第六章「史上最大の作戦への日々(前編)」

 前略、母さんへ。


 冬の寒さもまだ厳しい季節とは思うけど、元気にしてるかな。父さんや兄さん、それに義姉さんは元気にしてる? 私は相変わらず元気に日々を過ごしてるから身体は大丈夫だよ。


 まず義姉さんが懐妊されたということで祝いの言葉でも。


 おめでとうございます。早ければ春には私も叔母さんなんだね。男の子か女の子かはまだ判らないんだろうけど、義姉さん似のしっかり者な子供が生まれてくるといいね。


 兄さんも、これからは一家の大黒柱として頑張らないといけないのだから今よりも頑張って。と、言っておいて。


 仕事も早いもので一年に迫ろうかという長さになっちゃったよ。当初はこんなにも長引くものとはまったく思っていなかったけど、ほんとつくづく予定っていうのは予定通りにはいかないものよねぇ。


 まっ、こんな話を母さんに話ても仕方ないけどね。最近はどうにも頭の痛い事柄が多くて愚痴っぽくなって嫌だわ。


 地球での生活にもようやく慣れてきたような気がするようなしないような。積み重ねた経験が今後役立つかはこれからの私でしょうけどね。


 そちらは寒くなってきているし、健康管理には気をつけてね。私も、母さんと義姉さんが送ってくれた手編みのマフラーと手袋を使って冬場を乗り切れるよう頑張るから。一日も早く地球侵略を達成させて帰りたいもので。


 では、長々となりましたが筆を置かせて頂きます。


帝国歴六七五年十一月二十四日 貴女の娘ワルザーより






 地球にとって平和な日々が続く中、さらに一週間の刻が流れた。


 一週間後の私は作戦会議室内のモニターに映し出された映像を見て頬を引き攣らせていた。


 クァークゴ怪人が街で暴れてる中、善正高校の制服を着た五人の男女が姿を現す。中央に居る女生徒、赤城光がアースブレスをはめた手を頭上にかざし、胸にあてた。


『いくぞ皆! アースチェンジャー!』


『アースチェンジャー!』


 赤城の言葉を他の四人も復唱しながらブレスのボタンを押す。ブレスから光の粒子が飛び出して五人を包んだ。


 光は一瞬にして晴れ、姿を現したのは五色の戦士であった。


『アースレッド!』


『アースブルー!』


『アースグリーン!』


『アースイエロー!』


『アースピンク!』


『悪の野望を爆砕する正義の刃! 人類戦隊アースファイブ!!』


 画面に映し出されているのは、一週間前に映し出されたものとほぼ同じ映像。違うのはアースファイブにやられている怪人が先週のとは別であるということだけ。


 詳細は……あんまり言いたくないわ。


 いつもどおり馬鹿な作戦展開して、いつもどおり相手が出てきて、いつもどおり戦闘員が倒されて、いつもどおり怪人が囲まれて倒されそうになって、そして最後はいつもどおり巨大ロボ戦でやられてしまっただけの事よ。


 そして二百四十九回目の敗北をしただけの事なのよ。


 そう、何時もの事だから気にする程じゃないわよねぇって、そんなわけあるか!


 もう馬鹿かと阿呆かと。先週の敗北から何も学んじゃいないじゃないのよ! こんのトンチキ共が!!


 テーブルの上に置いた拳の震えが止まらない。震えはいつしか拳から身体全体へと伝染していき、全身が怒りに震える状態だった。


 味方のあまりの醜態っぷりに歯軋りしてしまう。進歩とか学習とかしてるのかと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。


 けれども、この惨状に怒りを覚えてるのは私だけで、他の面々はというと、いつも通りの態度であった。


 サーティン皇子がモニターに映るニュースを観ながら肩を竦めた。


「いやー、万年最下位のベースボールチームの気持ちが解るなぁー。ある意味、俺達って前人未到の記録打ち立ててると思わん?」


 皇子の言葉に応じてマットーサ博士が白衣の襟元をくつろげながら応じる。


「そうですねぇ。私の調査によりますと、この連敗記録は宇宙侵略史においても珍しいケースになりますな。それこそデータファイル一九八六やデータファイル一九八七や一九九〇、一九九五などに記録されている組織すらも成しえなかった事ですね」


