第九章「覚悟完了戦決行前の日常(前編)」
前略、母さんへ。
春の日差しも暖かく感じる季節になったけど、元気してるかな? 私は相変わらず健康だけは維持出来てるよ。
早いもので、既に私がこの仕事を始めて一年が過ぎるね。良くも悪くも相変わらずな毎日にちょっとばかしウンザリしちゃうわ。
忙しい事は忙しいよ。どれぐらい忙しいかというと。
遠征軍総司令官や頼もしい同僚らと共に、一日、一時間でも早い地球制圧達成の為、日々将兵を鍛え上げ、また引き続き地球人社会に溶け込んでの調査などを行っています。
帝国艦隊の演習風景などを観ていますと、地球は風前の灯であり我らの掌で無駄な抵抗をしているのだという認識を毎度の事ながら抱きます。近日中にでも任務達成という可能性も充分あるような気がします。
……などと、気がつけば軍国主義国家の兵士が書きそうな文章を書いてしまうぐらいには多忙な毎日を過ごしてるわ。侵略活動なんかに従事してて相当キている自覚はあるわ。えぇもちろん。
そういえば、義姉さんが出産間近だそうで。先ずおめでとうとだけ。まだ時間あるじゃないって笑われるだろうけどすぐに祝えない所に居る事だしね。
検査結果だと女の子だっけ、義姉さんに似て可愛い子に成長するといいね。父さんと母さんは初孫の誕生に浮かれてそうだけど、あんまり過保護に育てすぎると将来に良い影響を与えないんだから程々にしてよね。
兄さんも、育児は義姉さんに任せっきりにしないようにしてよ。今時は男だって育児手伝うのが当たり前なんだからさ。今のうちに私ぐらい釘差しておかないとね。
あー、私も一日でも早く仕事終わらせて姪っ子に会いたいなぁ。帰った時には会えてるといいなぁ。
そういうわけで、長々となりましたが筆を置かせて頂きます。
帝国歴六七六年五月二十四日 貴女の娘であり可愛い姪っ子の叔母ワルザーより
星の煌く暗き大海原を無数の小さな光点が駆けていく。
科学力を集結させ造られた軍事力の塊達が、機動要塞ワルスギーの周辺を泳ぎ回る姿は帝国の威を誇るかのように……とは言い難かった。
動きが鈍いわけではないが、かといって迅速というわけでなく。無秩序で統制がとれていないというわけでもないが、整然と足並みが揃っているわけでなく。
つまり一言で論評するならば「中途半端」なのだ。
まるで、現在進行形で行っている地球侵略行為のようだ。と、中央司令室のメインモニターから、外で行われている護衛艦隊の演習を見学しながら私は考えてしまったものだ。
要塞護衛艦隊の艦艇数は、練習艦や緊急用の予備艦艇を含めて一万一五〇〇隻、将兵九十五万三千八百名。遠征に参加した将兵の半分以上が護衛艦隊所属である。
事前の調べで地球には恒星間飛行能力を有していたり、宇宙空間での戦闘を行える艦隊は存在しないことは判明している。
一部大国が―私らから見たらだが―簡易軍事衛星を数える程は保有しているのも判明している。それらも侵略初日で完全破壊したので、宇宙空間で抵抗される心配はほぼないと言っていい。
例外としては、宇宙警察機構から派遣されている宇宙警察地球署が存在するけど、こちらは帝国政府と宇宙警察上層部の間で政治的な話し合いがされているらしく、宇宙警察関係の建物に被害が及ばない限りは現地の防衛機構に全てを任せているので干渉はしてこないという。
法と秩序の番人である警察がそんなことでいいわけ? 確かにさ、そのお陰で地球侵略なんかを大手を振って出来るわけだけど、これは問題なんじゃないの。
まぁ、歴史を辿れば、駐在し始めてまだ半世紀ほどしか経過しておらず、初期の頃は刑事一人、補佐一人の計二人しか派遣しなかったらしいしね。地球に対しての評価はまだ地方の田舎町ぐらいにしか思ってなさそうね。
とまぁ、それらの事情からこれほどの規模の艦隊を引き連れてくる必要性はなかったのだけど、地球に到着するまでに何が起きるか解らない。
およそ四百年ぶりの外征であり、帝国の威を示す為、巨大要塞に加えて一万にも上る艦艇を見れば戦う前に戦意を喪失させることが出来る。など、もっともらしい理由は幾つもあった。
お偉いさん達の言い分を額面どおりには受け取らなかったけどね私。
言っておくけど、決して偏見とかやさぐれ根性があったり、含むところがあるとかじゃないわよ。私としては、その理由が正しいとして、どうして将兵の大半が新兵なのかということよ。
最精鋭とは言わないわ。せめてそれなりの経験のある兵士を揃えて欲しかったわよ。
なのに軍が送り込んできたのは徴兵したばかりの新人ばかり。この一件だけでも、皇子の発案した地球侵略に対する周囲の評価がどういうものか理解出来るわ。
何が腹立つかって、私が軍務大臣とか元帥とかの地位に居ても絶対そうするからよ。こんな馬鹿げたことに兵士無駄遣いするぐらいなら、新兵を訓練の一環として送りつけて鍛えようと判断するわよ。
遠征直前になって頭を悩ましたものだけど、ヤークザー提督の「私が直々に鍛えますのでご安心あれ」という台詞に一応納得して不満と不安をねじ伏せていた。
演習を指揮しているのはそのヤークザー提督である。
普段は宗教カブレした温厚なおっさんにしか見えないけど、流石は名提督と謳われるだけあって、彼が直々に鍛え上げた実戦経験もない新兵達は彼の手によって短期間で役立たずからどうにか水準ぐらいには使えるようになっていた。しかしまだまだ鍛える余地は大いにあることでしょうね。
