第一章「拝啓辺境の青き惑星から(前編)」

 前略、母さんへ。


 随分とご無沙汰してたけど、元気してる? 父さんや兄さんも元気にしてるかな? 私は相変わらず元気に日々を過ごしてるよ。


 帝都から遠く離れた場所での仕事も、明日から本格的に始まるんだけど、ただ、この手紙を母さん達が読む頃には、帰ってる途中かもね。


 ちょっと不安要素はあるにはあるけど、帝国軍は圧倒的な軍事力と科学力を誇ってるし、こちらの相手は辺境中の辺境に居るような奴ら。初めから勝負にならないような勝負だし、数日もあれば余裕で帝国軍の完全勝利で終わると私は思ってるけど。


 移動日数が凄くかかる以外は楽な仕事だけど、この仕事を成功した暁には、皇帝陛下から恩賞貰うか昇進辞令があると思うよ。もし昇進したら、兄さんの結婚の為の資金を携えて一度実家に戻るつもりだから。あの兄さんのお嫁さんになってくれる人に少しでも良い結婚式を挙げてあげたいしね。


 そうそう帰ってきたら、久々に母さんお手製のフルーツケーキなんかが食べたいな。


 なので私の昇進祝いに腕を奮って欲しいとか言ってみたりね。時節柄、父さんの体調管理には気をつけてね。お酒の飲みすぎは駄目だからね。


 では、長々となりましたが筆を置かせて頂きます。


 帝国歴六七五年三月六日 貴女の娘ワルザーより




 翌日、クァークゴ帝国遠征軍は太陽系第三惑星地球へ地球侵略の牙を向けるのであった……。







「またなの……」


 クァークゴ帝国軍機動要塞ワルスギーの中央部にある作戦会議室。


 その部屋に設置されている大画面のモニターに映し出された映像を見た私の、それが第一声であった。


 画面に映し出されているのは、赤、青、緑、黄、桃色と目立つ色をした全身タイツとプロテクターを装着してるという正気の沙汰じゃない格好をした五人の人間が、いかにも凶悪そうな異形な相手を袋叩きにしている光景。


 怪人は特殊能力を駆使して果敢な抵抗をするものの、一時的に優勢を保持しただけであり、すぐさま再び追い詰められる。味方であるべき戦闘員達は既に周囲に倒れ無言で敗者の葬送曲を奏でていた。


 次に映し出されたのは、先程の五人がそれぞれ派手なバズーカ担いでこれまた先程の異形の相手に向けて質量法則無視したようなデッカイ光弾を撃っている光景。


 場面は切り替わり、次に映し出されたのは人型巨大機動兵器同士の戦闘。街中で不自然に広がる無人の土地で格闘戦やビーム兵器実弾兵器を打ち合っていた。


 最期に映し出されたのは、片方の巨大ロボが原理不明な光る剣でいかにも悪役風な巨大ロボを一刀両断する光景。


 どの映像も、私にとって不愉快極まりない映像であった。


〈地球を護る勇敢な戦士アースファイブがまたもや侵略者クァークゴ帝国の怪人を打ち倒したのです! あぁ! 映像をご覧ください! クァークゴ怪人ヤクブツマッシュルームが大きな爆発音と共に正義の鉄槌に斃れました!!彼は最後に「ヤクブツ死すともクスリは死なず!」という危ない言葉を残しましたが、ここで女性ながらもアースファイブのリーダーを務めるアースレッドが「良い子の皆はクスリなんて手を出さない!その前にアタシたちが撲滅させてやるぜ!」と素晴らしい言葉で一蹴しました! ワタクシ、アースファイブの重みのある言葉に感動のあまり言葉がありません!〉


 んなわけねーだろ。


 興奮に顔を紅潮させながら過剰な解説をしてるレポーターに心の中でツッコミをいれた。


 大体あの赤いのの言葉根拠ないじゃないのよ。アンタらだけで薬物撲滅出来たら世の中麻薬捜査官なんて必要ないじゃない。


 大言壮語吐いてるんじゃないつっーの。似非キノコも「そ、そうか……無念!」なんて納得して死ぬんじゃないわよ。


 私の苛々が上昇してるのもお構いなしに、テレビは「アースファイブ」という五色の戦士への惜しみない賛辞とクァークゴ帝国への貶しを言い続けていた。


〈私達人類は彼ら、アースファイブが居る限り侵略者には屈しません! クァークゴ帝国恐れるに足らず! 連戦連敗の侵略者よ、今すぐ尻尾巻いて己の故郷へ逃げ帰るがいい……〉


