第七章「史上最大の作戦への日々(中編)」
作戦会議の翌日。その日は日曜日であった。
駅前は日曜だけあって人で溢れかえっている。親子連れやカップル、学生や休暇中なサラリーマン。中国人や西洋人、果てはアラブ系の人間などが私の前を横切っていく。
他には、アニメグッズを詰め込んだ袋やリュックを持ち歩く、所謂オタクが集団で駅構内を練り歩いていたり、駅出入り口付近ではメイド服やアニメや漫画に出てきそうなデザインの制服を着たチラシ配りがチラシやティッシュを配っている。
足元に視線を落とすと、タイル床には巷で人気があるというパソコンゲームの女性キャラの顔アップの絵が描かれていた。周囲の柱や壁にかけられている看板も半分ぐらいはアニメグッズ系のお店看板であった。
コレだけでも、私からすれば異世界の入り口に居るような気分を覚えさせる。
私は秋葉原という場所に来ていた。更に言うならば、今現在私が立っているのは、秋葉原駅電気街口改札前である。
この秋葉原という土地は、昭和初期から電気部品を、昭和中期には家電製品及び電子部品を、そして今ではアニメグッズやフィギュアなどの玩具などを扱っていて、オタクの聖地となっている。
筑波エクスプレスの開通や駅周辺のビル開発などにより、近年はアニメや漫画に興味のない人間も以前より多く出入りするようになったというが、相変わらず様々なマニアが好んで歩く土地なのだ。というのが、サーティン皇子やマットーサ博士の説明であった。
無論、私にはどうでもいい話であった。
聖地かなんか知らないけど、地球という惑星の中の一部分のさらに一部分に過ぎない土地のことなぞ知ったことではない。特に今はやるべき重要な仕事を抱えてるのだから尚更である。
では何故に私がここに来ているかというと。
「雅先生」
「お待たせいたしましたぁ」
改札口から二人の女性が出てきた。一人は清楚な白のワンピース姿で、長い黒髪をポニーテールに束ねている眼鏡の似合うほんわかした美女で、もう一人は少し派手目なゴシックな服を着ており、短い栗色の髪をツインテールに縛った美少女。
前者は一橋渚先生で後者は甘井蜜先生である。仲良く手を繋いでの登場であった。
「いいえ、私も今来たところですので。まだ待ち合わせ時間にも余裕ありますし」
私は腕時計と駅構内に設置されてある時計を見ながら言った。今現在の時刻は午前十一時ジャスト。皇子達の話だと、この土地の店の殆どがこの時間帯に店を開くのだという。
秋葉原に来た目的、それは電化製品を購入する為である。
私ではなく、私の目の前に居る二人の同僚がだ。私は単なる付き添いだ。
何を購入するのかまだ聞いていないが、家電製品なんて通販か近所の電機屋で購入すればいいのに、なんで住んでいる街から電車で一時間弱かかるような場所で買うのだろうか。私には理解出来ない。
「電化製品は電化製品の街で買うのがいいと思いませんかぁ?」
甘井先生は答えになってない答えをのたもうた。私は理解し難いと言わんばかりに苦虫を潰したような表情を浮かべた。
「どう違うんですか。電化製品はどこで購入しても電化製品じゃないですか。街の近所に大型電化製品店の一軒や二軒があるというのに」
「そこはそれ、気分というやつですよぉ」
「付き合う身にもなってほしいものですな」
「まぁまぁ。折角来たのですし。買い物がてらに若者の文化に触れてみるいい機会ですよ雅先生」
おっとりとした笑顔と年寄り臭い台詞で渚先生は私と甘井先生の問答を終了させた。
渚先生、私らまだ二十代後半ですよ?
そう言いたいのをグッと堪え、私はずり落ちかけていた小さなバックを肩に掛けなおした。確かにここまで来ていて文句を言うのもおかしな話だ。
店が開き始めてきたからだろうか、改札口前は先程よりも人口密度が上がってきていた。
中でも特定のジャンルに精通した専門の人間たちが午前中から妙にハイテンションで盛り上がっているのが印象的だった。本当に私からすれば別世界だな、ココって。
「そろそろ移動しましょうか。どこのお店で購入するのか決まってるので? そもそも今日は何を買いに来たのですかお二人は」
私からすればもっともな質問である。ただ闇雲に歩き回るなんて無駄に体力と時間を消費するだけだ。決まっているならさっさと行ってさっさと購入してさっさと帰るのが理想的だ。
質問に対して、彼女らの答えは以下の通りであった。
「お店は特に決めてませんよね甘井先生?」
「してませんですぅ」
「そうなのですか」
軽い失望を覚えたが、それはまぁいい。想定の範囲内だ。
「買う物はですね。私は携帯に便利でお値段がお手ごろなノートパソコンを」
「私はですねぇ、欲しいアダルトゲームソフトがありますんでぇ」
「……」
アンタら、それはここまで来る必要がある程の品なのかよ!?
