第二章「拝啓辺境の青き惑星から(後編)」
そもそも何故私達クァークゴ帝国は地球侵略を開始したのか。まずは我が母国クァークゴ帝国に関して説明するべきか。
クァークゴ帝国は遥か昔、大体六百年前辺りまでは宇宙の大海原を駆け巡り星々を侵略してまわった強大な軍事国家だった。
初代皇帝陛下が軍人出身で軍事に熱心であったので、軍備も他の国々より頭一つ抜きん出ていた。と、帝国文部省が編纂した歴史の教科書は記述している。
初代皇帝陛下から始まり五代目ぐらいまでは侵略者として畏怖され嫌われてきたものだけど、六代目からは侵略行為もパッタリ止んだ。以降四百年は一転して寛容と平和を国是とした国となっていった。
今現在の帝国は、文章上や法律上では主権は皇帝陛下が握っていると明記されているけど、民主政治のような議会や行政府も存在し陛下を補佐している。
色々と細かな制度や組織体系があるけれど、地球でいうならグレードブリテン及び北アイルランド連合王国(日本ではイギリスという名で有名だ)に近いようなものね。いや、もっと近いのは大昔の日本かもしれない。が、そこら辺を長々と語るのはよしておこう。
侵略行為を放棄してから四百年。身分の壁はまだまだ厚くて厳しいものの、血の気の多い好戦的な気風も払拭され、帝国内は概ねリベラルで大らかで温厚な臣民が大半となった。
周辺の星系ではクァークゴ帝国のことは「のんびりとした気風の平和な国」という認識が持たれていて、銀河系では安定している豊かな国の一つとして知れ渡ってる。
そんな安定した平和な国が、どうして地球侵略なぞを行ったかというと。
別に地球が帝国の脅威というわけでも、地球が帝国人の発祥地というわけでも、地球に何かしら重大な秘密が隠されているわけでも、数百年前に滅ぼした星の生き残りの末裔を探し出すというわけでもない。
月に行くどころか宇宙に上るのにも未だに巨額の費用と時間をかけている辺境中の辺境の私らからすれば文明レベルの低い惑星を機動要塞ワルスギーで侵攻した理由。
それは。
全ての元凶は私の不肖なる教え子だった。
一般的な貴族ならば長男は家督を継ぎ、次男や三男などは分家の長になるか子供のいない他家に養子として送られたりするものだ。
が、皇帝陛下の十三番目の皇子ともなると中々養子に出す家など見つからない。なまじ皇帝陛下の実子だから送り先もそれなりに厳選するものだ。
貰い手がないなら働くという手もある。
皇族ともなれば苦労しなくても軍人なら最初から佐官ぐらいにはなれるだろうし、役人ならそこそこ偉い地位に―実権があるかはともかくとして―就任できる。実際サーティン皇子の兄上様方の何人かはそうしてらしているのだ。
なのにあの馬鹿皇子ときたら……!
毎日のように帝都の繁華街に繰り出してはナンパに飲酒にゲーセン通い(中略)……とにかく遊びという遊びをし放題。薬や犯罪行為、猟奇趣味に手を出さなかったのが不思議というか奇跡なぐらいだわ。大した慰めにはならなかったけどね。
そんな皇子の教育係兼お目付け役である私は毎日のように仕事の傍ら馬鹿殿に振り回されていた。
いつだったか、一度だけ働く意思があるかどうか訊ねたことがあった。
「皇子」
「なに?」
「皇子もそろそろ御年ですし、何かされる予定はないのですか? 役人とか軍人とか、それか学者か芸術家とか。あるいはその美貌生かしてモデルとか。皇子ほどの地位にあるお方なら職業選択の自由をお好きなように行使出来ますよ」
「んー、そうねぇ」
私の問いに十三番目の皇子様は答えて曰く。
「働いたら、負けかなと思って」
「……」
何が負けだよ。働かざる者食うべからずという諺知ってるか? 臣民の税金で食わせてもらってるニート野郎の分際でガタガタ言うなや!
