第三章「英語教師源雅(前編)」
前略、母さんへ。
帝都は既に夏真っ盛りだと思うけれど、元気にしてる? 私は相変わらず元気にしてるよ。
帝都から遠く離れた場所での仕事も、この手紙を書いている時点で三ヶ月が経過しちゃったね。仕事は相変わらず進展無し。地球人というのは意外に侮れない相手だということが骨身に染みる毎日で征服も楽じゃないわ。
あっ、この部分は他の人には内緒にしといて。一応表向きは順調ってことになってるから。
そういえば、兄さんがついに結婚されたようでおめでとうございます。この間口座に振り込んだ資金の方が役に立ったようで何より。
ご祝儀代わりに少し多めに振り込んでおいてよかったわ。それと、結婚式に出席出来ずごめんね。一日も早く仕事を終わらせて兄さんとお義姉さんのところへ挨拶いきたいとは思ってるんだけど……。
あと、実は私、地球で新たな任務始めたんだ。
自分のやる事が少しでも地球征服に役立てばと始めたものの、習慣や風俗の違いなどで戸惑う事もたくさんあって苦労しっぱなしだけどね。
でも、自分で始めたことだしなんとか頑張っていくので心配しなくていいから。
これから帝都はどんどん暑くなっていくし、体調管理には気をつけて夏乗り切ってね。
父さん達にもよろしく言っておいて。
では、長々となりましたが筆を置かせて頂きます。
帝国歴六七五年六月二十一日
貴女の娘ワルザーより
少し薄めな青い空、強くもなく弱くもなく照りつく日差し、周囲を見渡せばビルや一軒家が立ち並び、私の横を、学生服を着た少年少女達が通り過ぎていく。
どこにでも存在するような朝の風景。
基地での会議から数時間後、医務室経由自室入室から一時間後。
私は地球に存在する国家の一つ日本国首都東京某所に降り立っていた。ちなみに日本時間でいうと今現在午前七時三十分。
目的は破壊活動や武力制圧の為ではなく、地球人の一般市民、ことに若者層の調査である。
しかしながら、自発的に始めたこの活動も、始めてみてからは頭痛の種にしかならなかったわけで。
帝国軍軍服から一般市民の仕事着―タイトなスカートルックのスーツに着替えインテリ伊達眼鏡を装着する。宮中で着用していたような官服とはまた違ったストイックな感じは実は中々気に入っている。
私はやや紅みのかかった茶髪と黒の瞳の持ち主なのだが、幸いというべきか、地球人の姿形や髪と瞳の色素は私の星とほぼ同じであるのでコレ以上の変装はせずに済む。
そんな仕事着に身を固めて赴いている場所は、東京都立善正高校。私のスパイ先であり地球での仕事場でもある学校だ。
「雅先生オハヨウございますー」
「雅先生今日もお綺麗ですねー!」
高校の生徒達が屈託のない笑顔で私に挨拶をしながら通り過ぎていく。私はそんな地球人共に愛想笑いを浮かべてそれに応える。
そう「雅先生」とは、ここにおける私の偽名だ。
正式には源 雅といって、英語担当であり、一クラスを受け持つもうすぐ教師歴二年目になる若手教師だ。
まぁ、天才である私にかかれば地球言語の一つや二つ取得するのも容易いわけなのよ。
数ある職業の中で教職を選んだのは、家庭教師をやった経験故であるのと、地球の若者層の動向、思想の調査をする為だった。
何故高校なのかといえば、小中学校では幼すぎるし、大学や社会人では大人すぎる。中間である高校生が妥当と判断したからだ。
最近の若者が何を考え何を思って行動しているのか。それらを調べ、後々征服に役立つための情報として纏めるのだ。
当然だが、私がやらずとも、そのテの調査をする部署や機関は存在して、報告書も読んでいるのだけれど、私は自分の足で自分の目で直に確かめないと気がすまない性質だった。
暇を持て余すような無駄なことは好きではないし、能天気上司のように遊び惚ける気は毛頭なかった。
でもなぁ、実際こうして潜入出来るもんなのかしらね。
書類は全部偽造だし、プロフィールは年齢除けば全部デタラメだし、ちょっと調べれば不審に思うわよ。地球の管理システムいい加減すぎ。私が言うのもアレだけど、ちょっとしっかりしろってーの。
来る度にそんな事を考えながら、私は学校の門をくぐっていった。
基地に居るときは馬鹿上司に馬鹿同僚に頭悩ませたものだけど、ココにも来れば来たで私を悩ます存在が大勢居るのであった。
自業自得。という、単語が脳裏を過ぎったけど全力で無視した。
時間帯に見合った人数が詰めている職員室へと入り、自分用のデスクへと腰を下ろす。
伊達眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げつつ今日の予定を頭の中で反芻する。
その姿は、自分で言うのもなんだが、どこからみても一般的な教師のそれだ。まさか私が地球征服を企む侵略者の幹部とは誰も想像出来るまい。
出来たらそいつは冴えてるんじゃなく、単なる誇大妄想の持ち主だと私は思うわけだがな。
「源先生おはようございますぅ」
甘ったるい語尾をつけた声を背後からかけられた。
肩越しに振り向くと、私の後ろに立っていたのは、ツインテールというには長さが足りない栗色の髪の毛を両側にしばった十代にしか見えない美少女な容姿をした女性。
「……おはようございます甘井先生。それといつも言ってますけど、その甘ったるい語尾はやめてもらえないですか? 教師としての威厳を感じられないですよ」
