EX story
EXstory1 彩葉 女教皇を倒して
作者より)第70話 彩葉とのひととき2 の直後のシーンになります。
70話あたりを読み返していただくと、いっそう楽しめるかと思います。
簡単な説明を入れますと、場面は夜で、女教皇を倒し、カミュと別れた彩葉が街に戻ったシーンになります。
それではどうぞお楽しみください。
◇◆◇◆◇◆◇
「――彩葉!」
「おお、彩葉だ! 帰ってきたぞ!」
「よくやった!」
「ひとりであれを倒したのか!?」
アルカナボス【女教皇】討伐後。
青色に光ったダンジョンからの帰還ゲートを抜け、さらに
「あっ……皆さん、ただいまです」
〈
「なかなか戻らないから、もうだめかと」
統括をしていたエメラルドが安堵した表情を浮かべ、彩葉の肩に右手を置くと、周りの者達が同感だったとばかりに頷く。
【女教皇】討伐戦では、退避用のダンジョンリコールは30秒ごとに発動するよう、壁際に設置されていた。
そこを抜けて命からがら帰還したメンバーたちだったが、彼らは脱出の際に、彩葉が戦いから抜け出せずにいたのを目撃していた。
それゆえ、次に発動したダンジョンリコールの光を祈るような気持ちで眺めていたのは、当然といえよう。
しかしそれは何も運ばずに消え去る。
次も、その次も。
そうやって、彼らは否が応でも彩葉の死を理解したという。
なにせ相手はワイトロード3体とアルカナボス【女教皇】。
その凶悪さは見ていて誰もが知っている。
残された単身の彩葉が、そもそも30秒以上を生き残れるはずがないのだ。
そうやって諦めが広がり、皆が街へと帰還する。
そんな中、予想もしないことが起きた。
《おめでとうございます。アルカナボス、【女教皇】が今、第一サーバーで倒されました。残るアルカナボスは18体となります》
失意のどん底にあった彼らは、仰天する。
――まさか彩葉が、と。
彼らは唐突に生まれた夢を信じ、夜風の中で篝火を焚き、彩葉を待ち続ける。
が、15分を過ぎてもなんの音沙汰もない。
――やっぱり、殺されたんだ。
――きっと【女教皇】と相打ちになってしまって……。
そんな通夜話の最中に、彩葉は平然と帰還してきた。
「あの状況からいったいどうやって倒したんだ」
ミハルネは信じられないといった様子ながらも、社交的な笑みを浮かべ、フレンドリーな調子で訊ねた。
まるで、無視して逃げ去ったのは自分ではないかのようである。
「もうひとり、仲間が」
「……仲間?」
ミハルネの眉がぴくり、と動いた。
「はい」
その人が残っていた敵を全て倒してくださいました、と彩葉は言った。
「……そいつが、ひとりで、あれを全部か」
そう訊ねるミハルネのさっきまでの笑みは、どこかに消え去っていた。
「はい」
途方もない話ながらも、彩葉はあっさり頷く。
周りが一瞬、しーん、と静まり返った。
「馬鹿な。削れていたとはいえ、アルカナボスも居たんだぞ」
ミハルネの頬を、汗が流れる。
「なぜひとりで倒せる? 我々があんなに苦労して……いや、結局また倒せずに……」
エメラルドも彩葉の言葉が信じられない。
指揮を取り、戦ってみて誰よりもわかっていた。
アルカナボスは、到底ひとりで倒せる相手ではないことを。
「嘘ではありません」
彩葉の声は淡々としている。
「………」
再び、周りが言葉を失う。
もちろん、ミハルネたちも彩葉が嘘をつくような人間ではないことくらい、知っていた。
「おい、ほかに誰か残っていたのか?」
ミハルネが振り返って、篝火のそばにいる同じチームだった女を見る。
「だって残りは皆……」
揺れる灯りに照らされた女は、両手を広げたまま、口ごもる。
そう、現地に残っていた者で生きている者などいなかった。
いや、あの瞬間、万が一生きていたとしても、魔物に狙われて殺されるだけのことである。
魔物たちは生命反応を決して見逃してはくれないのだ。
周りが、ざわざわし始めた。
「いったい誰なんだ」
ミハルネが鋭い目つきになり、彩葉に問いかける。
「名前は伏せるように言われました。……でもその人がドロップも分けてくださって」
彩葉はそういうと、ドロップ装備、金貨2万枚、精錬石、そして希少金属を持っていることを告げた。
とたんに周りがおおお、と沸き立つ。
「嘘だろ、おい!」
「彩葉さん、ドロップ回収してきてくれてるってよ!」
「すげぇぇ、アルカナボスのドロップだ!」