そう思いそう口にした後、私は見た目だけは正統派美形の皇子様に謹んでローリングソバットを与えてさしあげた。
周囲はとっくの昔に匙をダース単位で投げてしまっていた。
私の前にも幾人もの家庭教師が就いていたけど、彼の破天荒さ及びいい加減さに誰もが数ヶ月以内には辞表を提出する有様である。
実の親である皇帝陛下ですら、「あやつには好きなように過ごさせてやれ」と達観なのか投げやりなのか判断つかない口調で私以外の臣下の方々にお伝えしていた。
あぁ、私も可能ならばそうしたかったさ。馬鹿殿が死ぬ寸前まで馬鹿だろうが私の人生に然したる影響なんてないわけだし。係わり合いになりたくもなかったわよ。
けど、私はこうして今でも深く関っている。
なぜなら、私は彼の教育係だからだ。
馬鹿を馬鹿のまま放置しておくのは、私の矜持が許さない。私の自尊心に賭けて、英明な人物とまでは言わないけど、せめて容姿に釣り合う性格に矯正するまで教育的鉄拳指導を行う所存である。
役目を与えられたら最期まで取り組まないといけない。投げ出すのは私にとって恥以外の何物でもないのだから。
それに、彼をちゃんとした人間にすれば、私の教育の賜物で何かしら出世すれば、私も更なる高みを目指せる道が開ける。
後ろ盾もない平民出の私が伸し上がるチャンスに化ける可能性があるから、この与えられた職務を放棄する気はない。
努力と勤勉さがある有能な者にはそれに相応しい地位を与えられるべきだ。家柄とかそんなものに囚われない、自分の才を存分に振るえる舞台を手にする為。
日々対応に追われているとその決意は揺らぐけれどもね。
まったく、覚えの悪い犬だって一年も殴って躾ければマシになるっていうのに、この皇子は十年以上経過した今も昔と変わらずだ。そりゃ私も自信喪失して若い身空で辞表叩きつけて隠棲を何十回望んだことか!
話が逸れた。
こんなヘタレニート野郎がどうして地球侵略を決意し侵略部隊を編成したか。
別に突如ご先祖様の好戦的な性格が覚醒したわけでもない、神からの啓示が突然舞い降りてきたわけでもない、今までの自分を悔い改めて何かしらで武勲を立てようと野心が芽生えたわけでもない。
ではなんであるか。
私や皇帝皇后両陛下、さらに数多くの御兄弟や家臣が集まる皇帝陛下即位二十三周年記念式典の席上、皇子は地球侵攻の理由を誇らしげに語った。
後の世の歴史家ならば「当時からも後世からも呆れられる愚行と動機」とでも評すことだろうその理由。
「自分探しの一環でどっか征服してみようかなぁと思って」
後の宮廷内公式記録には「会場内の者。皆、絶句」と簡潔に書かれただけであるが、事実その通りだった。
サーティン皇子以外の者は全員彼を凝視したまましばらくの間何も言えなかった。呼吸すらも憚れるかのような沈黙が流れた。
侵略先の選定理由は「浪漫と萌えの発祥地を押さえるべきと、直感が告げたから」であった。
後に調べてみて解ったことだけど、地球という星の文化は最近全宇宙では愛好家が増殖しているらしく、中でも地球内の一国家「日本」発祥のサブカルチャーは一部の好事家の間では熱狂的な注目を集めているという。
我が主は、そんな熱狂的な好事家の一人であった。
閑話休題。
重い、それこそ空気が鉛や鋼のように重く感じるぐらいに重い沈黙の中、サーティン皇子は五九二年物の赤ワインをグラスに注がずに直接口づけてラッパ飲みで美味しそうに飲み干していた。
私のその時の心情を察して欲しい。
あぁそりゃもう絶望したさ、失望したさ、嘆いたさ! 脱力したさ!! 「今更かよ」とか言われようがな!