 そんな不名誉な記録打ちたてんでもいいわよ。しかも銀河スケールで恥晒してどうすんのよ私ら。


 アクドク氏がモニターと資料とを交互に見ながら口を開いた。


「いやはやしかし、今回の被害総額は前回よりも十七%減になっていますよ。特に怪人製造費は全体の四割削減に成功しています。コレも怪人製造の際に素体を現地調達したお陰かもしれませんね」


「確か河豚とかいう魚類を基にした怪人だったっけ? 毒素怪人テッポウフグー。なんか毒持ちだからって期待したんだけどなぁー」


 皇子様よぉ、河豚は確かに毒持っておりますよ。でもね、食べなきゃ毒は回らないんだよ。自分が侵略する場所の勉強ぐらいしとけつっーの。


 というか、コスト削減成功しても怪人が弱体化したら意味ないじゃん。去年も何度かそれで失敗してるんだからさ、少しは学習しなさいよ。


「これは神の与えたもうた試練なのです。誠心誠意を持って応対していれば、いつか闇は払われ光が見えてきます。悲願成就の為に今回の失敗を教訓として、さらなる向上を目指していきましょう」


 黙ってくださいませド畜生。


 重々しい口調と表情で重々しい事を言うヤークザー提督に、私は心の中で毒づいた。


 いや、言いたくもなるわよ。実戦指揮官がこんなのだと。なんでこうも非建設的な意見ばかり出てくんだよ!?自分の立場考えて発言しろよ。


 私の苛立ちが募る中、会議は会議としての機能を果たさずに脱線していっていた。まさしく大昔どこかの西洋人が言った「会議は踊る。されど進まず」状態だ。


「今度はさー、もっと派手でお手軽で簡単楽チンな作戦とか考えてよ。余った時間で地球に行って大和撫子と合コンしてバナナパフェ大食いとかしてくるからさー」


 ヤル気あるの? というか大和撫子なんて今時別次元の世界にしか生息してねぇっつの。しかもなんだよバナナパフェって。そこでなんでパフェが来るのか百字以内で私に説明してみやがれ。


「皇子の動機はともかくとして、作戦の効率と活動時間の短縮は考えるべきですね。うーん、どれだけ効率よく削っていけるか科学技術の責任者として奮闘しなければいけませんなぁ」


 頑張る所違うだろうが。効率化はともかくとして、時間とか予算を削ってどうするわけよ。本末転倒って言葉知ってるか? お前本当に帝国科学技術庁長官なのかよ。


「でもこう煮詰まるとラチもない事考えたくなりますよね。どうせなら地球の植物を全部金のなる木にしてみるとかどうです? ご利益ありそうじゃないですかね?」


 コテコテな商人の発想かよ。意味不明だよ。つーかもう侵略でもなんでもないわよソレ。地球侵略じゃなくて地球緑化しにきたんか私ら。


「そうですなぁ、こういうときこそ心穏やかにしてお祈りをして過ごされた方がよろしいかと」


 もう軍人辞めて出家してしまえ。どこの宗教家だよ。なんでアンタみたいなのが提督の地位に居るのか不思議でならないわよ。


 皇子が提督の発言に指を鳴らした。


「成程、そこで尼さんとかシスターというワケか! だったら俺は若くて美人なブロンドシスター探してくるよ! ウヒョー来るべきときのために私キッスの練習に励む所存であります!!」


 貴様のその発言はどこの渋い声した丸くて黄色い物体かと問い詰めたい。ギリギリの発言だぞ。自重しやがれよ。最期には金の問題になるんだぞ。理解してるのかそこのところ!?


 頭の悪い的外れ会話(一人除いて全員真面目だが)に華を咲かせている面々に、私の溜まりに溜まった苛立ちが頂点に達した。


 コレが侵略者?


 コレが地球を脅かしている組織幹部の姿?


 コレが地球人達が言う悪の帝国? 地球を襲う侵略者?


