第164話 マンドラゴラ狩りへ
「ノヴァスがひとりでフラフラしているようだ。気をつけるように伝えてくれ」
一番心配なのは、ノヴァスだった。
あいつは単独行動が多かったからだ。
「わかりました」
「じゃあな」
「あ、待ってください」
最後に一番言いたかったことを告げ、背を向けて去ろうとした俺を、彩葉が引き止める。
「まだ少しお時間大丈夫ですか」
「なにかあったか」
彩葉がそういうのだから、よほどの用事か。
「こちらに」
彩葉は神殿の奥の部屋へと俺を案内する。
ここは多少なりとも他人の耳があることを気にしたようだ。
「どうぞ」
言われるがままに部屋に入ると、中はふんわりと、知っている甘い香りが室内に漂っていた。
「ここ、私の部屋なのです」
「おお、素敵だな」
石壁に囲われた、質素だが整えられた清潔感のある部屋。
「ごめんなさい。客人を招くような部屋ではなくて」
よければそちらに座ってください、と整えられたベッドを勧められるままに、腰を下ろす。
彩葉はそんな俺の真正面に立ち、漆黒の瞳を向けながら言った。
「ノヴァスから聞きました。カジカさんが来てくれたと」
「もういないかと思うが」
その話か、と知り、俺は目を合わせずに答えた。
あまり詮索されても面倒なので、話を終わらせる方向に向ける。
「そうですか……私もカジカさんにお訊ねしたいことがあったので……」
彩葉はうつむき、残念そうに呟く。
「そうだったか」
「一応、カミュさんにもお訊きしたいと思っていたので、いいですか」
「俺でわかることなら」
頷いたのを見て、彩葉はありがとうございます、と頭を下げた。
黒髪が首筋に流れる様子が美しい。
「カミュさんが助けてくれた【女教皇】討伐の日のことなのですが、実はダンジョンに入る前にカジカさんに会ったのです」
「………ほう」
話の流れに、なにか嫌な予感がした。
「とても変わった場所で会いまして」
「ダンジョンのそば、ということか」
「はい、野営をされていたみたいで」
あの時は確か、サカキハヤテ皇国の兵たちに追い回されて、適当に逃れた先で野営結界を置き、カジカの姿になってやり過ごしていたんだった。
「カジカさんは戦闘が苦手で、街の外に出ることもできず、半年以上も初期村で野宿を繰り返していたような方なのです」
彩葉は俺がカジカのことを知らない前提で話を進める。
「なるほど」
「そんな方がなぜあんな場所にいたのか、もう一度訊きたかったのがひとつなのですが」
「ふむ」
カジカだったとしたら答えづらい質問だ。
加えて、他にもまだ訊きたいらしい。
「カミュさん、ミハルネはわかりますか」
「あぁ、知っている。『北斗』の団長だな」
彩葉が頷いた。
「あの日、ミハルネもカジカさんの存在に違和感を感じて話をしに行ったのです。が、戻ってきた後、ミハルネの様子がどうにも変で」
「というと?」
「脂汗を流して、おかしなことを言っていて」
「……おかしなこと?」
「『殺されるかと思った』、と」
「………」
仮面をつけていてよかった、と思う。
怪しまれるほどに、俺は真顔になっていた。
「ミハルネの冗談だろうさ。カジカというのはそんなに強くないんだろ」
俺は肩をすくめながら言った。
しかし、彩葉は真顔を崩さない。
「ミハルネの顔は、冗談ではできないものでした」
体までも震わせ、あり得ない量の汗をかいて怯えるさまは、まさに蛇に睨まれた蛙のようだったという。
「そうなのか」
俺は疑うように、ふむ、と考え込む仕草を見せる。
「言葉通り、ミハルネはその後、歩くのもおぼつかなくなっていて」
調べてみると、なぜか【瘴気】にやられていたのです、と彩葉は言った。
「【瘴気】……」
俺は初めて聞いたような素振りをする。
「はい。そのせいで【女教皇】討伐開始が遅れたくらいなのですよ」
つくづく仮面がありがたい。
俺はこれ以上表情を変えないよう、相槌だけで話を聞く。
「カミュさんは、
「知らないな」
俺は即答する。
そんな『プレイヤー』は知らないし、存在もしないだろう。