世の中には「自分探し」と言えば何をしても許されると勘違いしている想像力の欠如した奴らが存在するが、こんな身近にそんな人間が居ただなんて。
あぁ、私の十数年は一体何だったのだろうか。
私はこんなトンチキ野郎を育て上げる為に青春を犠牲したわけではないのに。まさしく、視界が暗くなるような出来事であった。
皇子が侵略を表明した日の深夜。宮廷内の自室にて、私は遺書を書いて拳銃自殺を試みようとした。何もそこまでと思うなかれ、私からすれば矜持をどん底にまでズタズタにされたように感じたのだから。
あそこまで馬鹿だったとは、不本意なことや不満はあれども教育係としてケジメをつけねばなるまい。死んで皇帝陛下に侘びねばなるまい。
と、もっともらしい事を並べ立ててみるが、多分に衝動的であったことは否定できなかった。比喩でもなんでもなく、首を括りたい気分に私は囚われていた。
意を決し、引き金を引こうとしたとこを、前触れなく入室されてきた皇后陛下に恐れ多い事ながら直接止められた。
銃を下ろし、床に跪き臣下の礼をとりながらも、私は何故ご来訪されたのかお訊ねせずにはいられずにいた。
私の考えを察せられたのか、皇后様は私に用があったので私の自室を訪れたのだとお話になられた。
皇后様は溜息交じりに仰られたものだ。
「貴女には何の責任もありません。寧ろここまで根気強く付き合ってやっている貴女には感謝していますよ。罪深いのは、あのような馬鹿を生んだ私に責任があるのです……」
実の息子は可愛い。だが、度の過ぎた馬鹿っぷりは頭が痛い。しかも凶悪犯罪どころか犯罪らしいことはしていないのだから性質が悪い。まだしてくれていたら始末に終えるものの!
皇后陛下は涙を袖で拭いながら私にそう語ったものだった。
私は私で苦労し苦悩してたけど、親には親の苦労や苦悩があったのでしょうね。そう思いを馳せると、つい自分の労苦を一瞬忘れそうになったわ。子供に関しての悩みには皇族も平民も大した違いってないものなのね。
かくして、私は皇后陛下の頼みを聞くこととなった。曰く、「馬鹿息子が他の星で恥を広めないように補佐して欲しい」と。どうやら侵略行為自体は白紙とならなかったらしい。
皇帝陛下や帝国宰相を除けば、広大な帝国で一番偉い人物に深く頭を下げられて頼まれたとあっては、私も己の人生を悲観してばかりはいられなかった。
「貴女だけが頼りなのです」
頭下げられてまでそう言われてしまうと私は何も言えなくなった。
深い溜息を吐き、心の奥底で「仕方がない」と呟きながら、私は謹んでお引き受けした。
皇子の宣言から一ヵ月後。
新造機動要塞ワルスギーに乗り込んだ将兵百三十四万七千五百二十人。攻撃、防御、補給、通信、整備。そして要塞護衛艦隊などなど、各方面の人員が要塞運営の為に動員された。
これは、帝国全軍の三%に当たる規模だ。陸戦要員はアンドロイドであるクァークゴ兵が担当する。
これにヤークザー提督、マットーサ博士、アクドク氏そして私が総司令官の補佐に就く。どんなに馬鹿馬鹿しい愚行であろうとも、一線級で有能な人材をつけてやろうとするのは親心というものだろう。
親心を抜きにするならば、地球征服は帝国にとっては四百年ぶりに行う他星への武力侵攻である。久々の事業に失敗があってはならないので万全を期したいところだ。
人事面でそれは如実に現れていた。帝国の頭脳と誉れが高いマットーサ博士。大艦隊を指揮統率する技量と将才の持ち主であるヤークザー提督。異なる地位を兼任し遂行出来る事務処理能力を持つアクドク氏。一流の人材が全員志願してこの計画に参加してきたのだ。
一部では「侵略半分観光半分な気持ちである」とか「今までの激務から解放されたい故に志願した」など中傷じみた噂もあるけど、まさかそんなことは。
それが真実なら私はその日のうちに持てるだけの銃器携えて関係者各所に殴り込みにいってましたわ。
ただ、その中傷の根拠らしきものはある。
幹部面では一流の人材を揃えたものの、将兵に関しては八割弱が前年度ないし今年度徴兵した新兵だということだ。
文明水準から考えて大規模な反撃が確実にないとはいえ、八割が新兵というのには一抹の不安を感じたものだ。そこのところヤークザー提督は「私が直々に鍛えますのでご安心あれ」と言ってたけど。
私は本来文官の道を志していた。しかしこのような事になり、中将待遇の軍属に命じられた。
役職は遠征軍総司令官首席補佐官兼遠征軍幕僚総監。
長ったらしいが、簡単に言えば今までどおり教育係でお目付け役で監視役をやれというわけだ。
臨時とはいえ二十代の小娘には過剰な地位だろうけど、皇帝皇后両陛下の期待と同情の結果だと思う。
いや、多分そうだ。つーか絶対そうだ。拝命したとき、お二人の御尊顔を窺ってみると、目には憐れみと同情が込められていたから。
更には軍務大臣、財務大臣、法務大臣などの重臣の面々の私を見る目といったら、可哀想な悲運の生贄を見るかの如くであった。
その同情心も、自分らの派閥に属してない平民の小娘だからという、他人事故の無責任さから生ずるものであったに違いないわ。
あの視線を一身に受けたとき私は思ったわ。
ぜってぇ成功させてやるって。
生贄だって生き延びようと抵抗ぐらいするんだから。地球侵略という任務は必ず遂行してやるわ!どいつもこいつも見返してやるわよ!