それを聞いて、彩葉のそばにいなかった討伐隊の者たちまでもが、押し寄せる。
「てことは、彩葉さん、レベルアップもできたのか」
彩葉のそばに来た、上から下まで着飾った魔術師の男が訊ねる。
ちなみに、この男は撤退指示が出る以前に、持ち場から逃げ去っていた。
「はい」
「マジか! 畜生、俺も残っとくんだった!」
男は額をぴしゃりと叩く。
「そしたら、彩葉さんにも気に入られたかもしれないのにな! ね、今からでも遅くないかな!?」
「………」
彩葉はもはや、相手にする気もなくなり、小さく息を吐いた。
「答えてくれ、彩葉。誰なんだ。メンバーだった奴じゃないだろう」
ミハルネは繰り返し訊ねながらも、自分でも様々に思案していた。
たしかに【女教皇】の体力は削れて、追い詰めていた状況ではあった。
だがあそこから【女教皇】は部下召喚を繰り返し、驚異的な殺傷力を見せるのだ。
あれをひとりで倒し切るなど、完全に人間離れしている。
彩葉や自分など、遥かに超える力を持っていることになってしまう。
いったい誰ならばそんなことを成し得るのか、さっぱり……。
「………」
そこまで考えて、ミハルネははっとした。
「まさか、カジカか」
「……えっ?」
さすがの彩葉も、その名は予想だにしておらず、瞬きする。
「あいつ、この近くにいただろう」
ミハルネは言いながら、声が震えるのを感じた。
この自分の思いつきに、自信があった。
あの男は、ああ見えて計り知れない力を隠している。
あの体格でのんびり構えているから騙されやすいが、今生きている以上、あのエブスを屠ってみせたのかもしれないのである。
(そうだったのか)
あいつがここの近くに居たのは、実はそういう訳だったのだ。
【女教皇】戦に介入する意図で……。
「違います」
「……違うだと。あいつ以外に誰が……」
「エメラルドさん」
彩葉はしつこい男との話を切り上げると、少し離れた位置に下がっていたエメラルドに駆け寄る。
「というわけで、その方からドロップを頂戴しました。お渡ししておきますので分配をお願いします」
「……は?」
渡されたエメラルドは、トレード画面を見て、立ち尽くす。
とんでもない品々が、アイテム欄に並んでいく。
「で、【伝説級】……あの錫杖じゃないか……!」
並大抵のことでは動じないエメラルドの足元が、ふらついていた。
あの【女教皇】が凶悪な技を繰り出していた錫杖が、なんと今、自分の手元にあるのである。
「アダマンタイトも、精錬石もこんなに……」
「はい、くださいましたので」
「彩葉。簡単に言うな。洒落にならんぞ」
エメラルドはもう笑うしかなかった。
ドロップひとつひとつの価値が馬鹿げていた。
分配を考えるだけで、大荒れの予感しかない。
「……しかし、こんな値のつかないようなものをごっそりくれるとか、いったいどんな人物なんだ」
リーゼントにした髪を直しながら、エメラルドもミハルネと同じことを口にしていた。
「ともかくよろしくお願いしますね。私はちょっと一人になりたい気分なので、このまま失礼します」
彩葉はエメラルドに洗練されたお辞儀をすると、背を向け、人だかりの中から立ち去ろうとする。
(ふぅ)
彩葉はひとり、星の広がった夜空を見上げてため息をついた。
今日、いろんな強い気持ちにさらされすぎていたのもある。
だがその中でも、そっと湧き上がっていたひとつの気持ちを抱きしめたくて、早くひとりになりたかったのだった。
「待て、彩葉」
その背中に、エメラルドが声をかける。
「答えられる質問だ。ひとつ聞いていいか」
「はい」
エメラルドは小さく咳払いをすると、彩葉に笑いかける。
「いい男だったか」
彩葉はくすっと笑った。
「……はい。とっても」
「羨ましいな。私も窮地を助け出してもらってみたいものだよ」
「うふふ」
彩葉は嬉しそうに黒髪を後ろに払う。
「では明日分配を届けよう。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとう」
そうして彩葉は、足取り軽く自分の宿に向かう。
(あ、そうだわ)
歩きながら、ふと、彩葉はそこで待っているであろう友人に、朗報を伝えられることを思い出した。
――ノヴァス、やっぱりカジカさんは生きていましたよ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます