第十章「覚悟完了作戦決行前の日常(中編)」
自ら選択したとはいえ、侵略者と教師の二足わらじは結構大変である。
と、思われるだろうけど、実際はそうでもない。
侵略者としての方は、こちらはローテーション方式なので実戦指揮は週に一回、多くて二回であり、要塞内では仕事らしい仕事は実のところ重要書類を皇子に代わって決裁する以外はなかった。
遠征軍総司令官首席補佐官兼遠征軍幕僚総監などという仰々しい役職に就任したとはいえ、護衛艦隊や要塞勤務将兵の統制と訓練はヤークザー提督が、補給や情報などの後方支援や事務仕事の大半はアクドク氏が、開発や修理、整備に技術研究などはマットーサ博士がそれぞれ責任者として管轄して処理している。
重要書類の決裁といっても、彼らの要望や報告に目を通して判子を押すだけ。それも多くても書類二、三十枚で済んでしまうのだから責任はそれなりにあるけど楽な仕事なのよね。
だいたいが遠征軍総司令官首席補佐官兼遠征軍幕僚総監は要約すると馬鹿皇子のお目付け役になっちゃうのよね。
これだって、皇子は一日の大半を博士や兵士らとの遊びや地球への御忍びに費やすので、今更特別目を光らせるまでもないし。
というわけで、作戦責任者としての任務や定例会議出席を除けば、私の主な仕事は地球人源雅としての仕事となる。
宮廷内での一対一の家庭教師とは違い、三、四十人はいるであろう生徒を教えると言うのはこれほどまでに骨が折れる仕事とは、頭では解ってたけど体験してみて初めて実感出来たわ。
馬鹿やれば鉄拳制裁とはいかない。生徒に手を上げれば今の御時勢即問題になるし、年頃なので悩みも千差万別。
加えて私は他の星から来た身なので、地球人との感性や常識にズレがあるやもしれぬので迂闊な言動はとれない。そこら辺も実際触れてみて感じてみて調査しようと思ったから教職についたんだけどね。
他にも、学習指導要領に基づいた授業内容の吟味やテスト作成、ついてこれない生徒に少なからずフォロー入れたりもしなといけないし、学校行事にも顔を出さないといけないしと、これで結構苦労する職業なのだ。給料はさほど高いわけでもないのに。
今時古風なやり方や考え方をする教師や、尊敬に値するほどの有能で人格者な教師は少数派となり衰退の一途を辿っていき、良く言えば親しみやすい、悪く言えば対等扱いされている教師が勢力を伸ばす事となる。
教職に就く人間にとって頭の痛い時代といえよう。ここら辺も、地球征服した時には大いに改善の余地があるでしょうよ。
などと私は労働者の労苦に関してそんな思惟を馳せながら保健室でお茶を飲んでいた。
本日分の仕事を終え、私の足は当然のように癒しの場を求め保健室へ来ていた。
味方よりも敵側の方に安らぎや癒しを感じてしまう自分に不甲斐なさを……いや、多くは語るまい。疲れてるのよ私も。
この日は基地にて私の作戦案を説明してから約二週間と数日が経過し、作戦準備も大詰めを迎えていた時の事だ。
同席しているのは、保健室の主である渚先生と、こちらも本日分の授業を終えて保健室に足を向けてきた甘井先生であった。二人はティーカップ片手に先日秋葉原で購入した品について語り合っていた。
思えば、この童顔幼児体型の年上歴史教師との出会いもなんとも言い難いものがあった。二人を見ながら私はその時の事をなんとなく思い出していた。
善正高校に赴任して間もない頃であった。