いや本当にそれぐらい近所なりネット通販使えよな。あと、そこの童顔教師は何サラリと教育者として不適切な単語出してるんだよ。
内容を聞いてしばし呆れて声もでなかったが、肺が空っぽになる程の深い溜息を吐くことで折り合いをつけた。身近にいるしなぁこういうのがさぁ……。
私の様子を見た渚先生が心配そうに顔を近づけてきた。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ、大丈夫ですよ。一瞬眩暈がしただけですので」
「お体の調子悪いのですか?」
買い物内容聞いて脱力しただけだよ。
とは言わず、私は曖昧な笑顔を浮かべて否定するにとどまった。相手が彼女でなければ既に毒舌叩いていただろう。
私と渚先生、そして甘井先生は改札口から見て左側の往来の方へ移動した。そこの方向に何軒か電化製品店を見つけたからだ。
人ごみの中を歩きながら私は一歩後ろを歩く二人の同僚にさり気なく視線を向けた。
ほのぼのと談笑しながら歩いている二人を、傍を通る男共が遠慮がちに振り向いて見ている。視線は、嫌悪とは対極的にある感情が込められていた。
俗でボキャブラリーに乏しい表現になるが、渚先生は純真で可憐な女性だ。朗らかなオーラを無自覚に放出している上、同性から見ても美人であり、老若男女問わず好かれる魅力を持っている。
飾り気のない服装をしているが、それが彼女の清楚さを際立たせており、艶やかな長い黒髪や淡い紅色の唇、透き通った白い肌に万物を慈しむかのような温かい眼差し。世の中のスレた女性相手に絶望している男達の目にはさぞ天使か何かに見えていることだろう。
もう一方の甘井先生はというと、童顔で幼児体型、低身長と、実年齢よりも遥かに下に見える容姿をしており、着ているフリフリの服もあってか、ゴスロリという単語を体現しているかのような女性である。
このゴスロリなる言葉は、この間、別に知りたくもないというのに、このテのものには博識な上司が直々に教えてくれた。
狙ってるのか素なのか定かではないけれど、愛らしい顔に恋愛漫画のキャラクターみたいな小悪魔な笑顔を浮かべると、学校の男子生徒たちはどんな課題もこなしてくるとかこないとか。今も屈託なく笑う彼女に男達は釘付けになっている。
時々呟くように「眼鏡なお姉さん萌え」とか「ゴスロリ萌え~」などと聴こえてくるのだが、ここではちょっといい女を見ると全員同じ事をいうルールでもあるのか? 萌え萌えって、お前らは萌え村の住人かよ。気持ち悪すぎだわ。
そんなことを考えながら歩いていると。
「雅先生雅先生」
渚先生に袖を軽く引っ張られ、私は思考を中断させた。
「なんです?」
「さっきから男の方達が雅先生のことを見てますよ」
「私を?」
何故男達が私を見るのだろうか。もしや、私に不審な目を向けてるんじゃないだろうな。
有り得る事だ。何せ私はアースファイブとの戦いに何度も出向いている。
TVカメラに映されてる可能性は高い。顔も軍帽を目深に被るか、時々サングラスをはめたりする程度しかしていない。
TVを見ていて、私の顔に見覚えがある人間は少なくはないだろう。怪しまれても仕方がないのかもしれない。場合によっては、逃げるなり記憶操作をこの周辺の住民に施すなりして対処をしなければ。
その前に渚先生達をどうするべきか。彼女達もターゲットにすべきか、理由をつけて先にこの場を離れさせようか。あるいは……。
「雅先生カッコいいですもんねぇ」
「へっ?」
真面目に対処方法を考えていた私は甘井先生の言葉に驚いた。
カッコいい? それはつまり、男達の視線は不審からのものでなく、渚先生や甘井先生に向けられていたのと同じものだというのか。
私の今の服装は、動きやすさを重視したパンツルックだ。黒のブーツカットパンツに裾を出した黒のワイシャツ。その上に灰色のハイネックタイプのベストを羽織っている格好だ。髪も邪魔にならないように短く見えるように編みこんでいる。
「傍から見れば凛々しいですよぉ。まるでロシアのエカテリーナ二世か南宋の梁紅玉ですよねぇ」
「カッコいい女性って男の子に人気ありますからね」
「……」
なんでそうなるわけだよ。
地球人というのはこんなにも暢気な性格をした集まりなのか。普通は怪しむだろうが! なんでそこで「コイツ、誰かに似てない?」とか思わないんだよ。
何度もTVに映されてる顔だろう。まさか軍帽とかサングラスで顔全然分からないとかか? お前らの目んたまは節穴かっての!
