドにもぐった。


 彼女は敵なのだ。そういう思いが私の自制の琴線に触れたのだ。


 迷いも情も断ち切らなければ任務遂行なぞ出来ない。


 彼女は敵なのだ。


 自分に言い聞かせるように、何度も心の中で呟いた。


 そう考えると胸がチクチク痛んだ。不快な痛みを感じながら私は眠りにつく。


 明日は決戦だ。気を引き締めていこう。


 眠る直前、上半身を起こし、近くに置いてた飲みかけのビールに再び口をつけた。


 美味くもないビールが、心なしか余計に不味く感じられた。

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