私は静かに覇気の炎を燃やした。このままでは終われないのだという決意を膨らませながら。
周囲の、私たち配下への同情と、サーティン皇子への呆れ混じりの苦笑を込めた視線を受けながら、地球遠征軍は銀河の大海原へと旅立った。
帝国本土から進発して二ヶ月後、私たちは地球にその姿を見せた。
ワルスギーを地球の衛星軌道上に停止させた。ココまで至近だと、地球上からも要塞の威容は嫌でも目に飛び込んできたであろう。
遥か遠くから来訪した侵略者。ワルスギーの異様な姿は確かに地球人達の動揺と狼狽を呼び起こさせた。
辺境の、しかも宇宙にロクに進出してないような種族だ。普通ならば威圧するだけ威圧して、降伏勧告してやれば無血占領だって可能だろう。私とて仕事でなければ無駄な血を流すのは本意じゃないしね。
地球に来た最初の日までは本気でそう信じていた。
確かに最初は混乱の極み、地球人共は右往左往してうろたえていた。上は国の偉い連中から下は一市民まで、侵略者の来訪に仰天したことであろう。
でも数日後には冷静さを取り戻したっていうのはどういうことだよ。
パニックになっていた市民は日常に立ち戻ってるし、世界各国は迅速なぐらいに対応策練ってるし、挙句は、ワルスギーの存在を脅威と見なしてはいても誰もがあまり恐れ入らなくなってたという事態だ。
なんでも地球の衛星(地球人は月と言っている)とセットで風物詩扱いされているという。
一体どうなってるんだよ。
お前ら侵略者慣れし過ぎだよ。少しは自分らの順応力の高さに疑問もちなさいよ! こちとら侵略者だぞ! 侵略者!! 侵入して略奪する者だぞ! 大体、もう風物詩扱いとか気が早すぎだろうが。
後日判明したことだが、この地球という惑星は、私たちが来る以前から度々地球征服を叫んで内外から幾つもの組織が動いてきたらしい。
そしてその全てが失敗に終わっているという、まさに侵略者や征服者にとって鬼門というべき不吉極まりない惑星だったのだ。
度重なる侵略者の来訪に、地球人たちは多少の事で恐れ入ることはなくなったのだというのだ。逃げはしても台風や地震と同じ感覚だとか。
理由を知ったとき、私は報告書を手から落として呆然とした。
呆然から過ぎた後には激怒した。
なんじゃそりゃ。私達の侵略行為は地震や台風と同列かよ。つーか、慣れるような事じゃねぇだろうがこれは。
あまりにも征服されかけてる立場にあるまじき態度に怒りを覚えた私は、武力攻撃に訴えて本格的な脅威を与えようと進言した。
皇子の回答はというと。
「血気盛んだねぇ。そんなに必死になって何かしたいわけ? 熱くならず、まったりといこうぜ。始まったばっかりなんだからよぉ」
彼の答えは私には何の感銘も与えなかったのは言うまでもない。
アンタの為にやってんだろうが。
私は年上の教え子にアルゼンチンバックブリーガーを喰らわせながらも前途に不安を覚えた。この調子で、果たして侵略に何日かかるのだろうかと。
結果的にいえば、何日どころではなく、かといって何ヶ月とかでもなく、まさか二年も経過するなんて、当時の私には全然予想できなかった。
つーか出来るわけねーだろうが。
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