渚先生と奇妙な出会いをして友誼を成立させた私ではあったけど、基本的には現地の人間とはなるべくしがらみを作らない方針をとっていた。
あくまで主目的は地球侵略で尚且つ地球人の調査なのだ。人間関係をなまじ生じさせて身動きがとれなくなるという事態はあってはならないのだ。
新任のあいさつ回りを礼儀正しく済ませれば、あとは職場で二言三言会話してればいいのだ。うざったくなれば最終手段で記憶消去の処置をとればいい。
「っと、もう大体の人には挨拶しましたかね私は」
職員室内の自分用の椅子に腰掛けて周囲を見渡す。私の正面に座っている渚先生はしばし考え込んで後、首を横に振った。
「社会の歴史担当の先生がお一人まだでしたよ。今日は風邪でお休みをとられてまして」
「そうですか」
表面上は残念そうな顔をしたけど、実際教師一人に挨拶し損ねた事なぞどうでもよかった。近いうちに顔を合わせる機会もあるだろうし、その時にでも挨拶しとけば問題ないわよね。その程度にしか考えていなかった。
当時の私は次に行う作戦の事で頭がいっぱいであった。なので病欠している歴史教師のことなぞ、渚先生との会話後十分足らずで忘れてしまっていた。
その翌々日。その日は土曜日であった。
空は雲ひとつない快晴で、吹く風は春の息吹と初夏の到来とを感じさせる心地よい風であった。
こんな日は、お弁当でも持って遠出をするのが良さそうな、或いは壁か柱に背もたれでもして昼寝をして過ごすのがよさそうな。まったくもって休日日和な一日だったわ。
けれども、私がそんな日にしていたことは爽やかさや陽気さとは対極に位置することであった。
バスジャックである。
マットーサ博士が立案した地球侵略作戦第五号(博士命名「ダーイ・ハード作戦」)のサポートをする為、私は大鎌怪人カマキリザイズとアンドロイド兵らと共に、都市高速を移動中の大型バスを占拠したのであった。
作戦内容はというと、爆弾を設置した大型バスをひたすら暴走させ、最期はそこら辺のガスタンクに特攻させるという、わざわざ私やクァークゴ怪人が来てまでやることではないものであった。
「最初は伝統に則って幼稚園バスを狙おうと思ったのですが、今の御時勢的にその作戦は洒落になりませんからね」
作戦実行前の会議室にて博士は厳かにそのような発言をした。
そういう話でもそういう問題でもねーよ。
幼稚園のバスだろうが長距離運行用大型バスだろうが、んなものジャックして暴走させたからって世界がどうこう征服出来る訳じゃねーわよ。もう少しスケールの大きい作戦を立案しなさいよこの組織は。
こんなもののサポートに借り出された私って。折角の教師としての休日に何をしてるんだ一体。
苦々しい不快感が思い出すだけで込み上げてくる。腹部を撫でて宥めながら私は車内を睨みまわした。
当然のことだけど、誰もがバスジャックされたことに怯えを隠し切れない様子であった。普通の人間ならまだしも、両手が大鎌な蟷螂男や、銃とナイフで武装した不気味なアンドロイドらというのも恐怖を否応なく増幅させることだろう。
いや、そうじゃない奴も居た。私から見て右側、前から三番目の窓際の席に座っている少女がそうだ。
フリフリビラビラと形容できそうな服装をしているけど、それが自然と似合っている少女であった。年の頃は小学生か中学生に成り立てか。
