第165話 彩葉との狩り


「どうしてロバに乗るんですか」


「話すと長い」


 皆はロバと馬鹿にするが、この「リピドー」を手に入れた時の衝撃は、初めてスマホを手にした時くらいはあった。


 今だからこそハッキにその役割の大半を譲っているが、不死者アンデッドの俺を徒歩から解放してくれたリピドーを、俺は愛してやまない。


「ちなみに彩葉さんたちは、マンドラゴラ掃討を始めて何日くらいになるんだ」


「ここに来て、まだ一週間くらいですね。狩り始めたのは5日前ほどで」


 まだ南側の森しか調べられてないという。

 俺は西側を指差す。


「ならあの森はまだ手つかずだよな。行ってみていいか」


「はい。ぜひお願いします」


 言いながら、彩葉が左耳の下で黒髪を一本に縛ると、いっそう凛とした空気をまとったように見えた。


「カミュさんの時間が貴重ですから、できれば今日でおおよその検討をつけたいです」


「同じことを考えていた。彩葉さんの時間の方が貴重だから」


「うふふ。カミュさんです」


 そんな話をしながら、俺たちは手当たり次第に森を探し始める。


「ではヘイトを取って集めますね」


 マンドラゴラを見つけると、彩葉は『単体ヘイトアビリティ』を使って、一体一体を自身の方へと集めてくれる。


 その様子を見ていると、自然とあの時を思い出す。

 そう、【女教皇】戦だ。


 あの時の彼女はすごく遠い存在に見えていたこともあって、今こうしてペア狩りしていると思うと、不思議な気持ちになる。


「カミュさん、お願いします」


 4体ほど集まったところで、俺は横からそいつらをまとめて糸で【解除ディスペル】する。


「変わった盾だな」


 戦ってすぐに、彼女の持つ盾が変わっている事に気づいた。

 俺の記憶が正しければ、以前【女教皇】戦で見た時にはこんな存在感のある盾は持っていなかったと思う。


「ハーピー討伐で手に入れたのです」


 彩葉が振り返って微笑む。


 彼女が持つ白い盾には、ライオンのような、勇ましい顔がついている。

【伝説級】の『オハンの叫盾』というものらしく、その盾自体にもヘイト効果があるらしかった。


「続けますね」


 たまにキラーウルフやダークエルフ、ハザードウィンドなど、レベル30を超える魔物が複数混ざったりもしたが、全く不安を感じない。


「戦いづらくないですか」


「いや、むしろ楽すぎて変な感じだ」


 俺は素直な感想を告げる。


 詩織と狩っている時は、互いに相手の攻撃を見極め、回避しながら削っていく作業になる。

 ヘイトコントロールされないため、敵がどちらを狙ってくるかは常にわからず、自身の防御を念頭に置きながら戦う。


 しかし彩葉がいると、敵は必ず彩葉の方を向き、こちらに視線を向けることすらしない。


 ただ、タンク役と役割分担しているだけのことなのだが、攻撃を考えているだけでよいので、圧倒的に楽だ。


 むしろ戦いの勘が鈍ってしまうのではと、この楽さを危険視する俺がいるほどである。


「それはよかったです」


 彩葉は回復魔法ヒールも使える【高貴なる治癒盾ノーブルストライカー】なので、純タンクの卓越した盾騎士タンクナイトマスターよりもMPがかなり高い。


 今回は回復にMPを割く必要がないので、その分ヘイトアビリティを連発してくれている。


 そうやって楽な狩りを進めながら、森の深部まで足を進め、ひたすらマンドラゴラを【解除ディスペル】し続ける。


 低レベルのマンドラゴラ、と気を緩めることはできない。


 こうしている間にも、万が一【多足の怨念植物マンドラゴラ・スキュラ】に出遭ってしまう可能性もなくはないからだ。


 だが彩葉がいてくれれば、それとて余裕をもって臨めそうだ。


 できるものなら今日遭遇しておきたい、と感じていたくらいである。


「糸攻撃は魔法みたいですけど、MP消費がないのですか」


 戦いの合間、隣を歩く彩葉が訊ねてくる。

 その清楚な顔に、木漏れ日が差し込んでいた。


「ない。『上位魔法糸』という糸を手に入れてしまえば、操作するだけなんだ」


「それは強いですね……」


 彩葉が感嘆のため息を漏らしながら言った。


 魔術師が魔法を行使する際、消費MP量を勘案しない者はいない。

 その後の戦闘に備えて、あえてMP消費の少ない低火力の魔法を選択せざるを得ない場面だってあろう。


 俺はそれとは無縁なのだ。


「だけど誰も知らないよな」


 皆が知っているのは、糸使いはせいぜい2本か3本の糸を操り、その糸で拘束して、倒すわけでもなくヘイト取りだけする布装備の職業、といったところだろう。


 実際は違う。


 10本の糸で状態異常を付与しながら、ヘイト上等で戦うオールラウンドの高火力ダメージディーラー。


 蓋を開けてみれば、ソロでもボスと渡り合えてしまう、チートのような最終形態だ。


 運営がどれほど批判を受けようとも、かたくなに糸使いの詳細を伏せていたのが、今ならわかる気がする。