 苛々が頂点に達した私は、モニター画面に向かって、私の前に置かれていたお茶の満たされたカップを投げつけた。


 カップはお茶を飛び散らせながらモニターにぶつかり、勢いを落とすことなく貫通して砕けた。穴の開いた画面は貫かれた衝撃でしばらく砂嵐が続いた後沈黙した。


「あーあ、折角のお茶が。シズオカとかいうお茶の名産地から取り寄せた一級品がもったいないなぁ」


「……モニターはいいんですか」


 私は、背後で司令官席に脚を組んで泰然と座っている青年にそうツッコミをいれたけど、彼は華麗に無視してお茶をすすった。


「くぁー! この程よい熱さと苦味! お茶はいいねぇ。酒とかジュースはもっと好きだけど」


「皇子。今は作戦会議中ですので私語は謹んでください。あと、背筋をちゃんと伸ばしてお座りください」


「んもう、ワルザードは堅いねぇ。もっと肩の力抜いたらどうよ?」


「皇子はもう少し肩の力をいれてください」


 敗北したのにこの暢気さ。毎度の事とはいえ、頭が痛いったらありゃしない。


 だいたい洋風デザインのティーカップで日本茶飲むなよ。湯飲みで飲め湯飲みで。


 私は溜息をつきながら椅子に座りなおした。その様子を見た司令官席に座る青年――クァークゴ帝国地球侵略部隊総司令官サーティン皇子はカップを皿に置いてだらしなく足を組み直した。


 容姿は雅な美形のくせして、皇族としての気品も威厳もない姿を見て私は再び溜息が出た。毎日の事とはいえ、それは溜息が出ない理由にならないのだ。







 私の名前はワルザード・スルー。クァークゴ帝国地球侵略部隊の一幹部として日々侵略活動に従事している帝国歴六七七年現在二十六歳になる女性である。


 生まれは貴族でも富豪の出でもなく、帝国ではどこにでもいるようなただの平民だ。


 帝都郊外にある町で生まれ、地元企業の工場で、己の仕事に誇りを持ちつつも日々汗水たらして働く父と母に育てられた。三歳上の兄は、中等教育課程修了後、警察学校へ進み、いまでは地元の安全を守る警察官をしている。


 そんなどこにでもある平凡な平民の家庭に育った私だけど、幼い頃より玩具で遊ぶより近所の図書館に入り込み分厚い辞書を読みふける少しばかり変わった子だった。


 近所の大人たちから天才少女と持て囃されたり、子供たちからは一種畏怖と侮蔑の混じった視線を浴びたりした私の幼年時代は、唐突に終わった。


 ある日、家にやってきたやけに身なりのいい男が一時間ほど父と母と話しをした後、私にこう言ったのだ。


「我が帝国政府は、君の見込みある才能をこんな所で埋もれさせるのはもったいないと思い、チャンスを与えにきたのだよ。光栄に思いたまえ」と。


 この日から私はエリートになる道に足を踏み出したのだった。


 入学した帝国中央大学で十歳以上年の離れた学友(もちろん大半がお貴族さま)と競い合うのは、正直不快な事も多かったし、平民だということで白い目でみられることもあった。


 だけど、生まれつき上昇志向が強かったのか、単なる負けず嫌いだったのか、しだいに、こんな社会だからこそ、自分の持っている才能を生かしてみたい、自分がどこまでいけるのか試してみたい、と思うようになっていった。


 そして、色々あったけど、今では二十代で百万の兵を従える侵略部隊幹部の一人という地位まで出世を遂げたわ。黒を基調とした帝国軍軍服に身を包んで銀河系辺境への外征なんて、今日びの普通の女じゃ簡単に出来ないものよ。


 ちなみに、目の前にて視界の暴力にならない程度に派手な司令官席に座っているサーティン皇子とは家庭教師とその生徒という間柄でもあった。一応言っておくけど、私が教師でアレが生徒だ。かれこれ十五年来の付き合いである。


 思えば、これが私の人生のケチのつけはじめと言うべきだったわ。


 サーティン・チョー・エライビト・フォン・クァークゴ皇子。


 皇帝陛下の十三番目の御子で年齢は今年で二十八歳。私よりも二歳上である。精神年齢は十歳児以下だけど。


 彼と初めて対面したのは、私が十一歳で皇子が十三歳のときである。


 帝国中央大学を史上最年少で首席卒業した直後、私は十三番目の皇子の教育係として皇帝陛下に仕えることになったのだ。史上最年少で一流国立大学主席卒業とはいえ、平民出の人間に対して異例のことだった。


