EXstory 2 ポッケ お城に運ばれて(上)

 作者より) リクエストのありましたポッケのEXストーリーを公開いたします。

 第三部第124話「なにで終了?」に続く、主人公がポッケをお姫様抱っこして、ハッキに乗せ、お城に運んだ後のシーンになります。

 おませなポッケをどうぞ笑ってあげてください。


 EX中には、リフィテル・亞夢が登場しています。

(下)は明日公開予定です。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 絞られた布から水滴が落ちて、桶の中で音を立てる。


 ずっと、膝が震えている。


 湯浴みを終え、新しい下着に替える。

 濡れた蒼髪をいつものように絞って、いつもより下のほうで三つ編みにする。


 前髪に残っていた雫が頬を伝い、顎から喉を伝って胸元に消えていった。


「はぁぁ……」


 手元にあるお泊りセットBを眺めながら、ため息をついた。


 落ち着かない。

 そんな自分がよくわかる。


 何事も、初めては怖いものだ。


 せめてお泊りセットAかCなら、くまさんがついているのに。

 もう少し勇気も湧いたかもしれない。


 自分が置き去りにされた室内を見渡すと、黒光りする調度品がこれでもかとばかりに並んでいる。

 先王の嗜好らしいから気にしないでくれと言われたが、つんとくる塗り物の慣れないにおいもあって、どこか薄気味悪かった。


 ここで夜寝ろと言われたら、震えあがってしまうのは間違いない。


 三つ編みを終え、緑のカーテンがついた天蓋付きベッドに腰掛けてみる。

 部屋に入った時から、ずっと気になっていた。


「柔らかいでし……」


 この世界のベッドに慣れていただけに、現実世界を思い出すような心地よさだった。

 用意された場所も言うことなしだ。


 掛け布団をめくり、白いシーツを手でゆっくりと撫でてみる。

 それだけで、胸がドキドキと跳ね始めた。


(ボク、これからここで、あんあん言うんでしね……)


 大人の男性と。

 頬が焼き芋を当てた時のように熱い。


 どうしようもない渇きを覚えて、水袋の水に口をつける。

 他のことを考えようとしても、頭の中はそれしか考えられない。


(あの人のことは、もうダーリンって呼んじゃうでし)


 学校から帰ってきてふとテレビを点けたら、目に飛び込んできた激しいキスシーン。

 続く性の絡み合いに目が釘付けになり、気付いたら持っていたいちごのショートケーキが皿から落ちていた。


 その後、毎回欠かさず見るようになった再放送のドラマ。

 あいにくそういうシーンはもうなかったが、そのドラマの中でお姫様抱っこされたヒロインが、彼氏のことをダーリンと呼んだ。


 それ以来、ダーリンは大人っぽくて、憧れの呼び方。

 自分は初めて付き合った人をそう呼ぼうと心に決めていた。


 湯浴みを終えてからたっぷり時間をおいて、ダーリンがやってきた。

 女性に心の準備をさせる余裕も二重丸。むしろ、ちょっと待たせすぎなぐらい。


「ポッケさん、ひとまず2人で話をしたいので、警戒しないで聞いてほしい」


 開口一番で二人っきり宣言をしたダーリンは、返事も待たずに扉をばたんと閉めた。

 そのまま自分に背を向けて、何かしている。


 ふいに、ガチャリと言う音が、静かな部屋に響いた。


(――!)


 はっとした。


 ダーリンが、扉に鍵をかけたのだ。


(だ、ダーリン……)


 本気だ。

 ――ボクはもう、逃げられない。


 気のせいだろうか。

 振り返ったダーリンの口元が、片方だけニヤリと吊り上がったように見えた。


 また顔がほてってくる。


(……い、いや、望むところでし!)


 ベッドから飛び降り、背筋を伸ばしてピンと立った。

 女の気合で、男性の性欲を迎え撃つ。


「……ボ、ボクは覚悟はできてるでし」


 目を合わせながら、震えそうな声で言葉にした。

 水を飲んだばかりなのに喉はカラカラに乾き、身体は彫刻のようになっている。


「――そうか。話が早くて助かる」


 ダーリンが、羽織っていた黒の外套をばさりと床に脱ぎ捨てた。

 もう我慢できないといった様子で。


(ぬぬぬ、脱いでる――!?)


 ダーリン、肉食すぎる。

 後ずさりして、結局ベッドに座る姿勢に戻った。


 食い入るように見つめていた自分にはっと気づいて、両手で顔を覆う。


 衣服を脱ぐ男性を、まじまじと見てはならぬ。

 ポッケメモ――レディの心得その13。


 でも見たい。


 いや、見ちゃいけないでし。


 いや、でも見たい。今見ないで、いつ見るの。


 脇を開いて、ボクの顔を覆っている指が勝手に開いていく。

 今のボクは、手が少し下だけど、ウルトラマンセブンのなんとか光線みたいなポーズ。


 続けてダーリンが、ローブのボタンを外すのが指の間から見えた。


(はわわ……!?)


