第166話 ボスの居場所
「そ、そんな……私走りますから大丈夫です」
彩葉が慌てた様子で、両手を胸の前でひらひらさせた。
「言っただろう。【
彩葉が、はっとする。
「……でも……」
「まだ街道を調べられていないんだ。上から行こう」
「……でも……」
『でも』ばかりを繰り返し、うつむく彩葉。
こうしている間にも、彩葉の時間を奪ってしまっているのが嫌で、俺はハッキから下りて、彩葉の手を掴んだ。
「いいから早く」
「きゃっ」
ハッキの上に引っ張って、俺の背後に乗せた。
また彩葉の甘い香りに包まれる。
「か、カミュさん……」
「今って、防寒装備は持ってないよな」
動揺を隠せない彩葉に構わず、訊ねる。
日差し除けはあっても、毛皮は持ち歩く季節ではない。
「……あ、『
「これを。上は冷える」
俺は持っていた毛皮の中で一番上質なものを取り出して渡した。
サカキハヤテ皇国の兵士たちへの手土産に、出店で買っておいたものだ。
あの国は兵士たちの寒さ対策が重要なので、大量に仕入れておいた。
ちなみに、渡したのは『
厚手でごてごてしている上に重く、全く女性向きではないが、変異種は炎の精霊力を強く宿しているために、その皮には保温効果『大』が付属し、ヘルラビットの皮を継ぎ合わせた毛皮なみに頼もしいものになる。
「――しっかり掴まれ」
「きゃっ!?」
ハッキが羽ばたきを始めると、彩葉が慌てて俺の背中にしがみついた。
◇◆◇◆◇◆◇
「グルォォォ――!」
小一時間はかかるだろうと思っていたが、なんと30分少々で着いてしまう。
ハッキ……お前、いつもは手を抜いて飛んでるのかよ。
村のそばに降りて射掛けられたりしても嫌だったので、少々距離を置き、見渡しの良い草原の中央に着陸させる。
それでも、空が夕焼けのまま明るかったのもあって、遠巻きに住民たちがこちらを見にやってきていた。
「す、すごい、もう着いちゃいました……」
下ろした彩葉は、まだ興奮冷めやらぬ様子で言う。
「じゃあな」
俺は片手を上げて別れの挨拶らしきものをすると、ハッキの手綱を引く。
「……ま、待ってください!」
彩葉が駆け寄り、手綱を握る俺の手を握った。
「ん?」
「これ、ありがとうございました」
彩葉が脇に抱えていた『ヴァリアントべアの毛皮』を丁寧に三つ折りにして、差し出してくる。
「ああ、忘れてた」
戻ってきた毛皮は、洗われたようによい香りになっている。
「それと、あの……」
言いづらそうにする様子で、ぴんときた。
「わかってる。ボスの場所がわかったら神殿の方に伝えておくから」
狩れたらそのまま狩っておくよ、と、俺は右手で糸を放つ仕草をする。
「そうではなくて」
彩葉が髪を後ろに払い、俺を見上げた。
「ん?」
「……送ってくださってありがとうございました。夢みたいな時間でした」
見上げる彩葉は、また両手で俺の手を包み込むように握る。
夕日のせいか、その顔は朱が差しているように見えた。
「寒くなかったかな」
彩葉は首を横に振った。
「毛皮もですけど、カミュさんの背中がとても温かくて……私には幸せ過ぎました」
さっきからじっと見つめられていることに気づき、さすがに照れて視線を逸らす。
送り届けることばかりで、距離感を真面目に考えてなかった。
まあ、いいか。
いちばん大事なことはできたし。
彩葉が死にかけるとか、もう二度と見たくないもんな。
なにげに視界の隅でハッキが餌よこせ、という顔をしていたので、調達しておいた羊肉を食わせる。
「今日は朝からありがとうな。疲れただろう。宿でゆっくり休むといい」
「もう行かれるのですか」
「もう行かれますよ」
俺の言い方に彩葉が笑う。
だがその笑顔はどこか、寂しそうだった。
「この竜さんも飛んで疲れているでしょう。私の部屋で少し休んでいきませんか」
「夕日があるうちに帰るさ」
いつもは2時間とか平気で飛ぶくせに、ハッキが横で大きく頷いているのは不服だ。
いずれにしろ、このまま長居すれば、彩葉さんの明日の仕事に障るのはわかりきったこと。
「そのまま泊まられて、明日の朝に帰られてはいかがですか」
「部屋の予約もしてないさ」
俺は肩をすくめる。
それにしても彩葉さんってホント、気丈な人だな。