 初めての出会い、今でも忘れる事が出来ないものだったわ。


 悪い意味でね。


 十三番目の息子とはいえ、皇子にはちがいないのだ。その教育係に数多くの中から選ばれたのだ。


 その時の私は誠心誠意を持って己に与えられた役目に力を注ごう。と、純粋に思っていた。使命感と、将来の栄達への道への足がかりになるであろうという純粋な功名心をもっていたわ。


 思っていたのよ、対面する直前まではね。


 幾ら才女だ神童だと持て囃されていても、所詮は十一歳の小娘。想像力にも限界があったし、事前の下調べをやらずにいたという迂闊さもあったわ。


 皇帝皇后両陛下の御前にて皇子に挨拶をしたとき、彼は私を凝視した後、露骨に失望しきった表情を浮かべてのたもうたものである。


「おぃおぃ親父殿。俺にはロリータ趣味は今のところねーぞ。子供先生って、どっかのパツキン子供先生とか魔法使い子供先生じゃねーんだからよー。こんなつるぺたなガキよりもボイン美人教師とのアバンチュールを楽しみたいわけよ俺は」


「……」


 この程度の侮辱の言葉、臣民としては我慢すべきだった。理性では分かっていた。だとすれば、私のDNAが馬鹿の非礼千万に対してツッコミを入れたくてウズウズしていたに違いない。


 或いは便利で使い古された表現を使うならば運命とでも言ったものか。


 そうでなければその後の行動に説明がつかなかった。


 数秒後、私は初対面である皇子に皇帝皇后両陛下の御前にて真空飛び膝蹴りをかましていたのであった。


 思えばよくもまぁその場で不敬罪やら大逆罪を口実に処刑されなかったものだ。


 多分、父君であらせられる皇帝陛下もこの馬鹿を馬鹿と思っていたから沈黙していたんでしょうね。


 だからなのか、それ以降も皇子が馬鹿をする度に教育的鉄拳制裁を行っても咎められたことは一度もなかった。


 それどころか、今では帝国内で平民の身でありながら皇族を殴り倒せる女として、一部の過激系皇室崇拝者を除く周囲から畏敬されるハメになっていた。


 この皇帝陛下の十三番目の息子であるサーティン皇子というのは、その日が楽しければそれでいいと考えているような馬鹿の良い見本のような男であった。


 黄金で染め上げたような金髪、透き通ったエメラルドグリーンの瞳、磨き上げられた白磁のようなシミ一つない美肌、それに一流モデル並の均整の取れたスタイル。


 黙って立っていれば誰もが羨む秀麗な容姿をしているくせに、口から出るのは私には理解不能な「萌え」やら「男の浪漫」やら。あとはセクハラ発言。


 きっとあれだ。神がこの男に半神的な美貌を与えた代わりにそれ以外には手を抜いたにちがいない。割り振りのいい加減さのお陰で私がどれだけ苦労してると思ってやがる。


 そのお陰で、私は無神論者ではないけど、限りなく神なんぞ居ないと思う薄汚れた人間になったわ。


 こんな人格をした人間であるから、当然ながら勉強は不熱心極まりなかった。遅刻サボりは当たり前。予習復習なんぞする気は毛頭なし。テストを行えば一夜漬けで済まそうとするわ、口答えに茶化し行為は日常会話の一部と化していた。


 お陰で私は十一歳にして胃薬と頭痛薬を常用する枯れた少女時代を過ごすハメとなったわ。そして、それ以来この二つは私の常備薬となっている。







 あー、畜生め。思い出したらムカついてきたわ。思い出し笑いならぬ思い出し怒りってやつだわこれ。


 私が内心口汚い言葉を呟いているとも知らず、サーティン皇子は会議室に居並ぶ幕僚達を見回し口を開いた。


「さて、今回で我が帝国軍は二百四十八戦二百四十八敗目となったわけだけどさ、今回の敗因はなんだったのだろうな」


 その口調は、まるで自分の贔屓にしているスポーツチームが負けてしまい、「なんで負けたんだろう?」と仲間と話し合うが如くの軽い口調だった。


 この馬鹿皇子は侵略行為をなんだと思ってるのよ。内心私はそう毒づいた。


 けれども皇子のこの発言は、恒例となった反省会の開始の合図でもある。彼の問いかけに、私の反対側の席に座っていた仰々しい機械を身に付けた青年が挙手をして発言を求めた。