その子供は、あろうことか緊迫した状況の中、窓に寄り掛かって気持ち良さそうに居眠りをしていたのだ。肝が据わっているのか鈍感なのか。
私はアンドロイド兵の一体に少女を連れてくるよう指示した。何故かって? 人質に使うのだ。
人質が多いとそれだけ隙が生じてしまう恐れがある。ならば一人二人に絞った方が目も届きやすいし確保しやすい。
しかもこれだけ肝が据わってるなら大声で喚かれる可能性も低いだろう。バスジャックしといてなんだけど、ヒステリックな喚き声は苛々している神経に良くないし。
アンドロイド兵が少女の片頬を軽く叩くと、彼女は意味のなさない唸り声を漏らしながら目を醒ました。
「あれ? もう目的地到着したんですかぁ?」
「……」
目の前にモノアイついたアンドロイドが居るのにこの言い草。実は頭のネジが緩いとかじゃないでしょうね。
咳払いを一つして、私はアンドロイド兵に目が覚めたばかりの少女を連れてこさせた。
少女は左右を見渡してようやく事態を飲み込んだらしく、口を半開きにして驚きの表情を浮かべていた。
「もしかして、この間からニュースを騒がせているクァークゴ帝国っていう人達ですかぁ?」
「そぉうよん。可愛いお嬢ちゃん、あんたはここに居る奴らの代わりに人質になってもらうわぁん」
私が答えるより早く、隣に居たカマキリザイズが少女に答えた。
いや、まて。
なんでおネェ口調なんだよ。声は渋めのテノールのくせに。カマか? カマだからか!?余計なもの搭載させてんなよ開発責任者。
口の中で開発者への文句を並べ立てる間、蟷螂怪人と少女の会話が続いていた。
「私、お嬢さんじゃありませんよぉ」
「あらあら。それじゃぁ高校生ぐらいの小娘なのかしらぁねぇ」
「いえ、今年で二十七歳ですぅ」
「あらぁん。こんな時に冗談で場を和ませる必要ないのよん」
「ホントですってばぁ」
二十七歳と言い張る少女は財布から免許証を取り出して私達に掲げてみせた。私とカマキリザイズは彼女の差し出した免許と彼女自身を交互に見直した。
「本当ですよワルザード様」
「……そうね」
一つ二つとはいえ、目の前に居る少女が私よりも年上だとは。童顔ってレベルじゃねーわよ。
自堕落な生活送ってるのにまったく陰りを見せない美貌の持ち主である上司といい、生命って不思議なものよね。こういう連中見てると、化粧したり肌の手入れに気を使ったりしてる自分が馬鹿みたいに思えてくるわ。
まぁいいわ。人質の価値が変わるわけじゃあるまいし。大人の方が子供よりも聞き分けよさそうだから手のかかる心配はないわね。
他の乗客をどこら辺りで放り出そうかと思案していると、車外から耳障りなパトランプサイレンが聞こえてきた。
異常事態を察知して警察が動いたのだろう。だが警察如きに私達を阻める筈がないので無視してもいいだろう。と、思ったのはいいが、窓に目をやると、私の予想は裏切られる形となった。
「そこまでだクァークゴ帝国の怪人め!」
サイレンの元は、アースファイブ達が運転しているバイク―後にアースチェイサーという名前と判明―であった。彼らは扱い慣れているのか、速度を落とさずにこちらに向かって色々と叫んでいた。
こいつら高校生だろ。なんで大型バイク乗り回してるんだよ。あと一年二年は先だろ免許は! 道路交通法とか以前の問題だろ。正義の味方が無免許だなんていいのかよ。
誰か言ってやれよってか、アースファイブしてるお前らも少しは変に思えよな今の自分らがしてることをよ!