こういう鈍さも私がこの地に来て苛立ちを覚える一つだ。慣れかなんか知らないけど、少しは警戒心持ちやがれってんだ。
ギロリと男達を睨みつけると、私達に視線を送っていた野郎共は慌てて視線を逸らしてそそくさとその場を立ち去っていった。根性無しめが。
私が無言で男を追い払う姿を見て、渚先生が一人納得したように頷いた。
「やっぱり雅先生貫禄というか威厳がありますよねぇ。流石本職が本職で」
「ちょ、渚先生!?」
「本職ってなんですかぁ?」
「いや、それはですね……」
渚先生の発言と、追い討ちをかけるかのような甘井先生の質問に本気で焦った。焦りのあまり露骨に動揺した素振りを見せてしまい、益々同僚の歴史教師に疑問を持たせる形となった。
渚先生迂闊すぎです。幾ら敵同士でもその辺の配慮は今ぐらいして欲しいんですけど。
こんな形で正体がばれるなんてマヌケ過ぎるわよ。なんとかして誤魔化さないといけないわね。あぁでも咄嗟になんて言ったらいいのかわからないわよ!いっそ記憶操作でもしてやろうかしら。侵略者らしく。
「甘井先生。雅先生は学校じゃ不良も一目置くぐらいに怖い先生で有名なのは御存知ですよね? 本職というのはそういう意味で言ったのですよ」
説明に困り口を閉ざした私に代わり、渚先生が自分の発言の意味を説明した。彼女の説明に甘井先生は納得したように手を叩く。
「そうですねぇ。源先生は不真面目な生徒がお嫌いですから、歩く風紀とか美人鬼教師なんて呼ばれたましたよねぇ」
「あ、あはは、そういえばそんな風に言われてましたね」
あんまり嬉しくないけどな。特に鬼教師だなんてあだ名付けられてもいい気しないし。
私は大きく咳払いをしてこれ以上の会話を中断させた。気がついたら道の真ん中で立ち止まってすっかり話し込んでいる私達である。
「そろそろ電化製品店でもゲームショップでもいいから行きましょう。さっさと買う物買うべきです」
「そうそう。時はマネーなりって地球で言うらしいじゃない。時間は大切に、可愛い女の子はもっと大切にってね」
「ちょっとまて」
女性三人で居た筈なのに、いつの間にか一人の青年が会話に混ざっていた。
黄金で染め上げたような金髪、透き通ったエメラルドグリーンの瞳、磨き上げられた白磁のようなシミ一つない美肌、それに一流モデル並のスタイル。黙って立っていれば誰もが羨む秀麗な容姿をした、美の女神の寵愛を一身に受けたような青年。
私の上司であるクァークゴ帝国侵略軍総司令官サーティン皇子であった。
我が不肖なる教え子は類稀な美貌には似つかわしくない、軽薄そうなにんまりした笑みを浮かべて自己紹介もそこそこに狂喜を言語化させた。
「いんやー、ゴスロリ美少女におっとり系美人にと綺麗どころをこんな間近で拝む事ができるとは、いや、マジでグゥレイトなコラボってやつ? ぼかぁ幸せだなぁ。アキバ最高蝶サイコー!」
「……」
「今からどこ行きます? 同人ショップ? ド・ンキーで一つのクレープを三人で食べます? それともあそこのビルでお食事でも致します? 美女二人侍らせてアキバを過ごすなんざ、コイツはすげぇぜ(政宗○成の声真似)」
「……」
私は無言で皇子の肩を掴むと、二人の同僚に理由を話す事なくその場を離れた。
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