「想像はしてましたけれど、火力が段違いです。6人くらいの火力職と一緒に戦っているような気がします」


「俺もこんな気楽なのは初めてだから、アイコだな」


 そうやって森を縦断しながら、マンドラゴラの位置を地図にプロットして、メモしていく。

 同じ森でも、初期村から離れる方向に進むとマンドラゴラが増える感じがした。


「少し休むか」


「そうですね。ちょっと昼食と、ついでにシャワーを浴びてきますね」


 ひとつ森を抜けられたところで、帰還水晶で街に戻り、いったん別れる。

 彩葉はこの昼休みというべき時間に多少雑務もあったようで、長めの休憩となる。


 第一線で活躍中のギルド長だからな。

 俺と違い、忙しいのは当然だろう。


「おまたせしました」


「全然。俺も出店を見たかったからちょうどよかったよ」


 再会した後は、もう一つ小さめの森を縦に抜けてみた。

 南東に抜ける感じになったが、今回も進むに連れて、マンドラゴラが増えている気がした。


「増えている気がします」


 彩葉も同じことに気づく。


「やった価値がありそうだな」


 手がかりらしきものが掴めてきている気がして、互いに笑みがこぼれることが多くなる。


その後の狩りも、難なく過ぎる。

 マンドラゴラは攻撃が単調なため、彩葉と居れば連戦も怖いものではない。


「カミュさんとご一緒できたおかげで、糸使いというものがどれほどかも理解できた気がします」


「俺も今日一日で、盾職タンカーというものがわかった気がするよ」


「それはよかったです」


 彩葉がニコッと笑う。

 しかし、こんな美しい人に笑いかけられるだけで、随分得した気分になるな。


「ふぅ。頃合いだな」


「お疲れさまですよ」


 予定していた森を抜けた後は、夕日が辺りを染めていた。

 切り株に座り、地図に残した点のばらつき方を観察していると、彩葉が隣りに座ってきた。


「傾向がありそうですね」


「ああ」


 ひとつの切り株に座り、二人で地図を覗き込む。

 彩葉の甘い香りは詩織と違い、夏の花のような涼しさを感じさせる。


「ふむふむ」


 今日のプロットだけでも南東に寄っている感じが出ている。

 もう数日、このあたりを調べると明らかになってきそうだ。


「すみません、今日しかお手伝いできなくて」


 立ち上がった彩葉が、腰にかけていた剣を懐に仕舞いながら言った。


「いやいや、助かったよ。俺の方でもう少し調べてみる。今日はゆっくり休んでくれ」


 そんな俺の言葉に、彩葉が苦笑いをする。


「これからマリーズポテトの方に向かわなければならなくて」


「これから? もう日が暮れるぞ」


 俺は耳を疑う。

 疲れ知らずの彩葉でも、少々無理というものだろう。


「今日のうちに少し走らないと、会議に間に合わないのです」


「夜闇の中を駆けるつもりか」


「街道を走りますので」


 彩葉は一本に縛ってあった髪をほどき、首を振って髪に空気を吸わせた。

 聞けば、このまま街にも戻らずに発つという。


 それで昼に時間を取って、いろいろ準備していたのかな。


「どこまで行く」


「『茶処』までです」


「エルゴンド? 遠すぎるだろ」


 エルゴンドは初期村を擁するグリンガム王国の領地を抜け、魔法帝国リムバフェ領に入った先にある村だ。


 国境に近く、旅の者が休むにちょうど良い場所にあることから、『茶処』の二つ名がある。


「着いたら明け方になるんじゃないのか」


 道中には急な傾斜の山岳地帯もある。

 早馬で駆けたとしても、6時間ではきかない。


「いつも懇意にしている宿がありまして。夜更けでも泊めてもらえます」


「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


 やれやれ、とため息をつく。


 最初からそのつもりだったんだな。

 こう、ギリギリまで言わないのが、やっぱり彩葉さんだよな。


「今日は月明かりがありそうですし、大丈夫ですよ」


 それには返事をせずに、俺はハッキを呼び出す。


「グルォォォ――!」


 いつもは寝ぼけまなこで「はにゃー?」とか言いつつ現れるハッキが、両翼を広げ、ありえないほどカッコよく登場してきた。


 彩葉の前だからか。

 お前ってやつは……。


「きゃっ」


 突然のことに驚いた彩葉が、俺の背に隠れる。


 俺が何の警戒もなくその竜の背にまたがると、彩葉は「えっ?」という顔で俺を見上げた。


 乗り物だとは思わなかったようだ。


 そんな彩葉に手を差し伸ばす。


「乗れ」


「……え?」


「エルゴンドまで送る」


 そこでやっと、彩葉は話を理解したようだった。


「そ、そんな……私走りますから大丈夫です」


 彩葉が慌てた様子で、両手を胸の前でひらひらさせた。


「言っただろう。【多足の怨念植物マンドラゴラ・スキュラ】が近くにいると」


 彩葉が、はっとする。


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