その後の展開はといえば、手に入れた人質を生かす間もなく、あっさりとバスは止められ、カマキリザイズは激戦の末敗れ去った。
乗客及び人質になる筈であった実年齢二十七歳の少女は怪我もなく無事保護された。
この時は、これで終わったわけなんだけど、そうは問屋が卸さなかったわけで。
週明け後、渚先生に連れられてきた病欠していた歴史教師甘井蜜先生が、よもや人質にとろうとした超絶童顔女だったとは。
おまけに甘井先生はというと、私の正体に気づく素振りもなかったとは。
どうしてこうも私は頭痛の種に事欠かないのだろうか。
「雅先生。何かまたなされるんですか?」
不愉快な過去を思い出しつつ、いつもの如く渚先生の淹れたお茶を飲んでいると、お茶を淹れてくれたその彼女がそんな事を聞いてきたのだ。無論、甘井先生に聴こえないように小さな声で。
彼女には数日に一回のペースで仕事が終わった後、帰りに行きつけの屋台に飲みに誘われるのだけど、先日の買い物を除き、ここ最近は断っているので、そこから私が何か企んでいるのを感じたらしい。
「んっ……。まぁ、することはしますよ。一応私の本職はアッチですし」
お菓子を頬張っている甘井先生に注意を払いながらカップを置き、自分で自分の肩を揉み解しながら私は彼女に微苦笑を向けた。
敵の副司令に詳細を語るつもりはないけど、何かするであろうぐらいはバレても構わないだろう。
その油断が命取りと成りうるが、このおっとり保険医に限ってまさかねと思う自分がいる。
相手を侮ってるワケではなく、彼女は事前に潰しにかかるようなマネは絶対しないだろうという信頼感があった。
敵相手に信頼とかなんておかしな話だけど、味方が信じられない身としては気がつけばそう思うようになったわけで。
絆されてるとかそういうのじゃないわよ多分。
気だるげに首を回しながら私は今度は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「まぁ見ててくださいよ。次こそは貴女達地球人の最後ですから」
しかし渚先生は私の挑発に感応せずに、私の顔を心配そうな顔をして見ていた。
「何か私の顔に付いてますか?」
怪訝に思って聞いてみると、白衣の同僚はいきなり私のおでこに自分のおでこを当ててきたのだ。突然の急接近に私は硬直してしまう。
「うーん……熱はなさそうですけどね」
「な、渚先生? いきなり何なされるんですか!?」
「何って、何だかテンション高い割には顔色が悪そうに見えましたもので」
そう言えばここ数日は寝る間も惜しんで作戦実行の為の下準備に勤しんでたからなぁ。
でも敵の心配するなんてお人好しにも程があるってーの。自分のとこ心配しろよ。
私がそう口にすると、彼女はおっとりとした微笑を浮かべて、迷いも揺らぎもない口調で断じて曰く。
「大切な友人を気遣うのに敵味方なんて関係ないですよ」
「……」
お人好しめ。私は呆れたように溜息を吐いた。
そんな甘い考えで戦えるわけ? 優しさだけで勝てたら苦労しないわよ。
そんな考えが浮かんだが、実際そんな甘い連中に負け越してる自分を思い出してへこんだ。
「そろそろ帰ります。明日の準備があるもんで」
そう言って私は椅子から立ち上がった。鞄を肩に掛け、渚先生と甘井先生に軽く会釈をして保健室から出て行こうとする。
「雅先生、やっぱり今日も飲みは行かれませんか?」
「すみません渚先生。色々と用事がありましてね」
「最近付き合い悪くないですかぁ? ちょーっと寂しいですよぉ」
「甘井先生もすみませんね。もう少し、もう少ししたら落ち着きますので、その時にでも」
「そうですね。雅先生、お仕事が一段落しましたらいつもの屋台で飲みましょうねー」
いつもと変わらぬはんなりした口調でそう言ってきた同僚に、私は思わずよろめいた。
今まで何を聴いてきたのよ。頭のネジ緩んでるんじゃないの。
つーか、絶対成功させないっていうのを遠まわしに言ってるわけ? あー、もうムカツクったらありゃしない!
渚先生だから内心毒吐くだけで済ませてるけど、あの馬鹿皇子だったら即座に殴り倒してるわ。
そんな思いが渦巻いている為か、私は適当に返事をしただけでさっさと出て行った。
ほんわかとした微笑を浮かべたままの渚先生と、私達のやりとりに顔中に「?」を出して首を傾げる甘井先生に見送られて。
基地に戻ったら作戦の最終チェックだ。
明日になればこの平和も終わる。そしてクァークゴ帝国の支配が始まるのよ。
電撃電光電進作戦。略して三電作戦(公式名称地球侵略作戦第二百五十号)私のエリートとしてのプライドに賭けて成功してみせるわよ!
このシチュエーションなら、公衆面前だろうがお構いなく高笑いの一つでも上げるだろうけど、私は口端を小さく吊り上げるに留めた。
いやだって、人前でいきなり高笑いって電波って感じじゃないのよ。
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