 青年の名はマットーサ・イエン・フォン・ティスト博士といって、年齢は三十三歳。


 若くして帝国科学技術部門の第一人者の座にすわるクァークゴ帝国が誇る天才であり、高名な学者などを代々輩出しているティスト伯爵家の当主である。


 彼の発明品の数々や彼が主導して行ってきた科学事業の功績などは、この年齢の段階で自伝が一ダースは作られてもいいぐらいにはある。帝国の頭脳と誇っても差し支えないであろう人物だ。ちなみに今回の戦闘の責任者は彼であった。


 それはいいとして、顔合わせる度に思うんだけど、何でそんな意味もなく機械背負ってるのよ。普通に白衣でいいじゃないのよ白衣で。通路通るときとか邪魔くさくて仕方がないの分かってるわけ?


 なんで理系連中って無駄に科学者強調するのかしら。肩書き見れば分かるってーの。科学者幹部のお約束? 知るかそんなもん。


 などと私が考えてる中、彼はデータをまとめた紙を片手に司令官に説明を始めていた。


「今回のプランでは、キノコ怪人ヤクブツマッシュルームを使い地球人への薬物汚染を行い、薬によって堕落した彼らの隙をついて一挙に各地を制圧というものを考えてました」


「だったねぇ。ちなみにどんな薬物をばら撒いたん?」


 皇子に更に問われ、マットーサ博士は胸を張って答えた。反り返った勢いで、背中に背負った意味不明な機械類が金属の擦れる音を発する。


「地球人の薬局にて販売していた薬を手当たり次第現地調達いたしまして、それをクァークゴ兵達と共に散布させました!」


 ちょっと待ちなさいよ。つーか待て。


 博士の発言に私は椅子からずり落ちそうになった。視線を走らせたが、皇子も周囲も皆彼の発言を変に思ってない事にまた椅子からずり落ちそうになった。


 確かに薬物には違いないわよね。でも、薬局で販売してるのって毒にならなそうなものばかりじゃないのよ。


 んなもんばら撒いたって害になるわけないでしょうが。アンタ本当に帝国科学技術の第一人者なわけ? 帝国の誇る天才なわけ? 単なる天才と馬鹿は紙一重の良い見本じゃねぇか。


 それでもモニターで様子を見る限りでは東京のあらゆる薬局から薬が消えて地球人が困っていた。意図とは違うけど、一応は混乱に陥れてるわね。限りなく地球侵略にしてはスケール小さいけど。


 しかも悟られないように暗躍ではなく、白昼堂々と店内に押し入って、略奪後すぐさま街中で薬を撒き散らしていた。当然だけど、騒ぎを知ったアースファイブと戦闘開始する事になった。そして二百四十八回目の敗北をしたのだった。


「あー、今回の被害総額は幾らになるのかな? オブザーバー」


 サーティン皇子にオブザーバーと呼ばれた私の右隣に座っていた長身をスーツで固めた壮年の男は、司令官の質問に答える為、椅子ごと身体を玉座の方へと向けた。


 男の名前はアクドク・フォン・ジョーニンといって、男爵家の当主で、元々は帝国内務省次官と財務省地方財務担当課事務長を兼任する敏腕官吏だった。


 地方行政区の飛躍的な財政改革を行い成功させ、幾つもの辺境惑星の経済発展に貢献したなどの腕を買われ、遠征軍の財務関係のオブザーバーとして要塞事務監の地位に就き、侵略軍の経理や基地管理などを任されている。


 アクドク氏は机の上に置いてある電卓を叩きながら報告し始める。


「えぇと、クァークゴアンドロイド兵が三十体、クァークゴ怪人が一体、巨大ロボットが一体、移動費、通信費、燃料費その他諸々の経費を合計いたしまして今回の被害総額は日本円にして七百二億三千五百八十万四千百七円(税込み)となります」