 声が出るのを必死に堪える。


 そんな中でダーリンの左手の色がよくなっているのに気付いた。毒の治療がなされたのだろう。


(ああ、よかったでし……)


 ほっと溜息が出た。

 あれからずっと心配していた。


(いや、今はそれどころじゃないでし)


 いよいよ始まるのだ。

 ――ボクの初めて。


 ボクに痛くないふり、できるだろうか。

 本に書いてた通り、『あ、だめ……』って言ったら、本当にやめられたりしないだろうか。


(ああ……)


 目を閉じて、その時を待つ。


 膝ががくがくと、再び震え出した。

 負けじと、女の基本を必死に思い出す。


 まず最初。


(『わかってたんだろ?』って言われたら、『何を? 知らないわ!』ってとぼけるんでし……。それが相手をそそるんでし――)


 頭の中で繰り返す、ポッケメモの言葉。

 息すら躊躇われる数瞬。


 とうとう、ダーリンが動いた気配。


(―――!)


 やがて身体が後ろに、倒され始めた。

 ゆっくりと、背中のほうに傾いていく。


「……」


『わかってたんだろ?』はなかった。

 よかった。もうドキドキして、余裕がない。


(次でし、次……)


 次の重要なセリフ。


 押し倒されたら、『あ、だめ……』って言うんでし。

 この嫌がる感じが、相手をさらにそそって虜にするでし。


 強張りがちな顔に一瞬、浮かぶ笑み。

 為されていく勝利の方程式に、自信が湧いてくる。


 そのせいだろうか。

 ふいに雑念が消えて、心が落ち着きを取り戻し始めた。

 騒いでいた心が、静まっていく。

 呼吸もゆったりと、整っている。


 さっきまでの焦りが嘘のよう。


(ボク、完璧でし……)


 慌てていたさっきまでの自分の肩に手を置いて、言ってあげたい。

 大丈夫、ボクは立派に成し遂げるでしよ、と。


 もはや、何も怖いものはない。

 心の中は、雲ひとつない蒼空。


(練習の成果を、見せるでし――!)


 そう思う間にも、身体は傾いでいく。

 背中にベッドが近づいてくる気配。


(ああ……いよいよ……)


 ――押し倒される――!


 バフ、と柔らかくベッドが背中を受け止める。

 遅れて、顔に二つのおさげが降ってきた。


 今でし!

 そそるでし――!


 ――眼を閉じたまま、口を開く。

 冷静になった心で。


「あ、イク……」


 しーん、と静まり返る部屋。


 ぎゃあ――!


 ままま、間違ったでしー! 

 始まってもいないのに、最後フィナーレ!?


 そればっか練習しすぎたでし――!

 ボク、全然冷静とかじゃなかったでしよ――!?


 顔が沸騰したように赤くなっていく。

 すっごい恥ずかしい。


 しかもつっこみすらない、この乾ききった空気。


「……ポッケさん?」


 やっと聞こえたのは、冷静なダーリンの声。


「……え?」


 でもダーリンの声が遠い。


 恐る恐る目を開ける。


 ――いなかった。


 なんと、自力で倒れていた。

 まさかの、一人芝居。


 ボクはいったい、何をしているんだろう?


 どばっと汗が噴き出る。

 せっかく湯浴みしたのに、これでは台無しになっちゃう。


「はわわっ!?」


 慌てて衣服を正し、ベッドから立ち上がる。


 ダーリンからはきっと、ニットの白パンツが丸見えだった。

 Bセットだから弱いのに。クマさんここにあらずなのに。


 ――まさかの露出狂とか思われてないだろうか。


「ち、ちがうんでし――!」


 ダーリンに説明しようとして、目が点になった。

 ダーリンがいた場所に、なんと別な人が立っていた。


「――ポッケさん」


 にこりと笑う巨体の男の人。


「あ……」


 ぽかんと口を開けて、立ち尽くしていた。

 あまりの感動に、全身に鳥肌が立っていく。


 全てを超越した顔だった。

 自分の好みにどストライク。いや間違えた、ど真ん中。


 目といい、口といい、鼻といい……。

 これ以上ないほどに、エクセレント。

 まるで自分が大好きだった、福笑いみたいである。


 しかしその左の頬には、ばっさりとついた痛々しい傷跡。


「あれ、この傷……」


 ダーリンにあったものと一緒だ。

 まさか……。


「ああ、だからこれ、俺なんだよ。アルマデル」


「がびーん!?」


 言ってしまってから、はっと口を押さえる。

 嫁入りしたい乙女が、なんてはしたないことを。


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