私の指摘に、彼女はわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「今日も真面目で尚且つツンツンとしてお堅いですねぇ。まるで冷戦期のソ連みたいにガチガチですよぉ。あるいはムガル帝国第六代皇帝アウラングゼーブとかぁ」
「はぁ、そうですか……」
意味解んねぇ上に余計なお世話だよ。
言葉を濁しながら、私は心の中で同僚を罵った。
この童顔女性の名前は甘井 蜜といって、私の同僚の一人で歴史担当教師である。年齢は、外見からは信じられないが、私より年上の二十八歳。サーティン皇子と同い年である。
性格は名前の通り甘い。脳が砂糖で出来てるんじゃないかというぐらい乙女している。
いい年した分際でと言いたくなるぐらいに。
こうして譬え話に歴史や社会関係の事を持ち出すのも彼女の癖であった。それも私には意味不明過ぎてうっとおしい。
ただでさえ馬鹿相手に苛々してるときに、こういうタイプは正直なところ相手したくない。
「ところで、何のようですか? 私はこれからクラスに行こうと思ってるんですけど」
自覚無自覚兼ね揃えた冷たい声音で問いかけるも、甘井先生は気を悪くした風もなく両手を軽く叩いた。
「そうですぅ。一橋先生に頼まれたんですけどぉ。来週の日曜にお買い物行きませんかってぇ。私と一橋先生と源先生の三人で」
一橋先生。
その名前を聞いた時、私は一瞬だけ肩が揺れた。
学校に来たからには必ず会うとはいえ、作戦会議直後にその名前はあまり聞きたくなかったわ。なんてタイミングの悪いことか。
「どうされましたぁ?」
「あっ、いや。……えぇと、いいですよ。来週の日曜ですね。私は今から授業ですので、よかったら甘井先生が伝えてください」
早口に言って、私はそそくさと席を立った。
私の反応に甘井先生はキョトンとしていたけど、無視することとした。
職員室に荷物を置き、教科書と名簿を片手に3‐Bの教室へと赴く。
今から朝のホームルームの為に自分の受け持つ生徒達と顔を合わせるわけだけど、この生徒達が私の地球における悩みの種である。
正確に言えば、極一部の生徒なワケだけどさ。
スライド式の出入り口のドアを開くと、善正高校の学生服に身を包んだ少年少女達が思い思いの時間を過ごしている光景が目に飛び込んできた。
平和な光景である。
とてもじゃないけど空の上に侵略者が鎮座しているのに平和過ぎる光景だ。私にはそれが腹が立つ。だが、ここではそのような考えをおくびにも出すわけにはいかない。
「ホームルーム始めるから席につけー」
「あっ、先生おはよーございますー!」
私が姿を現すと、それまで騒いでいた生徒達が慌てて席についていく。その様子を見ながら私は名簿を開く。
私のクラスである3‐Bは別に素行が悪い生徒が居るわけでもなく、問題のある子が居るわけでもなく、さらに言うなら二流青春ドラマにありそうな深刻な悩みを抱えた子が多いクラスなわけでなく、つまりは何も問題ない平凡なクラスな筈。
「出席取るぞ」
少なくとも英語教師源雅にとってはだけど。
「青野利明」
「はい」
低く静かに応える頭良さ気な顔立ちをした生徒の名前は、出席番号一番青野 利明。うちの学級委員長でもある。クラスメートからは「いいんちょ」とあだ名されてたりする。
「赤城光」
「はーい!」
朝から無駄にテンション高そうな元気な声を上げるショートカットで活気に満ちた瞳の女子の名前は、出席番号二番赤城 光。クラスのムードメーカー的存在で人気高し。
「大窪桃子」
「はーい」
赤城に劣らず大きな声で応えた子猫のような愛らしい容姿の女生徒の名前は、出席番号六番大窪 桃子。クラスの男女問わず人気者だ。
「来須黄乃」
「はい」
しっかりとした声で応えた長身で凛々しさを醸す雰囲気を持つ女子の名前は、出席番号十四番来須 黄乃。女子からの人気が高い子だ。
「緑川弘道」
「はいっす」
のんびりした声で応えたがっしりとした体つきの男子生徒の名前は、出席番号三十一番緑川 弘道。温厚で頼りがいある性格から「3‐Bの良心」「3‐Bの仏」などと一部で言われている。
この五人が今の私の頭痛の種だ。
クドイようだけど、別にこの五人は特に問題児というわけでもない、多分どこにでもいる平凡な生徒だと思う。担任からすれば頭痛の種なんぞに成りえないわけだけど。
私は連絡事項を読み上げながらさり気なく五人に視線を向ける。
それぞれの個性で話を聴いている彼らの手首には、今時の高校生が身に付けているのか疑問符が付きそうな少し大きめのブレスレットが巻きついていた。
アレは「アースブレス」といって、ブレスレット内に強化服が収納されているのだ。
そう、この五人は一見普通の高校生だけれども、その正体はこのワルザードを悩ましている「人類戦隊アースファイブ」という五色の戦士なのだ。
ちなみに出席番号順でいうと青、赤、ピンク、黄、緑だ。赤とピンクと黄が女子で青と緑は男子という、珍しい構成だ。普通は赤って男がやるもんだと思ってたけど……じゃなくて。
侵略者としては非常に頭が痛い状況だ。なにせ自分の教え子五人が全員自分の行く手を阻む戦士なんだしね。
こいつらの正体を知ったのは、なんと教員赴任一日目だった。
教員として赴任する前日にアースファイブとの初戦闘があったのだけれど、五人は堂々と変身前の姿を私達クァークゴ帝国に晒していたのだ。
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