 何その細かい数字。しかもなんで日本円なのよ。ドルとかユーロの方が世界的通貨じゃない。そもそも地球の日本人がいないのにどうして私達の所の通貨単位で述べないのよ。


 疑問は、以前問い質してみたことがあった。その時のアクドク氏の返答。


「郷に入れば郷に従えっていうじゃないか」


 いやまって、何か違うわそれは。従うところ間違えてるし、しかもなんで征服者が被征服者の方に従うわけよ。私らは中国の古代王朝に攻め込んだ騎馬民族かよ。


 でも誰も其の事に関してツッコミをいれる人はおらず、それどころか「今回は安く済みましたね」「燃料費もう少しコスト削減できないか?」とか普通に会話続けてるし。


 誰か疑問に思えよ。絶対変だろ。臣民の税金無駄遣いしてるんだぞ分かってんのか。


「戦闘指揮官の意見も聞こうか。今回の戦いっぷりってどう評価するのかな? かな?かな?」


 そう皇子に問われたのは、私から見て左斜め前の席に座っていた帝国軍の制服を一分の隙なく着用している壮年の男。


 彼の名はヤークザー・二ーンギョー・フォン・ゴークドゥという貴族出身の帝国軍人である。階級は大将で、宇宙海賊の討伐などで数々の武功を挙げてきた歴戦の軍人である。


 平和な国家といえども、広大な領土を支配しているので、治安維持の為に帝国宇宙艦隊は恒星間飛行能力を有する艦艇を二十万隻以上所有している。ヤークザー提督はその大軍を手足のように動かせる技量を持つ数少ない将官なのだ。


 その貴重な大将が今回は侵略部隊の戦闘部門責任者として同行している。


 こういうタイプは有能で任務に忠実、戦意も高くそれを制御する理性を持ち合わせているものだけど、この男に当てはまるのはズバ抜けて有能という事だけであった。


 不真面目とは言わない。ましてや戦意に乏しいわけでも理性がないわけでも任務に不熱心というわけでもないわ。


 ただ……。


「今回も彼らは勇敢に戦いました。その彼らの勇気を称えて神に祈りを捧げましょう。そして次なる戦いへの勝利を誓い、次も頑張っていきましょう」


 ヤークザー提督は両手を組んで祈りの姿勢をとり、温和に語った。軍服さえ着てなければ、小さい町で教会を営む牧師のような表情をしていた。


 帝国内で高名な提督は、実は軍人のクセしてえらく宗教カブレしていたのよね。


 なんでも昔、戦場で死に掛けたときに神の声を聴き、それ以来宗教に目覚めたらしいけど。だいたい何よその試合で負けた選手を励ます温厚な監督みたいな台詞は。何で誰も変と思わないわけよ。


 別に差別や偏見持つ気もする気もないけどさ、歴戦の猛者な軍人のクセして性格温厚で中途半端に宗教カブレって何か問題あるんじゃないの。


 それと、幾らなんでも二百四十八回も敗北してるんだからそんなまったりした事言ってないでなんとかしてみなさいっつーの。何の為の戦闘指揮官よ。


 以上が、クァークゴ帝国侵略部隊の幹部である。


 嫌味なぐらいに私を除く全員が貴族階級の人間であり、どいつもコイツも有能なクセにやる気の欠片も見当たらない、私から見れば赦し難い馬鹿ばっかだ。


 太陽系という辺境の中の辺境の未開発地域に侵攻し、この星系で唯一の知的生命体が生息する星に宣戦布告してからもうすぐ二年になろうとしているのに、どうして侵略が遅々として進まないのか。


 高水準の科学力、有能揃いの幕僚達、圧倒的な軍事力。その気になれば一日で制圧可能な実力を秘めているというのに……!


 実は地球に来てから私は何十回と過激な強硬策を具申してきたものだった。地球人を生かしたまま征服するにしろ徹底的に痛めつけて短期決着をつけるべきだと私は考えていたのだ。


 幾つか例を挙げると。




 軍事衛星を配備して反撃の恐れが絶無に等しい宇宙から要所へのピンポイント攻撃。


 気象を操る装置を導入して世界各地に容赦ない自然災害をもたらせる。


 南極や北極の氷を溶かして大洪水を起こし大陸という大陸を水没させる。


 各国の官邸や重要施設を完全破壊し、国家としての機能を麻痺させ混乱させる。




 あと、こういう力押しだけでなく、地球人同士で潰し合いをさせる謀略案も考えていたわ。侵略行為に綺麗汚いなどと言ってはならないものだしね。


 しかし、それを具申すれば周囲の反応はというと。


「うわっ、怖いこと考えるなぁ」と、マットーサ博士に肩を竦められ。


「鬼! 悪魔! あなたの血は何色なんですか!?」と、アクドク氏に詰られ。


「あなたにも親兄弟がいるでしょうに、どうしてそのような恐ろしい考えを。神よ、この者を救いたまえ!」と、ヤークザー提督に祈りの言葉を唱えられ。


「おっかないねぇ。モロ悪役の所業じゃんかよー。そんな陰気なことばっか考えてるからエロイ身体してるくせに彼氏出来ないんだよー」と、サーティン皇子に余計なお世話を言われたりしたわ。