司令部の中央、司令官専用の椅子が置かれている方に視線を向けると、サーティン皇子は紙コップに満たされた熱いコーヒーを飲みながらスクリーンを見ていた。
普段は自由気ままに振舞っているとはいえ、艦隊演習は総司令官立会いの下で行われる仕事だ。責任者としての義務は果たすべきだぐらいの自覚はあるのだろう。
とにかく見栄えだけはケチのつけようがないぐらいに完璧なのだ。
ぼんやりと紙コップでコーヒー飲んでいる姿でも絵になる男なぞ早々いるものではない。そういう意味では、黙って見学してるだけというのは妥当な仕事でしょうね。
皇子の右隣にはマットーサ博士が直立不動で半歩後ろに控えていた。彼には今度行われる作戦に必要な戦力を整えるという仕事があったが、今日は司令部所属の一人として演習に立ち会っている。
私の耳に皇子と博士の会話が流れてきた。
「皇子」
「なに?」
「一万隻近くの艦艇が動いているのを見てますと、あれですな、こう、『ファイヤー』とか『ファイエル!』って叫びたくなりますよね」
「わかるわかる。しかしそうなるとだな、さしずめ俺は小説にして二冊目ぐらいで戦死か部下の離反で射殺されるかの貴族の坊ちゃんかね」
「皇子は外見だけなら主役張れそうですがねぇ」
「うーむ、となると頭をおかっぱみたいにしてみるか。んで『レールキャノンがいい!』なんて言ってヤークザーを意味もなく困らせてみるか」
「相手が冗談と受け止めてくれなきゃ寒いですよ」
「んだな。博士ぐらいしか理解してくれなさそうー」
上質のシルクのように滑らかな髪の毛を弄りながら部下と談笑している皇子。一連の会話を聞いていた私はあまりのくだらない会話に苦い薬を飲んだかのように顔を顰めた。
「皇子! 博士! 今は演習中です。私語は謹んでください。将兵が見ておりますよ!」
この程度無視すればいいのに無視出来ない。つくづく度し難い性格だと我ながら思う。性分と言ってしまえばそれまでだけどさ。
私に注意された皇子と博士は同時に身を竦めた。
「うへぇ、おっかねぇ」
「ワルザードさんも真面目なことで」
前者は露骨に嫌そうに、後者は苦笑の響きを込めて呟いた後、再びスクリーンに目を向けた。
私は、周囲に聞こえないよう気をつけて奥歯を噛んだ。
真面目で何が悪い。
半神的な美貌の主と、類稀な頭脳を持つ天才科学者に、私は心の中で反論した。
アンタ達みたいな公私混同している奴らに言われたくない。
不真面目な連中は無駄でどうでもいいことだけは食いつくくせして、やらなければいけない事を屁理屈捏ねて目を背けている。
誰にも負けない長所を持っているのにそれを生かす素振りすら見せない連中を見てると腹が立つ。怠惰を恥とも思わぬ態度に憤りを覚えているのをアンタ達は知ってるの?
恵まれている環境が当然だと思ってるアンタらなんかに、必死で努力する人間の気持ちや苛立ちなんて理解出来ないことでしょうよ。理解されず異物扱いされてきた私の気持ちなんか分からないでしょうね。
伸し上がって実績積まないと認められることのない人間のことなんて、考えたこともないんだろう? 常に孤立しながらも戦ってきた人間のことなんて想像出来る?
皇子と出会ってから、いいや、出会う前から周囲の人間に時折感じていた濁った感情だった。幼い頃は漠然と、成長するにつれて明確に。
いい加減な奴らに足を引っ張られたくない。いい加減な奴らの馬鹿さ加減には付き合いきれない。現状が良ければという向上心のない奴らと一緒にされたくない。
誰しもが一度は抱く感情を、私は長年抱き続け、そして今もそれはくすぶっていた。
「あれ? ワルザードさんこれなんですか?」
司令室の共同デスク傍に居たアクドク氏がクリアファイルを片手に持って私に訊ねてきた。ファイルの中には十数枚のプリントが入っている。それはデスクの上に置いていた私の物であった。
私は心中を表に出さないように、感情を沈め、機械的な口調で答えた。
「それの中身はテスト用紙です。今度学校で使うのですよ」
「ほう。そういえば季節的には中間テストが日本の学校である時期でしたな」
「いいえ、中間テストではありません。これは今度の計画に使われる道具の一つなのですよ」
「なるほど。第一段階の為のですか」
アクドク氏は納得したように頷いて私にファイルを返した。ファイルを受け取った私はそれを小脇に抱えて再びメインスクリーンに視線を戻した。
無数の光点がメインスクリーン内を縦横無尽に往来していた。光点の背後には、青い惑星地球の姿が見えていた。
あれは、今の私にとって絶対に超えるべき存在なのだ。あの青い星が私には過去と今を象徴していて、ここを侵略した暁には、何かが変われそうだと思った。今までの負債を清算出来そうな気がした。
無論錯覚かもしれないし、自分の境遇を美化しているだけかもしれない。意地になっているだけかもしれない。けれども、退くという選択がないことだけは確かだった。
必ず成功させる。勝ってみせる。
もう負けたくなかった。
つーか二百四十九回も連敗してれば当然だろうが。
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