あれを自在に操れる人間がいるとすれば、それは後にも先にも亞夢だけだ。
「そうでしたか……御存知の通り、【瘴気】ですから誰も治すことができなくて」
「だろうな」
【瘴気】は本来、エリアに付与される状態異常だ。
『瘴気マント』という装備で対策が可能だが、それはこれから【瘴気】に曝されるとわかっている前提の話だ。
受けてからマントを付けても効果がない。
もし攻撃でいきなり付与してくる者がいるとしたら、それはとてつもない脅威になろう。
「でもプレイヤーが付与しない【瘴気】だとしたら、エリア発生になるはずです。カジカさん自身もやられてしまうはずなのに、マントもなしで……」
「なるほど」
カジカに影響がなかったわけではないが、言われてみればあの時、ミハルネの方が強く影響を受けていたのを覚えている。
俺は倒れそうになるほどじゃなかったもんな。
亞夢、気遣ってくれてたのかな。
「とにかく、理解できないことだらけで……」
「ホントだな」
街から出られないほどに弱いカジカが、【瘴気】を放ってミハルネをやりこめたという話になっているのだから、それは理解も不能だろう。
「ただの勘なのですが、私はカジカさんではない誰かが関わっているような気がして」
「………」
ふいに、ネックレスで、もぞり、と動く気配を感じた。
さすがに出てこないとは思ったが、今ここで【瘴気】なんか放たれたら俺の芝居も台無しだ。
俺はなにげない仕草を装って、ネックレスを懐にしまった。
「もしかしたらカミュさんが一肌脱いだのかとも思いましたが、違うのですね」
「済まないな」
当たっているとも言えるし、外れているとも言える。
だからこんな答え方になった。
「私の話で時間を取ってしまいました」
「いい」
俺は立ち上がると、頭を下げる彩葉の肩に手を添え、直ってもらう。
幸い、この話はこれで終わりそうなので、このまま終わらせることにする。
「話を戻しますけど、カミュさんは【
「そうするつもりだ」
俺は頷いた。
「お詫びと言っては変かもしれませんが」
彩葉が俺を見上げながら続けた。
「私、明日は時間があるのです。よかったらカミュさんにご一緒させてもらえませんか」
「彩葉さんが?」
俺はつい、きょとんとしてしまう。
「はい、ご迷惑でなければ」
彩葉が黒髪を後ろに払いながら、微笑む。
「いや、頼もしいよ」
彩葉は朝から晩まで多忙なイメージがあったから、こんな誘いは全く予想していなかった。
その美しい容姿のせいで忘れてしまいそうだが、彩葉は歴戦の
実力は直接、目で見て知っている。
才色兼備の彼女と狩りをするとか、多くの男からすれば夢のまた夢なんだろう。
が、せっかくだから遠慮なく世話になろうか。
◇◆◇◆◇◆◇
空は透き通るような蒼に染まっている。
近くの木々の葉が朝露で濡れており、その光沢が美しい。
「お待たせしました」
早朝と呼ばれる時間が過ぎた頃、彩葉は約束していた丘の上に、前に見た白馬で現れた。
以前、霜が降りた冬の朝、ノヴァスとともに現れたあの日と同じだった。
その身には美しいフォルムを描く、『光の鎧』と呼ぶにふさわしい、純白の鎧。
【也唯一】装備、皇帝ユーグラスの鎧だ。
白のミニスカート、雪のような太もも、そこに漆黒の髪が映えて、彼女はまるで絵から出てきたかのような美しさだった。
「来たばかりだ」
俺はひとまず、ロバに乗って彩葉の横に並ぶ。
ハッキで飛んでもいいかと思っていたが、彩葉とタンデムするほどの仲ではない気がしたし、どうせ最初はこのあたりを調べなければならないしな。
「前も見ましたけど、かわいいロバさんですね」
「だろ。愛嬌があって俺も好きなんだ」
「どうしてロバに乗るんですか」
「話すと長い」
皆はロバと馬鹿にするが、この「リピドー」を手に入れた時の衝撃は、初めてスマホを手にした時くらいはあった。
今だからこそハッキにその役割の大半を譲っているが、
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