 貴様ら侵略者だろうが。特にそこの馬鹿皇子、減らず口叩けないように(以下残酷発言の数々の為検閲削除)するぞ。


 意見がこの類の非難によって却下される度に、私は心の中で罵りの言葉を吐きながら皇子を殴りつけていたものだった。


 遅々として進まないのは私が無能だからではない。この馬鹿上司と馬鹿同僚達が原因だと私は信じて疑ってない。


 にしたってこのままでいいわけないことにいい加減気づけよ!


 テーブルの上に置いた手の震えが止まらない。苛立ちのあまり奥歯を鳴らしてしまう。


 こんな馬鹿な事をしている周囲とそれに付き合っている自分自身への苛立ちで。


 けれども、この苛立ちに感応してくれる人なんているはずもなく、司令官に至っては。


「まぁ、アレだよね。まだまだ人生長いしさぁ、ふんわか行こうぜ、ふんわかと」


 皇族らしからぬ軽そうな笑いと共にそうのたもうたサーティン皇子。


 臣下としては反感を抱く事無く余裕に満ちたモノだと解釈して、粉骨砕身して補佐していく……わけねーだろう! ちっとは真面目にやったらどうなのよ阿呆!


 いい加減堪忍袋の緒が切れかけた私は握り拳を振り上げ、テーブルに強く叩きつけながら立ち上がった。今なら殺人光線が出る自信があるぐらいの殺意に満ちた視線を豪奢なデザインをした司令官席に座る人物に投げつける。


 突然の私の行動に、皇子達はキョトンとした面持ちをしていた。こういう鈍感さも私にしては苛立ちを覚える。あーもう、少しは狼狽するなり「無礼な!」って咎めるぐらいの反応見せなさいよ。


「い、いきなり何さねワルザード。なんかイラついてるようだけど」


 えぇ、かなり苛々しています。というかさっきから。


 ようやく私の殺気を感じたのか、皇子は司令官席から軽く腰を浮かせて逃げ腰になっていた。それを見て私は心の中でうな垂れてしまったわよ。アンタには威厳つーのはないわけ? 侵略者のボスとしての面子とかさ。


 そんな私の心中など知らない馬鹿皇子は、何かに気づいたのか、ハッとした表情を浮かべた。


「も、もしかして……」


「はい」


「そんなに苛々してたのは……」


 えぇ、そうです。アナタ様の馬鹿っぷりに程々嫌気が差しているんです。というか、やっと気づいたのかよ。遅すぎるわよ。


「生理なのか?」


「…………」


 あまりにもトンチンカンな言葉に、私は一瞬怒りを忘れて絶句してしまった。この馬鹿皇子、女性が苛立つ理由は全部生理とか思ってんじゃないでしょうね。


 つーかマジでセクハラで訴えて勝てる発言だからな昨今だと。一年ごとに勝率上がってるからなそういう案件は。


「あっー! 解ったぞ! それかコーネンキショーガイとかいうヤツだろ!?お前その年でヤバくねーかそれ? ウェーイ! ババくせー!!」


「なわけあるか馬鹿野郎!」


 私は怒声と同時に椅子を持ち上げ皇子に投げつけた。合金製のソレは、司令官の端整な顔を直撃した。骨の折れる音と悶絶した呻きの二重奏を奏でた家具は床に落ちた。


 合金製家具との強制キスをして顔の潰れたサーティン皇子も司令官席に崩れ落ちた。当然だが白目を剥いて気絶している。


 マットーサ、アクドク、ヤークザーの三人はそんな光景に慣れてしまっているのか、肩を竦め合いながら自分らの司令官に歩み寄ったり救護班を呼んだりし始めた。


 つーか、慣れるか普通? そもそも慣れるなよな。


「……任務がありますのでコレにて失礼致します」


「えっ、いやそれはいいんですけど。皇子がまだお目覚めにならないのですが」


「博士にお任せします。一時間ぐらいそこら辺に転がせておけば復活しますよ」


 ちょっとした惨状の続いている中、私は事務的な敬礼をして会議室を後にしたのであった。


 会議室を出た直後、頭痛と胃痛がじわじわきたので頭とお腹を押さえた。


 あぁもう自室に戻る前に医務室に寄らなきゃ……。

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