 違う、こんなのぶっちゃけありえないから。


 侵略者というのはもっと狡猾で残忍で冷酷で力強いものであるべきよ。こんなゆるい侵略組織なんて本来あってはならないのよ。


 そもそも才能を無駄遣いして、それをなんとも思わずヘラヘラしてその日が楽しければいいみたいな考えしてて、そしてそんな奴らの所為で馬鹿を見るのは私だけってどういうこと。


 もう限界よこんな茶番劇……!


 その瞬間、私の頭の中で何かが切れる音がした。一本ではなく数十本は束になったのが、こう、ぷっつんとね。


 握り締めていた拳を広げて大きく振りかぶる。勢いよく振り下ろすとテーブルから大きく乾いた音が響いた。


 その音に驚いて皇子達は会話を中断して私の方を振り向く。


「わ、ワルザード?」


「どうされたんですかワルザードさん?」


「虫でもおられたので?」


「それにしては凄い殺気が立ち込めてるような」


「……皇子。今回の地球侵略作戦の指揮は私が執ります」


 私の発言に皇子は目を丸くした。


「へっ? いやでもローテーションでいうなら次はアクドクの番になるんじゃねーの?ちゅーか、執らせてくださいじゃなくて執りますかよ。決定かよ。お前さぁ、司令官は俺だって解ってるでしょうー? 責任者だぞー。偉いんだぞー」


 私達侵略部隊はローテーションでその時の作戦立案及び実行する幹部を決めていたり、複数で組んでたりしているのだ。侵略一年目にて私単独で幾度もアースファイブとの戦闘や地球制圧行動を起こしている。結果は黒星ばかりだけど。


 でも負けたのは決して私の作戦が拙かったワケではない。寧ろ私は何度もアンチクショウ共を窮地に追いやった。敗因は上司や同僚の悪意なき横槍、つまり余計なお世話的介入により失敗していたわけで。


 今回の作戦は今までみたいな事がないようにする。


 その為には。


「私が指揮を執りますので、皆さんはつべこべ言わず黙って私の指示に従って馬車馬の如く働きやがってくださいませ。私が死ねと言いましたら満面の笑み浮かべて光栄に思いながら死にやがれ」


 絶対的な指揮権の確立なわけで。


「いや、だからさぁ……」


 なおも何か言おうとする皇子に、私は腰に帯びている剣を抜いてテーブルに置き、中身の抜かれた鞘をブーメランを投げるかの如く彼に向かって投げた。


 投げられた鞘は回転速度を増しつつ空気を切り裂きながら最高司令官のこめかみに直撃した。


「ウェァ!?」


 奇声を上げて玉座からずり落ちる皇子を冷ややかに見届けた後、私は突然の出来事に唖然としている三幹部に顔を向けた。最早、貴族だとか年上だとか提督だとか長官などというのには遠慮する気は毛頭なかった。


「……では、今から私の発案した作戦内容を説明致します。お聞きくださいませ」


 言外に「そこの馬鹿みたいになりたくなければ大人しく言うこと聞け」と言っている私の言葉と、ダメ押しにテーブルに置かれた白刃をチラつかせると、三幹部は機械仕掛けの人形のように首を縦に振った。


 後日、博士が言うには「あの時のワルザードさんの目は、大鉈でも振り回して『おもちかえりぃ~』とか『嘘だ!』とか言い出しそうな、狂気を孕んだ危ない目をしていましたよ」という。うん、説明されても私にはまったく理解不能だわ。


 私は作戦会議用のコンピュータのコンソールを叩き、ニュースを映していたモニターに新たな画面を浮かび上がらせた。そう、私が前々から計画していた史上最大の作戦である。


 コンソールを叩きながら同僚達に作戦内容を説明しつつ、私は微笑を浮かべた。


 見てなさいよアースファイブ。そして地球人共。今回こそは地球を我が帝国の支配下に置いてやるんだから。


 いつまでも負けてられないのよ、アンタらなんかにぃ!


「いてーぇ! こめかみに鉄製の鞘、しかも尖がった部分が当たってリアルに痛ぇぞ!つーか、誰か早いところ衛生兵呼んでくらはいよぉ! ……うぐぅ」


 そう呻いて血を流しながら床とキスしてる年上の上司はとりあえず無視する事にした。

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