彼女はヘイトアビリティ連発でMPを使って、もうヘトヘトのはずだ。
早くひとりになって、ベッドに転がり込みたいだろうに。
「私の部屋で大丈夫ですよ」
「そんな気遣ってくれなくていいさ。会議とやら、うまくいくといいな」
「あっ、カミュさん」
長話しているといつまでたっても彩葉さんが休めないからな。
話は終わりとばかりに、俺はハッキを空へと飛び立たせた。
美人の彩葉さんが相当気に入ったらしい。
ハッキが少なからず抵抗したが、そこは無理やり飛ばせた。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日から、俺はひとりで【
といっても、昨日と同じように地図に配下の位置と数をメモしていくだけなのだが。
今日は主だった街道沿いなど、人が通りそうな場所を洗った。
ちなみに、今回俺が使っているのはこの糸だ。
■ グラビトン・ゲイザーの無糸
拘束確率 22% 攻撃力 6
拘束時状態異常 対象にかかっている魔法効果を【
攻撃力に乏しいが、今回はダメージが入らない方がありがたいので逆に好ましい。
「……ふう、やっぱり雑魚だけで終わりか」
街道を南にひたすら進み続け、隣町まで来て、ロバのリピドーで折り返す。
初期村に戻ってきたころには、すでに日が沈む時間になっていた。
【
戦い自体は予想通り、一人でも苦にならない。
単調な作業の繰り返しで、歩く足元の疲れの方が強く感じたくらいだ。
俺は草地の上に腰を下ろすと、今日何度も取り出した地図をもう一度広げる。
出現に傾向があるはずだと踏んで、ひたすらメモを続けている。
書き込み自体は増えていたが、【
「まだ日にちはある」
地道な作業だが、着実に前に進んでいるのは確かだ。
同時に【
召喚したマンドラゴラが見返りをもたらさずに消えていくとなれば、ヤツも出方を変えてくることだろう。
俺が思うに、最初に手抜きが始まるのは、【転送】だ。
長距離の【転送】になればなるほど、奴は消耗する。
そうやって、マンドラゴラがより多く存在する場所を探し、奴の居場所を限定していく。
今の俺にできることは、これしかない。
◇◆◇◆◇◆◇
それから3日が経った。
俺は久しぶりに初期村の冒険者ギルドに併設された料亭で、うさぎ肉の朝定食を口にしながら、書き込みの増えた地図を眺めていた。
想像以上のマンドラゴラが生み出されていたこともあり、かなりの数を倒してわかったことがある。
ここから南にある街『チーズヴァニラ』を中心にマンドラゴラが蔓延っており、そこを中心として、離れるごとにマンドラゴラの数も大きく減っていくということだ。
――【転送】は消耗するため、マンドラゴラが多い場所の中心付近にヤツがいる。
そんな俺の当初の推論からいくと、【
「ふーむ」
エール酒を呷る。
後者はあり得ない気がする。
今は街に衛兵がいないので、魔物であっても侵入できるのかもしれない。
【
しかし、プレイヤーがヤツから30メートルまで近づくと、【也唯一】クエストが開始されるのだ。
【
街中なら、絶対にそれで騒ぎになる。
なっていないということは、街中にいないということ。
「一応調べるか……」
俺は勘定を済ませ、初期村を出る。
広々とした丘の上で、ハッキを呼び出した。
予想もしない手段で『チーズヴァニラ』の街中に潜んでいるとしたら、被害は甚大になる。
いない確証を得ておかねば、気持ちが落ち着かない。
「起きろ。南に飛ぶぞ」
「ハニャー」
『チーズヴァニラ』の街は、初期村から南に走る街道を一時間ほど馬で走った距離にある。
ちなみにハッキだと、寝ぼけていても10分とかからない。
この街は周囲を小高い山々で囲まれており、盆地の肥沃な三角州に形成された街ゆえに、河川にも恵まれている。
街の規模としては初期村の半分程度で、果物が美味しい上に乳業もさかんで、それが街の名前の由来になっているとか。
デスゲーム化した当時は、ここも初期村から逃れた人たちでごった返していたらしい。
ただ初期村ほどは大きくないし、稼ぎのよい魔物も周囲にいないため、そのまま住み着いた人は多くなかったようだ。
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